(速報)わたしの311 〜310(ミト)から向かう先 | かんながら

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旅の記録です

39から310へ 〜ありがとうからミトがひらくからのつづき。

 

とりあえず写真だけでも。

 

 

わたしの311。

阪神淡路大震災からのミミズのわたしのさすらいの旅のゆくえ。

 

 

 

大谷翔平くんの出身地の姉体。

 

 

「姉」って菅原道真の娘ふたりのことだって聞いたって知らせがきた。

そして、菅原道真公の母も来てて、母は「母体」って場所だって。

 

前回の旅は、太宰府天満宮で、そこで「菅原道真公の娘と菅原道真公の墓が太宰府天満宮にある」って聞いたから(太宰府と令和 〜梅の小枝の蕾は道真公の愛しい女?)。

 

せっかく応援に行ったけど、男ばっかりだったっていうから、参入。

ずっと来ないでって言われてたのに「来なよ」って言ってくれた隙に来た。

 

本当に隙にって感じ。

「応援いこっかな」って言って、

次は新幹線乗りました、って知らせるんだもん。

 

 

電車に乗れるまで何が起きるかわからない。

実際トラブルがいろいろありながら、滑り込みで予約列車に間にあった。

 


宗像三女神さながら女神3人組が登場したとたんの快進撃。

一気に流れが変わって、勝利の女神っていわれたよ。

 

 

翌朝。3月11日。

テレビはずっと震災特集。

 

話は少しきいたことがある。

津波で流されたおばあちゃんの話。

生き残ったお母さんの話。

 

わたしも自分がそれを語れるようになんかなっていない。

ただ、わたしは、あのときに、それまで自分だと思っていた「自分」が壊れて、今がある。

 

何も持たない自分。

顔のない人。

「わたしは、わたし」ただそれだけの自分。

 

 

 

 

スサノヲの到来を彷彿とする鬼瓦(利己的遺伝子をぶったぎる!! 〜ミミズは龍に スサノヲの到来)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姉体のある水沢は、伊達藩。

整ってきれいなんだけど、なんかわたしは苦手な伊達。

 

 

 

 

巣伏の戦いの跡。

アテルイとモレ。

 

わたしの生まれ故郷は坂上田村麻呂ゆかりの地。

 

 

 

こちらでは、井戸のことを「すず」っていうって教えてもらった。

井筒(いづつ)と、五十鈴(いすず)で同じなのかも。

 

瀬織津姫。

泣いちゃう。

 

 

 

 

 

どうしてもひと目海をみたかった。

大神を思い出す海。

ずっと行きたかったけど、「来ないで」って言われていけなかった。

 

山田には行かないでって言われたけど、前回の旅の生月島で行った集落も「山田」だもの(琉球から生月(いきつき)島へ 〜ひめの島の秘めた信仰)。

 

山田が呼んでる。

 

 

 

♫やーまだの なーかの 一本足の かーかーし♫

たたらを感じるこの歌。

 

鉄の氏族はわたしの伊勢平氏おじさん。

わたしはスサノオにキレられて殺されちゃうオオゲツヒメかな。

 

みんなのしあわせのためなら、わたしはいいの。

 

 

いや、みんなのしあわせになってないから!!

ダメなことはダメというよ。

 

 

 

 

山田には行かないで!!

って言われたけど、やっぱりカーシェアをかっ飛ばして行った。

 


ちゃんと来るべきとこだったってことは、こういう奇跡に遭遇することでわかる。

狙ってもいないのに、臨時列車が入ってくるのに遭遇。

 

電車に乗りたかったが時間がちっともあわなくて諦めたのに。

 

 

織笠駅のとなりは、「船越」だった。

船越は、伊勢平氏おじさんゆかりの場所(五ヶ所アゲイン(追記あり))。

しかも、ここには、「牛」ってキーワードと「六角柱」ってキーワードがあった(令和の花咲爺は、梅を咲かせる)。

 

 

しかも、扉のモニュメントの場所を教えてもらえた。

ええ、ちゃんと向こうからこっちに戻ってきたよ。

 

わたしに憑りついてくれたみんなと。

 

 

28年も地を這う蚯蚓(ミミズ)をした。

でも、そろそろいいよね。

 

 

 

すずが鳴ると、龍が動くんでしょ。

わたし、ずっと前に「龍が迎えにくる」ってメッセージきたもん。

コロナで時間稼いでもらったけど、わたし飛ぶよ。

 

 

 

この景色がみたかった。

で、やっぱりわたしにとって懐かしい景色だった。

わたしが祖父と何度もいった五ヶ所湾を思い出した。


 

人それぞれの311がある。

わたしには、わたしの先祖とわたしの祖父との記憶が重なり合う伊勢志摩の海の景色がそこにあった。

 

阪神淡路大震災で失ったわたしの記憶のかけらが、この海辺の街でみつかった。