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いつも感謝で

アトランタ在住のうぃどう、ぽーの日記





アトランタからフィラデルフィアへ飛び、
そこからまた小さい飛行機でニューヨーク州アルバニーへ。
アルバニーの隣街トロイが、
ケンタの大学所在地である。

フィラデルフィアもそうだったが、
アルバニーはアトランタに比べとても小さい空港だった。
国際空港とは名が付くが、
空港の建物が一目ですべて見渡せる。

私は観光している気分で、
寝不足だけどワクワクしていた。
そんな気持ちと裏腹に、
すべてのことが上手くかどうかという不安もある。



空港内でレンタカーを借りた。
レンタカーの会社が一列に5件ほど並んでいるが、
私がネットで予約したところは、
人気がないのか誰も並んでいなかった。
ケンタが本当にここでいいのかと不安がったけど、
ここが一番安かったんだからしょうがない。

手続きを済ませ、
車を取りに所定の場所に向かう。
一番小さいエコノミーカーを借りたはずが、
めっちゃアメリカンなごっつい車だった。

$いつも感謝で-車

運が良かったのかどうかはさておき、
ちょうどエコノミーカーが出払っていて、
この車しか残っていなかったらしい。
もちろん無料アップグレードである。
たくさん持っていた荷物がトランクに入らないかも、
という心配もしなくて良くなったが、
座席が低くて私が運転できるかどうかちょっと不安。

ケンタが運転したそうにしてたし、
初めての土地だから、
私はナビに徹する事にした。

初プッシュボタンの車に、
親子共々興奮状態。
あちこちを触りまくり、
楽しませて貰った。




空港から田舎の高速を真っすぐ15分。
トロイの街が見えてきた。

$いつも感謝で-トロイ

この小さな街は、
ケンタの行く大学で成り立っているような街に見えた。
至る所にその大学の名前がある。

必要な物の買い出しに行くと、
新入生と親達が、
私達と同じように生活必需品を買い揃えていた。

ケンタが行くのは私立大学。
だから来ている親達が、
皆お金持ちに見えてくる。
知らない土地だから、
ぼちぼち良いホテルに泊まった私達は、
エレベーターの中で、
「あんな車に乗って、
こんなホテルに泊まってると、
僕達もお金持ちに見えるかもね。」
なんて二人で笑った。




二人で寮に戻り、
荷物を作り付けの家具に入れ、
ベッドを整え、
やっとケンタの部屋という感じになる。

$いつも感謝で-ケンタ

ケンタのルームメイトは韓国人。
彼はまだチェックインしていない。
いったいどんな子なんだろう。
ケンタの建物にはもう二人のアジア人がいるようだ。
でも圧倒的に白人が多い学校のようだ。
ああ、
私が緊張してくるなぁ。




これまでと違った環境で、
ケンタは独り立ちをしていくのね。
起きてると超おっさん顔なのに、
寝顔はまだまだ幼い。
ホテルの朝食が美味しそうだと、
結局ホテルに泊まったケンタ。
こうやって同じ部屋で寝る事も、
これから幾度あるだろう。



明日はオリエンテーション。
実はそれが何処であるか、
まだ場所を把握していない。
街中大学の建物だらけだし、
明日の朝は早く起きて、
行き当たりばったりで探す予定。

いつものことながら、
能天気親子なのであった。














今日は息子が旅立つ日。
なのにあまりに情けなくて、
ちょっとここでぶちまけたい。




日本から帰ってきてから、
まともに家にいなかった息子。
今まで仲良かった友達と、
なかなか会えなくなるからと、
友達の家へ泊まり歩いていた。

アメリカへ帰ってから旅立つまで、
たったの三週間しかなかったのに、
大学のいろいろな手続きや、
家の中でしなければいけないこともあった。
それなのに、
家に全く寄り付かない。

私は「To Do List」なるものを作り、
友達の家にいる息子にメールする。
これをしない限り、
外出禁止にすると伝える。
しかし、
それをちょこっと帰ってきて、
二日でさらっとこなしてしまった。
そしてまた出かけてしまったのだ。




そして今日、
私たちは午前4時50分に家を出て、
6時35分の飛行機に乗る予定。

ただ今午前2時7分。
10分くらい前に友達のところから帰ってくる。
その友達の母親とは知り合いだから、
早く帰るようにと念を押したのに、
やはりこんなにぎりぎりになった。

まだ荷物をまとめていない。
それは2、3日分ではない。
これから一人で生活するための必需品を、
まとめてバッグに入れる作業だ。

それなのに・・・。
自分ではガールフレンドじゃないと言いつつも、
そのただの友達と未だに電話で話しているし。
先にやらなきゃいけないことをして、
後で話しをしろと言うと、
「I know what I am doing.」
と返事が返ってきた。




だからこーやって、
母はブログでふてくされてる。
もう家を出て行っちゃうのに、
家族との団らんなんてこれっぽっちも考えてないし。
(ま~、旦那がそんな人じゃなかったからさ。)
息子って何とも冷たいもんだね。

でもそ~いやぁ、
私もそうやって家を出てきてしまったんだった。
それもこんなに遠くに。

子どもとは旅立つもんなんだよ、ね。




今日は向こうに着いたら、
早速車を借りて買い物の予定。
身の回りのものを揃えなきゃ。

マサキの事も頭の中を占領してるけど、
あれこれ向こうにいる間に、
しなければいけないことも、
頭の中に渦巻いている。

初めての土地だし、
初めての人たちに会うし、
すごく緊張気味だけど、
また新しい出会いや、
知らない土地に行く事の期待感が、
私の心を沸き立たせる。




でもそんな浮き立った心も、
帰りの飛行機の中で、
一人寂しく泣いてる自分を想像すると、
はぁ・・・・・、
考えるだけでも涙が出そう。

$いつも感謝で-k
こんな可愛い時もあったのに・・・。




とにかくだね、
早く支度しろよぉ。
私はとりあえず寝るぞ。
後2時間しか無いし。


おやすみなさい。
















今日から小学校が始まった。
マサキは今年から小学校5年生。
昨夜はなかなか眠りにつけなかったマサキ。
今朝は早朝7時前に来るスクールバスで登校しようとしていたが、
いつもの起床時間に起きる事ができなかった。
午前7時40分までに学校へ行けばよいから、
母は我が家から車で3分の学校へ連れて行った。

ちなみに徒歩で登校する生徒はほとんどいない。
歩道が無い道が多いし、
歩いている人をあまり見かけない。
我が家から学校まで歩くと、
坂道もあるから約30分はかかるだろう。



夏休みが終わる直前まで、
マサキはテニスキャンプへ行っていたから、
学校のオープンハウス(前もって先生に会いに行く日)には
行く事ができなかった。

だから私は、
マサキを連れて行ったついでに、
担任の先生に会いに行った。



高学年になればなるほど、
教室は廊下の奥の部屋になる。
7時40分までに教室へ入るため、
私たちは急ぎ足で長い廊下を歩いた。

マサキの行っている小学校の建物は、
入り口を入って行くと受付が右手にあり、
そのまま真っすぐ行くと、
左手に子ども達が昼食を食べるカフェテリアがある。
その右手には廊下が繋がっていて、
向かって正面の図書館から左右に別れて廊下が続く。
コンピュータ室や美術室などが左右に別れてあり、
それらの部屋を過ぎると、
左側の廊下は右に曲がり、
右側の廊下は左に曲がる。
そして左右それぞれの長い廊下の両側に教室があり、
突き当たりまで行くと、
その左右の廊下はまた繋がる。
分かりやすく言うと、
その廊下は上から見れば、
長方形の枠のようになっている。

$いつも感謝で-l


去年4年生の時は
左奥だったマサキの教室は、
5年生の今年は右奥だ。
長い廊下を歩きながら、
知り合いの先生を捜すが、
一人も見当たらなかった。

マサキの担任は、
上にも横にも大きな黒人女性。
彼女はマサキの名前を知っていた。
たぶんマサキもその先生を知っているはず。
彼女は既に厳しさを全身に醸し出し、
母とも話す機会を与えてくれない。
母は先生とは初対面だから、
とりあえずお互いの名前を言い、
握手を簡単にすませると、
教室から母は押し出された感じがした。

なんだか取っ付きにくい先生。
去年の男性の担任も、
最初の当たりは良いが、
あまり打ち解けにくい先生だった。
マサキは担任の先生に恵まれないよなぁ。



でも今年はラッキーなことに、
仲良し三人組が同じクラスになっていた。
その仲良し三人組とは、
マサキと二人の女の子。

なぜ仲良しが女の子達なのか・・・。


私達の住んでいる州の規則は、
学年の飛び級をしない代わりに、
学力の進んでいる生徒は、
特定の科目だけ上の学年の教室に行く事ができる。

算数が得意なはずのマサキは、
なぜだか一年生の時から、
リーディング(英語)クラスは上の学年に行かされていた。

一年生なのに、
リーディングの時間になると、
一人で長い廊下を歩いて、
二年生の教室まで行かなければいけない。
最初の頃はマサキは泣いて嫌がった。
二年生の時も泣いていた。
三年生では最初のうちだけ嫌がっていたが、
上の学年の生徒にも友達が増え、
すぐに慣れたようだった。

そしてこの仲良し三人組とは、
いつも一緒に上の学年のクラスに行く子達。
一年生の時はもっと人数がいた気がしたが、
去年からこの三人だけになったらしい。
彼らは自分の教室で勉強する意外は、
お昼も一緒に食べていたようだった。

女の子の一人、
ビクトリアはヒスパニック系。
眼鏡をかけていて、
ウエーブの長い髪はいつも綺麗にまとめられ、
見た目もしっかりしていて賢そう。
去年は4年生だったのに、
5年生をも負かしてしまった、
スペリングビーコンペティションの校内優勝者。
彼女の母親に会った時、
「うちの娘は学校から帰ったら、
いつもマサキの話しをしているわ。」
と言っていた。

もう一人のアリーシャは、
黒人の女の子。
彼女も眼鏡をかけていて、
一年生の時から校長先生のお気に入り。
何かと言うといつも良い事で名前が張り出され、
ステージの上に立つ事が多い子だった。
私にも手を振って挨拶をする、
とても人懐っこそうな子だ。


それにしても、
今年この三人が同じクラスと言う事は、
リーディングの時間には、
三人だけ別の課題を与えるつもりなのだろうか。
この州は6年生からは中学生だから、
小学校では5年生が一番上の学年。
どのような内容になるのか、
担任との懇談会で聴き出さなくては。




とにかく新しい学年度が始まり、
小学校最後の年ということで、
いろいろ忙しくなりそうな気がする。
それともテニスアカデミーに行くことになるか。
結果は9月までに決まる。

そしてもしテニスアカデミーに行かなければ、
私立中学校へ行くための、
奨学金の手続きを始めなければならない。
そうするとその手続きで、
今年の一年間は忙しくなる。



今年から上の二人は大学生。
二人は奨学金で学校へ通うから、
学校の事はそれぞれ二人に任せた。
(まだケンタの事は心配だが・・・。ーー;)
だから母の最後の砦?、
マサキにベストな環境を与えられるよう、
母はベストを尽くすつもりである。

なーんちて・・・^。^
言うのは易しなんだけどね。



注)ココで書いている奨学金とは、
アメリカでは「Scholarship」と言い、
返金しなくてもよいもの。
日本の返さなくてはいけない奨学金は、
「Student Loan」と呼ばれている。








まだまだ時差ぼけが残り、
寝ても寝ても寝足りない日々を過ごしている。
一昨日から仕事に復帰し、
毎日午後3時頃から眠くなるから、
同僚に寝てたら起こしてねと言う。

そして時差ぼけに加え、
マサキの毎日のテニスキャンプ送迎往復2時間以上。
これが結構体にこたえる。
後もう一日だけ。
何とか耐えなければ・・・。ーー;




その忙しさと同時進行しているのが、
ケンタの大学入学のための準備。
私の一人で急いている気持ちをよそに、
ケンタは友達の家を遊び歩いている。
やらなければいけないことはたくさんあるのに、
本当にこんなことで、
自立してやっていけるのだろうか。

大学から送られてきた書類に目を通し、
ケンタが見落としたところは無いかと、
英語力のない私が確かめていく。
私がこんな事をやっているから、
いつまでたっても息子が成長しないのか。

私としては我が侭に育てたつもりはないが、
やはり夫が厳しかった分、
子どもには甘いところがあると思う。
今はその厳しい夫がいないのに、
夫のように厳しくできないから、
こんな息子になったのだろうか。

何をするにも難なくこなせてきたケンタ。
これからは大きな壁にぶつかる事もあるだろう。
そしてたくさん苦労して、
たくさん失敗して、
立派な優しい人になってほしい。
そのためには、
何時もベストを尽くし、
全ての事に責任を持って、
毎日の生活を送ってほしい。

母としてはできるだけ苦労はしてほしくないが、
辛い事が多い方が、
生きていて幸せを多く感じるだろうし、
多くの人を幸せにする事ができると思う。
そんな事を思っていても、
できればいつも幸せでいてほしいのよね。




ケンタは大学の寮に入るため、
生活必需品を揃えなければならない。
寮のベッドは中途半端なサイズだから、
大学が用意してる布団セットを購入した。

オーダーした会社から送り先を聞かれ、
ケンタに聞いたが知らないと言う。
大学に電話してみて、
やっと分かった彼の新住所。

そして自分のiPhoneにこの住所を打ち込みながら、
息子がこの家から出て行く事を実感した。
私のものとは違う住所・・・。
我が子の初めての旅立ちを、
私は心に深く受け止めた。





来週末にはケンタと二人で、
大学の入学式に出席するため、
ニューヨーク州へ旅立つ。
初めて行く場所だから、
少し不安ではあるけれど、
どんな所かじっくり観てこようと思っている。


ただ我が息子を置いて、
一人で帰ってくる事を、
考えただけでも辛くなるのは、
母親だから仕方ないよね。
これからの彼の輝く未来を想像しながら、
寂しい心を癒やすとしよう。



息子よ。
夢に向かって、
一心に突き進んで行くんだぞぉ!













いつも読んでいるテニスブログで観た、
ニックさんのビデオ。
初めて観た映像だった。





そして彼のインタビューも見つけた。



私の思っている事、
私が人に伝えたい事を、
彼が全て伝えていた。



今、日本で大きな問題の「いじめ」。
「いじめ」という出来事が起こる前に、
一人一人の心が癒やされ、
そして満たされて、
平安に包まれて生活ができるように。
彼の語っている事が、
多くの少年少女達に、
多くの希望を与える事ができますように。


君が君であるために、
私が私であるために、
神様の愛があるのだと思う。












ただ今最終地点に到着直前。
アトランタまで残り2時間弱。
飛行機の中である。
この機体の座席の座り心地は悪くないが、
エンジンの小刻みな振動が体に響き、
なかなか寝付く事ができない。

もう少しで、
この旅も終わる。
長かったような短かったような。
素敵な思い出は引き出しにしまい、
今は新たに始まろうとしている事が、
頭の中を渦巻いている。

これからもまた、
いろいろ大変なことが起こりそうだが、
この飛行機に乗る直前にも、
ぽー一家に受難があったのだった。




いつもアクシデントが尽きない我が家は、
今回はアトランタ行きの飛行機に乗れなかったのだ。
旅行会社から貰った日程表の出発時刻に間に合うよう、
空港に少し遅れがちで到着。
そしてセルフチェックインのコンピューターに番号を入れると、
チェックインは既にできなくなっていた。
数ヶ月前に取ったチケットの出発時刻が変更になっていたのだ。

出発直前にネットでチェックしなかった私も私だが、
旅行会社から変更時間のメール連絡もなく、
国内線の航空会社は相手にしてくれなかった。
国際線と国内線の会社が違うため、
チケットを購入した国際線の会社と交渉をしなければいけなかった。

昨日は午後10時に空港に到着し、
2時間も空港内をウロウロさせられ、
旅行会社や航空会社に電話したが、
結局飛行機に乗る事ができなかった。

妹の家に戻ったのは午前1時半。
今朝も旅行会社と連絡を取り合ったけど、
交渉の不都合で乗れそうだった代わりの飛行機にも乗れず、
仕方なく追加金を支払い、
今はその後続の飛行機の中である。



妹家族にもたくさん迷惑をかけ、
ぽー一家の旅は終わろうとしている。

能天気な楽天一家、
ぽー家の受難はどこまで続くのか。



たくさんのものを無くしてきたぽー家。
思い通りに行かなくても、
必ずその経験は何かの益に繋がる事を、
少しずつ学ばされてきた。
何があろうとも、
私達にいつも希望を持たせてくれる。



とにかく私の今の希望は、
家に帰り自分のベッドにどっぷり沈まり、
がーっと寝たい。
ああ、後1時間もあるのねぇ。












昨日の昼過ぎ、
飛行機はロスに到着。
食料品を尽く取られると言われている税関を、
巧みな話術(ごまかしただけ^^;)で無事通り抜け、
大好物のラーメンを確保することができた。

ロスで妹家族に久々に会う。
彼女達はロスから一時間半の小さな都市に住んでいる。
大量荷物を車に積み込み、
駐車場から一般道路に出て、
それから高速道路に入った。
久々の「アメリカ」を感じる。





「戦闘開始だ・・・。」
私は心の中で思った。
私の体に緊張感が走る。

自己主張を必要とする国、
アメリカ。
良い意味でも悪い意味でも、
自分の考えをしっかり表す国。



もう数十年前だろうか。
留学していた妹を尋ねて、
アメリカを訪れた、
ごくごく普通のOLだった私。
二人でバスを待つために座っていたバス停のベンチで、
妹が「自分の鞄は自分で守ってね。」と言った。

結婚直後に小さなピストルを夫に持たされ、
「打たれる前に打て。」と言われた。
そして夫曰く、
「そんな性格だとおまえは利用される。」。



そんな忠告を受けながらも、
私はこの国に十数年も住んでいる。
私のような経験をした人は、
そんなに多くないかもしれない。
それでも私は、
これまで怖いと思った事は一度もない。
私の心臓が毛むくじゃらというわけでもない。
ただ住みながら必要な事を、
少しずつ学んでいっただけ。

そして「住めば都」は、
どこの国に行っても同じ事。
ここは今、
私の都でもある。





日本のやんわりした空気から、
アメリカのピリッとした空気を感じた時、
私は思ったのだった、
「さぁ、戦闘開始だわ。」
これまでの夢のようなニッポン滞在は、
私の心の休息。

明日アトランタの我が家へ帰る。
ケンタの大学の入学式や、
マサキのテニスキャンプや、
テニスアカデミーの件やで、
行事や考える事が山積みになっている。

気を引き締めて、
戦っていかなければ。





これで身も引き締まったら、
という意思も少しはあるんだけどね。
ちょっと運動を始めてみるかな。















巷では開会式を今日に向かえ、
オリンピックで盛り上がっている。

そしてぽー一家は今日、
日本を離れようとしている。

ニッポン旅行記は、
まだ書き終えてない。
続きはアメリカ発信になりそうだ。
先ほど荷物をまとめ終え、
もう朝までそれ程遠くない。
刻々とこの国から、
離れる時間が迫っている。



とうとう、
日本ともさよならね。
毎回同じ辛い気持ちになる。

私はここで生まれ育った故、
この国に降り立つと、
日本の空気が体に染み渡り、
何とも心地いい気持ちになる。

そして離れるときは、
地に根が生えてしまったこの体を、
この国から引きちぎるように、
異国へ帰って行く。




そんな思いをしても、
やはり帰らねばならない。
私の生活の基盤は、
今はこの国にはない。

そしてそんな思いをしても、
また戻ってきてしまう。
私のルーツはここにあるから。




ありがとう。
ありがとう。

家族へ友達へ、
これまで関わってきた人たちへ。
また多くの思い出を作る事ができた。



さよなら、ニッポン。
元気でいてね。
たくさん大変なことが起こっているけど、
すべてが公平に解決しますように。
泣いている人が笑えますように。
怒っている人が許せますように。
全ての人が愛に包まれ、
毎日感謝できるように。
また会える日まで。















日本滞在も残り三日となった。
何かしなきゃいけないことがあるのに、
ただ時間だけが過ぎていく気がする。
どうしよう。
気持ちだけが焦ってるんだけど。




いつも感謝で-19

ケンタとマサキの日常と言えば、
毎年里帰りする際に必ず学校へ通う。

今年高3のケンタは、
去年通った男子校に体験入学を申し込んだが、
やはり受験生の多い学年だから、
すでに行く大学が決まっているケンタが入ることはできなかった。

でもいつもラッキーな巡り合わせで、
周りの人に恵まれているケンタは、
去年お世話になった、
英会話のイギリス人教師が、
彼をアシスタントにしてくれる。

ジーンズの着用は断られ、
おかげでシャツとスラックスを数着購入。
上のような写真の姿となったわけ。

毎朝8時頃家を出て、
午後4時半頃に帰宅する。
積極的に生徒に話しかける事をしないケンタが、
どのような先生になっているのか。
私は興味津々だったけど、
でも見に行く機会は一度だけあった。

その日は終業式の前日に行われた、
「お別れ会+ケンタのプロジェクト発表会」。
ケンタはこの日のために、
期末テストの最中も学校へ行き、
このプロジェクトをパワーポイントで作っていた。
内容はアメリカの学校の仕組み、
大学の受験の仕方などを写真を踏まえて説明する。
それを去年のクラスメート達に紹介した。

私は学校から早く帰ってきたマサキを連れ、
そのお別れ会に参加した。
女子校に通っていた私は、
男子校へ行くのはウキウキ。*^^*

プロジェクト発表の後、
男子生徒達の質問の時間に、
私は教壇に立った。
ケンタの学生生活の暴露をした後、
若い男の子達を前に興奮したか、
私自身のアメリカでの経験を話し、
それを延々と続けてしまった。
彼らには世界に羽撃いてほしい気持ちが、
止めどもなく押し寄せてきたんだよね。
変なおばさんだわ・・・。^^;

ケンタは終業式が終わっても、
一日たりとも休まず毎日学校へ通った。





いつも感謝で-28

マサキは小2の時から、
地元の小学校へ通っている。
私の実家は山の中腹にあり、
小学校まで私の足で20分かかる。
もちろん帰りは上り坂だから、
もっと時間がかかる。
それをマサキは行き帰りどちらも11分らしい。
さすがテニスで鍛えられた脚力?

今年で四年目だが、
毎年同じM先生が担任になる。
彼は今年28歳になったらしい。
ダンスの上手な(マサキ説)彼は、
なかなかのイケメンで、
いつも優しく申し分のない先生だ。
マサキもケンタに負けず運がいいかも。

毎朝7時半にマサキは家を出る。
友達と7時45分に待ち合わせをし、
授業が始まる8時半までバスケットボールをする。
マサキ曰く、
彼自身クラス中で一番のバスケットボール選手らしい。
お別れ会でも、
クラスメイトとバスケットボールをしたようだ。

そしてマサキも、
夏休みに入って毎日学校へ。
それは学校のプールが開放されているから。
プールの大好きな彼は、
お風呂の中でも遊ぶのが大好き。(写真上)
因に今年はクロールで、
25mを泳げるようになったらしい。
毎年一ヶ月だけの滞在だけで、
すごいじゃん!

アメリカの学校では体験できない、
日本ならではの水泳の授業。
家庭科もその一つである。
そのおかげでケンタは、
ハンバーグの作り方を中学生で知った。
今年マサキはミシンを使って、
自分のバッグを作っていた。

本当に彼らは、
毎年よい経験をしていると思う。





$いつも感謝で-27

そしてもちろんテニスもしている。
今年は週3回だけ。
アメリカにいる時より、
練習量は少なくなってしまっているが、
日本の強いジュニア達から、
たくさん刺激をもらったことだろう。
(詳しくは「息子のテニスな日々」へ)






それにしても日本の食べ物って、

$いつも感謝で-23

お寿司も、

$いつも感謝で-30

広島のお好み焼きも、
美味しすぎなんだよね。





続く・・・











今日妹に、
「あと四日だね。」
と言われた。

・・・あと四日。
秒読みに入ったなぁ。
旅行記はまだ二週間分も書いてないのに。




いつも感謝で-15

一緒に里帰りした娘は、
私たちのテニス行脚に日程を合わされ、
最初の週は東京、
二週目は大阪にいるはめになり、
広島滞在は正味二日もなかった。

買い物のためにとっておいた丸一日。
すでに大都会で買い物を済ませているはずが、
まだ何か買いたいらしい。
バッグ4つに靴何足だったっけ・・・。
Tシャツなんて数えてたら、
とんでもないことに。
でもこのために一生懸命バイトしてたしね。
買い物の時間が足りないと言っていた・・・。




いつも感謝で-16

男二人は何してたかって・・・。
彼らは女二人につき合ってられる訳なく、
二人でアーケード探索。
何度ミスドでドーナツを食べた事か。
写真の顔からしてつまんなそう。^^;




いつも感謝で-17

買い物の後は大好物の焼き肉。
そしてその後は、
娘の友達のところへ。

写真のサンドイッチの頂上にいるのは、
その友達の子ども。
マサキとケンタに挟まれてるのは、
二人と大相思相愛の二人の叔母。
特にマサキは彼女にベタベタ。
ま、母親が二人になって、
私としてはちょっと楽なんだけどね。

この写真はすごく可愛くて、
私のお気に入りである。^^




そして次の朝、
またぽー一家は東京へ向かった。
JRレールパスがあるから、
もちろん新幹線で。
目的は娘を成田まで送るため。

東京へ着く直前に、
車内でメールをしまくっていたケンタが、
いきなり「僕、渋谷に行くから。」と言う。
そして彼は一人品川で降り、
友達に会いに行ってしまった。
一人で出かけるのは日本では初めての事。
それもこの広い東京で。
私は少し心配だったが、
方向感覚の良い彼の事だから、
這ってでも帰ってくるだろうと思った。

成田空港に着き、
食事を軽く済ませた後、
また娘の買い物に付き合い、^^;
時間ギリギリに出国ゲートへと送り出す。
彼女も初めての一人国境越え。
アメリカに着いたら、
後は英語が通じるからなんとかなる。
アクシデント慣れのぽー一家は、
いつも楽天一家なのである。^^

だがさすがにこの日は、
寝る事ができなかった。
東京の宿泊先は、
いつもの友達宅。
電車を降りて徒歩かバスで、
彼女の家まで帰ろうと思っていたが、
この日の東京は、
台風が直撃していた。
駅まで迎えにきてくれた彼女の車に乗るのでさえ、
一苦労するくらいの土砂降りの雨だった。

友達の家に着き、
すぐにケンタに連絡。
電車が止まるかもしれないから、
早めに帰ってくるようにメールを送る。

渋谷駅を出たところまでは連絡があったが、
その後は返事が返ってこない。
外は豪風雨がうなってるし、
探しに行く訳にもいかない。
何とかなるだろうと思いつつ、
彼の帰りを待ちながら、
布団の中でうとうとしていると、
目の前に大きな影が立ちはだかり、
私は飛び起きた。
時計を見ると午前3時を回っていた。

ケンタの話によると、
最寄りの駅の一駅前で電車は止まり、
四時間後に電車は動き出したらしい。
彼の携帯のバッテリーも切れ、
結局最寄りの駅から30分の道のりを、
一人で歩いて帰ってきた。

やっぱりケンタだ。
この子はいつも何とかしちゃうんだよね。
何があっても動じない、
ある意味図々しい性格だが、
この時一人で帰ってこれた事は、
我が息子として誇らしく思えた出来事だった。




一夜だけの東京滞在。
友達の家を後にし、
トンボ帰りで広島へ帰る。
その日のうちに、
ケンタの行く学校へ、
挨拶に行くと言う予定が入っていた。





いつも感謝で-20

広島と言えば広島カープ。
ケンタが私の従兄弟から英語翻訳を依頼され、
その報酬として野球観戦チケットを貰った。



いつも感謝で-21

駅地下でケンタはカツカレー、
マサキは広島お好み焼きと、
それぞれ自分の好きな弁当を買い、
応援前の腹ごしらえ。



$いつも感謝で-22

そして大好きなテニスでさえ、
ゲーム観戦を好んでしないマサキは、
ルールもほとんどわからない野球だから、
案の定母の膝の上で爆睡していた。
おかげで私は思いっきり応援できないし、
カープは負けてしまうし。
でも広島の夜を、
たっぷり味わった日だった。







続く・・・。