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アマチュア無線の裏側で

1970から1980年代の忘れがたい記憶から

計算尺、と言われて分かる人はもう少なくなってしまいました。定規に似た形状をした、主に乗除算をするための道具で、それこそソロバンや「ガラガラ・チーン」と回すタイガー式計算機と並び電卓が普及していない時代の主力計算器具でした。私の中学生時代には文部省検定の数学教科書に載っていて授業もあり、そのため1,000円弱の学用品も販売されていました。我々は計算尺を使った最後の世代に当たります。

 

私が大学に入った頃には四則電卓は普及済でしたが、定期試験では計算尺は可でも電卓は不可でした。課題の実験でも「学生は数表と計算尺で計算するものだ」、とまるで自分の過去の腹いせのような主張で電卓を使わせない指導補助もいたのですが、私には後にもその経験は何の役にも立っていません。


さて、かつての無線従事者の国試では計算尺使用が許可されていました。昔は記述式ですから数値計算は数字そのものが回答ですが、計算尺の有効数字は3桁くらいです。つまり計算尺が可ということは答は有効数桁の概算値で構わない理屈なので、私も本当は割り切れて「x.125」となる少数位を計算尺で解いたまま「x.13」と書いた記憶があります。これが私が国試で計算尺を使った唯一の経験ですが、その「.125」というのは時間が余って筆算で検算した結果なので、それではわざわざ計算尺を使った意味がありません。つまり入学試験と違い、落とすためのものではない資格試験では時間は潤沢にあるので、実際には計算尺が有用というほどの差はなかったと思います。

実際の計算尺の持ち込みは1アマ、2アマでは多少は見かけました。2技では多くいました。なお、計算尺は専門ごとに多くの種類があるので、電気計算用ではないかを試験官が検査することもありました。

 

数ある資格試験の中では珍しく無線従事者試験では長らく許可されていましたが、それも2011年には禁止になったようです。既に何十年も過去のものなので、高等な使い方のノウハウも色々とあったはずですが、ウェブ上に記録されることもなく失われたものと思います。
 

八重洲はFT-400の途中からアナログVFOのダイアルにボールドライブ機構を採用しており、それを指して雑誌広告でも製造元の英 Jackson Brothers社の名を出した上で「ゴールデンタッチ」と称しておりました。イギリスのVMARS(Vintage & Military Amateur Radio Society)に投稿されたFT-200の記事(G4DDI)でも "The tuning drive is a British made Jackson, and remains perfectly smooth in my 30year old set." と、お国自慢的に誇らしげに書かれていますし、とにかくFT-101はじめ多くの機種に実績を残しました。

 

さて、メインダイアルはデザイン的にパネルから突出しているので常に衝突の危険がありますが、この際にボールドライブが犠牲になってギヤトレインを守るという(恐らくは意図しなかった)効能もあります。私もこれをやってしまい、精密な心臓部の輸入品だからさぞかし髙かろう、と思いつつ八重洲から取り寄せたら500円(1985頃)だったのには拍子抜けしました。

Jackson Brothersの広告を見ると見当がつきますが、元来はそれほど精密な狙いの製品ではないらしく、一体全体、八重洲はどこでVFOへの適用のヒントを得たのでしょうか? 採用後は高級っぽく宣伝した手法も上手でしたね。しかし全部そのままVFO用に使えたわけではなく、「FT-101メインテナンス・ガイド」によれば選別と擦り合わせと芯出し作業が必要とありますが、私の経験では多少揺さぶって落ち着かせて程度で何とかなっています。

 

ボールドライブの失敗談はほとんどグリスの事でしょう。塵埃が入ったとか固着したとかで洗浄すると、手応えが無くなってカラカラ・ゴリゴリ、果ては空転という顛末です。これはホームセンターなどで容易に手に入るリチウム石鹸グリスではどうにもなりません。あれは見た目は半固体でも、動きを与えている最中はサラサラの油と同様の働きをするものなのです。ここでキーワードは「粘着グリス」。その中でも特に粘稠(ねんちゅう)な物を探せば使えるものに行き当たるでしょう。

このグリスの働きゆえにボールドライブの回転は「粘る」感触があります。ダイアルの操作感は慣れに密接しているので、最初にトリオ機から入ったユーザーはまず「ボールドライブの方が良い」とは言いません。

さて、前回に続きアキュフェーズ社のことを書いたきっかけから。

 

先日の事、個人宅を訪ねて横浜市の北方を歩いていたところ、公園や幼稚園などと居並ぶ住宅地の一角に偶然にアキュフェーズ社の社屋を見つけたのでした。社史によればそこに拠点を構えたのは1973年、とかなり歴史がありますから、恐らくは密集した住宅街の方が後から形成されたのでしょうが、はっきり言えば工場立地らしくない場所ですし、しかも路地を入ったところです。そこに見知った社名が突然現れたので少々驚いたのでした。

 

こうなると色々と気になり始めてアキュフェーズ社のサイトを見たところ、高級品市場に特化して少数精鋭主義をモットーとしているようです。そういえば他業種の話ですが、技術に髙い信頼のある某企業が「作り過ぎに注意しましょう」を標語にしている例があり、アキュフェーズ社も大体そのような経営方針と思われます。私が見つけた施設は本社兼工場という同社の唯一の事業所のようですが、現在以上に展開する目標はなさそうですね。なお、代表取締役社長のS氏の名前には「トランジスタ技術」誌の筆者の一人として見覚えがあります。内容を思い起こすと恐らく同一人物でしょう。


トリオは私が初めて従事者免許を得て9R-59D受信機キットを購入した当時にはまだ企業規模としては中堅で、本社は東京・渋谷にありました。渋谷と言っても繁華街ではなく中心を外れ、しかも路地を入ったところなので大通りを練り歩いて目に入る場所ではありません。そのビルは5階建てくらいだったか?とにかく大企業の地方支店、程度のサイズ感でしたが、屋上には立派なHFビームが上がっていました。

 

翻って現在のアキュフェーズ社の屋上に見えたのはFM(もちろん放送受信用)のアンテナだけでした。今やトリオ時代を知る人も皆無なはずで、かつアマチュア無線という趣味も凋落した現状では、ハムのクラブももはや存在し得ないのでしょうか。

トリオ(現・JVCケンウッド)のルーツは春日兄弟の創始した春日無線で、ラジオなどのコイルセットが主力商品でした。こういう経緯からかオーディオ界ではチューナーに定評があり、競合他社が絶対に覆せないほどの信頼を得ていました。ところが、春日氏は後にトリオを退き高級オーディオ専業のケンソニック社、現・アキュフェーズ社を設立して現在に至ります・・・というのは私のような1970年代ハムなら結構知っている話です。ともあれ創立者たる者が早くも1972年に抜けるとは、そこにただならぬ事情があったに違いありませんが、私も噂以上のことは知りません。

ちなみに静電気機器で知られる「春日電機」とは無関係です。かつて私の関係先がその春日電機製品を発注したところ、19inトールラックの立派な機器というのにパネル印字が全部ラベルライター(テプラとかネームランドとか)だったのには目が点になりました。(過去記事「自作パネルのレタリング」参照)

ところで、「goldmundizator」の検索で見つかる海外サイトで(日本語サイトにも転載あり)、超高級オーディオ・Goldmundの 140万円もしたDVDプレーヤーの中身のほとんどは2万円のパイオニア製品流用だった、という暴露が過去にあり、「scam」(詐欺)という言葉さえ出て来ます。また別な超高級メーカーでの話ですが、そのアンプ内の「秘密のモジュール」は741 OPアンプを樹脂モールドしただけだった、とかの話も随分と昔にありましたっけ。あとは「クロック精度を一段と向上させる回路」というのがトリマー一個だったりとかオカルト・オーディオ感が世の中満載です。

 

上記のようなことは超高級(というより超高価)なオーディオには「まぁ、やってそうだ」感はありますが、アキュフェーズ製品については間違いなく部品に思い切りコストを奮発しており、緩い原価目標を認められた上での設計者の「理想通りにやってみたかった」感が満載です。トリオの古いユーザーだった私としては応援したい気持はあるのですが、中古でもなお高価ですね。

なお、scamとは「詐欺」の意味では非常に一般的な単語です。従ってTEACが第二ブランドとして「TASCAM」を使っているのには「いいのかそれで?」と個人的には思っているのですが。

送信管は通測用規格の素子、その代表として何回か書いてきた6146ですが、実は元をただせば、RCAがアマチュアの要求で開発した物が原型だ、という話は確かにCQ誌で読んだ記憶(元ネタは海外誌)があります。また、Eimacの3-500Z や8877も少なくとも「商品企画のきっかけ」はアマチュア市場である、という話もどこかで読んだことがあります。3-500Zには4-400Aとか3-400Zという前身はありましたが、生産量をある程度まとめるとなると、確かにハム用のリニアアンプは良い想定市場だったのでしょう。

 

プロも利用した機器類としては、以前の「電波監視ということ」の投稿で、IC-R7000が電監の御用達だった話を書きました。その他ではアンテナ・ローテータも代表的なものでしょう。私の開局時はローテータと言えば、エモテータ(江本アンテナ)ほとんど一択の他には少々特殊な「森ローテータ」があった程度、それから逢鹿とかケンプロが出てきたと思いますが、エモテータ時代からハム用の市販品が業務用にも使われていました。

 

業務用途だからといってコストを無視できるものでもなく、安価で性能充分な市販品があればそれでよし、という精神でアマチュア向けの製品がプロの世界にも流用された例は探せば案外あるものです。

一番驚いたのは古いJEOL(日本電子)製の機器、それは四畳半を占める程の装置の操作パネルにハム用のSWRメーター、しかも安物が埋め込まれていたのを見た時でした。ほかには衛生機器で(6146ならまだしも)S2001が2本並んでいるのを見たこともあります。いずれも設計者はハムだったとみて間違いないでしょう。しかしアマチュア無線という趣味も縮小の一途で、プロから見た流用価値も随分と低くなっただろうと思います。

ネットサーフィンをしていると、ある人のこんな発言を見つけました。

 「ハンダは錫63% (Sn63) が一番良いと思うが高価なオーディオ用しか売られていない」

 

なるほど色々と想像はつきます。今でこそ我々は鉛入りならSn60が標準ですが、この人はSn50の方が普通だった真空管工作時代に育ち、その頃から錫の含量が多いほど高価だったことと、錫63%の組成とは融点が最低(183℃)になる特別な点であること「だけ」を知っていて、それで最高だと思い込んだのでしょう。最高と実体験から感じたとは考えられませんし、第一、Sn63も別にオーディオ用ばかりでなく汎用品があります。ただし無理もないと思うのは、当時のラジオ少年向けの雑誌類では、

 「ハンダにはSn60とSn50があり、後者(錫と鉛が半々)の方が安いが融点が高い」

という、単に廉価版のような説明しかなかったからです。今から思えばその手の雑誌はアマチュアの執筆ですし、一番大事な点に限って抜けているのは筆者自身にも理解がなかったのでしょう。

 

錫と鉛の比率を使い分ける最大の理由は「流動性」なのです。例えば真空管用ラグなどの大きな端子にSn63を使ったら水のようにタラリと流下し、しかも冷え始めの一瞬で固化するので昔の実体配線図に描かれたようなスライム状の塊には出来ません。そういう用途にはSn50の方が適切です。逆にSn63は基板の小さなスルーホールにも簡単に流れ込むので、ほとんどプリント基板専用なのです。つまり大型部品の使用頻度が減るとSn50を語る機会も比例して少なくなり、アマチュア工作から縁遠くなったのです。

ゲルマニウム時代にSn50の高融点は要注意でしたが、今は鉛フリー化でまた作業温度の常識も上がっています。我々の電子工作なら有鉛・Sn50の使い勝手を再評価してもよいと思います。

エレキギターのチューンアップと称して、配線材とハンダをビンテージ物に入れ替えるというプロの工房サービスがありますが、それで何がどうなるんですかね。

 

 

かつて、TS-900という超高級機がありました。終段は同世代のTS-520ではトリオ標準のS2001だというのに、TS-900Dでは6146Bと変則的だったのは海外優先でグローバルスタンダードを選択したのか、最高級機らしく信頼性重視かどちらかでしょう。さらに最上位のTS-900Sは4X150Aで、外部アノード管採用の(少なくとも大手)国産唯一のトランシーバーです。なお「セラミック球」を外部アノード型送信管の事と誤解している人が実に多いのですが、それはベースの絶縁物がセラミックという意味で、4CX250Bのように型番にはCがつきます。4X150Aはガラス絶縁ですが、だからといって「ガラス球」とも呼びにくいですが。

 

さて、私が在米中の事、US-CQだったか73だったか、とにかくハム雑誌の広告で中古のTS-900を見つけました。もし4X150AのTS-900"S" なら手頃な価格だったので、風邪で仕事を休んでいたというのにベッドから電話で「型番のサフィックスは?」と尋ねましたが、単にTS-900だと言うのです。そこで終段を尋ねたら、ガラスの球2本で間違いないよとのこと・・ここで6146Bか、と諦めました。しかし後から知ったのですが、日本より先にアメリカで発売されたモデルの型番は確かにTS-900、シルバー・パネルでその終段は6LQ6だったのです。

 

6LQ6はテレビの水平出力管で、国産同等品はありません。ただしアメリカでは自作・メーカー製ともに古くから例はあり、トリオの初めてのテレビ球採用の後押しにはなったでしょう。確かリニアのTL-911の紹介記事では米RCA品を輸入した、とあったと思うので八重洲の6JS6や6KD6のように特注でもなさそうですが、個々の選別はされていたと思います。

 

ところで、TS-511D (100W, S2001)のパワーアップ版として後に追加されたTS-511S (150W, 6LQ6)ですが、電源ユニットのPS-511Dは流用されました。一見不思議ですが、テレビ球は低い電圧でもプレート電流が流れやすいので、S2001用の公称900Vのままでも6LQ6ならそれ以上のパワーが出せるのです。しかし最初から想定にあったとも考えにくく、余裕はなかった事でしょう。

 

最近ですが急に「トリオの終段管」が検索ルートで閲覧されるようになりました。一方「八重洲無線の終段管」の方はお呼びがないのです。この話題ではもう「裏側」とか「私ならでは」、というスタンスで書けることも多くないのですが、一応は随分と間は開いたものの「その2」を書いてみましょう。

 

S2001と送信管規格である6146との違いですが、外見で金属のハカマの有無が明白。その他では恐らくガラスの材質とか電極素材の不純物スペックが違い、製品としての各種パラメータも許容幅が狭いはずですが、それでも実用上はS2001は6146B(Pd=35W)相当品とされます。しかるに6146 (Pd=25W)では代替できないのか、と言えばそれほどでもありません。実際、コリンズKWM-2 とかは6146のバラレル・自然空冷で定格100Wですし、ましてTS-511D以降では空冷ファン装備です。また、えてして「6146では出力が減るのでは?」とも思われがちなのは、言い方次第で「6146を6146Bに換装すればパワーアップするのか?」という疑問とも等価ですが、そんな事実もありません。

 

私が中学時代に製作した6m AM送信機は2E26を6146に差し替えるだけ(ピン接続は同じ)で5割以上もパワーアップしますが、これは電子エミッション能力も動作インピーダンスも違うからです。6146を6146Bにしたところで、これらの数値はほとんど同じなので動作も変わりようがなく、つまり6146Bならではの増力には電圧を上げるなど使用条件の強化が必要なのです。オーディオで6BQ5を7189や7189Aに差し替えてもパワーアップはしない、と書いたのも全く同様のことです。

 

私はT-599送信機でS2001をGE 6146B(新品)に交換したところプレート電流は少し減りましたが、それもメーカー差とかロット差の範囲でしょう。決してS2001は安物なりの実用性能、ではありません。違いそうな事といえば信頼性やバラツキ幅ですが、その6146Bが元気なうちに機器ごと手放したので寿命については何とも言えません。

(その3に続く)

以前、「1キロワットを超える免許」や「11ワットの免許局」の中で、総務省による無線局の免許情報公開について少し触れました。それによりバンド・出力・モード情報が公開され、資格やパワーを周囲に偽っていた人達の真実が暴かれました(自業自得ですけど)。ところが、昨年から公開内容が一変し、資格と移動・固定の別だけしか表示が無くなっています。免許情報は元々が電子化データですから変更で特に事務が減るとは思わないので、その改定の真意が分かりません。現状は包括免許でもありませんし、ハム界の違法監視はハムに委ねる、という合理化意図にもそぐわないものです。ただ、個人的にはそれ以外に少々驚いたことがありました。

 

もう30年以上も前からでしょうか、従事者免許と無線局免許についてそれぞれ個人を同定し、同一人に属するものは全部紐づけの作業が進んでいる、との話を耳にし始めました。この運用により、例えば同一エリア内で複数のコールサインを持っていた場合、それにはアマチュア業務上の合理的な理由がないものとして再免許時に統合を求められる、などという事なのです。

 

私も郷里で別のコールサインを取得しまして今も有効です。ただ、現住のエリアでない以上は固定局になる可能性はないので、資格は2アマで必要充分です。再免許申請だけならば従事者資格の記入欄はありませんし、変更申請でも触ることなく2アマのままで繰り返して来たのですが・・・現在の無線局等情報検索では、「1AM」(1アマの移動局)と表示されたのです。資格まで明示されるようになったのは昨年の改定からなので、今まで気付きませんでした。

 

終身制の無線従事者免許には運転免許のような定期更新で住所を確認する仕組みはないので、同一人物と確定させるのも情報が足りないようにも思いますが、いつ「名寄せ」で同定したのでしょうか? いずれにしても、これは「紐づけ」を個人的に、しかもエリアをまたいで確認した初めての経験です。

前回、FT-101の外部オプションのデジタル表示器・YC-601には、バンドスイッチが付いていたと書きました。しかし、少し遅れて出てきたトリオ最初の外部表示器、TS-520用のDG-5では切り替えなしの直読を実現しています。

 

私はこの頃、デジタル表示付きの受信機・八重洲 FR-101DDを使っていましたが、毎度キャリブレーションが必要なデジタル表示なのは面白くありません。ただでさえセパレート機のFL/FR-101ラインはトランシーブとは言いながらもバンド・モードの変更ごとに周波数の一致操作が必要という不便があるのに、同じような手間の操作が一つ追加された感じになるのです。

そこで、FR-101はアナログ機と併売された関係上、カウンターユニットが単独で簡単に外せる構造なので、自作の直読カウンタと入れ替えることとしました。

 

直読化の方策としてトリオDG-5はアナログのミクサーがありますが、自作かつ内蔵では信号系以外のミクサーの導入は不要輻射の警戒から避けたく、全てをデジタルで処理しました。具体的にはアップダウンカウンタの74LS192にキャリア周波数をプリセットし、バンド水晶発振をアップカウント、VFOをダウンカウント、というシーケンスを0.22秒サイクルで組んだのです。PIC/AVRといったマイコンなどない時代ですからICは約30個を要し、これが私がワイヤ・ラッピング配線を全面的に使ってみた唯一の製作物です。

 

キャリア周波数は低音の出方とかキャリア抑圧に直結するので滅多に触るべきものではなく、従って測定済の固定値をROMから読めば充分でした。その256ビットのヒューズROM(書き間違えたら再起不能)は1,000円以上もして、こういう部品はメーカーには採用しにくかった事でしょう。

 

LC発振のVFOがシンセサイザーと操作感で違うのは、周波数のカウントが終了してからしか表示は変化しないので、ワンテンポで済まないほどの遅れが出ることです。ただし当時の我々はそれに慣れ切っていたので、むしろシンセサイザー式の完全にダイヤル回転と同調した動きの方が最初は違和感があったくらいです。