ソーシャルメディアのリテラシー教育の必要性について改めて考える
ソーシャルメディア上で企業が気をつけなければいけないことについては、たくさんの情報がネット上にあふれていますが、いまでも世界各地で様々な炎上事件が発生しています。例えば、先月ハリケーン・サンディがアメリカを襲ったときに、あるアパレル企業がハリケーンの襲来に便乗したバーゲンセールをメールで告知し、炎上しました。つい昨日は、ある日本企業のTwitter公式アカウント上で地震に便乗した内容の営業告知をしたことで、炎上してしまったことが話題になっていました。
ソーシャルメディアの運用を行っている担当者は、企業によってそれぞれだと思いますが、悪気はなかったとしてもたった1人の担当者の無神経な告知やツイートによって、長い間築きあげてきた企業の信用が、一気に崩れてしまいかねないような事態に陥ってしまうのがソーシャルメディアの怖さだと思います。
次元は違いますが、これと似たような経験は、私達の日々の生活でもしていると思います。私も夫婦喧嘩をした時に、自分に悪気はなくても思わず言ってしまった一言が相手を傷つけ、その後の関係に大きな影響を与える痛い経験をしてきました。自分に悪気はなくても相手に不快な思いをさせてしまった時は、経験者は分かると思いますが、まず「謝る」ことだと思います。そう言いながらも、自分もちゃんと謝ることが、なかなかできていませんが、何よりも大事なことは「誠実に真剣に謝る」ことだと思います。
企業のソーシャルメディア担当者は1人だけだっとしても、外部の人たちにとっては、その1人が発する公式アカウントでの言葉が企業全体を代表する言葉としてとらえられがちです。1人の担当者の言葉と対応が企業の体質として理解されてしまうことになりかねません。炎上を引き起してしまった発言に関して誠実に謝らずに、その発言自体を公式アカウントから消すとか、アカウント自体の存在を消すなどするのは、もってのほかで、その行動自体がさらに炎上を大きくしてしまうことを理解する必要があります。
炎上事件の背景には、こうしたことをしたらソーシャルメディア上でさらに大きな問題になるというリテラシー教育を担当者が受けていないことに大きな原因があると思います。ウェブ上で発した企業の言葉は、企業が隠そうとしても必ず誰かが「魚拓」として残しているため、企業が隠そうとすればするほど、より一層その言葉が多くの人の目にさらされ、さらに問題を大きくしてしまうことになってしまいます。こうしたリテラシー教育を受けていたら、企業の公式ページなどから問題発言を消すという行為はしないはずです。
先日参加したイベントでも、SocialCompanyの市川さんが、今後の課題としてリテラシー教育の必要性について述べていました。ネット上にたくさんの情報が溢れていても、まだまだ体系化されたリテラシー教育が一般化されていないため、会社や行政などで有志による社内ミートアップや研修などを通じて、多くの人がリテラシー教育を受けやすくしていく必要があるのではないかと述べていました。
単なるツールの使い方だけではなく、人に対する思いやりや気遣い、社会人としての適切な振る舞いなどもしっかり身につけていくリテラシー教育の必要性を感じています。
ソーシャルメディアの運用を行っている担当者は、企業によってそれぞれだと思いますが、悪気はなかったとしてもたった1人の担当者の無神経な告知やツイートによって、長い間築きあげてきた企業の信用が、一気に崩れてしまいかねないような事態に陥ってしまうのがソーシャルメディアの怖さだと思います。
次元は違いますが、これと似たような経験は、私達の日々の生活でもしていると思います。私も夫婦喧嘩をした時に、自分に悪気はなくても思わず言ってしまった一言が相手を傷つけ、その後の関係に大きな影響を与える痛い経験をしてきました。自分に悪気はなくても相手に不快な思いをさせてしまった時は、経験者は分かると思いますが、まず「謝る」ことだと思います。そう言いながらも、自分もちゃんと謝ることが、なかなかできていませんが、何よりも大事なことは「誠実に真剣に謝る」ことだと思います。
企業のソーシャルメディア担当者は1人だけだっとしても、外部の人たちにとっては、その1人が発する公式アカウントでの言葉が企業全体を代表する言葉としてとらえられがちです。1人の担当者の言葉と対応が企業の体質として理解されてしまうことになりかねません。炎上を引き起してしまった発言に関して誠実に謝らずに、その発言自体を公式アカウントから消すとか、アカウント自体の存在を消すなどするのは、もってのほかで、その行動自体がさらに炎上を大きくしてしまうことを理解する必要があります。
炎上事件の背景には、こうしたことをしたらソーシャルメディア上でさらに大きな問題になるというリテラシー教育を担当者が受けていないことに大きな原因があると思います。ウェブ上で発した企業の言葉は、企業が隠そうとしても必ず誰かが「魚拓」として残しているため、企業が隠そうとすればするほど、より一層その言葉が多くの人の目にさらされ、さらに問題を大きくしてしまうことになってしまいます。こうしたリテラシー教育を受けていたら、企業の公式ページなどから問題発言を消すという行為はしないはずです。
先日参加したイベントでも、SocialCompanyの市川さんが、今後の課題としてリテラシー教育の必要性について述べていました。ネット上にたくさんの情報が溢れていても、まだまだ体系化されたリテラシー教育が一般化されていないため、会社や行政などで有志による社内ミートアップや研修などを通じて、多くの人がリテラシー教育を受けやすくしていく必要があるのではないかと述べていました。
単なるツールの使い方だけではなく、人に対する思いやりや気遣い、社会人としての適切な振る舞いなどもしっかり身につけていくリテラシー教育の必要性を感じています。
PRパーソン必読の書「MEDIA MAKERS」から学ぶメディアの作り方
とても気になっていた田端信太郎さん著の「MEDIA MAKERS」を読了しました。これまで様々なメディアの立ち上げに携わってきた経験をもとに、「メディア」とは何かについて分かりやすく解説していて、PRパーソンにとって必読の書だと思いました。
情報を発信していくためのメディア作りは、PRパーソンにとって今後最も大事なスキルの一つだと思います。従来のマスメディアだけに頼るのではなく、自らメディアを作って自社の製品・サービスや企業文化などについて情報発信をしていくことが今後さらに大事になるからです。
メディア作りをする上で、まず認識をしなくてはいけないことは、そもそも「メディア」とは何か?ということだと思います。これについて、田端さんは『メディアとは、そこに情報の送り手と受け手の二者が存在し、その間を仲介し、両者間において、コミュニケーションを成立させることを目的とするものである』と説明したうえで、『「メディアは必ず、受け手を必要とする」ということと、コミュニケーションにおいては「受け手こそが王様」である』、と強調しています。
「受け手こそが王様」であるということはあたりまえのようで、非常に重要な点だと思います。これまでの企業の情報発信の多くが、「送り手が王様」になっていないでしょうか。自社の都合のよいことや送り手中心の情報ばかり伝えていないでしょうか。「受け手こそが王様」であれば、受け手が欲する情報、受け手の心に響く情報を伝えていかなければ「メディア」としての価値がないということだと思います。
また、田端さんは、メディアが成立するために絶対に必要なものとして、「発信者」、「受信者」以外に、「コンテンツ」をあげています。コンテンツって何?と言われた時は、通常、記事や写真、動画などを指しますが、受け手の心に響かないものは何の価値もないので、受け手に何らかのアクションをおこさせる何かがコンテンツと言えると思います。
この本の中には書かれていませんが、CAREER HACKに出ていた田端さんのインタビュー記事の中で、田端さんは『メディアでなぜコンテンツが重要かというと、それがそのメディアを見てもらうための「動機」になるからじゃないですか。』、『読み手が何をもってそのコンテンツを評価するかというと、「他ではできないことをやっているか」、「ただの自己満足ではなくて、ちゃんと“見せる”ものになっているか」、この2つに集約されます。言い換えれば、「オリジナリティ」と「ニーズの高さ」。それがクオリティが高いということなのかな。』と説明しています。
本に戻りますが、田端さんは、コンテンツの形態の最も重要な概念として、「ストック型」のコンテンツと、「フロー型」のコンテンツについて説明しています。「ストック型」のコンテンツとは、『時間が経ってもコンテンツとしての価値が劣化しない、つまり「賞味期限」が長いコンテンツ』を指し、「フロー型」のコンテンツとは、『ストック型の逆で、「鮮度が命」のまさしく生鮮食品のような「今、この瞬間」が勝負のコンテンツ』を指すと、解説しています。
何らかの基礎的な専門用語の定義の解説など、時がたっても価値が下がらないストック型のコンテンツや、最新のニュースやイベント情報などを伝えるフロー型のコンテンツなどを自在に使い分けながらコンテンツ展開をしていくことの大切さを述べています。
この他にも、メディアが影響力を生み出すメカニズムなど、PRパーソンにとって重要なことが解説されているので、ぜひ読んでいただくことをお勧めしたい本です。


情報を発信していくためのメディア作りは、PRパーソンにとって今後最も大事なスキルの一つだと思います。従来のマスメディアだけに頼るのではなく、自らメディアを作って自社の製品・サービスや企業文化などについて情報発信をしていくことが今後さらに大事になるからです。
メディア作りをする上で、まず認識をしなくてはいけないことは、そもそも「メディア」とは何か?ということだと思います。これについて、田端さんは『メディアとは、そこに情報の送り手と受け手の二者が存在し、その間を仲介し、両者間において、コミュニケーションを成立させることを目的とするものである』と説明したうえで、『「メディアは必ず、受け手を必要とする」ということと、コミュニケーションにおいては「受け手こそが王様」である』、と強調しています。
「受け手こそが王様」であるということはあたりまえのようで、非常に重要な点だと思います。これまでの企業の情報発信の多くが、「送り手が王様」になっていないでしょうか。自社の都合のよいことや送り手中心の情報ばかり伝えていないでしょうか。「受け手こそが王様」であれば、受け手が欲する情報、受け手の心に響く情報を伝えていかなければ「メディア」としての価値がないということだと思います。
また、田端さんは、メディアが成立するために絶対に必要なものとして、「発信者」、「受信者」以外に、「コンテンツ」をあげています。コンテンツって何?と言われた時は、通常、記事や写真、動画などを指しますが、受け手の心に響かないものは何の価値もないので、受け手に何らかのアクションをおこさせる何かがコンテンツと言えると思います。
この本の中には書かれていませんが、CAREER HACKに出ていた田端さんのインタビュー記事の中で、田端さんは『メディアでなぜコンテンツが重要かというと、それがそのメディアを見てもらうための「動機」になるからじゃないですか。』、『読み手が何をもってそのコンテンツを評価するかというと、「他ではできないことをやっているか」、「ただの自己満足ではなくて、ちゃんと“見せる”ものになっているか」、この2つに集約されます。言い換えれば、「オリジナリティ」と「ニーズの高さ」。それがクオリティが高いということなのかな。』と説明しています。
本に戻りますが、田端さんは、コンテンツの形態の最も重要な概念として、「ストック型」のコンテンツと、「フロー型」のコンテンツについて説明しています。「ストック型」のコンテンツとは、『時間が経ってもコンテンツとしての価値が劣化しない、つまり「賞味期限」が長いコンテンツ』を指し、「フロー型」のコンテンツとは、『ストック型の逆で、「鮮度が命」のまさしく生鮮食品のような「今、この瞬間」が勝負のコンテンツ』を指すと、解説しています。
何らかの基礎的な専門用語の定義の解説など、時がたっても価値が下がらないストック型のコンテンツや、最新のニュースやイベント情報などを伝えるフロー型のコンテンツなどを自在に使い分けながらコンテンツ展開をしていくことの大切さを述べています。
この他にも、メディアが影響力を生み出すメカニズムなど、PRパーソンにとって重要なことが解説されているので、ぜひ読んでいただくことをお勧めしたい本です。
ブランドジャーナリズムの動きから注目されているコンテンツプラットフォーム
従来の伝統的なマスメディアに頼るのではなく、企業自らが人々に共有されやすいコンテンツを創りだし、情報発信をしていく動きを「ブランドジャーナリズム」といいます。これについては、私がとても関心をもっている動きであり、これまで何度かこのブログでもとりあげてきました。社内で専門知識をもっている人が、読者の立場にたって分かりやすい言葉や映像などで業界の動向や専門知識などを説明するコンテンツを量産していくことが、今後企業の信頼性と知名度を高めるうえで、非常に重要だと思います。
こうした動きが広まり始めている背景としては、あらゆる情報がネット上で溢れ続け、企業がプレスリリースを出しても、広告を出しても、記者に記事を書いてもらったとしても、人々の貴重な時間を割いて読んでもらえるような「コンテンツ」となることが非常に難しくなってきているためです。
以前、「広報と広告について改めて考える」という記事の中でも書きましたが、たくさんの情報が溢れている中で人々のアテンションを得るには、客観的であれ、主観的であれ、「情報を受け取る側の関心をひくコンテンツの中身」が重要であることを考えれば、記者が取材をして書いた記事であれ、企業の有料広告であれ、そんなに違いはないと思います。取材によって生み出された記事も有料広告も「コンテンツ」であり、「おもしろくなければ相手にされない」というだけのことだと思います。
そのため、今後ブランドジャーナリズムを実践していく企業にとっての最大の課題は、人々の関心を惹くコンテンツ作りと共に、それらのコンテンツをいかにして多くの人に波及させていくかということになります。この二―ズを満たすために最近米国のメディア(例えば、Boston.com、Forbes、Huffingtonなど)は、自社メディアをコンテンツプラットフォームとして企業に使わせる有料サービスを提供し始めています。有料サービスで提供するコンテンツなので、いわゆる「スポンサードコンテンツ」となりますが、コンテンツの内容次第で読者に読まれるかが決まりますので、Forbesの事例が示すように、企業の有料コンテンツが、Forbesの記者が書いた記事を含むランキングの中で上位に入っています。つまり、コンテンツの中身次第ということです。
このように、今後企業がブランドジャーナリズムで生み出していくコンテンツを、どのプラットフォームを使って波及していくかということが課題になり、日本のメディアにおいても、これまでの単なる記事広告やディスプレイ広告だけではなく、企業が生み出すコンテンツを波及させる手助けをしていくようなサービスが要望されるようになると思います。米国では、このやり方がメディアの経営不振を打開する一つの解決策として注目されているようです。
こうした動きが広まり始めている背景としては、あらゆる情報がネット上で溢れ続け、企業がプレスリリースを出しても、広告を出しても、記者に記事を書いてもらったとしても、人々の貴重な時間を割いて読んでもらえるような「コンテンツ」となることが非常に難しくなってきているためです。
以前、「広報と広告について改めて考える」という記事の中でも書きましたが、たくさんの情報が溢れている中で人々のアテンションを得るには、客観的であれ、主観的であれ、「情報を受け取る側の関心をひくコンテンツの中身」が重要であることを考えれば、記者が取材をして書いた記事であれ、企業の有料広告であれ、そんなに違いはないと思います。取材によって生み出された記事も有料広告も「コンテンツ」であり、「おもしろくなければ相手にされない」というだけのことだと思います。
そのため、今後ブランドジャーナリズムを実践していく企業にとっての最大の課題は、人々の関心を惹くコンテンツ作りと共に、それらのコンテンツをいかにして多くの人に波及させていくかということになります。この二―ズを満たすために最近米国のメディア(例えば、Boston.com、Forbes、Huffingtonなど)は、自社メディアをコンテンツプラットフォームとして企業に使わせる有料サービスを提供し始めています。有料サービスで提供するコンテンツなので、いわゆる「スポンサードコンテンツ」となりますが、コンテンツの内容次第で読者に読まれるかが決まりますので、Forbesの事例が示すように、企業の有料コンテンツが、Forbesの記者が書いた記事を含むランキングの中で上位に入っています。つまり、コンテンツの中身次第ということです。
このように、今後企業がブランドジャーナリズムで生み出していくコンテンツを、どのプラットフォームを使って波及していくかということが課題になり、日本のメディアにおいても、これまでの単なる記事広告やディスプレイ広告だけではなく、企業が生み出すコンテンツを波及させる手助けをしていくようなサービスが要望されるようになると思います。米国では、このやり方がメディアの経営不振を打開する一つの解決策として注目されているようです。