baticolle
 このお正月、実家の祖父が撥をくれた。三本も。しかもそのうち一本は只者ではないヤツだった。これは早速比較してみねばなるまい。

 写真の手前から。(爺)は祖父に貰ったやつ。
  1. 先耳鼈甲象牙撥(爺)
    撥先幅/103mm 丈/199mm 重量/116g
    何十年か前に恐らく民謡三味線をやっていた祖父が当時20万円ほどで買ったものらしい。継ぎのない象牙でできていて色はとても白い。先の部分だけが鼈甲でできている。
    これまでに私が見たところ、長唄の舞台では鼈甲の付いた撥は使われないようなのだがどうなのだろう。弾き心地はとてもいい。しかし壊してしまいそうでおっかなびっくりで、あまり激しくは弾けない。この撥は我が家の家宝にするとしてしまっておくとする。

  2. プラスチック撥
    撥先幅/105mm 丈/201mm 重量/108g
    ヤフオクで三味線ケースを買ったらおまけで付いてきた。多分普通のプラスチック製なのだと思う。重さが他のに比べてやや軽く、柔らかい。弾き心地は、前にも書いたとおり悪くは無いが、ちょっと軽さが気になる。

  3. 木撥1号
    撥先幅/105mm 丈/195mm 重量/150g
    私が最初に手にした撥で、使用歴は最も長い。二回だけ行った長唄のカルチャースクールで買うことになったもの。サイズは普通だが、こうやって比べるとこいつは結構重いみたいだ。長唄三味線としてこの重さはどうなんだろう。さいじりには「二十五」と印刷してある。25匁(もんめ)=93.8gのようなのでこの数字は匁単位の重さを示している訳では無いように思える。もう使い馴れたので弾くときこの重さに特別違和感を覚える程のことは無いが、速いフレーズを弾くときなどはやっぱり軽いやつのほうが弾きやすいと感じる。
    音はまろやかでカドが無い。これ以降の三本の木撥の音にはあまり大差は無い。

  4. 木撥2号(爺)
    撥先幅/108mm 丈/192mm 重量/128g
    恐らく祖父が練習用に使っていたもの。木撥1号と同じ材質・構造をしているので同じ製造元なのだろうと思う。弾き心地も上のと全く同じ。重さが少し軽い分こっちのほうが弾きやすい。不思議なことにこの撥のさいじりにも漢数字で「二五」と印刷してある。重さは前者と明らかに違うことを見ると、この数字は重さじゃないってことなのか。うーむ、気になる。

  5. 木撥3号(爺)
    撥先幅/97mm 丈/195mm 重量/132g
    祖父が昨年、地元の市場(フリマ?)で目に付いたので買っておいてくれたというもの。500円だったらしい。前の2つの木撥とは撥先側の木の素材が違うようだ。撥先の幅がこいつだけ少し短いので弾くとちょっと違和感がある。音は先の2つとあまり変わらない。
 吟味の結果、これからは木撥2号を練習用として使っていくことにする。
全部が象牙でできた撥もいっぺん使ってみたいもんだな。

 練習の甲斐あってか、先ほど終わった今日のお稽古で「末広狩(唄)」が上がった。以前は三味線のお稽古で先生が黒髪や末広狩を唄ってくださるのを「自分にはあんな高い声は絶対に出ないだろうな」と思って聴いていたが、何事もチャレンジしてみるもんですな。やり方を教わって練習したら、拙いながらもこうやって長唄を一曲唄えるようになった。この湧き上がる達成感、やりがい。何て素晴らしいことなんだろう。そして何よりお師匠様に感謝。
 さて次に選ばれし曲は、やってきました「越後獅子(三味線)」。以前も書いたが私の好きな唄なので本当に楽しみだ。前に予告されていた元禄花見踊はスキップされた模様。早速、冒頭の5分程のお手本を先生が弾き唄ってくだすったが、いやはや最高でした。早く帰って練習がしたくなった。桜が咲く頃にはこの越後獅子の三味線と唄を終えて、次の曲に取り掛かっていたいな。
 いや~ホント、長唄最高。
 今日は新年初の長唄のお稽古日。唄い初め、と言っても年が明けてまだ唄っていないという訳ではなく、帰省より戻ってからはちゃんと夜な夜な練習に励んでいる。しかし東京に戻ってきて久々に唄ってみたときのあまりの声の出なさには驚いた。練習はサボれませんな。
 唄の上達ぶりはと言うと、まぁまずまず。最初の唄のお稽古で先生が解説してくだすった声をうまく出すための感覚的な方法(**な感じがグーみたいな)が練習しているうちに幾つか閃くように分かってきてますます練習が楽しい。コブシもちょっぴり廻り始めてきた雰囲気。
 曲はやっぱりこれだよ「末広狩」。この曲とはすっかり長い付き合いになった。唄も三味線もいつまでも忘れそうにない気がする。
 さて練習しよう。
 皆様、新年明けましておめでとうございます。

 この東京ポーリングは開始から1年3ヶ月が経ち、この記事で151件目となりました。当初は一方的に書き綴ることだけを考えて軽い気持ちで始めたこのブログですが、ここまで続けることができていますのも、この私の拙文を読んでくださり、時にコメントやメールで反応してくださる皆様の刺激のお陰と感謝しております。

 昨年のお正月に私はこんな抱負を書きました。
「今年は「自分」を進化させていこうと思います。特にキャリア、私生活の中身を充実させていきたいと考えています」
さて自分のキャリアは充実したか。これはそこそこ充実していたと思える。新しい職場環境にもずいぶん馴れて一定の成果を出してきた。次に私生活、これは「長唄」という素晴らしいものに出会ったことで想像以上の充実ぶりだった。今こんなにハマっているのに去年にこの抱負を書いていたときは、まだ長唄という言葉すら知らなかったというのだから面白い。数ある趣味や習い事の中から、長唄を選んだ自分を褒めたい。でかした!
 では今年の抱負。
  • 新しいコミュニティに首を突っ込む
    もっといろんな世界に出て、いろんな人に会って話をしてみたい。そしてたくさん刺激を受けたい。
  • 長唄を上達させる
    一年後に上達ぶりを自分が大いに実感できるようにしていたい。唄も三味線も。どんどん練習をして早く上達していきたい。
さて来年のお正月にまた振り返ってみたいと思います。
 今年もこれまでと同様のスタイルで書き続けて参りますので、暖かいポーリングの程、どうぞ宜しくお願いいたします。
hatsuhinode
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 クリスマス・イブに十二月大歌舞伎の昼の部を歌舞伎座へ観に行った。こんなイブも悪くない。席はヤフオクで買った3A。三階でも一列目なので少しは花道が見えるだろうと期待していたのだけれど、行ってみればそれは西三階(西桟敷席の上の三階)の一列目で、花道どころか舞台さえも観にくい席だった。
 お話は次の3つ。
  • 弁慶上使(べんけいじょうし)
    母(福助)と娘、そして話の途中で明らかになるその父親弁慶(橋之助)の悲しいお話。夜の部の「重の井」もそうだったけれど、やはり福助にはこの手の役がしっくり来ると感じた。話の内容としてはまあまあ。実は、始めに見たこのお話の最中は、その席からの舞台の観にくさにどうも馴れず集中して観れなかった。
  • 猩々(しょうじょう)/三社祭(さんじゃまつり)
    勘太郎+七之助の中村屋兄弟による舞踊。猩々は見ていてなかなか面白い。なんてゴキゲンな神様なんだろう。三社祭は、二人のキレのある踊りは良かったと思ったけれど・・・ちょっと眠たかったです。
  • 盲目物語(もうもくものがたり)
    何と言ってもこの日の歌舞伎はこの一話に尽きる。近頃歌舞伎を見るたびに「感動した」と書いている気がするが、この話はもう心の底から感動した。
    豊臣秀吉の側室淀君とその母お市の方、この二代に渡る女性に関わる男二人の物語。男二人とは豊臣秀吉と、お市の方に従事する法師で、一人二役でどちらも勘三郎が演じる。
    話の終わりでは、天下を治めて成功者となる秀吉とは対照的に、この目の見えない法師は乞食に成り下がってしまっている。その最後の幕で、法師が独りで三味線を弾き唄うシーンがもう何とも悲しくて感動的で涙無しには見れません。勘三郎は本当にすごいなと思った。あんな見にくい席だったにも関わらず、私は完全に彼の演技に取り込まれてしまっていた。これも一等席で観れたらどんなに良かっただろうと思う。この盲目物語がDVDになったら私は買う。