まげわっぱのグレート琵琶湖 -86ページ目

カブキ役者が寄進!俊徳丸鏡塚古墳(しゅんとくまるかがみづかこふん)【大窪・山畑27号墳】

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 モイ!(^-^)/

 

自動車税のハガキが来ました。なんか高くなっていたので、調べたら初年度登録から13年経たら15%上がるそうです。

 

大事に乗ってる方が環境に優しいやろー!ボケーヽ(`Д´)ノあと20年乗ったるねん!

 

すみません、取り乱してしまいました(>_<)

 

 っうことで、今回は高安古墳群の最終回であります。

 

訪れたのは、俊徳丸伝説で有名な、俊徳丸鏡塚古墳であります。

 住宅街にあって、家の裏庭のような感じです。

 

反対側からのヴイューです↓

 俊徳丸伝説とは...

 

俊徳丸は美しく賢い若者でした。ある時、選ばれて四天王寺の稚児舞楽を演じ、これを見た長者の娘と恋に落ち、将来を契る仲になりました。ところが、俊徳丸は継母の呪いで失明し、家を追われて物乞いをする身となりました。これを聞いた長者の娘は、見つけ出して共に観音菩薩に祈ったところ、病は癒え、二人は夫婦となって長者の家を継ぎ、幸せに暮らしたそうです。

 ずっと、俊徳丸の墓だと思われていたようです。

 立ち入り禁止でしたので腕を伸ばして撮影。

 中にお墓みたいな石や線香台があります。この伝説を演じた歌舞伎役者が寄進したものでしょう。

 

間取りは説明の看板にあるように典型的な右片袖式の石室です。

 

 これで、長かった高安古墳群はいったん終わりです。

 

 

さて、次はどこの古墳を経ましょうか。

 

 

 

 いやー古墳っていいものですね。

 
 
 
 
 
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ダンジョンの入り口を見逃すな!開山塚古墳(かいざんづかこふん)【郡川1号墳】

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 モイ!(^-^)/

 

 デジタル式のフィッシングスケールを購入したものの、電池切れや故障を心配してアナログ式も、

 

やっぱり持って行くまげちゃんです。

 

 っうことで、過酷な服部川支群を経て、いったん山を下り、再び登って参りました。

 ええ景色です。

 

 郡川支群(こおりがわしぐん)は近いです。看板がありました↓

 どんだけ古墳あんねん!?って感じでしょ。

 

いざ、開山塚古墳へ!

 この階段の先にあるはず・・・

 

とか言って1回目登った時、開山塚古墳へのダンジョンの入り口を見逃してしまいました(>_<)

 

 2回目で、

 手すりの横の入り口を見つけました!

 コフン師になって、はじめてのアトラクション的な感動を覚えました。墳タスティック!(ファンタスティック!)

 入り口が狭いので、ショボいんかな?と思ったら・・

 羨道が長すぎて先が見えません。(懐中電灯を忘れずに)

 天井高ッ!広ッ!

 

それもそのはず、ここ開山塚古墳は高安古墳群中、最大の両袖式の横穴式石室墳でしたわ。

 

石室の全長は13メートル。

 

6世紀中頃の作と言う事ですから1500年ぐらい前ですね。

 更にここは、エドワード・S・モースが、明治12年(1879年)に調査を行い、欧米の学界にいち早く紹介した古墳でもあります。

 

つまり欧米初公開の古墳です。

  長い羨道を抜けるとそこは欧米だった(笑)

 

 

 次回は長かった高安古墳群の最終回です。

 

あの古墳を訪れますよ。

 

 

 

 

 いやー古墳っていいものですね。
 
 
 
 
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自分なりに古墳の年代を推測してみるー!服部川42号墳、服部川37号墳

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 モイ!(^-^)/

 

もう少しで王将のカードがゴールドに切り替わる予定のまげちゃんです。

 

 っうことで今回は、高安古墳群の服部川支群の最終回であります。

 

 引くほど多くの野良古墳を経て、少し下って来ますと見えて来たのは・・

 服部川42号墳です。

 看板等、何もありませんが、地図で見る限り間違いないでしょう。

 

失礼いたします!

 なんとなく、羨道のタッチが今までと違います。

 天井は平らで高いです。

 

こ、これはッ!

 両袖式石室か!?

 

という事は、最初に経た右片袖式横穴式石室の服部川7号墳より後の時代に造られたと考えれます。

 

※詳しい事は分かってない古墳群ですので、好き勝手に言っております。

 だから埴輪片とか無いのです。6世紀末から7世紀初頭の作でしょう。これが、まげちゃんの時代考証です。

 

なんか考古学者チックなんちゃうの!?

 
 ここを出て、道をはさんで向かいに見えて来たのは、
 ウイリアム・ゴーランドなら双子ドルメンと言ったかもしれない服部川37号墳。
 
ここも、造園業の、
 物置きみたいになっております。
 崩れて来そうなので外から見学です。
 絶妙なバランスで組まれております。
 
これで、服部川支群は終わりです。
 
 次回は、郡川支群(こおりがわしぐん)に向かいますぞ!
 
 
 
 
 いやー古墳っていいものですね。
 
 
 
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