「生きとるか?」とありがたいメールを頂きますが、ちゃんと生きております。
 何とこの十二月の慌しいこと。あまりにいろんなことがあるので、ここに書き連ねたいネタもたくさんあるのだけれどなかなか時間が許さないといったところ。お陰で後回しになっていた年賀状を今まさにせっせこ書いている。元旦に届くかどうかはもう神のみぞ知るの時期ですな。
 また改めて書くけれど、十二月の歌舞伎座は昼の部の「盲目物語」で主役の二役を演じている勘三郎、やっぱりこの人はすごい。何と言うか理屈で無くて、見ていた私はもうすっかり心打たれてしまった。
 ・・・続きはまたいずれ。年内には。
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 長唄三味線の練習用(と言っても本番用はまだ無い)の撥として、私は木製のもの(写真左)を使ってきた。最初に手に入れることになったのがそれだったというだけで、木にこだわった訳ではない。特に不満も無かったのでこれまでその撥以外で糸を打ったことは無かったのだが、先日ふとしたことからプラスチック製の撥(写真右)を手に入れた。さてさてと思い早速弾いてみたところ、木とプラスチックには意外に大きな差があることに驚いた。
 まず音が違う。糸を打ったときの音が、木よりプラのほうがより撥全体に響いて大きな音が鳴る感じがする。また撥が撥皮に当たったときの“パチーン”という音が木よりプラの方がずっと大きくて高い。良し悪しはともかく、プラの音のほうが好きかも知れない。
 次に打ち心地が違う。これは、振り下ろした撥が糸に触れてから糸を弾いて撥皮に当たるまでの間の、その撥と糸の滑り具合の違いから来るもののようだ。木よりプラのほうがよく滑る(摩擦係数が低い)ので、軽い力で糸を弾くことができる。おそらく撥が撥皮を叩く音がプラの方が大きいというのもこの摩擦係数の違いに起因していると見える。糸を弾き終った瞬間、撥に残された撥皮までのストロークが、糸がよく滑るプラの方がより長く残されることに加えて、摩擦の低さによって撥を打つ力がより失われないで撥皮を叩くことができているようだ。

 木もプラも、値段はさして変わらない。木は磨耗するが、プラはさほどでもないようだ。本番に象牙を使うのだとすれば、木よりプラの方が象牙の感覚には近そうな感じ。こうして考えてみると「じゃ木撥のメリットって何?」ってことになってくる。自然素材が手に優しい・・・かな。

 と思い、いろいろ検索してみたらこんなサイトが見つかった。
 http://www.tokyochuo.net/issue/traditional/2004/04/
 このお店の店主がおっしゃるように「絹の糸と木撥」と使うと本来のいい音がするのだろうか。絹の糸はやはり使ったことはない。何にせよ、この木撥はやはり「伝統工芸品」のひとつと言えるようで、日本文化を愛する者ならば、ここは「石油からほいほいと量産されるプラスチック製などを使ってちゃいかん」と思わねばならんところなのだろうか。
 うーむ、悩ましい。どっちを使っていこう。木かプラスチックか・・・。
 つい先日のし袋に筆ペンで字を書く機会があった。書いた文字は「御歳暮」と自分の名前だ。その書いた袋を眺めてみて思ったこと。見るに耐えませぬ。あまりに下手すぎて。手書きでアジがある、などという枠を超越した拙さであった。

 まぁそれもそのはずで、この頃字を書くという機会は本当に少ない。仕事に使う資料もほぼ全てが電子化されていて全部キーボードで打つ。誰かに見せる字となると、オフィスで書く“電話ありました”のメモと、飲み屋の入り口で待たされるときの名前(しかもカタカナ)くらいのものだ。

 とは言え私はこれではいかんと思った。あまりに恥ずかしい。よって私は来年早々、何某か「字を書く」ということを習い始めると決意するに至った。ペン字かお習字か、何にするかは正月にゆっくり考えるとしよう。うーむ、これも楽しみになってきた。でも第一は長唄。
 十二月大歌舞伎の夜の部を歌舞伎座へ見に行った。今回は初めての一等席だ。
 まずは一等席の感想。
 開放感に満ち溢れている。自分と舞台を遮るものは一切無く、天井もとても高い。オペラグラスを覗かなくても役者の表情がわかる。いろんな意味で舞台がとても近くて、上の階の席より舞台からもっとダイレクトにたくさんことが伝わってくる感じがした。同じ一階でも二等席とはぜんぜん雰囲気が違う。値段の高さもうなずける。とは言えやっぱり高い。この先、一等席は年に1回くらいにしておこう。
 お話は3つ。
  • 恋女房染分手綱 重の井
    母と子の親子愛の話。とても感動した。またしても目頭が熱くなった。福助演じる母・重の井の、再開した我が子を手放しで可愛がりたい、でも立場上出来ないというジレンマが表情やしぐさの変化からよーく伝わってきた。一等席万歳。子役の児太郎くんの演技も良かった。
  • 船弁慶
    これが今回の最大のお目当て。
    長唄に興味を持ち始めた私が本物を聴いてみようと今年の5月に初めて歌舞伎座に来て、そのとき私を心の芯から感動させたのがこの三味線カツクニ+唄ナオキチのデュオによる玉三郎の「鷺娘」だった。それが今回また見られたのである。やはり良かった。シビれました。カッコ良すぎ。今は自分が唄をやっているので特に唄い手たちに注目していたが、唄い手の個性が感じられるようになってきて面白いと思った。
  • 松浦の太鼓
    これはいい話だった。あの忠臣蔵で討ち入りされた吉良家の屋敷のお隣の殿様のお話。その殿様を演じるのは勘三郎。この人は本当に面白い演技をする。コミカルさを演出するのが上手いのだと思う。主役の一人の赤穂浪士が、討ち入りが無事成功したときの様子をその殿様に生き生きと語って聞かせるクライマックスのところでは、殿様といっしょにこちらまでその忠義に感動して熱くなってきた。私も含めて日本人は昔からこの忠臣蔵の話が大好きなのだなと感じた。
 ユネスコ世界無形文化遺産に歌舞伎が登録されたのは喜ばしいことだ。でも日本人以外に忠臣蔵の熱さってのは分からんのだろうなぁと思う。

調子笛
 先日“お稽古渇望!”と書いたが、なんとその翌日に「希望者は明日お稽古できます」との連絡があった。「願ったり叶ったり」の例文のような事の展開だ。反射的に、このブログを読んだお師匠様が私めの為に忙しい最中にお稽古を・・・、と自意識満点の解釈をしかけたが、そんなことでは無くて単なる偶然の模様だ。当たり前だ。
 何はともあれ待望のお稽古。
 時間は14時。平日だ。貴重なお稽古のチャンスに迷うことなく13時から3時間の時間休暇を申請する。不謹慎?いやいや人生仕事だけではありませぬのでな。
 さて「末広狩」。まず通して唄ってみる。音程、間、音量はさし当たって良しなので“マワす”ことを覚えていく必要があるとのこと。声を揺らす、いわゆるコブシみたいなヤツだ。これは難しい。こうしてみて、ああしてみて、と言われるがなかなかうまくいかない。これを練習しておくことを課題に頂いて帰ってきた。しばらくはこの「マワし」の練習をとことんやることにしよう。
 お稽古最高。