蘇我氏の祖先の神社!?飛鳥戸神社(あすかべじんじゃ)
モイ!(^-^)/
「だるま朝日」が前方後円墳に見えて仕方がないまげちゃんです。
っうことで、観音塚古墳を経て、次の古墳に行く途中、飛鳥戸神社(あすかべじんじゃ)に立ち寄りました。
この神社の祭神は琨伎王(こんきおう)と言われています。
5世紀に、
「百済の加須利君(カスリノキミ)が、弟の琨伎王(こんきおう)に『日本に行って天皇に仕えよ』といった。『分かりました。願わくば君の婦を賜って出立したい』と答えた。加須利君は妊娠していた妃を与え、『わが孕める婦は臨月になっている。もし途中で出産したら、母子ともに同じ船に乗せて国に送るように』といって、共に日本に遣わされた。
「やがて、百済の文斤王(モクコンオウ・11代)が亡くなった。天皇は琨伎王の五人の子の中で末多王が若いのに聡明なので、これに兵器と筑紫国の兵士五百人を与えて国に送り届け、百済の王とされた。
小さな神社ですが日本の歴史を語るうえで重要な場所だと思います。
小説家の黒岩重吾さんの説では琨伎王(こんきおう)の子孫が蘇我氏だそうです。(まげちゃんは信じません)
階段を上ると拝殿があります。
ガラガラっとお邪魔します。経ると、
本殿です。今では、スサノオが祀られているとか!?
お稲荷さんもありました。
しずくで穴のあいた灯篭を見ると歴史を感じます。
琨伎王は百済に帰国しましたが、子孫の墓がこの辺の古墳として残っているかもしれません。
さぁその古墳たちを経ましょうか!
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南米プレ・インカと同時代!観音塚古墳(かんのんづかこふん)
モイ!(^-^)/
まげちゃは、石積マニアです。
その中でも一番好きなのは、南米ペルーにあるクスコの石垣です。
カミソリの刃一枚も経れないと言われる精巧な石垣は、インカ帝国より前、プレ・インカと言われる7世紀頃の作と言われています。
っうことで今回は、同時代、日本の7世紀の古墳を見に行きましょう。
それは、ぶどう畑の中にあります。階段を登って行きますと、(近畿日本鉄道南大阪線上ノ太子駅から徒歩約20分以上)
ありました!古墳文化の終焉を知る重要な遺跡と言われる、観音塚古墳であります。
(それなのに、方墳か円墳か分からんらしい。)
入り口は、コンクリートで固めたものではありません。当時の石組みです。7世紀、飛鳥時代の作と言われています。
お邪魔いたします!
なんじゃこの石組みはッ!墳タスティック!(ファンタスティック!)
間取りはこうなっておりました↓
横口式石槨(よこぐちしきせっかく)といわれるカタチです。
石槨内部、
美しいです。とても1400年も経ているとは思えません。
羨道(せんどう)からのヴイューです。
それにしてもこの石組み。
南米にどんだけ地震があるのか知りませんが、地震の多い日本でビクともしないこの石組みは、
今のところ、まげちゃんの生でみた石室の中でナンバーワンであります。
彫ってあるラクガキはいつ頃のもので、何て書いてあるのでしょう?
日本スタミナラーメン紀行、スタミナコラボレーション!編
モイ!(^-^)/
4月25日に近鉄南大阪線の橋脚が雨で8センチ傾いたのにもかかわらず、わずか1日で復旧してオドロキでした。
気になっていたので見に行くと、
ゴールデンウィーク中もさらなる補強工事が行われておりました。
ご苦労様でございます。
っうことで先日、古墳祭りを経たあとスタミナ不足を感じましたので、そのまま北上し、
餃子の王将住之江駅前店に行って参りました。
スタミナ厨房には乾隆帝シェフで、清原店長は餃子を焼きつつホールをまわしておられました。
そういえば、お子様ランチもあるのですね。
こんなの子供の頃、経たら嬉しかったでしょう。
スタミナラーメンとライス小を発注です。
清原店長が麺を茹でられました。夢のコラボです。
来ましたよ!
若干、背脂が沈み気味ですが、
それは、熟成の証しです。
深いスタミナ感、最高の麺茹ででツルッツルの喉越し。
みごとなスタミナハーモニーでございました。
これでまた、墳活も頑張れそうです!
12lb〓まげわっぱ〓over

























