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アマチュア無線の裏側で

1970から1980年代の忘れがたい記憶から

過去の投稿でプロの人がアマチュア無線を趣味に持つ話は何度か触れています。「プロの無線通信士」では工作もハムも経験のない人が案外多いが仕事も趣味も昔から無線、という人もいるにはいるという話を。また、「アマチュア・カラーテレビ局」や「2SC710と2SC460」ではプロの電子や電気の技術者が個人的な立場でハムの技術をリードした話を書きました。今回、それらを振り返るのは、無線以外のある人生話を思い出したからです。

 

かつて某ビルの一角に構え、私もよく利用したステーキ専門レストランのことです。そこが再開発による閉店が決まりオーナーは故郷に帰るというので、国元で開業するの?と尋ねると、もう引退を決意したがその理由には後悔がある、と言うのです。それは田舎でのレストラン経営はステーキだけの店では多分やって行けない。でも、自分はステーキ専門店でしか修行経験はなく、店を持ってからも肉を焼く以外は付け合わせ程度の料理しかやって来なかった。時間は何十年もあったのだから、早くから志していればステーキ焼きも今の通り出来ていた上に、イタリアンでも何でも習得できたはず、という事だったのです。

 

もちろんこれは一般論ではなく、人生○○一筋極めて悔いなし、の人も対極的に沢山いるはずですから無関係な者が軽々に考える事ではありません。それに実際は店主は割と軽口で笑いながら語りました。

私自身は何事も本業になってしまえば、もはや楽しむことは性格的にできません。つまり、中学一年生の終わり頃に将来の専門を電気以外に決めた、と「はじめに」で書きましたが、電気の道に進んでいたらアマチュア無線も電子工作も間違いなく止めていたと思います。

それだけに、仕事も趣味も電気だった人々が一般アマチュアにとっては高度な技術の供給源となり、その恩恵は多大だったこと。一方その裏ではそれらプロが他の趣味を持つ機会を失った上、その時間は取り返せない、という事実は深く認識すべきだと思うのです。

 

参照 「知之者不如好之者、好之者不如楽之者」(論語)

現パナソニック、元松下電産&松下電工は長らく「ナショナル」ブランドでした。「パナソニック」はナショナル時代のかなり後期に黒物家電に登場しますが、海外では古くから使われ、私もその名前は1960年代から知っていたのは、家にあったテーブレコーダーとワイヤレスマイクがNATIONAL PANASONICの二重ロゴだったからです。恐らく輸出兼用だったのでしょう。

 

ところで、アメリカにはかつてNational Radio Companyという、業務用や軍用機も長く手掛けた名門がありました。アマチュア無線分野では1970年代初め頃はまだ高級路線で存在し、例えばNCX-1000は終段が送信管8122で定格出力570ワット。当時最大500ワット時代の日本では「これ一台」で済むようなトランシーバーでした。

古い日本のハムは生半可にその米ナショナル社を知っているが故に、松下が海外で「ナショナル」を名乗れなかった理由に、口を揃えて該社の存在を言います。知らなかった人も誰かのコメント孫引きで「既に登録されていたから」で納得し切っています。しかし広いアメリカのこと、Nationalを冠する電気関係の会社はNational Radio以外にも幾らでもあったのは間違いありません。それに私は別な理由からだと確信しています。

 

アメリカでの「National」はほぼ「American」の意味なのです。放送関係で言えば、NBC とか NTSC とか、国営かどうかも問いません。日本語だって「国産」と言えば日本製ですし、英語圏で「Royal」と言えばどこの王国かを問わずイギリスを意味します。

松下もアメリカで「ナショナル」と名乗ったら地元アメリカ資本と誤解されたに違いありません。恐らくそれが本当の理由です。

 

「ナショナル」RJX-601は、日新パナスカイ・マーク6、井上IC-71と並び、AM時代の6mの三巨頭・・・、そういえばパナスカイがスカイエリートに改名した理由もバナソニックが元でした。これは昔のハムのトリビア初級編です。

カラーコードで近年失敗をしました。測定用の広帯域全置増幅器を作ったものの、全然ゲインが足りません。現物をいくら睨んでもさっぱり分からず、テスターを当ててやっと判明。入力の1MΩのつもりが51Ωだったのです。カラーコードは茶・黒・緑と、緑・茶・黒と順番が違うだけ。しかも悪いことに1MΩも51Ωも測定系入力インピーダンスの標準的な値、かつ1/6ワットと大変小型で頭尾も分かりにくく、何となくその三色が見えただけで正しいと信じていました。

 

さて、私がカラーコードの抵抗として最初に接したのはソリッド抵抗、正しくはカーボン・コンポジション(コンポジット)抵抗でした。溝切りがないので高周波特性と瞬間的な大電力耐性に優れる一方で、雑音発生で不利とされていました。もっとも、その雑音を測定できるアマチュアや、体感できる用途は限られるようなレベルでの話です。もう一つの問題点は経年変化で抵抗値が確実に増大することで、これは特に高抵抗では顕著で5割増くらいは普通に見られ、修理では交換対象になります。

なお、真空管時代の話ですが、トリオは高周波特性重視の無線機はもちろん、オーディオ機器にもソリッド抵抗を多用する傾向があり、修理していて山水あたりとは違う特徴だな、と思っていました。

 

ソリッド抵抗はベークライトなどの樹脂外装で特徴的な形をしていますが、外見は全く同じでも中身は炭素被膜の場合もあります。見分け方ですが、カラーコードの一桁目が抵抗器の完全に端から始まっているのがソリッド抵抗で、少し開けてから始まるのが炭素被膜などのモールド抵抗・・・という説明を活字で見たことはあるものの、それも一度か二度でしかありません。口頭ではもう少し聞いた記憶もありますが、それも同じソースの受け売りかも知れませんし、真実を知る人は少ないと思われます。

和文通話表モールス 合調法と並び、語呂合わせの世界なのはカラーコードの暗記法です。

その中には「みどりご = 嬰児」のように子供には難しい単語もありましたが、所詮は10個しかありません。それに、両端を除けば虹の七色の「赤橙黄緑青(藍)紫」の順なので、本質的に間違えにくく出来ているのです。

 

カラーコードを覚えた私なりの経緯は明確です。まず、真空管工作に使っていたL型とかP型の抵抗器は数字で値が表示されているだけではなく、その値も250kとか500kとか古典的なキリの良い数字でした。ところがワット数が小型の物、特にトランジスタ回路で良く見るのは、E12とかE24系列に属する220だの470だの半端な数値で、しかも入手が容易なのはカラーコード表示のものばかりです。ここでビギナーらしいところで、製作記事の抵抗値は記載通り守らなくては駄目、と信じていますから、その値の部品を使うためにはカラーコードを学ぶしか無かったのです。

しかし一旦覚えてしまえば、360度全方向から値が読めるのは便利だとすぐに気が付きました。また、色分けされたフラット・ケーブルでも、個々の線の順番がこのコードの通りであったりなど、その応用は抵抗器のみでもありません。

 

「記載通り守らなくては駄目」の別の例としてゲルマニウム・ダイオードも「SD34ではなくSD46でなくては駄目」とか思っていました。本当は? 恐らくですが、SD46はNECが民生用に安価に供給する狙いでスペック幅を甘くしたグレードで、それゆえに自作記事の定番だったのでしょう。これらのダイオードの識別にも「34」と「46」のカラーコードの帯印刷が使われた時期があります。

フォネティック・コードと和文通話表」の投稿で、現在となっては「三笠」のように言葉が古いものがある、と書きました。しかし古いと言えば、私の時代の和文モールスの合調法(伊東、路上歩行、ハーモニカ・・)は和文通話表の比ではありません。昔はモールスは一般通信の他に軍事用も重要だったので皇国日本的な言葉が多く、「コ」の「皇統継承」なんて今の人には熟語にさえ聞こえないでしょう。「ヱ・恵方東北」もコンビニ業界が節分に「恵方巻」なんて物を流行らせるまで何のことやら?だった人が多かろうと思います。

 

しかし合調法は通信士の国家試験に使われる和文通話表とは違い、手前勝手に決めても構わないわけです(「ヘ」はあれしかないでしょうけど)。そこで現代的な用語で再編を試みた例もありますが、今はモールス通信の重要度が低下しましたし、大勢を集めての教育の場も無くなったので、昔のように統一することも、最早その必要さえもないでしょう。

 

合調法の欠点として、対応した「言葉」が後々まで頭に残り高速受信の邪魔になるとされます。その解決策としてCQ出版社は「音感法」を提唱し「和文モールスマスター法」というカセットを発売しました。「トンツー・・・イ」と言う調子で符号と文字の読みだけが延々と流れるものです。私も買ってみましたが、「これでは時間が掛かる、どうせ目的は1アマ取得でしかないし」、と割り切って合調法で覚えましたが、「言葉が頭に残る」のデメリットは全く本当です。日頃から和文通信を行えば慣れの問題で解消するのだろうとは思いますが、少なくとも私は今でも和文は紙に書き出す必要があります。

 

最後に、日頃から使用していないと符号を忘れないか? という疑問についてです。私の経験では、いくらブランクがあっても丸一日も聞いていれば過去のトップスピードの90%くらいまでは回復できます。とりあえず個人差があるとは考えず、自信を持ってお試し下さい。

 

「DSB」というのは「両側波帯」です。そこにキャリアがあれば普通にAM、なければハムが言うところのLSBとUSBが両方同時に出た状態なのですが、アマチュア無線という限られた範囲でさえ、そのどちらの意味でも使われていました。SSBでもキャリアの有無を問わない場合があるのと一緒の紛らわしさです。そこで文脈で判断しなくてはならないのですが、送信機の自作の話題に限ればキャリアの無い方でした。

 

1970年頃のSSBには、僅かながらPSN方式が古いトリオの送信機や自作機で残っていました。PSN方式のAFフェーズシフト素子として代表的なのが米B&Wの2Q4で、JA1ZB 松田氏もアメリカ出張の知人に無理を言って入手した顛末を書いています。その中身はCRのブリッジですが、どれも値が中途半端かつ低い温度係数も必要なので自作はしにくかったでしょう。それでもPSNが使われなのは、メカニカルやクリスタルのフィルターは高価だったからです。同様に、高価なフィルターの不要なのがキャリア抑圧のDSBで、それが理由で「初歩のラジオ」などの雑誌にしばしば製作記事が掲載されました。

ちなみにB&Wとはハム用品ショップのBarker & Williansonで、古くからB&Wのロゴを使っていますが、オーディオのBowers & Wilkinsとは違います。

 

このDSBはフィルターの裾野をキャリア抑圧に利用できませんから、キャリアは聴感上明らかに漏れた感じになります。また、モガモガとSメーターが振れるのはSSBと同じですが、同調が外れるとLSB/USBの音程が一致せずに両方聞こえて変なものです。ただし、実際にそのDSBでのオンエアを耳にした記憶は数回しかありません。ゼロインすれば普通にSSB機で交信できますから、QSO相手も気付いていなかったように思います。

音声に伴いキャリアレベルが変化するフローティングキャリア式AMと同様に普通のSSBやAMとの互換性があるのに、全くの皆無でもないが極めて稀、という種類の電波でした。

前回、TS-511で真空管がコストの観点から採用された事を書きました。しかし、その広報で更に目立ったのは初めてアマチュア無線機にワイヤ・ラッピング配線を取り入れたことです。

 

私はその配線方法については「オシロスコープ」の投稿でも書いた旧通産省・電総研の見学の際、試作品のコンピューターでも見ています。デジタル回路はアナログ回路よりも配線量が著しく多くなるものなので、結線の手間数を減らし、また作業品質の個人差を無くすのが主な目的です。しかし、TS-511では恐らくコストダウン策として採用されました。

アマチュア無線家は知らなかった配線方法ですから、巻き付けるだけで圧着もハンダも無し。それで本当に良好な導通が得られるのか? 劣化したりスッポ抜けたりしないのか? という疑いが(ハムからは)強く持たれたのです。

 

そこがオーディオ市場で広告戦略には長けたトリオです。VFO回路をしばらく秘密にした時にもその手腕に感心しましたが、この時にもコンピューターにも使われる信頼性の高い技術である、という点を強調しました。これを受けて雑誌上でも色々と書かれているうち、いつしか「ハンダ付けより優れているらしい」、という噂にまで発展したのです。実際にはもちろん一長一短ですが、「メーカーの言うことだから」、「活字になっているから」、とそれだけを理由に闇雲に持ち上げる人がいたのはいつもの事です。

ワイヤ・ラッピングは次世代のTS-520にも引き継がれましたが、基板交換を伴う修理は最終手段でした。ほどいた線は再利用には耐えられないのに、一切合切でワイヤハーネスに束ねられているからで、メーカーのサービスも困ることがあったでしょう。

 

個人的に使ったのは、FR-101用の完全直読周波数カウンタの自作が唯一です。DIP IC 約30個を限られた寸法に収めるためでしたが、カウンタを他の用途に転用後も含め半世紀近くを経ても一度も導通不良はありません。ただ、この方法ではラッピングポストが嵩張るので、以後デジタル回路実装はUEWのハンダ付けでやっています。それに今ではICソケットとかカードエッジコネクタなどラッピング用の部品は手に入りにくくなりました。

1970から80年代初頭までは無線機の主力が全真空管式から半導体化の移行の時代です。

 

HFでは長らくドライバーと終段だけ真空管、という時代がありました。ドライバーが半導体という実例は米 Signal/One CX-7しか私は思い付きません。当時は終段を押せるスペックの半導体は極めて高価でしたし、どうせ真空管用の電源系統は必要で送信時しか動作しないからドライバーも真空管で充分、という判断は妥当です。また、どうせ固定専用機だし真空管用の電源があるなら、と受信部にも真空管を残した機器もありました(フロンティア製品とOEMなど)。これらには受信RF段とかは半導体よりは性能的に無難、という理由も感じます。

 

ところで、JA1ZB 松田氏がメーカーが半導体化を進めるのはブリント基板化でコストを下げるため、と書いていましたが、それも場合次第でした。全真空管式でもトリオはTS-510から、八重洲はFTDX400から主要部はブリント基板です。半導体回路は部品が耐圧も耐電力も低く小さく、安く作れそうには見えますが、実際は例えば八重洲なら、全管球式のFT-401からFT-101へのハイブリッド化により(移動兼用以外の)機能はほぼ一緒でも、価格は大幅上昇しています。第一、基板をプラグイン化してわざわざコスト増の方針を選択してもいます。

 

ところで、八重洲では中途半端な半導体化はマイナー機種のFT-501くらいで、主力はFT-401からFT-101(1970)へと一気に転換しましたが、トリオではTS-510(1968)とTS-520(1973)の間に、かなり真空管を残したTS-511(1970)の時代を挟んでいます。このTS-511発表時のメーカーコメントとして「コストを考えると真空管を使わざるを得ない」、とあったのは意外に思いました。真空管は小信号トランジスタよりも高価、ソケットが必要、いちいち部品は大きく、電源系統は複雑だというのに・・・当時のコスト構造というのは今も私は理解できていません。

 

なおTS-511で採用されたワイヤ・ラッピング配線については引き続き。

パスポートを申請するには本人確認の証明書が必要です。運転免許証以外では国民健康保険証とか印鑑登録証などで、私が最初に取得した頃にはまだ農水省発行の米穀通帳も存在しました。今は写真貼付であれば私立学校や会社発行の身分証明書も使えるようですが、以前は公的機関の発行である事が必須条件だったので、学校の身分証ならば国公立しか認められませんでした。しかし無線従事者免許証はもちろん昔から有効、かつ写真は古くても問題はなく、これを使った人も少なくないと思います。

 

従事者免許は終身免許なのでどうしても貼付写真と実年齢との差が出てきてしまいます。実用上で不都合を感ずる場合は再交付を受けることができ、その場合、昔は免許番号の脇に手書きで「その2」と記入されました。今は「xxxx999-2」のように枝番が振られます。いずれにせよ、当初のものとは明確に区別されます。

 

ところで従事者免許は昔の物ほど立派な造りをされていました。それが段階的に寸法が小さくなり、用紙が薄いものになり、ラミネート化を経て現状に至りますから、再交付の理由を写真の容姿の変貌とか汚損とかではなく、「紛失」にしたくもなるでしょう。しかし新旧2枚持ちするのは恐らく違反になります。そもそも死亡時(= 期限切れ)には返納義務があるのも同様ですが、無効な物は存在してはいけないはずで、無線局免許状にしても有効期限を過ぎたものは返納義務があります。ただし罰則もありませんし、ルールとして形骸化していました。しかし今後は免許状も電子化され、その問題はなくなる予定ではあるのですが。

27MHz帯の合法CB機が簡易無線局としての免許が必要だった時代、それも有効期間は5年間でしたが、これも更新はどれだけ正直に行われていたものか疑問があります。

私が引っ越しを機に所有の雑誌すべてを1986年に廃棄したことは「はじめに」で書いた通りです。また単行本の理工学書も昔から沢山抱えていたので、約30年前と10年ほど前に古書店街で有名な東京・神保町の専門店にて売却したことがあります。

 

その感想は「捨てた方が腹が立たないだけマシ」、です。「BOOKOFF」にタダ同然で置いて来るよりは値は付きますから、買取価格の問題ではありません。その店というのは、こちらが買う側でも無機質な接客しかしませんが、まして売りに行くと「こっちが客だ」、という態度も露骨にカスタマー・ハラスメントに出るからです。10年ほど前には買取価格に苦笑いの表情をしただけで中年男に、何だその態度は、と言いがかりをつけられました。私は「安い」とも何とも一言も口に出していないのにです。今現在はどうか知りませんが、従業員が次々と入れ替わるような規模の会社とかでもあるまいし、30年前も10年前も雰囲気の悪かった店の体質がそうそう変わるとは私は思いません。

 

これは古物商・道具屋の世界からの想像ですが、恐らく古書店にも業者間の交換会があるはずです。各店が仕入れでは雑多な分野が入っても、そのうちから自分の専門外のジャンルは放出し、逆に専門の物を集める、それで理工学なら理工学の専門店の在庫が形成されるという仕組みだろうと思います。

書籍を捨ててしまうのは社会的損失、と思われる方はオークションとかメルカリにが一番ですが、実入りを無視した次善の策としてはジャンルを問わずに一緒にまとまった数を集め、まともな書店に持ち込むことです。数が必要な理由は、「全部まとめて引き取って」、といえる程度の数でないと「これは引き取れます、これは要りません」とその場で選別されてしまうからです。

これならば不愉快店と取引する必要もなく、また汚いからと廃棄されることもないでしょう。実際、その後の私が実行してきた方法なのです。