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フィリップ・マーロウの探偵料金

レイモンドチャンドラーの作品の中で、フィリップ・マーロウは、探偵料金は、1日25ドルだと言っている。


時代としては、1940年から、1950年代と考えていいと思う。


その当時の1ドルが現在の物価から換算すると何円なのかと、考えてしまう。


現在の1ドルを100円として計算してみると、25ドルは、2,500円。


実際は当時は固定相場制だったので、1ドルは360円で計算すると、9000円となる。


あくまで、現在の為替相場で計算して、物価上昇率をかけると、現在の物価の中での、フィリップ・マーロウの1日の探偵料金が分かるはずだ。


ざっと、60年前と比較して現在までどれだけ物価は上昇しているのだろうか。


参考として、サラリーマンの給料で考えてみた。


1950年代のサラリーマンの給料が15000円程度とすると、現在では、だいたいその20倍程度だと考えて、1950年代のフィリップ・マーロウの1日の探偵料金は、現在の物価から考えて、2,500円×20=50,000円となる。


1日50,000円の探偵料金は、探偵の1日の実働が6時間と考えると、時給では8,333円となるので、驚くほど高い料金ではないと思える。


マーロウの1日の探偵料金が、小説の会話の中で、高いという言葉が何度も見られるので、感覚的はもう少し高いと考えると、2,500円×25=62,500円程度になるのではないかと推測する。

現実の痛み

過去の出来事の結果による身体の傷、過去の出来事を思い出す時の心の痛みは、その出来事が現実に起こったことを教えてくれる。



悲しく、苦しいのは生きていることの証明。

青い手紙 5

ドアに貼られた小さなプラスチックのプレートには、『畠山義男』と書かれてあった。私は、ドアの右手の壁に、申し訳なさそうに取り付けてある呼び鈴のボタンを押した。



そのまま、三秒待った。中からは、何も返事らしき声は聞こえなかった。もう一度、呼び鈴のボタンを押した。今度は五秒待った。やはり、何の声らしきものも聞こえなかった。


呼び鈴が、その機能をきちんと果たしていないのかも知れない。ドアの内側からは、呼び鈴の音がしたかどうかも判断できなかった。



今度は、ドアを二度、軽くノックした。また、五秒待った。何も音は聞こえなかった。再び、同じようにドアをノックした。結果は同じだった。



留守なのだろうか。いや、そんなはずはない。私が訪ねて来ることは、電話で伝えておいたから、留守のはずはない。



仕方がないから、私はドアのノブに右手をかけて左側に回してみた。ドアのノブは全く動かなかった。今度は、右方向に回してみた。ドアのノブは何の抵抗もなく、素直に、右方向に回った。私は、ゆっくりと、ドアを外側に開けた。








忘れられた傍線


創作ラボ2-テス


時々、本棚の中をのぞいてみる。


そうすると、意外な発見がある。


こんな本はいつ買ったのだろうと、思い出そうとするがうまくいかない。


文庫本の表紙のカバーはなぜか付いていない。


裸になった表紙は汚れて、傷んでいる。


ページを開くと、いくつかのページに、赤いボールペンと、青いボールペンの傍線が引いてある。


なぜ、その部分に傍線が引いてあるのかは、今となっては不明だ。




角川文庫の、『ダーバヴィル家のテス』。





大いなる眠り レイモンド・チャンドラー



創作ラボ2-大いなる眠り


やっと、レイモンド・チャンドラーの、『大いなる眠り』を読み終えました。


この作品はチャンドラーの最初の長編小説です。


これまでの謎解きを中心とした、推理小説とは趣を異にした、探偵が、リアリティのある世界で行動するという、いわゆる、ハードボイルドとしての探偵小説を正統に進展させたのがチャンドラーのこの作品だろうと思われます。


この作品から、名探偵、フィリップ・マーロウが登場するわけです。マーロウは三十三歳という年齢で、背が高くて、ハンサムという設定です。


文庫本の表紙のマーロウは、映画で主演した、ハンフリー・ボガードだと思われます。


翻訳された時代が今から五十年も前なので、言葉遣いとか、言葉そのもの、言い回しなどが分からない部分があります。


たとえば、何度も、『モーター』という言葉が出てきます。


モーターとは、回転する機械のことではあるのですが、この作品のなかでは、どうも自動車のエンジンの意味で使っているようです。バイクのことをモータという、古い人もいるようです。


バイクとは、オートバイのことですが、英語では、モーターサイクルと言います。免許には、自動二輪と記載されています。モーターとは、発動機のことで、サイクルとは、回るということですから、発動機によって、自動で回る車輪という意味になると思います。


オートバイは、『オートバイスクール』の略だと思われます。つまり、自動自転車ということです。モーターサイクルをそのまま日本語にすると、発動機つき自転車、あるいは、原動機付き自転車ということになるだろうと思われます。


モーターのことにしても現代からすると意味不明の言葉があったりするので、注釈をつけるなどするか、翻訳をし直すことも必要だろうと思います。たとえば、村上春樹氏に記念すべき、チャンドラーの長編の第一作目の作品を翻訳してほしいものです。


ハードボイルド風に訳そうとするあまりに、作品中の会話の言い回しが理解できないい部分があります。


訳者の、双葉十三郎氏は日本の映画界にいた方ですから、五十年前の映画界で使われていた、はやり言葉とか、フレーズを使って訳していたのだと思われます。そのために、意味不明な部分があります。訳者は五十年後も読まれるということは想定していたでしょうか。


この作品の翻訳の賞味期限は切れています。新訳をするべきだと思います。


チャンドラーの最初の長編作品ということで、『ロング・グッド・バイ』のような文芸的味わいは、まだ強烈には感じられないのですが、やはり、情景描写と人物描写は細かいと思います。


マーロウが、ハードボイルド風に、威勢のいいキャラクターに描かれているのですが、いくら、三十三歳のマーロウであっても、威勢がよすぎて、台詞がやすっぽく思える部分があるのは、翻訳者の考えるマーロウ像なで、読者としては、これはマーロウではないと思いつつも、納得しながら読むしかないわけです。


見た目は、ハードボイルでも、心はやさしいマーロウは、スターンウッド家の姉娘の夫を殺害したのが、妹のカーメン・スタンウッドだと分かっても、そのことは警察には連絡はしない。このマーロウのキャラクターに読者はひかれていくのだと思います。


マーロウとダーティハリーと比べてはてけないと思うのですが、こういうところの結末は、なんとなく、ダーティハリーを思い出します。


チャンドラーの長編はあと二冊読んでいないものがあるので、つづけて、残りの二冊を読みます。


次は、『湖中の女』を読みます。