新国立競技場は本末転倒
新国立競技場は、A安が採用された。
木材を多く使っている。
この案になったのは、工期が短く、費用が少ないというのが決め手になったということだ。
デザイン性ということでは、B案のほうが優れていたということだ。
費用と、工期で決めるというのは、デザインとは違う部分で決定されたと考えていいのではないか。
とすると、純粋にデザイナーとしては、B案をデザインした人物が評価されたということになる。
費用と、工期が優先されて、デザイン性が二の次になり、本末転倒したようにも思える。
工期と、費用が優先されて、耐震性、耐火災、耐テロ性のことは全く論じられなかった。
この三点がもっとも重要だと思うのだが、一言も、このことには触れられなかった。
本日は、昭和の南海地震が起こった日
本日は、昭和の南海地震が起こった日。
昭和21年12月21日に起こった。
この数字の並びは、偶然なのだと思いたいが、偶然ではなく、必然的に起こったと、疑う。
つまり、人工的に起こされた地震ではないのか。
原爆を使った、人工地震。
米国は、何かを起こす時は記念に起こす。
米国人は、記念日が好きなようだ。
昭和21年12月21日は、数字の並びとしては、美しい。
原爆を使った人工地震は、戦時中にすでに実用化されていた。
地上であれ、地下であれ、核実験をすると、地震が起こる。
原爆を断層で爆発させれば、巨大な地震が起こることは容易に想像できる。
昭和19年に起こった東南海地震は、人工地震だと言われている。
その証拠は、地震の振動の波形を見れば分かる。
昭和19年に起こった東南海地震には、P波がなくて、いきなり大きな振動が起きている。
この波形は、東日本大震災の波形とよく似ている。
東日本大震災も、P波がなかった。
しかも、大きな地震が連続して、4回起こっている。
自然の地震ではこういうことは起こらない。
東日本大震災は限りなく人工地震の可能性が高い。
現在は第三次世界大戦の最中にある
未来の歴史家が研究して、研究家によっては、いつ始まったのか意見が分かれるかも知れない状況に我々はいるという認識を持つべき。
すでに、第三次世界大戦は始まっている。
世界大戦に最中の当事者である我々は、大局的な、俯瞰的な目線で、この戦争を見ることはできない。
おそらく、先の世界大戦を戦っていた日本および諸外国も、戦争の最中では、いつから戦争が始まったたかは、はっきりとは気づかなかったのではないかと思う。
世界は第三次世界大戦の最中にあるのだが、その一方で、第二次世界大戦は、実は、終わっていないという見方もある。
帝国主義の中華人民共和国、そして、日本の残置国家といわれる北朝鮮は、いまだに、第二次世界大戦の続きをしているようにも思える。
戦争を望む者などいないはずと思いたいが、世界には戦争を望む人々がいる。
なぜなら、戦争は、利益をもたらすからである。
戦争は、それを望む人々が謀略によって起こす。
この地上から、戦争が消えることはない。
安倍政権のGDPの伸び率は、民主党政権の時代の半分以下
安倍政権は、外交的にはうまくやっているが、経済に関しては、まるで、経済音痴であるかのように思う。
なんとなく、アベノミクスで、経済は活性しているかのような印象を受ける。
給与も上がっているかのようなイメージを持ってしまう。
しかし、生活保護受給者の人数は増えている。
国民は、豊かにはなっていない。
そのことは、数字に表れてくる。
いかにも、GDPは、アベノミクスによって右肩上がりになっいるかのように思うが、実は、民主党政権の時より、GDPは増えていない。
民主党政権時代のGDPは5%の増加している。
第二次安倍政権の2年間では、GDPは、1.7%の増加。
身近で感じる事は、公共投資が少なくなっている。
国土強靭化はどうなったのか。
日韓基本条約発効50年
本日、12月18日は、50年前に日韓基本条約が発効された日。
お祝いをするべきだが、そういったお祝いは、日本でも、韓国でも行われていない。
韓国の国民は、その条約を反故にしたいと思っている。
日韓併合時代に日本は、朝鮮半島に莫大な資本投資をした。
韓国の、日本に対する一切の請求権は完全に解決した。
日本は、韓国と北朝鮮と戦争したわけではなく、彼らは日本人として、連合国と戦った。
そういった、歴史的事実を全く無視して、彼らは、まるで戦勝国であると思っているかのようである。
韓国人にとって、法の上に感情がある。
韓国の日本に対する請求権はすべて、最終的完全に解決しているのにもかかわらず、慰安婦問題は解決していないとして、日本に、賠償を求めている。
この慰安婦問題に関しては、発信源が日本であるという事実は、なんとも情けない。
日本の大きな内部問題は、多くの反日日本人がいることである。
国家間における共通の価値観とは、その国の道徳とか、習慣ではなくて、法である。
その法を守らない国とは、価値観を共有しているとは言えない。
韓国が法の上に感情を置く限り、永遠に価値観を共有することはできない。
韓国人は、遺伝的欠陥があるために、感情をコントロールできない。
いわゆる、火病といわれる病気である。
この遺伝的民族病が無くならない限り、韓国は法治国家にはなれない。