最大のまちなか古墳発見!であいのみちを経て、城不動坂古墳(しろふどうざかこふん)
モイ!(^-^)/
杜本神社を経て、駅が見つからないので、タクシーを拾って帰ろうかと泣きながら考えておりましたら、
突如、古墳が!
前方後円墳に見えましたが、裏から見ると、
半分になっており、前方後半円墳だと判明いたしました。
まげちゃんが発見した「まちなか古墳」のなかで最大です。
更に!
直径2mぐらいの円墳が2基も!
大きさからして、埋葬者はスクナビコナでしょうか!?
こんな一度に沢山の「まちなか古墳」を見つけるなんてねー。
これからは、まげちゃんの事をコフン界の藤村新一と呼んで下さい。
ゴッドハンドにもほどがありますわー。
急に足取りが軽くなり、とうとう線路を見つけました。
あっ、奥にあるのは古墳ちゃうの!?
しかも、これはリアル古墳!
位置的に城不動坂古墳でありますな。 6世紀中頃の作で、古市古墳群においてもっとも新しい前方後円墳です。
登ってみました。
平成20年に発見されたてです。かなり破壊されていましたが、
横穴式石室を内部主体にもつ全長約36メートルの前方後円墳です。
なかでも珍しいのは、盾持人物埴輪と呼ばれるカオナシっぽい埴輪が発見されました。
コレ↓
安閑天皇陵古墳が50mぐらい近所にありますから、かなりの人物の古墳でしょうね。
この後、無事に駅も見つかり、無事に帰路につきましたよ。
ネズミ男見つけれず!杜本神社(もりもとじんじゃ)と金剛輪寺址(こんごうりんじあと)
モイ!(^-^)/
いやー「まちなか古墳」って意外と無いものですね(笑)
っうことで、鉢伏山西峰古墳を下山して、ヨロヨロ歩いておりますと・・・
杜本神社がありました。
この感じの神社は古墳の上にある事が多いので最後の力をふりしぼって登ります。
祭神は、経津主命(ふつぬしのみこと)・経津主姫命(ふつぬしのひめのみこと)とされています。
しかし、平安初期には百済宿袮永継(くだらのすくねながつぐ)とその祖先の飛鳥戸氏(あすかべし)を祀(まつ)る神社であったようです。
飛鳥戸氏、知ってるで、前回経た飛鳥戸神社とつながりましたわ。
登頂成功!切戸1号墳(きりどいちごうふん)と鉢伏山西峰古墳(はちぶせやまにしみねこふん)
モイ!(^-^)/
本日のまちなか古墳は、天藤千塚(あまとうせんづか)のM支群、
ボラギノール古墳です。美しい前方後円墳ですね。
っうことで、前回はグレープヒルスポーツ公園を経たところで終わりました。
さらに急こう配を登ります。スキー場のプロフェッショナルコースぐらい急です。
それは、はびきの中央霊園内にありました!
切戸1号墳であります。
直径12mの円墳です。
かなり破壊されておりますが、鉄釘・須恵器・土師器・耳環・金箔・馬具等の鉄製品が出土したそうですよ。
右片袖式横穴式石室ですので6世紀後半の作でしょう。次を経ましょうか。
またまた、山登りです。さらに勾配が増して、エベレストのヒラリーステップぐらいありました。
とにかく水を大量に摂取して高度に体を順応させながら登りました。
登頂成功です![]()
鉢伏山西峰古墳であります。7世紀中葉作、終末期の方墳です。(一辺12m)
以前経た、観音塚古墳と同じ横口式石槨(よこあなしきせっかく)です。
精巧さでいえば、観音塚古墳のほうが上かなぁ。
でも石が一個一個でかいです。
こんな山の上に持ってくるのは大変ですよ!
酸素ボンベの残量が少なくなってきましたので、そろそろ下山しましょうか。






























