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いつも感謝で

アトランタ在住のうぃどう、ぽーの日記





今朝はなんだか、
すごく泣きたい気分だった。



朝5時に起き、
シャワーを浴び、
息子と自分の弁当を用意する。

今日はなんで、
こんなに泣きたい気分なんだろう。
自己憐憫に入っちゃったかな。
ああ、朝からヤダヤダ。

一人で黙々と考えながら、
全て支度を済ませ息子を起こす。
それから二人で車に乗り、
出かけようとする直前だった。

息子は寝起きから機嫌が悪く、
それを私は注意していた。
そして車に入る直前で、
私の質問に何も応えなかった。

車の中での説教が始まる。
時間が迫っていたけど、
私はしっかり言っておかないとと思い、
彼の行い一つ一つを注意した。

車を運転し始めても、
まだ一方的会話を続けたが、
一旦話を終えたとき、
今朝感じていた気持ちが蘇り、
いきなり涙が出てきた。

息子に涙を見せたくない。
・・・と思っていても、
どんどん流れ出てくる。
朝の暗闇の中で、
私は運転しているから顔は見えないが、
息子は私が泣き始めたことに気付く。

やっと涙も止まり、
深呼吸してから息子に謝った。
そして大好きな曲をかけて、
大きな声で歌いながら(私だけ)、
息子の学校へ向かった。



途中いきなり雨が降る。

あれ?
今日は曇りのち晴れだったはず・・・。

もう長い間、
息子のテニスに関わってきたから、
雨が降るとテニスが出来ないと、
瞬間的に残念に思う事がこれまでの日常だった。
それでも長時間運転の高速道路で、
朝の渋滞の中を走っているのだから、
「嫌だな」という思いを浮かべるのが普通だろう。

でも今朝は違った。

いつものように、
「テニスできないな・・・。」
と思ったが、
「あ、できるんだった!」

今息子が通っているテニスアカデミーには、
インドアコートが八面もある。
私は運転しながら車に落ちてくる雨を見つめて、
「ああ、なんて感謝な事なんだろう。」



少し前まであんなにぼろぼろ泣いていたのに、
いきなり降ってきた雨で、
私は感謝の気持ちでいっぱいになり、
前を向いたまま嬉しくて笑った。

雨は一、二分ほど降っただろうか。
すぐに止んで、
道路は何もなかったかのように、
乾いている。



神様、
またニクい事、
やってくれるじゃん。



泣きたい気分はどこかへ吹っ飛び、
今日もまた良い一日を過ごせると思った。
今日も感謝だね。
















人生とは次から次へと、
思いもしない事が起こるもんだ。
私にとってのこの二ヶ月は、
激動の二ヶ月と言っていいだろう。

娘のティティが大学を転校し、
息子のケンタが大学に入学し、
そして末っ子のマサキが、
奇跡的にテニスアカデミーへ入る事が出来た。

それに伴って、
私達の生活環境が変わり、
時間的な調節が必要になり、
私は転職せざるを得なくなる。

切羽詰まっているにも関わらず、
友達の紹介により、
この就職難の中、
一週間も経たないうちに仕事が決まった。

しかし、
私の激動の期間は、
それで終わりではなかった。





先々週の金曜日に、
友達に紹介してもらった会社の面接に行き、
火曜日には内定が決まったが・・・。

次の日の水曜日は、
いつものように仕事が休みだから、
私はテニスアカデミーで、
マサキのテニスレッスンを一日中観る予定だった。
テニスコートの側でふと携帯を見ると、
前日からのメッセージに気付く。
人材派遣会社からのメッセージだった。




私の今の仕事は、
6年前マサキが小さかった事もあり、
午前中だけのパートタイムで働いていた。
マサキが少し大きくなり、
金銭的にきつかったので、
フルタイムの仕事を探そうと、
数年前に数件の人材派遣会社に履歴書を送っていた。
一週間前から始まったマサキの送迎で、
今の仕事を続けられそうになかったから、
二週間前にそれらの会社に電話をした。
その時には何も良い情報は得られなかった。



そのメッセージは、
紹介したい仕事があるとのこと。

・・・考えた・・・。

友達に頼んで入れた会社。
まだ始まっていないにしても、
もう決まってしまった事。
それを覆したくはなかった。

・・・悩んだ・・・。

テニスコートの周りをウロウロしながら、
長い間いろいろな事を考えた。
そして私は電話をかけてみる。




内定が決まった会社は初めての仕事内容なので、
低い金額の年俸で始めなければいけなかった。
でも新たに持ち込まれた話の仕事は、
これまで私が経験したことのある仕事。
だから金額的にも高いし、
何よりもテニスアカデミーと同じ町。
もしそこに通う事になれば、
一日二往復の運転を、
一往復だけで済ませる事ができる。

条件はとても良いけど、
それでも悩んだ。
人材派遣会社の人とも、
その時の状況を説明し相談した。
彼女はこちらの会社の方が大きいし、
私の経験済みの仕事だからと強く勧める。




私は返事を一日待ってもらった。
私の考えが決まらなかったからだ。
せっかく決まった内定を、
簡単に断っても良いものか。
そしてこれまでの貧乏な生活に慣れてしまった私は、
そんなに初めから給料を貰っていいものか・・・。
(と言っても十数年前に勤めていた時に
貰っていた金額よりも低いけど。)
少ないバジットで、
ぎりぎりの生活をする事に慣れているから、
そんなにお金があってはいけない気がした。

でもよくよく考えてみると、
お金を貰う事は悪い事ではない。
一番に考えなければいけないのは、
やはりマサキの事。
彼に今必要なことは、
早く家に帰り休息を取る事。

テニスアカデミーに通い始めて一週間だが、
マサキは今の生活にまだ体が慣れていなく、
家に着いたとたんに、
そのままリビングの床に寝そべり、
数時間起きない事も数回あった。

朝はギリギリ6時15分に起こし、
午前6時半に家を出て、
朝食は車の中で済ませる。
午前7時半にテニスセンターに到着。
夜は必ず9時に寝させようとするが、
家に帰ってくるのが午後8時頃だから、
床に就くまでは大忙しだ。




この新たな話が来た会社は、
仕事は朝8時に開始。
社員は全員アメリカ人だから、
午後5時にはきっかり帰宅。
そうすると住所は同じ町だから、
マサキを早く家に連れて帰る事が出来る。

それでも迷って、
友達に相談したり、
今の仕事のオーナーに相談したりした。
結局面接を受ける事にする。




人材派遣会社から、
私の履歴書が通り面接が決まったと連絡が入る。
そこで初めて、
その会社の詳細を知る事ができた。

なんと昔取った杵柄!と言うか、
大昔いた会社がそこの製品を扱っていた。
だからそれが何に使われるかなど、
私はある程度知っていたのだ。

もう一つ驚いた事がある。
テニスアカデミーは大きな町の西の端にある。
端から端までは車で30分はかかるだろう。
その会社はただ同じ町の中にあるとだけ知っていた。
しかし実はテニスセンターから車で出て、
道を真っすぐ行った所にその会社はあった。
それもGoogleマップだとたった6分。
実際ノンストップで運転すると、
カップラーメンが出来上がる間のたった3分!

本当にこんな事があっていいのかと、
私は本当に目を疑った。
あまりに話が上手すぎる・・・。





こんな良い話だけれど、
私は友達の事が気がかりだった。
わざわざ私を会社に紹介してくれた友達。
本当に申し訳ない思いだったから、
土曜日に彼女に会いに行った。

そして状況を説明し謝った。
彼女はまずは自分の家族の事を考えるように言ってくれた。
次の日には彼女の夫にも、
会社はビジネスだから、
断っても大丈夫だと慰めてくれた。
そのおかげで私は、
心を落ち着けて面接ができたのかもしれない。





面接は今週の月曜日にあった。
第一回の面接は先週行われ、
アメリカ人3人、
日本人3人が面接を受けたらしい。
その中の一人のアメリカ人をとても気に入ったらしく、
その人は月曜日から既に働いていた。
そしてその内の日本人の一人は落とされる。

月曜日の面接は日本人二人。
私は午後からで最後の一人だった。
面接は午後3時半から。
周りの友達には、
面接が上手く行くよう祈っていてくれと頼む。

日本の会社であるのに、
アメリカ人しかいない会社。
仕事の内容を聞くと、
お金をたくさん貰って当たり前だと思う程、
大変な内容だった。
それでも私はあまり緊張する事も無く、
終わって外にでると5時だった。
残りの6人の中から、
誰を採用するかを次の日に決めると、
面接官は言っていた。




マサキをテニスアカデミーへ迎えに行き、
我が家へ向かう車の中、
悶々と一人で考えた。

受かっても大変だな・・・・。
でもマサキにとっては、
こちらの方が良いし・・・。
どちらにしても仕事があるということは、
すごく幸運なことよね・・・。




火曜日の昼過ぎ、
人材派遣会社から電話がある。
受かったらしい・・・・。

信じられない!
こんな長い間パートで働いてきたおばちゃんが、
そんな会社に受かってしまうなんて。
こんなことがあってもいいのか・・・。
そして本当に私でもできることなのか。
不安な気持ちでいっぱいだった。

でもそれを長い間考えていると、
以前働いていた時の気持ちが、
いきなり沸き上がってきた。
自分の仕事が認められた時の嬉しさ・・・、
それが蘇ってきたのだ。

I can do it!
Nothing impossible!





次の月曜日から、
その仕事は始まる。
本格的に積極的に、
今度は私の人生をまた歩き始める瞬間。
これまで子どものためだけに仕事をしてきた。
でもこれからはそれだけではだめだ。
生き残っていくためには、
自分の力を出し切らなければならない真剣勝負。
息子のテニスや学校のことだけを、
考えている時期は終わったなぁ。
これで本当によかったのか。

でもこのことは、
また私の上に起こった奇跡である。
人生の幸運を全て使ってしまったような気がするが、
本当に本当に心から感謝している。





後は・・・、
友達に最終結果の電話をしなければ・・・。
内定が決まっている会社にも、
早く連絡しなければ・・。
やっぱり、気が重いね。















歳とっちまったねぇ。
サンヒョンも一緒にとっちまったけど。
最近はホント、
体に直に歳を感じる。

日本人は若ぶりに見えるが、
私はそうでもないような。
娘に暗い色の服を着るなと言われた。
友達から赤が似合うと言われ、
最近は赤い服を着たりする。
少し気分はるんるんするが、
でもやはり歳なのよね。



でも歳取っても、
誕生日って何だか嬉しい。
フェイスブックでも、
大量のコメントが入ってて嬉しかった。
妹が電話してきてくれたし、
娘も電話してくれた。
息子はメッセージだけ。
一番下の息子は、
今日が何の日だか、
知らんかったしね。

それにしても、
毎日の長距離運転は、
やっぱり体に応えるわ。
一週間やってみたけど、
自分でも往復二回を良くやってると思う。
卒業するまで後8年。
私は耐えれるのだろうか・・・。



就職の件では、
その後他にも入ってきて、
まだごたごたしている。
結果はまたブログに上げる事にしよう。



韓ドラも観れずに寝るなんて、
私には何と言う屈辱っ!
なんて思いながら、
もう目が半分閉じてるので、
もう寝ます。

ああ、歳なのよねぇ。



おやすみなさい。













奇跡は起こる!<息子の巻>
⬆これをもう一つのブログに書いたばかりだが、
なんと私にも奇跡が起きた。




私は一度会社に勤め始めると、
そこを殆ど動く事はしないが、
今の職場六年目にして、
転職を決意してしまった。

時間的にはあまり長く働けなく、
そして毎日でもないことに加え、
時給も良いとは言えない今の職場。
数日前にブログで書いた親友に、
ここのオーナーを紹介してもらい、
最初の頃は子どもの帰宅に合わせて、
午前中だけ働いていた。

親友とは教会関係で知り合ったが、
このオーナーもクリスチャンで、
とても優しい人だった。
私の数々の困難の時に、
いつも助けてくれた人の一人。

彼女の夫も、
元NBAプロバスケットボールプレーヤーでありながら、
車が壊れた時とか、
我が家が水浸しになった時など、
いつも直しに来てくれ助けてくれた。

それよりも何よりも、
私の息子達の事を、
本当に大切にしてくれた人達だった。




だから今回辞める事に対して、
すごく迷った。
でもここ数年勤務時間が徐々に減り、
金銭的に我が家の生活が苦しくなり、
身動きが取れなくなる前に、
早く転職をしなければと長い間考えていた。

そしてこの度、
息子のテニスアカデミーへの入学が決まり、
職場から遠いテニスセンターまで迎えにいくため、
これまでよりも早い時間に退社することになり、
更に勤務時間が減ってしまったのだ。

ケンタの大学への支払いも、
奨学金だけでは払いきれないし、
将来的に安定した仕事がほしかった。
それでも優しい人達から離れる事は辛いし、
会社にとっても長年勤めた私が辞めることは、
多少なりとも業務が更に忙しくなる。

でもいろいろ考えた末、
以前から友達が教えてくれていた会社へ、
履歴書を出してみた。
二日後に面接があり、
それから四日後に採用決定。

こんな就職難のときに、
こんなにもトントン拍子に、
仕事が決まって良いものか。
それも転職を決断した直後だったのに。

これは本当に奇跡としか言いようがない。




今日仕事に行って、
オーナーに辞める事を告げた。
涙が出て仕方なかった。
やっぱり、辛いなぁ。

この職場に来れるのも、
今月いっぱい。
精一杯働かせてもらいます。




息子と共に、
私の新たな第一歩も始まりそうだ。














何が嬉しいかって?
遠い遠い所へ行ってしまった、
息子のケンタが電話をかけてきてくれた。

それが期待してなかった分、
突然だった事もあるけど、
叫びたくなる程嬉しかった。
久々に息子の声を聞くのって、
こんなに嬉しいものなのかと、
改めて思った。
まるで恋人と話しているみたいに、
すごくドキドキした。



ああ、いかんなぁ。
いいかげん、
子離れせんと。
ケンタの一番好きな身近な男性Mr.Jに、
毎日のように言われている。
「Let him go.」
今年里帰りした時にも、
同じような事を父に言われた。

わかってるよ。
わかっているんだけど、
しがみついてしまうんだよね。

ケンタにもマサキがいるじゃん、
なんて言われるんだけど、
マサキは何となく「ペット」(ごめんね^^;)な感じだけど、
ケンタはもっと「私の息子」って感じ。
この違いは何でしょ。

この寂しさに耐えれず、
最近他の所でそれを埋めようと、
気持ちが変な方向へ向かっている。

それは何かと言うと、
「男友達」。
電話したくなるんだよね、誰かと。
それも女性ではなく男性。
ま、私の事だから、
話せる人はそんなにいませんけど・・・・。

でもそんな自分がなんか嫌。
気持ちがすごく中途半端。
どうにかしたくなる衝動。

アカン、アカン。




今日は日曜日。
ケンタから電話がかかってこないかなぁ・・・。
最近彼はいつも夜中の12時頃まで、
建築学科のスタジオにこもりっきりらしい。
朝方までいることもあるとか。

体に気をつけて、
毎日しっかり食べているのだろうか。
離れているから、
そんなことがすごく気になる。

電話がかかってこないかなぁ・・・。
考えただけでも嬉しくなるなぁ。

早くここから脱皮したいけど、
そのままでいたい気分。
母親ってこんなものなのかしら。




そうだ、
こんなことをやんわりと、
考えている場合ではなかったんだった。

明日からマサキのテニスアカデミーへの送迎のための、
長距離運転が始まろうとしている。
片道一時間半を予想しているから、
朝夕往復合計六時間。
考えただけで恐ろしくなる長丁場。
一日の四分の一を車の中で過ごすってことね。
それがこの先何年続くのだろう。

こんなことで、
まともに生活できるのか、
すごく不安なんだけど、
マサキのこれからの事を考えたら、
そんなことは二の次だわ。

長距離運転なんか、
たいしたことないさっ!
と自分で気合いいれるぞ~!




・・・な~んて、
今日の午後のイベントに行くために、
長距離運転をしなきゃいけないことが、
すっごく面倒なんですけど・・・。

はぁ、歳だわぁ。
運動しなきゃ・・・。















久しぶりに親友に会った。
彼女は私が困難の中にいるとき、
いつも私のために祈り、
出来る事はすべてしてくれた人。
故郷から遠いこのアメリカで、
やっとできた親友の一人。

最近はお互いに忙しく、
でも疎遠になりはしても、
電話をかけて連絡を取り合っていた。

最近人づてで、
彼女がたくさんの問題を抱えている事を聞く。
私は心配したが、
自分からは電話をしなかった。




彼女は頭脳明晰。
16歳で高校を卒業。
何事もそつなくこなし、
文才に長けているうえに、
話し上手でもある。
素晴らしいネゴシエイターとして、
私が困った時には、
いつも助けてくれた。

人に対しても一生懸命な人だから、
ましてや自分の家族のためになら、
自分のすべてを投げ出して、
出来る限りの事をする人だった。



彼女には子どもが4人。
長男と長女の歳の間に、
双子の男の子を引き取り、
養子として育てる。
医者の妻として、
誰もが羨む生活をしていた。

しかし夫の暴力により離婚。
夫は男の子達を、
彼女は女の子を引き取った。

彼女は娘を他へ預ける事は避け、
家の中で働きながら、
娘に勉強を教えながらホームスクールをしたり、
中学生になると私立の良い学校へ入れたりと、
娘のために出来る限りのことをしていた。

夫は子連れの女性と再婚した。
そしてその数年後、
長男は何かに耐えきれず、
高校生の時に家を飛び出した。
目的地は母親の家。

車だと25分ほどの距離だが、
徒歩だと4時間弱は掛かるだろう。
それも殆ど歩道のない道だ。
それでも彼は暗闇の中を、
母親の家へ向かって、
ひたすら歩いた。



彼女は長い間会えなかった息子が、
突然夜中に家を尋ねてきた事に驚くが、
彼の心が何かで傷ついてしまっている事を嘆き、
彼を引き取り出来る限りの事をした。
彼の心の問題を解決しようと、
カウンセラーへ連れて行った。
生活態度を変えようと、
特別養護学校へも入れた事があった。
彼の心を癒やそうと、
考えれる限りのことをした。

それでも彼の傷ついた心は、
癒やされることはなかった。
医者の父親と、
頭脳明晰の母親を持つ彼は、
頭は良いが勉強は嫌いだった。
市内の小さな大学へ進学するが、
交通事故を二度も起こしたり、
いろいろな問題を起こして、
大学を中退してしまう。

それからも更に、
彼の悪行はひどくなる。
母親のクレジットカードや、
宝石にも手を出すようになる。

そして数ヶ月前、
窃盗の罪状で拘置所(Jail)へ入った。
今月の25日に裁判が行われる。
前科もあるから、
刑務所(Prison)行きも免れないかもしれない。





久しぶりに親友から電話がかかり、
私の息子達の状況を聞いてきた。
私はあえて彼女の問題には触れなかった。
そして長い間会っていなかったから、
昨日彼女の顔を見に、
家まで行ってきた。



料理上手の彼女は、
私にとても美味しい朝食を作り、
温かいコーヒーを飲みながら、
久しぶりの良い時を
二人で過ごした。

それから彼女は徐々に、
息子の話をし始める。
最初彼女は、
息子に対して怒りを表していた。
何故彼がそのような事をするのか、
彼女には理解できず、
その不満を吐き出していた。

そして彼女は声を詰まらせる。
それから一気に、
彼女の止めどもない気持ちが、
涙と共に溢れ出てきた。

自分を犠牲にしても、
心から愛している息子を救いたい。
でも彼は罪に対して、
必ず償わなければならない。
これから恐ろしい刑務所へ
入るかもしれない息子の事を思うと、
あまりにも哀れで悲しく、
心配でならないだろう。
彼女の胸の張り裂ける思いが、
手に取るように伝わった。
私の心も苦しくなり、
彼女と二人で抱き合って泣いた。




何故このような事が、
あんな素敵な友達に起こるのか。
私は本当に信じられなかった。
あれ程一生懸命に子どもを育て、
毎日祈りの中で生活をしていた彼女が、
こんな血の涙を流しているのだろう。
どうしてこの耐えきれない苦痛を、
味わっていかなければならないのか。



それでも私達は知っている。
神様が私達にこれから何をしようとしているのかを。
それでも私達は知っている。
神様がこれまで私達の上に何を起こしたきたかを。
だから私達は感謝する。
この苦痛も取り上げられ、
いつか必ず喜びに変わる事を。

今日も彼女はいつもと変わらず、
祈りつつ生活をしているだろう。
そして私も忙しい日々の生活を続ける。
でも私達の祈りは尽きる事はない。
どうか全ての思いが叶いますよう。

今日も感謝で。












最近の私のブログは、
子ども達の話が中心になってたな。
そう言えば、
ニッポン旅行記も、
まだ途中だったんだ。
もうあれから一ヶ月以上、
経ってしまったんだね・・・。




韓ドラ好きの私は未だ健在。
毎晩何らかのドラマを観ている。
現在視聴中の「サイン」。
「パリ恋」ほどにパク・シニョンに惚れ込めず、
話は面白いけど、
ラブラインになると
ちょっと引いてしまう。

この前観ていたドラマにも、
なんだか不完全燃焼な感じがして、
またしても「お嬢さんをお願い」を、
底の方から引っ張り出し、
既に何度も観たのに涙が出た。

最近これと言って、
絶対また観たいと言う物がない。
一番最近では、
「成均館スキャンダル」まで
さかのぼってしまう。
これも何回観返した事か。

個人それぞれ好みもあるだろうが、
視聴率が良いからと言って、
私がめちゃ惚れ込むというわけでもない。
たった一つの場面に感動して、
何度も観てしまう事もある。

数年前に韓ドラを貸した友達が、
最近になって観始めた。
この前どれ程彼女が嵌っているか、
長電話で教えてくれた。
私と同じ症状を話す度、
病状が進んでいるのが手に取るようにわかり、
「気をつけなきゃだめだよ。」
と忠告する私も私だよね。^^

この前も誰かが、
アメリカの有名シンガーも嵌ったと言っていた。
そりゃ、
私の義理の弟(アメリカ人)も、
英語字幕版に大量出資するくらいだから、
韓ドラの威力は、
今更ながらにすごいもんだと感心する。





そんな事を書いている私は、
最近自分の人生が忙しく、(子どもの事ね。)
韓ドラ視聴も前程進んでいない。

昨日も友達が久々に電話してきて、
自分がもう子育てが終わったもんだから、
早いところ彼氏を作れとしつこく言った。
旦那が亡くなってもうすぐ5年。
早かったような、
でも長かったような。

もちろん誰かに頼りたくなる事がよくある。
寄りかかれる誰かが欲しい時も。
でもだんだん一人が慣れてきた分、
誰かが加わると面倒にもなる。

実は夏が始まる前、
友達から一人紹介された。
アメリカに帰ってきて、
早速携帯にメールが入る。
忙しいからと返信し、
そのままにしておいたが、
ふと寂しくなると返事を出していた。

久しぶりに電話で話すと、
とんでもなく長話してしまったが、
それでも電話を切った後は、
なかなか疲れが残るんだよね。

実はずっと前にブログで書いた、
気になる人がいたことはいたんだけど、
でもこの前久々に会う機会があり、
話をしてみると、
あまりピンとこなかったのよね。

あれ?この人じゃないな・・・。

まだ長電話の彼の方が、
話が長続きする。
彼には早く会おうと催促がくるが、
私はまだまだREADYじゃないんだけど。
そろそろ会わなきゃいけないかなと。





もうこんな歳になったのだから、
今更気を使う人とは話をしたくない。
この先仲良くなるのだったら、
何でも話せて喧嘩もできて、
それでもお互い尊重できる人がいい。
ってそんな簡単にはいかないか。

まだまだ末っ子の世話で、
忙しい日々を送るだろう。
忙しさに疲れた時に、
それを癒やせる何かであれば、
それが私の理想だなぁ。





すんません。
こんなおばちゃんが、
贅沢言ってたらあかんね。^^;














テニスの事でばたばたしていて、
あっちのブログ更新ばかりしていた。
今日は久々の休みのような気がする。
昨晩は娘のティティが晩ご飯を作ってくれて、
(オーブンに入れるだけだけど。^^;)
今日はその残りがたくさんあるから、
晩ご飯の用意もしなくていいしね。

それにしても、
ケンタがいないから、
食べ物が余り過ぎて非常に困る。
ご飯も炊いたけど、
殆どが冷凍庫の中に入るはめになってしまった。
食費にあまりお金を使わなくなって、
私としてはすごく助かるけど、
なんだかせいがないよね。
(注:「せいがない」が方言だとは知らなんだ!
意味は「張り合いがない、やりがいがない」)

だからといって、
実は家計はもっと大変になった。
ケンタは多額の奨学金を出してもらえるが、
なんせ彼の大学は私立大学。
授業料に寮費や食費が目が飛び出るくらい高くて、
奨学金では賄えきれない。
今その支払いを何処から絞り出そうか、
母は思案中なのである。
ま、なんとかなるさ、というのが、
いつものぽー家の結論になるのだが・・・。^^;





それではその大学の紹介をしてみようかな。

この大学のあるトロイ市(ニューヨーク州)は、
州都アルバニー市の隣にある
人口五万人以下の小さな街。
人口の十分の一がこの大学の学生だ。
有名な事柄と言えば、
アメリカを象徴するキャラクターの一人、
アンクル・サムの出身地だ。

いつも感謝で-u
<アンクル・サム>

この街はこの大学で殆ど成り立っている。
街のあちこちに大学の名前があり、
特にこの時期だからか、
帰省していた学生達や、
新入生達への歓迎ぶりは、
街の至る所で見る事ができた。

いつも感謝で-6
<丘の上の学校から見るトロイの街>




工科大学と名が付いている通り、
学生の殆どはエンジニアリング学科。
アメリカ一の超有名なマサチューセッツ工科大学(MIT)にも
引けを取らない学科だそうだ。
プエルトリコからきた一人の新入生は、
そのMITにも受け入れられたが、
小さな学校の方が勉強しやすいという事で、
この学校を選んだらしい。

ケンタが入った学科は建築学科。
小学校三年生のときから、
彼の建築家になるという夢は変わっていない。
夕食時に一緒に食事をした親達の話しによると、
この大学の建築学科はアメリカ一だと言う。
ケンタが誰かから聞いた話によると、
世界では四番目らしい。
そうするともしここで一番になると、
世界で一番にもなりうるじゃん!
と私はケンタを激励した。

ちなみに卒業生には、
第十一代のアメリカ大統領もいるが、
有名建築家の名前も連なっている。

そしていくつかある学科の中で、
この建築学科が一番忙しい学科だ。
ある学生の話によると、
建築学科の学生に会う事さえ難しいらしい。
何故かと言うと彼らは一日中、
授業や課題でスタジオから出れないから。
そして卒業するまでに五年もかかる。
怠慢な母親に似ているケンタは、
本当にここでやっていけるのか。
始める前からすごーく心配なんですけど。

でも彼の人生のためには苦労はつきもの。
たくさん勉強して苦労してほしい。
そんな良い機会を与えられたんだから、
ケンタは本当に幸運だと思うよ。

いつも感謝で-5
<「グリーン」と呼ばれている建築学科のスタジオ。
この中にケンタは缶詰状態になるらしい。>





初めてこの大学のことをよく知って、
母は感動した。
後二年経てば190年目になる、
ここは歴史のある本当に良い大学だった。

母は元々アメリカの大学の事は良く知らないが、
あまり聞いた事のない大学の名前だったから、
ケンタがここに入りたいと言ったとき、
どうして片田舎のこんな所に決めたのか、
とても疑問に思っていたのだ。





学生にとって小さな街というのは、
ある意味、安全で過ごしやすいと思う。
大学の安全保障もしっかりしている。
大学生を守るために、
一つの会社がそれを受け持っていて、
そこの代表者が言うには、
「子どもに電話して見つからなかった場合、
すぐ私達に電話をして下さい。
必ず見つけて連絡します。」
なんという贅沢なサービスだ。

それから至る所にあるエマージェンシーポール。
目立つ赤で青のランプが点いている。
何かがあるとそれのスイッチを押せば、
すぐその会社に連絡できるようになっている。
学校の敷地は、
端から端まで歩いて2、30分くらいだろう。
その中を歩いていると、
安全保障会社の車を何度も見るし、
自転車でも走り回っている。
私立大学なだけあって、
こういうところにもお金をかけているのね、
としみじみ思った。





もう一つ感動したのは、
EMPAC(Experimental Media and Performing Arts Center)と言う名の、
大きな建物だった。
若い頃に仕事は芸術系に進もうと思っていた私は、
素晴らしいアートや建築物を見ることが大好き。
アントニオ・ガウディの作品を見るため、
スペインのバルセロナに行き、
サグラダファミリアを一日中見ていた事もあった。

いつも感謝で-1

石で作られた重厚な建物が多いなかに、
いきなり近代的な建物があり驚いた。

いつも感謝で-2

デザインにどのような意味があるかわからないが、
ガラスの箱の中にノアの箱船が入っている感じだ。

いつも感謝で-4

上の入り口から入ってこの異質な建築物を見て驚いた。
一面ガラスでできた建物の中に、
木の素材の大きな別の建築物が入っていた。

いつも感謝で-3

この木製の建物の中には、
大きなコンサートホールが入っている。
その他にももう一つのコンサートホールや、
たくさんのスタジオに研究室などがあり、
毎週パフォーマンスや展示会などが行われている。

いつも感謝で-e

もっと時間があれば、
それぞれの部屋のそれぞれのデザインを、
この目で一つ一つ見てみたかったな。
(EMPACのウエブサイト






ペアレント・オリエンテーションは、
この建物エンパックの中で殆ど行われた。
私立だからお金持ちが多いだろうと予想はしていたが、
肌でそれをはっきり感じる事ができた。

まずは昼食時に丸テーブルで、
知らない者同士が集まり話しをし始める。
何処から来ているか始まり、
後は殆ど我が子自慢大会。

アメリカの高校ではAPテストという、
上級コーステストを受ける事ができる。
それを取ることによって、
大学での単位の特典を得れるテストだ。
この大学の生徒は、
このテストの評価が1から5(最高評価)までの中で、
5と4の学生が殆どを占めている。

だから親達は我が子がどれだけ賢いか、
食卓の上で競うわけである。^^;
こんな所に来たケンタも大変だな、
と、人ごとのように思う私。
ここだけの話しだけど、
ケンタの評価は3だった。
「秀、優、良、可、不可」の真ん中である。
まぐれでも自分がここに入れた事はすごいと言っていた。
ま、頑張ってくれたまえ。





良い学校だと言える理由に、
子ども達を一生懸命指導しようと言う意思が見える事だ。
どんな悩みや問題があっても、
小さな事でも連絡をくれと、
大学関係者はステージの上で言っていた。

オリエンテーション最後の日に、
大きなホールで親の質問大会があった。
200人以上はいただろうか。
その次から次に出てくる質問に、
私は絶句したのである。


「朝、我が子が起きた時に熱があったら、
誰が世話してくれるのか。」

「夜に我が子が学校内で迷ったら、
誰が助けにきてくれるのか。」

「うちの子は親になにも言ってくれないが、
どうすれば学校生活の内容を知る事ができるか。」

「長距離恋愛をしていて別れた後、
我が子が立ち直るために、
どのようなケアをしてくれるか。」


だ~か~ら~、ーー;
そんな事くらい子どもは自分で解決するだろうし、
親子の関係なんか学校には関係ない。
どれほど子ども達を我が侭に育てているか、
開いた口が塞がらないくらいの親が多い事に驚いたのである。
日本のモンスターペアレントもすごいと聞いたが、
こっちも負けてない気がするよ。

そしてそんな質問に丁寧に答える大学側も、
私としてはすごいものがあると感じた。
うちとは異質の世界だわぁ。

とにかく手塩にかけた?子ども達を、
責任持って預かってくれると言う態度は、
ある意味ありがたいことだよね。






この月曜日から授業が始まった。
毎日誰かと一緒にテニスをするほど、
既にたくさん友達ができたようだ。
アジア系の学生もたくさんいるから、
ケンタにとっては過ごしやすいだろう。
いきなり今週末には友達と一緒に
ニューヨークへ遊びに行くらしい。
お金はあまり使わないからと、
貧乏な母親に断りのテキストを送ってきたが、
ま、今しかない学生生活を、
思う存分楽しんで、
そしてしーっかり勉強してほしいものだ。







長文読破感謝感謝。^^












ケンタがとうとう18歳になった。
18歳とはアメリカでは法的に言うと、
すべて自分で判断できる年齢である。

早朝彼の携帯にテキストを送り、
最短の返事を貰った。
やはりつれないヤツ。

授業が来週から始まるので、
今週は遊びまくっている様子。
とてもラッキーな事に、
寮の裏にテニスコートがある。
毎日のように友達とテニスをしているらしく、
今日も電話をかけた時には、
テニスをし過ぎで疲れたと言ってたくらい。

友達は何人できたの?と聞くと、
「13,000人」と???なことを言ってたけど、
それはたくさんできたことだろうと、
母は思っているのだよ。
ルームメイトとも仲良くやっているみたいだし。

「テニスを済ませたら、
買い物に行って来るよ。
皆が店で僕を待ってるんだ。」

既に楽しそうな大学生活。
なんだか羨ましいような、
少し嫉妬するような、
複雑な気持ちに母はなっている。

こうやって成長していくのね。
そしていつの間にか大人になって、
もっと遠くへ行ってしまうんだろうね。



それでも、
もっと羽ばたいて、
目標に向かって全身あるのみ!
これからが真剣勝負。
責任感ある大人へと成長してほしい。







それにしても、
この寂しさは、
いつになったら消えるのでしょうか・・・。



















只今午前9時30分。
このホテルのチェックアウト時間は11時だが、
レンタカーを返して飛行機の出発時間を考えて、
午前10時20分にここを出る事に決めた。
それまでの間、
この二日間に起こった事を、
書いておこうと思う。
(後に三日目の事件も加えた。)



毎回書いているが、
何事もなく日々を過ごせない私の人生は、
今回も事件をちゃんと起こしてくれた。



二日前の夜、
大学のアクティビティの後、
ケンタは寮に戻らず母に着いて帰り、
ホテルに泊まるかどうか、
ケンタと長い言い争いをした。

私が大学関係者に聞くと、
新入生は寮に戻らなければいけないと言っていた。
でもケンタにホテルへは来れないと言っても、
一緒にホテルへ行くと聞かなかった。

理由は単純。
ふかふかなベッドで寝て、
おいしい朝ご飯を食べたかったからだ。
ちなみに、
朝の御用はたっぷり時間を取る人だしね。

これから旅立って成長していかなければいけないのに、
最初から何を甘い事を言ってんだと、
私はホテルに来る事を猛反対。

結局は寮に戻ったが、
ホテルの朝食を持ってきてくれと注文がきた。
息子にどうも甘い私は、
持って行っちゃうんだよね。^^;

午前7時からレジストレーションの予定だったケンタを、
6時に電話で起こした。
午前6時半から開くホテルのレストランで、
彼の好きなワッフルを焼き、(バフェ形式)
ホテルを出る直前6時43分にまた電話をする。

実はこの時に、
ケンタはやっと起きたのだった。
私が寮の駐車場に着いたのが午前6時50分。
ケンタが外に出てきたのが53分。
とりあえず朝食を寮の部屋へ持って行き、
車で所定の建物の近くまで送り届けたのが6時58分だった。

まったく初日からせわしいヤツだ。
こんなことでやっていけるのか。
残念な事に、
母の心配は決してなくならない気がする。





ま、ここまでは事件もなく順調だった。





二日目のオリエンテーションが終わった後、
ファイナンシャルエイド(奨学金など学費援助)のオフィスに行くため、
その近くの道路に車を駐車した。

オフィスに向かいながらケンタに電話すると、
もうすでに話し合いは済んだということで、
途中二人は落ち合い、
構内のコンピューターショップに向かった。
必要な物をそこで注文し、
車まで戻るとなんと、
一枚の紙がワイパーに挟んであった。

「パーキング・チケット・・・!?」

なんと私は駐車違反をしたらしい。
道路の両端にはたくさんの車が駐車していて、
車ごとにパーキングメーターらしきものはなく、
「P」と表示してあるポールが立っているだけ。
だから駐車してよい場所と思っていたのだ。

$いつも感謝で

じつはこれ⬆がパーキングメーターだったらしく、
歩行者側から見ると小さな窓があって、
そこから現金またはカードで、
駐車料金を払うようになっている・・・と思う。
実はよく見ていないからわからないんだけど。
おかげで罰金20ドル払うはめになってしまった。


もらったチケットの後ろには、
マニーオーダー(為替小切手)か現金で、
郵送か市役所に行って支払えと書いてある。
現金を持っていない私は、
銀行を探すためケンタと喧嘩しながら、
街の中をウロウロしたが、
結局見つける事ができなかった。

こんな遠くまで来ているのだから、
ここでの問題はどうしてもかたずけておきたくて、
何とかなるさと言う思いで市役所へ行く。
そうしたら何て事無い、
クレジットカードで支払いが簡単にできた。
最初っから書いておいてほしいよね。





(ここから家に帰って続きを書く。)





この日のもう一つの事件。

レンタカーが新しい車種だから、
タイヤの空気圧がパネルに表示される。
三日目の朝に左前のタイヤの空気が少ないと出た。
大した減りようではなかったから気にはしなかった。
十数年もボロボロの車に乗り馴れているから、
少々ランプが点いていても
気にしなくなってしまっている私。
でもそれが問題だったのだ。

昼過ぎにケンタがホテルで休息したいと言うんで、
連れて帰った時にまた少し減っていた。
夕方の最後のイベントが終わり、
ホテルに帰って来た時には、
タイヤの空気が思いっきり減っていたのだ。
ここでやっと危機感を感じる。(遅過ぎだよね。^^;)

レンタカーのカスタマーサービスへ電話すると、
ロードサイドサービスに加入してないから、
自分達は何もできないと言ってきた。
自分でスペアタイアに換えるか、
タイヤに空気を入れただけで車を返すか、
はたまたお店に行ってタイヤを修理、
又は新しいタイヤと交換しろと言うのだ。
領収書を持って行けば返金してくれると言うが、
こんな初めて来た街で、
こんな事になろうとは・・・。

ホテルで何か情報を得ようと試みたが、
誰も何も助けてくれなかった。
その後ネットでタイヤショップを見つけようにも、
午後7時を回っているから、
すべて閉まっていた。
仕方ないから応急処置でガソリンスタンドへ。
オイルチェック、タイヤ交換など、
自分でできる車点検に慣れている私は、
タイヤの空気注ぎなどは朝飯前。

ガソリンスタンドへ行くと、
姿はバイカーらしき装いだけど、
ぽっちゃりおじいさんが二人、
建物の前のコンクリートの上に座っていた。
そこにちょうどエアポンプがあったので、
私が車を近くに停めたそうにすると動いてくれた。

車を降りるとおじいさん達が近寄ってきて、
「かわいいお嬢さんのために、
私が代わりに空気を入れてあげるよ。」と、
さっさと済ませてくれたのだ。
ま、彼らからすれば私でも若く見えたのだろう。
でもこういうところが田舎である。
良い所だなぁ。
少し気分が良くなった。




それでもホテルに帰って一人でいると、
すごーく寂しくなってきてしまった。
最後の夜だからケンタはホテルに泊まると言っていたのに、
その日はルームメイトが入室してきて、
そのまま寮にいるとメールが来た。

そんなもんなのよね。
最後にゆっくり話しでもしようと思っていたのに。
ホント、息子ってつれない・・・。
罰金は払うし、
タイヤはパンクするし。
なんて考えてると泣けてきた。

が・・・!
ここでハイパーになる出来事が。
マサキのコーチからの電話で、
私は一気に幸せの頂点へ。
(詳しくは「息子のテニスな日々」へ)
おかげで最後の夜を気分よく寝れた事は、
本当に感謝なことだった。




翌朝早速タイヤ空気圧チェック。
まだ充分に空気は入っていたが、
帰りは高速道路を走らなければいけなかったので、
朝食後にタイアショップへ開店と同時に入る。

午前8時。
そこは朝から忙しそうだった。
11時頃までに空港へ行かなければならなかったし、
少しでもケンタに会いに行きたかったから、
時間の余裕は殆どない。

どれくらいかかるかと尋ねると、
既に数台ある車の修理に早くやっても45分はかかると言う。
その会話の間にもどんどん客が入って来ていた。
店の人に「レンタカーで今朝返さなければいけない」と言うと、
「空気を入れただけで返せばいい。」と言われる。
「でもそんな状態で高速を15分以上も走るのは怖い。」と言うと、
その人は無言でコンピューターに向かって作業をしだした。
「何とか君の車のタイヤ修理を先に持ってくるよ。」

全て終わったのは午前8時27分。
タイヤには釘が刺さっていたらしく、
その穴を塞いだだけの修理だったが、
それでも思っていたよりは早かった。
それより何より、
「払わなくていいよ。」と言われ、
なんとお代はタダだったのだ。

・・・何て良い街なんだ・・・。




ケンタに会いに行った後、
晴天の清々しい朝に、
古く美しい街を眺めながら、
帰路に就いた。

少し寂しさは残るが、
それでも心軽やかに高速道路に入り、
iPhoneで地図を確認しながら運転する。

この街に来る時は簡単な道のりだった。
だが帰りをどう間違えたか、
空港へ着いたと思った道は、
そのまま出口もなく、
ぐるっと回って反対方向へ向かい出したのだ。

なんだ~!これは!

もちろんパニック!
何とか高速道路を降りて車を停め、
その時の現在地を確認する。
なんと空港までそこから20分もかかる所にいた。
レンタカーを返す時間も、
飛行機の時間もちょうど良いと思っていたのに。

右も左もわからない、
初めて訪れた街だ。
いきなり誰かに聞くのも怖いし、
車から降りる事も躊躇した。

もう一度地図を確かめ、
また高速道路に入っていった。
レンタカーは最低でも11時半までに返さなければならない。
それを過ぎると超過料金を取られる。

それ以上パニックになると怖いから、
時間の逆計算などせず、
それでもドキドキしながら、
知らない道を地図を頼りに走った。

そして空港への道路標識を見つけて、
やっと心を落ち着かせる事ができた。
それでも時間は迫っている。
レンタカーの返却場所に着いたのは、
午前11時28分だった。




ああ・・・、
やっと空港に着いた・・・。
ホッとした思いでチェックインを済ませ、
飛行機の搭乗口まで来ると、
その便に乗れないかもしれないと言われる。

実は私のチケットはバディパスといって、
席が空いていれば乗れるという、
格安チケットを購入していたのだ。

既に事件は起こりまくってたし、
次の便でもとにかく家に帰れれば良いし、
ここまでくればどうにかなるさ、
なんて思いながら、
最後の一人になるまで椅子に座っていた。

搭乗口のドアを閉める人が、
通路の中から出てきた。
そして航空会社の係の人が、
「満席だ。あなたが最後の一人だよ。」
と言って座席のチケットを渡してくれた。

飛行機に乗り込み、
最後に残った一つのシートに座り、
深いため息をつく。

家に帰って自分のベッドに横たわりたい・・・。
もう少しだわ。

そんな思いで静かに目を閉じたのだった。









しかーーーーーし!

何事もすんなりいかないぽーの日常は、
数々起こった事件の上に、
更にトドメのぽーの日常らしい事件があったのだ。




アトランタ上空は大きな雲に覆われ、
着陸するまではジェットコースター気分。
機体の揺れも豪雨の音も、
乗客の心を不安にさせた。

でもこんな事は事件のうちには入らないぽーの日常。
その事件は到着後に発生した。
しかし実はそのことは、
家を出た直後に既に発生していたのだ。




ぽーの事件簿には、
毎度出てくる「忘れ物」。
忘れ物一家の我が家は、
このことがなくなると事件が半分に減るくらい、
皆が忘れ物王者なのである。
なんていばってる場合ではない。

何を忘れたかと言うと、
「家の鍵」。ーー;
これがないとベッドに横たわれないし、
車はガレージの中だから、
マサキも迎えに行けない。
コーチにはテニスレッスンに連れて行くと約束したし。
とにかく家に入れないじゃんか!
と、自分で自分を責めまくった事は言うまでもない。



娘はこの日、
大学の授業で帰りは午後10時になると言っていた。
仕方なく友達に救援を頼む。
迎えにきてくれる予定だった友達には、
事情を話して断り、
それから私を家に預かってくれる友達の夫が、
空港まで迎えにきてくれた。

マサキは他の友達が迎えに行き、
私がいるところまで連れてきてくれた。
もちろんそこで美味しい食事を頂き、
私のせいで集まってしまった友達と三人で、
娘が迎えに来る午後10時まで久々の大しゃべり。
それはそれですごく楽しかったが、
家へ帰ると速攻で爆睡状態。
この老体はリミットを超えていたんだろうね。





ま、終わり良ければすべて良し。
事件多きぽーの人生は、
楽天家で能天気なため、
必ず最後は強制ハッピーエンド。
さぁ、次なる事件はなんぞや・・・。






トロイの出来事<感動編>へ続く。^^