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アマチュア無線の裏側で

1970から1980年代の忘れがたい記憶から

エイプリル・フールの時期に、真面目な定期刊行物さえも冗談で嘘記事を掲載することは昔からありました。おそらくはアメリカ発祥の習慣で、アマチュア無線の世界においてはARRLの発行するQST誌が元祖です。

 

日本のCQ誌も嘘記事掲載を実行したことがあります。私の駆け出し以前には水中スピーカーに関する記事が出た事があるとか聞きましたが、これは私自身は見ていません。直接知っているのはアンテナに関する何ページにも及ぶ記事で、変な役割を買って出た著者はアンテナ製作記事の第一人者であったJA1RST/JA6HW角居氏だったかと思います。その内容はスタック・アンテナを利用してビームを自由に曲げられる、というものです。しかし嘘記事らしく、末尾にはレファレンスとして Union Space Office 800号(略して嘘八百)と書かれるなど、怪しさはちゃんと仕込んでありました。

 

ところが後日のCQ誌に、あれはエイプリル・フールの冗談であった旨の説明がわざわざ掲載された上、「あの記事はおかしいのではないか」との指摘が実際にあった事も付記されていました。真面目な出版がそのような軽薄行動に出るのはけしからん、と憤るのならまだ理解できますが、内容がインチキとは気付く癖に、エイプリル・フールには考えが及ばないとは変わった思考形態の人がいるものです。

 

この種のイタズラは受け手にも教養だけでなくセンスが必要ということです。冒頭に述べたQST誌は一般誌ではなくARRLメンバー向け機関誌ですから、それなりに条件を整えていたのだと思いますが、日本のCQ誌ではそれが難しくなっていたのか、それ以後は同種の記事は扱われなくなったと思います。

以前、「八重洲FTDX400と2アマ資格」では免許条件に対して過剰な能力の装置でも使えたケースはあったと書きました。さらに「アマチュア・カラーテレビ局」の投稿でも、当時は50Wまでしか許可されない430MHz帯で「軽く120ワット」は違法では?などとネット警察的に書かなかったのもこれが理由です。ただし、許容最大50Wに対してプレート損失250Wの4CX250B、という点が免許を受ける上では大変なはずだったところです。

 

使用デバイスで出力が一意に決まりはしませんが許可条件にも制約はあり、終段管のプレート損失値が出力の3倍まで、という目安がありました。つまり市販のリニアアンプを使い、エキサイターが10Wだから総合出力50Wとか100W、というのは認められなかったのです。最大出力500ワット時代は(シングルなら)1500W管までです。

1500W管の一例として、初期にはHenry Radio の4K-2が採用した5CX1500Aがありました。572Bやテレビ球のリニアで我慢していた当時の日本では想像外のもので、しかも紹介記事ではグリッド電流の流れる領域で使わないと歪が最小にならない、という少々変わった球だと説明されていました。そもそもハム用大型リニアに5極管とは珍しいですが、Henryはごく小さなメーカーだったので恐らく安い出物を見つけての数量限定の採用だったのでしょう。

後に、1500W管としてはもっと新型の8877/3CX1500A7が各社のリニアアンプでは主流になっています。この8877、開発元のEimac社は一応はパワーグリッド管に分類していますが3-500Zとかの「ダッシュ管」ほど丈夫ではなく、雑誌記事でもオーバードライブに要注意、グリッドが焼けますとはたびたび警告されていました。

 

ある珍局のDXペディションのお話です。これに挑んだ知人の某局、猛然とコールして8877をあっさり破損し、スペアの2本目も瀕死になる頃にやっとQSOに成功したのだそうです。8877は新型でしたから中古市場には無く、当時でさえ広告で88,000円とか見ましたから大散財ですね。ところがこのDXペディションは結構期間が長く、実は終了間際では簡単に交信できたのだとか。ちなみに、DXペディションはサービス数も程々にすべきで珍局価値を下げ過ぎるのもニーズに合わない、というハム世相にも繋がりました。

 

八重洲FTDX400と2アマ資格」では従事者免許の操作範囲以上の実力を有する送信機でも免許を受けられる例があった件を既に書きましたが、実はJARL認定局にも(実質的に)過大出力の許可を受けられる方法が以前は存在し、それがA3A(低減搬送波SSB・現 R3E)による申請でした。有り体に言えば「裏ワザ」です。

 

私が入門の頃、雑誌で「SSBの申請はA3Aがお得」と読んだことがあります。これはA3Aなら効率が20%とされていたので、10ワット局でも入力50ワットが免許されるという意味です。「それはただのキャリア漏れSSBであって、実用にはならない」と思われるでしょうが、そこには法の抜け穴があって、運用上キャリアの低減幅が大きくなって実質的にA3J(J3E)になってしまっても許可条件はそのままで良しとされていました。これにより現実には入力の概略半分の出力でA3J(J3E)が送信できたわけです。当時は1アマの免許上の最大出力は500Wに制限されていた時代でしたが、合法に許可を受けた最強の局もA3Aの入力2.5kWで免許されていたと聞きました。

 

A3Aの申請方法は簡単で、送信機系統図にキャリア注入回路を書き加えるだけでした。JARL認定の登録機種だったら改造扱いになってしまいますが、当時はその制度の発足前です。つまりメーカー製も自作機も等しく工事設計書の記入ではブロック図を描かざるを得ませんでしたから、その程度は全然手間ではなかったのです。私もこれで最初の免許は(入力20ワットですが)A3A, A3H, A3J(現 R3E, H3E, J3E)の三点セットで受けました。

 

しかし法の盲点を突いた合法的オーバーパワーを成立させたのは間違いなく、私が開局した頃には既に「限りなく脱税に近い節税」的な見方をされるようになっていました。まずはJARLがA3Aで入力50ワットの保証認定を発行しなくなり、後に電波法でも改訂されました。

昨年12月初頭、「番外 ちょっと振り返り」にて題材リストを作ってからブログ開設したという話を書きましたが、それらの消化が進み、現在は連載開始後に思いついたテーマを主に書いています。これにより執筆時間が当初の倍以上はかかるようになってしまいました。つまり、簡単に思いつけた題材は無意識にも頭の中で整理ができていて速筆もできたのですが、今では一回分の質・量に仕上げるには、かなり記憶の継ぎはぎが必要なのです。このため、2回の外遊以降も年末年始を除き完全に毎日更新を続けてきましたが、新年を機に更新頻度を下げることと致します。

 

さて、当ブログのお断りに類することとして、「作り話」の件があります。

自説に都合よく誘導するために、「・・という人がよくいますが」、「こんな会話を聞きました・・」、「・・という声が聞かれるそうだ」、という言い回しのデッチ上げ(としか思えない)をするケースのことで、私もこれら全部に具体例を思い出しながら書いているのですが、疑わしく思う事は特定の何人かの筆者に集中する感触がありました。彼らにとっては癖になっていたのでしょう。

もちろん評論家や記者などのブロの物書きは「見てきたような聞いてきたような」手法をごく当たり前に使います。しかしそれが有効なのは「バレなければ」の話であって、「作り話」と疑われてしまうような稚拙な誘導では、逆に実録部分の評価までをも下げかねず、下手な者が真似しても失うものしかありません。

 

私のブログでは意図的な作り話は一切ありません。元々、記憶を記録として残すために始めたからです。何やら他所の信頼できるソースと辻褄が合わない、などと思われたとしたら記憶違いや聞き間違いによるもので、それはあるだろうと思います。ご容赦ください。

 

私家所有の一番のお気に入りは、入門前から最高級機と知っていた八重洲のFTDX400です。このトランシーバーが最も特徴的なのは、2アマが100ワット制限の時代下に200ワット仕様しか存在しなかったことです。似ている10ワット(100ワット改造可)機のFT-400Sは中身こそ8割方同じですが、パネルデザインも違えば発売時期も後のことです。

当時は1アマは確か全アマチュアの1%いるかいないか程度です。輸出もされていたにせよ、その単一仕様で商売は成立したのか? と不思議でしょうが、実は無改造のまま2アマでも使えたのです。そんなはずはない、と思った方は先入観に騙されているところがあります。

 

10ワットのJARL保証認定というのは、10ワット以上出せる送信機であってはならないのが決まりで、その縛り方は昔も今も変わりません。しかし直接電監の検査を受けての免許であれば過剰な能力を絞って使うのも可だったのです。具体的には、

 「アー、アー、うん、これ以上にマイクゲインを上げないで使ってください」

地方局や現場の裁量にもよったかも知れませんが、少なくとも上記のように許可される場合があった事実は、意外に古い人も知りません。

参照記事「テレビジョン免許のことなど」

 

また別の例ですが、当時は10mバンドの最大出力はVHF並に50ワットまででしたが、その頃のHF機はどれも10mバンドだけ出力を低減させる機構にはなっていません。リニアアンプにも昔から堂々と10mポジションがありますが、これらも正式免許は受けることができました。ただし実際にはどう使われたかは知れたようなもので、FTDX400にしても、数からすれば、「自称・電力級」アマチュア無線技士が市場を支えていたのでしょう。

ただし、その後は段階的に許可の条件は過剰能力を許さない方向に推移し、メーカー製品もそれに則るようになって現在に至っています。

 

現在はインターフェアの問題は昔よりは少なくなりました。地上波TVなどメディアがデジタル化されたこと、それに最も簡単に発生したBCIの対象たるAM放送がジリ貧になったこともあります。1970年代まで「十字架を背負った」と評された、JA1APT 金平氏によるインターフェア専門の連載があったほどで、電波を出せばどこかに必ず影響はあり、ただ我慢の隣人もいたことでしょう。SSBの「モガモガ」にしても、「名前は何と言っている?」と恨みを持って追及の耳を立てる人は解読してしまいます。

 

中学生当時のこと。同級生(非ハム)の家でTVIが発生し、彼も多少の電子工作歴から連盟の存在は知っていたので、まずJARLに通報したと後から聞きました。特別親しくはないものの私がハムとは知るはずなので、なぜ私に聞かないのかと尋ねると「どうせハムの味方をするだろ」と言われました。

その流れでTVIの連絡を受けた発信源の局が訪問して来たそうで、「こんな物を持って来たぞ」と見せられたのは、JARL発行の一般向けの文書、およびJARLロゴ入りトヨムラ謹製のHPFでした。その説明内容は「不法局ではない」という記述以外は曖昧でしたが、どちらが悪いとも限らない以上仕方ありません(今もそういった文書はあるのでしょうか?)。

 

別な友人が実兄からアンプIで文句を言われたとき、こっそり入力にキャパシタを入れて解消し、しかも気付かれなかったそうですが、世の中そんな簡単な事ばかりではありません。先の同級生の場合、結局はHPFで解決せず、運用を自粛する時間帯の約束になったようでした。

あるインタビューの中で紹介されたハムのレベル低下を嘆く一言ですが、TVIを訴えたら「ウチの機械は買ってまだ一週間なのでそんなはずはない」と言われたとか。それも上記と同じ時代だったと思います。

これを書いている年末はどうしても一年間の整理として、大量のゴミ出しをするのが恒例です。この調子でいつかは趣味の後始末を誰かが行わなくてはなりません。私はまだ親も存命ですし、普通は自身の終活には真剣でない年齢層だと思いますが、意識はし始めています。残すものに換金は全く期待しませんが、恐れるのはそれなり利用価値のあるものが全部ゴミとなって失われることで、親戚縁者に同類の者は皆無なので「面倒だからまとめて全部捨てよう」になるのは明白です。知り合いなら「美味しいところだけつまみ食い」は喜んでするでしょうが、それと抱き合わせに全部の処理を押し付けはできませんし、何より譲渡先が同世代の人ではほとんど意味がありません。

 

半世紀以上も前、「ラジオの製作」誌で常連筆者の JA1AJQ 大沢氏が本棚で調べをするポーズの写真とともに、資料は捨てないようにしましょう、と書いていました。それはずっと頭にあったものの、「はじめに」で書いた通りで、1986年に雑誌は全て捨ててしまったのは今では後悔しています。書籍類、ことに雑誌は部品や機器類よりはずっと収集しにくく、しかし逆に遺族にとっては処分が簡単だからです。

 

一番残されての迷惑物については「アンテナ・タワーの撤去」で書きました。それ以外はどうしましょうか?

測定器・工具・部品については学校クラブへの寄付一択だと思います。測定器や工具は即日有効に使えるものです。昨今の学校の電子工作はメカトロ中心ですから高周波部品は扱わないでしょうが、予算の不足しがちなクラブならオークションの材料にはできるでしょう。数人でも興味がある個人がいれば分けてもらっても構いませんし、少しでも若い世代に渡したいものです。

 

苫小牧の JA1VX局」でも触れましたが、無線機類は難しいところです。日頃から完動品とジャンクの別くらいは分かるようにマーキングしておき、いざとなったらオークション代行業を呼ぶように、と申し送るのが良いかな? というのが目下の考えです。

かつてCQ誌にはJA1AN 原昌三氏が主宰する連載記事、「About VHF」が存在し、確か掲載期間は60年間くらい続いたと思います。口絵のタコ型火星人は恐らくJA2HJ 鈴木氏の作であろうとは以前、私も「CさんQさん」の投稿で触れています。

 

原氏の個人的なハム局の経歴は1960年頃までのVHF専門の実験派だったようで、それが連載の発端だったようです。また、ハムフェアなどの記念局で開幕第一声は原氏が50MHzで出す形が慣例化したのにも関係したかも知れません(まさかHFで海外に飛んだら困るからとか・・?)。しかし皆様ご存じの通り、原氏は後にはハムとしてはJARL理事業務に専念となり、「About VHF」の投稿内容もその立場から見てきたアマチュア無線の歴史や、現今の環境を述べることがほとんどになりました。

しかし時々はVHFのコンディション状況を解説した月もあり、それはVHFで有名な某氏がゴーストライターと言われています。原氏は赤ペン修正くらいは入れて文体は揃えたようには感じますが、それでも使う単語にはどうしても世代なりの癖が出てしまうので分かります。

 

以上から私が思うこと。まず、ゴーストライターの起用は問題ありません。「About VHF」のタイトルを付けた以上、それを守る目的がありますし、記名記事には「単独筆者」以外に「主宰」の立場もあり得ますから、そもそもゴーストでも無いとも言えます。

次に内容が全然「About VHF」ではなかった件。これについては「唯一の地位で事情を知り得た人」の回想なので記録として貴重です。しかしながら読者の興味が薄かったのは、後にその内容が単行本「About VHFに見る無線史」として出版されたものの、早く絶版になった事実の示す通りです。

最後に、実はずっと前から月刊でVHF情報を掲載する意義は無くなっていたと思います。それが原氏の名の下の連載だったので、編集部は忖度して何も変えられず、逆にそれが幸いして歴史証言が残された、というところでしょうか。

 

アマチュア無線の未来予測につき、かつてJA1ACB 難波田氏が、「間違いなくデジタルになる、そのうちアンテナ直下に大きなD/Aコンバーターを付けて・・」などと取材に応じて語っていました。実際にその後の世の趨勢はそちらに向かい、「アンテナ直下DAC」も条件次第では可能になってきています。

 

1990年代前半、まだ携帯電話がデジタル化初期の頃、既に「アナログ」という単語を誤って「時代遅れ」と同義に扱う風潮はあって、従って「デジタルだから音が良いはず」という誤解もさんざん生んだのです。実際には、PDC方式ハーフレートでは話している相手が誰だか分からない事もあるほど音質が悪いものでした。当時はデジタル化、に対して変に先進性の期待ばかりが大きかったのは確かです。

 

それより少し早い頃、DAT(デジタル・オーディオ・テープ)がオーディオ製品として発売されました。デジタル化音源はCDで既に普及していた時期ですが、家庭で録音できる媒体では最初です。当時のメーカーのデモンストレーションで、30回のダビングをアナログ機ともども繰り返した後、元の音と比較再生してみせたものがあって、もちろんアナログでは壊滅するが、デジタルは劣化がないというのが売りでした。

その頃、ある雑誌に各社のDAT「テープ」を試聴比較した結構大きな記事が掲載されました。その筆者が書くには「デジタルは全部同じと言う人もいるが実際に大きな差があるのに」、「理由は色々あって一概に言えないが」(一つでも言うべきでは?)とか、また評価も「カッチリした音像」とか、いかにもな台詞が並んでいました。筆者の近影写真まで掲載されたその記事は、これは後年面白いオカルト・オーディオネタに使えるぞ、とスクラップしたはず。捨てた憶えはないので探してみますかな。

古くは「ハムジャーナル」誌に専門家による受信機に関する記事が掲載されたことがあります。いつもは常連で筆者をぐるぐる回しているHJ編集にしては上出来な企画、かつ勉強になリました。ところが、その中で気になったのは相互変調というのものの説明があった上で、


アマチュア無線家が「混変調」と呼んでいるのは実は「相互変調」ではないか? 

 

と言う筆者の問いかけでした。
実際、この記事が出てからアマチュア界隈の受信機談議でもそれまでの「混変調特性が」が「相互変調特性が」に置き換わりかけたのです。ところがハム局の運用で現実に問題になる場面が多いのは、やはり混変調の方なのです。筆者はプロの設計者ではあってもハムではないので、そこからの認識違いだったのでしょう。理解して説明を読めばハムの運用では違うことは分かりそうですが、「活字になったプロのご意見」ゆえに即刻受け売りになってしまったようです。


トリオTS−520トランシーバーが発表された際、最大の売りは「混変調に強い」でした。ところが私も「RF GAIN をどう使うか」で書いたように受信機の性能比較をやってみると、その私的評価は「当時の普通」でした。それでもお空では「強い強い」と連呼され、出入りしていた某ハムショップの店員も「私もペディションではTS−520ですよ、混変調に強いですからね」と言っておりました。果たしてこれらの皆さんは自身で比較評価をしてみた上での発言だったのでしょうか? 私は少なくとも「突出して良い」とは感じませんでした。


「ガキが混変調とか言ってるのはただの混信だよ」、と言った人がおりました。口は大層悪いですが、結構当たっているところもあります。でも子供はそのくらいの背伸びはむしろ速足の成長に良い事なのです。大人がいつまでも受け売りばかりしていては恥ずかしいですが。