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みなさんこんにちは

 

 

 

おくればせながら、残暑お見舞い申し上げます

熱中症で辛い思いをしている方、いませんか?

 

そのような読者様がいらっしゃればお大事になさってください

 

今日は暑さが性格に与える特徴について、タイと日本を比較してみましょう

 

 

  まずは熱中症のお話

 

タイでは年の平均温度差が26℃から35℃

最も暑い暑期は40℃を超えます

 

寒期は中央タイで最低気温が15℃を下回る日が年に数日あります、15℃を下回ると寒くて仕事ができないようです、ですが、日中は26度以上です…

 

 

最近はタイも温暖化で昔よりも暑い日(40℃近い日)と、じめじめした雨季が長期化しているようです

 

熱中症の起こりやすい環境がほぼ1年続くといえるかもしれません

 

ところでタイ語で熱中症は?

実はこれといって当てはまる語がなく、単に暑い!「ローン」が自然かも… 

 

確かに日射病や熱射病といった言い方もあります

読者がタイで熱中症のような症状が出ればグーグルで調べてスクリーンショットしておきましょう

 

筆者の知る限りのタイ人で日本のような熱中症になったという知人(や知人の知人)はいません

 

偶然なのでしょうか?

それとも日本人とタイ人との体感温度の違いでしょうか?

 

考えてみましょう

 

 

  1.よく水浴びをする

 

 

タイ人は日に最低3回水浴びをします

これによって体内の熱がさまされるのです

 

 

  2 唐辛子をよく食べる

 

 

かなりまえ、ビールを頼むと、つきだしに唐辛子が出てきました

 

唐辛子は本来体を温めるものと思われがちですが

年中今年のような暑い中では、発汗作用があり

体内の余熱を取る作用があるようです

 

 

 

唐辛子で発汗させて、(ビールとはいえ)水分を補給する…なるほどと思いました

 

バンコクは屋台規制がありますが、タイ全土総じて飲料水の屋台があちこちにあります

 

辛い食事をした後に水分を取るパターンが一般的なのも生活の知恵かもしれません

 

また果物には小さな袋に砂糖と塩を混ぜたものがついています

 

「砂糖だけにして」と言っても、店員さんは「?」でした

 

 

  3 サボり(手抜き)のすすめ

 

 

「サボる=楽をする」と考えがちな日本人

 

「楽をする」というと日本人は「お前は怠慢だ」と言われそうですね

 

「根性がない」「やる気がない」「不良品がでたらどうする」…

 

楽をすることに罪の意識を感じさせる傾向がいまだ根強く残っています

 

「楽をする事は仕事上NG」と反論されたいあなた、日蔭の無い中央タイで農作業を9時-17時までできますか?

 

外気は年中30℃から40℃、日本なら異常気象とはいえ酷暑も4カ月で終わるはず

 

タイなら11カ月は日本でいう酷暑状態です

それも一生涯です

 

タイ人はよくサボると聞きますが、このような気象条件から、サボりは身を守る防衛本能だと言えます

 

それがDNAとして伝えられ、今のタイ人の深層心理に根付いてしまったと思います

 

生命の危機管理という意味での楽をすることは長期的に必要ではないでしょうか?

 

 

休息も人間の基本欲求のひとつだと思います

(食欲・睡眠欲・性欲+α休息欲)

 

 

 

  4 ช้าๆได้พร้าเล่มงาม

 

(↑ ゆっくりやれば、より良い刀ができる☚タイのことわざです)

 

筆者の身の回りのタイ人に熱中症で倒れた人がいなかったのは

(いい意味で)仕事を休み休み行っていたからでしょう 

 

日本的な「頑張る」という行動にタイ人が消極的なのはこの防衛本能が働くから…

筆者はそう見ています

 

タイ人は朝早6時頃から12時頃までが古からの就業時間でした。朝4時に起きて、朝ご飯を作り、ちゃんと食事をして仕事(実働6時間)

*今ではエアコンの効いた職場で就業できる環境も完備されましたが現場は相変わらず蒸し暑く熱中症になるような感じでしょう

 

今回この話題を出したのは、すでに立秋を過ぎた日本が酷暑続きだからです

 

おこがましい言い方で恐縮ですが、会社で最低賃金でこき使われ、最後は捨てられてもなおも頑張るあなたに目を覚ましてほしいという思いがあったからです…

 

タイ同様、酷暑の続く今の日本を体感すれば、タイ人がサボらざるを得ない状況を理解していただけるとささやかながら思った次第です

 

ですが、一般的な日本人からは

 

「家族がいるから…」と言われそうですね

憲法13条に「すべての国民は個人として尊重される」とあります

 

簡単に言えば、家族や会社のために自己犠牲する必要はない

…ということです

 

これができない境遇にいるとすれば

それは自己責任ではありません

責任は政治の施策にあるとしかいえないからです

 

自己責任というもっともらしいフレーズに騙されないでください

 

話が少し逸れますが

例えば築年数の長い家に住んでいる方々、もし大型地震がきて倒壊しても、今の日本人は築年数が長い家に住んでいた自己責任と突き放します

 

久しぶりに街中に出てコロナに感染したのも自己責任?競争率100倍の会社に正社員で入ったらブラック企業だった…これも自己責任?

 

いまや、上記の他動的災難まで自己責任になったのです、原因はおそらく日本人に「余裕」がなくなったからだと感じます(株式投資等は自己責任と呼べるでしょう)

 

タイには自己責任という概念はありません(もちろんタイ語にもありません)

「自己責任」については回を改めて取り上げます

 

 

人は環境の中で育つことで生活習慣から性格までが影響を受けます

 

タイに長く在住されている方々はすでに十分ご存知のことと思います

 

無理をするより(身を守るために)サボることは「権利」であり、場合によっては「義務」だと思うべきです

 

いま物価高騰に増税・低所得、おまけにいつ地震が来てもおかしくない

-そんな目先のことで精一杯の人々が、あなたのことを心配する余裕は現実的にありません

 

真面目でサボらない割には人を助けると言う気持ちがない日本人ですが、同じ経済状況でもタイ人なら人助けをします、その背景には

 

日本人は自己責任で「何とかすべき」

タイ人は「なるようにしかならない」

という違った前提があるからです

 

日本人もタイ人のように

なるようにしかならない

と諦めたとき、初めて余裕が出てくるような気がします、今の生き難い毎日ですが

日本人が変われるいいチャンスと思いましょう!

 

 

おいしいものをみんなで

笑いながら食べるタイ人

免疫もできて余裕もできる

お金がなくても人の世話ができる

明日の不安より今の楽しみを大切に

 

 

おまけの話 

 

 

タイ語本の何冊かにタイの春夏秋冬の時期が書いてあります

 

これにケチをつけるつもりはないのですが、四季があるのは温帯です

 

タイは熱帯サバンナ気候で季節は雨と乾のふたつだけです(二季)
 

その乾季という季節の中に暑(3・4月頃)と寒(12月後半から1月上旬頃)という時期があるのが本来の定義です…今後の気象の変動によっていつか定義が変わるかもしれませんが…

頑固な爺の老害発言と思ってください

 

 

おまけの話2 

 

 

ところで、今日は昭和99年9月9日

タイを愛する日本人にとって縁起の良い日ですね

 

 

 

ここまでにしましょう

 

 

 

 

みなさんこんにちは

 

 

きょうは筆者のCMのようになります

ご勘弁ください

 

 

いま、日本の某ビジネス専門学校で留学生に日本語を教えています

 

教えるというより日本語検定合格を目指す予備校的コーチです

 

それなりに楽しいのですが、やはり教える言語として、日本語は第2外国語

 

大阪外語大日本語学科ドクターの専門の先生のアシスタントとしてやらせていただいています

 

日本語とタイ語

教え方や切り口はかなり違います

 

 

生徒に日本語で模擬授業させる

私の悪趣味か?

過去に数回やったタイ語講師養成講座でもやったかも

  

留学生は中国、インドネシア、ベトナム、ネパール、台湾・・・タイ人はいません

そんなときふとタイ語を思い出します

 

 

  1 タイ語はもうやらないのか

 

 

最近は聞かれなくなりましたが

かつて聞かれたとき

 

「もう雇われる年齢でもなく、円安・物価高の昨今、需要も日本国内ではないですよ」と現実的な弱音を吐いていました…

 

たまに、通訳・翻訳があっても年に数回程度…

巷にタイ語教室はありますが、若い女性タイ人を採用するところが多いですね、(看板娘として)経営的に考えればあたりまえで、私が逆の立場でも同じことをするでしょう

 

7冊も本を書かせてもらい、公的機関でタイ語指導を行い、タイで7年タイの学生たちに日本語教師という立場でタイ語を使い日本のことをおもしろおかしく伝えてきました

 

これだけやれば十分ですよ

やるべきことは全てやりました

知人にはそう言ってきました 

 

「やるべきこと」とは

余談ですが、少し振り返ってみると

 

筆者はタイ留学に行く際、客員教授から「東京外大タイ語科には中級から上級の教材がまったくない、君はタイに行って、中級以上を教えるための「教材」を作ってほしい…と言われたことを思い出します(←教授が一介の留学生者に頼むことでしょうか?)

 

当時書店にタイ語本は1冊しかなく、専門大学でもこれといった教科書は完備されていない時代でした、初級の教材もまだ試行錯誤だったように感じます

 

中級・上級本開拓の使命は果たせたか?

 

令和4年拙著『タイ語リスニング』の音声収録を終え、東京から戻る新幹線の中で留学前のミッションは「使命(やるべきこと)は終わった!」と心の中の叫びとなってfade outしていったように感じました

 

*筆者のタイ語本は「難しい」というレビューが大半を占めます、中上級を目指した本なので初心者には難しいはずです

中上級本は、まだまだいろいろな先生が執筆されるでしょう

 

さて、次はと、いうことで

これからが本題です

 

 

タイの高校教師時代

この殺風景な通勤路によって

タイ語がフラッシュバック?

 

 

  2 いま、タイ語に想うこと

 

 

いま、ネットやfacebookなどでタイ語講座が公開されています

 

タイ語もやっと専門家の領域を離れ、大衆化してきた印象を受けます 

 

喜ばしいことです

 

筆者は以前から、タイやタイ語とは何の縁もゆかりもなかった方々が、タイに行ってタイやタイ人、そしてタイ語に興味を持ち、いずれご自身の町やコミュニティー、またはSNSなどでタイ語の先生になってもらいたい…

 

タイ語の布教活動ではありませんが…そんな想いを抱いてきました

 

多くの日本人が主役になって

タイやタイ語を広めていければと思う気持ち

 

その灯火は消えていません

 

これからは、タイ好きの人たちに

楽しくタイ語を継承していって欲しい

 

大学講師や著作者以外にも

優れた人が必ずいるはず

 

そのような人にも

スポットライトが当たって欲しい

 

そんな期待から

 

ぼんやりとタイ語講師養成講座

のような発想が芽生え始めるるようになりました

 

 

日本人に人気のカオマンカイ

いくつかのタイ語学校(教室)を訪問

共通点は

レッスンが終わったらタイ料理店にいく

 

  3 どうやってやるの

 

 

日本語教師をやるとき、必ず420時間の日本語養成講座を修得していることが条件になります

 

その真似ではないのですが

 

上でふれた「タイ語講師養成講座」のようなものがあるといいなあと思っています

  

ですが、日本語と違い国家資格でも民間資格でもありませんー仮に資格として認知されても、それをどこで活かせるか?

 

学校や語学学校などでタイ語講師として入りこむにはハードルが高いでしょう…

 

それに、これはという教本(シラバス・カリキュラム)もありません

 

*筆者自体、数回「お試しタイ語講師養成教室」をやりましたが、やり方に統一性がなく、テキストもその時によってまちまちでした…ですがこれで良かったと思います、これが民間資格だとそうはいきませんが…


教育機関(学校)や巷のタイ語学校で教える

この発想を変えて

一人一人が主人公となり

独自の個性を発揮したタイ(語)を教えれば良い


それには

 

420時間の必要はありません

知識やレベルや目的によっては

42時間、または4.2時間、42分でもいい

ワンショットの質問なら、4.2分でもいい


タイ語(つまり語学)だけでなくてもいいからです

 

雇ってもらうのではなく

タイ好きの方々がご自身で

最初はアマチュアから

 

そして、今ではごく普通になった「副業」としてやっていく方が、サバーイ(楽)だと思いますし


クリエイターの方が充実感があると思います


タイ好きなら、多少の困難も楽しくできるのではないでしょうか…そう思います

 

 

  4 教え方は

 

 

日本語教師養成講座のように決まったカリキュラムに沿って教え方を学ぶのではなく

 

人それぞれの個性を活かした方法がベストだと思います

 

タイ語教室開設だけでなく

タイに関することは

何でも対応する

 

それもアリだと思います

 

例えば、タイ短期留学の方法とか…

タイマッサージのやり方…

ジャンルは様々です

 

というわけで、CMみたいですが、本業副業でタイ語講師を目指される方に、裏方としてアドバイスする「タイ語相談室(仮名)」みたいなものを立ち上げたい、今は、そのための準備中です

 

タイ語講師養成だけでなく、まったくの初心者から自称プロの方までのワンショット質問

 

それ以外にも

 

タイ語以外にもタイの事、タイ人の事、タイ人の知人(or同僚・パートナー・家族)との相性・付き合い方の相談等等を志す方への案内を、年明けくらいに公開させていただければと思っています

 

*男性の方からタイ語の相談をうけますが、ほとんどがナイトライフ用語の言い方です、この類のご質問は(ビジネス的には儲かるかもしれませんが)お断りしています

 

この記事を見て、自分もこんなことをやってみようと思う人がいれば嬉しいです、そのベースは

 

タイが日本で横に広がって繋がっていく期待です

 

What?

 

タイ人を真似て

少しでも生きやすい人が増えてほしい

それが筆者の目標でもあり到達点だからです

 

これらの雰囲気を日本人に

 

 

次回はいつもの「タイ人のメンタリティ」を

 

ペースは遅いかもしれませんが…

 

またブログでお会いしましょう!

 

 

 

おまけの話① 

 

拙著『タイ語リスニング』のAmazonレビューに以下のようなご指摘を賜りました

 

1 タイ人以外の人が読んでいる

 

5人のナレーター(男性2人、女性3人)、すべてタイ人です

 

ところがこの中にひとりで4役をこなさないといけない場面があり

音程を調節している→♭や#で転調するように

無理に声色を変える

華僑が出てくるのでわざと、私達日本人が中国人の真似をするような読み方をしてもらったからでしょう

 

同著では男性ナレーターは、非常に鮮明なタイ語を話す人と、タイ人でも聞き取りにくい人を人選しました、タイに行けばいろいろな声と接しなければならないからです

 

2 本文と違った読み方をしている

 

そう感じるのもムリはないと思いますが、本文通りに読んでいます

 

 

おまけの話② 

 

『タイ語リスニング』は日本語検定聴解試験のN2レベルです、いま筆者はN2聴解を担当していてそう感じます(最後の長編は別です)

 

*ちなみにN1は、いわゆる意地悪クイズです、本文には答えがなく、最初の問いに答えがある…みたいな問題が多いです、企業で日本語を使って仕事をするにはN3で充分だと思いますが、N2の方が説得力があるかもしれません

 

タイ人とLINEをやっている人なら周知のことですが、中にストーリーズ(リール)を投稿する人たちの会話ーあれがN2の聴解レベルだと感じます

 

 

 

教え子ソイスワン(M6/3/58)さんの妹TSさん

よく合掌の手の位置を聞かれますが

こんな感じです

 

ここまでにしましょう

 

 

 

 

 

 

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みなさんこんにちは

 

 

 

最近「コミュ力」というフレーズをよく聞きます

 

「コミュ力がないと組織でやっていけない」

「コミュ力が管理者(リーダー)の必須条件」

「コミュ力によって人間関係が円滑になる」

「コミュ力がないと周囲から疎まれる」

「先生のコミュ力が生徒との良好な関係を築く」(←意味不明)

 

暑い!

会話もしたくないときにまず、ワンショット

 

  1「コミュ力」「コミュ力」…まさに「コミュ力様々」の現代

 

 

「コミュ力」ってそんなに大切ですか?

 

「コミュ力」について定義を調べてみました、それによれば

 

人と人とのやりとりにおいて、お互いの意思疎通をスムーズにするためのスキル

 

コミュ力があると

*わかりやすく伝える

*聞き上手

*相手の立場に立てる

*相手の心を掴む魅力がある

*ネタが豊富

*人をやる気にさせる 等等

 

なるほど、素晴らしい感じですね…

そのあとに

 

人はコミュ力を高めないといけないとあります

 

ですが、上記の全部または一部を常時完璧にできる人っているのでしょうか

 

コミュ力アップの強制的風潮にも違和感を感じませんか?

 

逆に、コミュ力がないと

*他者に興味が持てない

*順序立てて話せない

*話題の引き出しが少ない

*興味が合う人とだけ話が盛り上がる

*視線を合わせるのが苦手 等等

        ↑

これって悪いことなのでしょうか?単に生き方が不器用なだけではないでしょうか(←ある意味愛すべき存在かも)

 

逆に「コミュ力のある人」は結局、内心、相手より自分に何らかの利益や信頼が獲得できる戦術のような考えがあると穿った見方をしてしまいます

 

筆者のような心理学の門外漢からみれば

上述のコミュ力の有無は生まれつきの性格で

 

強制的にコミュ力アップなどできないように感じます

 

そして「コミュ力がない」例をみても、

これらがどうして否定的に見られる風潮があるのかよくわかりません

 

 

何でも「有るかor無いか」の2択をし、片方を否定的目線で見る…日本人自身も気づいてないかもしれませんが海外に長い日本人なら、この2択で優劣を求め、「だからあいつはだめなんだ…」と決めつける日本の風潮に何か異様な空気感を感じている方も多いのではと感じます

 

 

  2 タイ人のコミュ力

 

タイ人は「コミュ力」の有無をさほど問題視しないと思います

 

日本人が定義する「コミュ力がない」こともタイ人なら「コミュ力がある」の一部だと感じているように思えます

 

コミュ力の有無にかかわらずタイ人は常に楽しそうです

 

「コミュ力がない」とさんざん指摘されたあなたも、タイ人のコミュニティーに入れば、まず日本では出会ったことのないタイ人に興味がでる可能性があります

 

どうして?

 

農作業の休み時間

この世界にコミュ力は不要

無言もコミュ力のひとつ

微笑みの国タイ

微笑まなくても、それもコミュ力

 

 

 タイはコミュ力無用地帯

 

タイのコミュニティーに入れば、タイ語ができなくても「指差し」などで何かを伝えたくなるでしょう、

 

なぜ?

 

あなたが黙っていても彼らはあなたを無視できないからです

 

どうして?

 

ひとりだけ沈黙している人がいるとタイ人は心配で不安に感じるからです

 

タイ人は「人間を人間として見ている」からだと思います

 

ーこの当たり前がコミュ力の前提だと感じられます

 

日本人よ、大丈夫ですか?

社員を「人」と呼んでますね、人間は材料(機械)ではありません

 

ところで、タイにもひとりで黙って行動するのが好きな人がいます、そういう人は最初に私はこういう性格ですと自己申告?することがよくあります

 

そして黙って行動する人にはそっとしてあげます、仲間はずれにもしません(何かのお知らせなど必ず教えてあげます)ーこれもコミュ力ではないでしょうか

 

そのためか(タイ語が話せないという理由で)無口にならざるをえないなあなたも何か話したくなるような雰囲気に包まれるのです

 

繰り返しますが、彼らはあなたが黙っていてもあなたを無視することはありません、あなたが黙っていることでタイ人に嫌われる事も絶対ありません

 

自然体でいることもコミュ力のひとつです

 

また、視線を合わすのが苦手なあなたに彼らは何も不思議な感情をもちません

 

それがタイ人の一般的なコミュ力だと感じます(私見ですが)

 

なごやかなお喋り

 

最初に(笑顔の)会話有りき

コミュ力など不要

 

 

 タイ人の会話感

 

そこで先程のコミュ力の有無の例にタイの場合はどう応対するでしょうか

 

数人のタイ人に尋ねてみました、「タイ人→」がタイ人のおおよその考え方です

*数人のヒアリングなのであてにならないかもしれませんが、とりあえず…

 

日本でコミュ力がある場合

 

*わかりやすく伝える

 タイ人→難しい議論はしない、わかりやすくではなく簡単に伝える

 

*聞き上手

 タイ人→ただ聞いているのは退屈orこちらからも話さないと相手も疲れると思う

 

*相手の立場に立てる

 タイ人→相手を余程知っている場合、初対面の相手の立場には立ちようがない

 

*相手の心を掴む魅力がある

 タイ人→そんな魔術師のようなことはムリ

 

*人をやる気にさせる

 タイ人→言葉だけでやる気にさせるのはムリ、やった結果報酬が約束されるならやるでしょう

 

逆に、日本でコミュ力がない場合

 

*他者に興味が持てない

 タイ人→知り合いになるまで興味を持てと言われてもムリ

 

*順序立てて話せない

 タイ人→プリゼンなら別、会話は脱線する方が楽しい

 

*話題の引き出しが少ない

 タイ人→引き出し?そんなあれこれ知ってる人なんていないと思う。自分の好きな話題だけ詳しければいい

 

*興味が合う人とだけ話が盛り上がる

 タイ人→あたりまえでしょ!

 

*視線を合わせるのが苦手

 タイ人→相手が恋人なら視線を合さないかも…でも若い頃だけね

 

番外:「お見合い成功にコミュ力は必要?」

 

 タイ人→「不要、コミュ力のある人って口だけで詐欺師みたい」という意見あり

 

やはりご縁で決まるらしい

 

*以上、タイ人の回答は資料価値が乏しいので当てにならないかもしれませんが参考までに…

 

 

まとめ

 

タイ人の例から「コミュ力」という言葉に振り回されないことが大切だと感じます

 

 

まだ電気切らないで

あと2日で払います

いまお金貸してくれるところ探し中

 

どっちに行ってもハートバーンセーン方面

 

(上2つ)タイ人はユーモアが好き

 

あえて言うならユーモアがタイ人のコミュ力か?

日本人の中にはユーモアに対し「軽い」と

否定的に捉える人もいますね

タイではあり得ません

 

 

おまけの話 知識と知恵 

 

急にタイ語の話

 

タイ語会話について、読者は単語や熟語をいっぱい覚えることが大切だと感じていると思います、確かに語彙力も大切です。ただ、筆者は「単語量より、話そうとする気持ち」の方が大切だと感じます

 

「話そう、話したい」というエネルギーがコミュ力の源泉かもしれません

 

筆者も含め、歳を重ねると単語が覚え難くなりますね、ですがたとえ10個(いや5個でも)限られた語を駆使しすれば意思疎通は可能です

 

 どうして?

 

これは年月を重ねるごとに備わった「知恵」ですーこの知恵が若い世代はまだ備わる途上のため、単語量(=知識)に頼るしかないのです

 

コミュ力も単にノウハウ本に書かれた「知識」に頼らず「知恵」を使ってみればどうでしょうか

 

ここから脱線です

「知恵」はタイ語で「パンヤー」、日本語に音写され「般若」

 

社会人に人気のある漢字276文字で作られた「般若心経」は「知恵の経典」―これを読めば

 

(「コミュ力」が)

「有る・無ない」という発想自体が存在しない

 

ことが理解できるでしょう(蛇足までに)

 

 

ここまでにしましょう

 

月光浴でパワーをゲット

 

 

 

みなさんこんにちは

 

 

 

最近の円安、国内不景気の影響が原因で、タイ法人に直接就職する人も増えているようです

 

タイの高層ビルで働く!

(タイに限らず)海外で働く若者が増加中

 

今日は(日本人がひとりもいない)タイ現地法人で働く日本人にはちょっとやりにくい、or 向いていないかなと思われる仕事を取り上げましょう、人によっては向いているかもしれません

いつものことですが、あくまでも筆者の主観です

では

 

  1 シフト勤務

 

 

日本でいえば、コンビニ・スーパー・コールセンター・警備員などです

 

タイでも通常、1ヶ月のシフトを組むと聞いています

 

シフトは、通常出勤の曜日が固定されなく、加えて出勤時間帯が週や日によって異なることもあります

 

仮に3交代(午前・夕刻・夜勤)なら前任社との引き継ぎが必須ですね、最初に勤務した人に起こった問題を2番目の人が理解しておく

 

その日だけで問題が解決すればいいのですが、数日問題が解決できない状況もあります。日本人はこういった申し送りが得意ですが、タイ人は次の2点で徹底できない可能性があります

 

①前任者が先に帰り、後任者が引き継ぎメモなどを読んでいないことが多い

 

何かあればまた問い合わせがあるだろう、約束事項を実行しなくても許してもらえる…この許してもらって(ある意味)当然という習慣はこれまで何度か述べました

 

②予定通りにいかない

シフトを組んだ時点で、今日の何時に誰と誰が交代するという意識が弱く、交代者が出勤日を間違えることもあり、数日後にはシフトが滅茶苦茶に変わってしまうこともありえます

 

日頃からメモを取る習慣のないタイ人、無断欠勤も大目に見てもらえる傾向がある中、シフト勤務は日本のように予定通りになりにくいことが多々あります

 

ところが予定通りにならなくても、大まかに見れば業務に支障がない場合があり、それで一見落着となるケースがほとんどです


つまりシフト勤務自体がタイ社会ではなじまないように感じます、100%厳格な引き継ぎを目指す日本人には辛いところですね、タイ人側からすれば

 

給与をくれるのは会社ですか?

それともシフトですか?

 

と皮肉らるかも

 

関連して裁量労働も向いていないかもしれませんね、裁量労働は日本人にも向いていないと思います。やはり欧米系の方が格段能率がいいと感じました、筆者も長く欧米企業にいましたが、彼らは職務遂行のためには、忖度なし。コミュ力無用、結果が最優先だからです…

 

ポイント1

 

タイ人の予定は日々変わる

 

 

  2 外回り営業や債権回収などの取り立て業務

 

日本の場合、売上代金の回収や、金融の返済催促はとても厳格です、日本人上司であればタイ人社員も一応頑張って、何かを差し押さえても回収に厳しく対応するでしょう

 

ところが、タイ人しかいないタイ企業では、債権回収に出かけた社員が、債務不履行者と話し込み同情してしまうことがあります(筆者も回収スタッフとの同行経験有り)

 

借金取り立ての仕事は冷淡になるべきだという一般的な感覚で現地社員と同行しても、借金をしている人の味方になってしまうように感じることがあるでしょう

 

回収に出かけたタイ人はなんとか相手の利益?になように、いろいろ工夫することがあります、そして差し押さえられるものも見て見ぬふりをし、債権者と債務者の関係から知り合い(or友人)のような関係になるかもしれません

 

普通の小さなラーメン屋でも

借金して出店するところ多し

黄色に赤文字の赤文字は華僑系タイ文字

借金先との関連はないが…

 

タイ人上司も一応、「早く取り立てろ!」と怒りますが、その怒りも時間の経過によって忘れられがちです。で、回収担当者は、以後ルートセールスのように債務者の家に訪問して「どうですかね」とか尋ね、以後お喋り…日本人にはそう見えるでしょう

 

お金を貸しすぎて会社が潰れそうになってはじめて、事の重大さに気づく…日系企業ではありえない世界ですね

 

この背景には「もっている人がもっていない人に施す」といった習慣もあるのかもしれません、ビジネスと習慣の混在もタイ独特の現象かもしれません

 

ポイント2-1

 

華僑系でないタイ人はビジネスで冷徹になれない    

 

ただ借りる相手が華僑なら高利貸しのようにすべてを失うことは言うまでもありません、バンコクに何世代も住み続ける彼らの素顔はやはり中国人だからです、15.6世紀ころ極貧の華僑が成功したのは金融業だからです…

 

ポイント2-2

 

華僑系タイ人はビジネスには厳格

 

バンコクの中華街は庶民的、タイ語があまり通じない

バンコクしか旅行しない人にはおすすめ

あまり厳格な雰囲気は感じないかも

アナログの物販の現場などが見られます


慢性病を抱えた人もここの漢方薬は日本の数倍効く

日本で販売していないものは

日本の漢方薬局で漢字で教えてもらいましょう

 

 

 

  3 手間のかかる仕事

 

たとえば「辞書作り」「長期プロジェクト」など

最初は威勢がよく、あれこれアイデアを出したり積極的ですが、時間の経過とともにやらなくなるはずです

 

やらなくなった頃は別の新しい仕事に夢中になっているでしょう、ですがやがてその仕事も徐々にやらなくなります、タイ人しかいないタイ法人に入った読者はタイ人と一緒に「手間のかかる仕事⇒忍耐力や持続力を求められる仕事」を始めると、結局読者自身がひとりでやることになるでしょう…挙げ句、「どうしてそんなに真剣にやるのか?」と周囲から言われ、組織の中で浮いてしまうかもしれません

 

 

ポイント3

 

タイ人は忍耐の必要な仕事(長期的に、何年もかけて実現させる仕事)は向かない

 

興味の対象がコロコロ変わる

 

ここまで読むとタイ人の大雑把さや気まぐれ、忍耐力のなさを否定的に感じるかもしれませんね

 

ただ一旦、タイ人だけのコミュニティーに入り込むと、いままでの日本の生き方が正解だったのかな?と思う機会と出会えます

 

この出会いは貴重です

 

どちらの国の考え方が良い・悪いの問題ではなく、読者にとって居心地のいい生き方を選択するきっかけになると思います 

 

 

おまけの話① 

 

日本のように、アパート・マンションは昼間(朝5時頃から夜9時頃までは管理人がいますが、夜間は警備員が配置されています(場所によっては昼頃からもいます)

 

ところがこの警備員が夜間の勤務時間に寝てしまうことがあると地方に赴任するする独身男性から聞き、そんな辺鄙なところなら犬の方が役立ちますよと(半分冗談で)助言?したところ、本当に犬を4匹飼いました、またメイドさんともいい関係になりました。

 

ところが帰国間際、犬がなつきすぎ、帰るに帰れなくなりました、結局その男性は北タイの片田舎で、メイドさんと犬4匹を伴い結婚、いまは農業従事者として幸せに暮らしてい(ると思い)ます

 

タイ北部(最低気温が10度以下になる季節も)

犬も元気に遊んでいます

 

タイも日本も最後に残るのはインフラやITでなく

農業なのか?…

 

東アジア的「義理人情」の思想のほとんどないタイでも犬は別なようです、ただし北部の寒冷地帯の犬だったからかもしれません(バンコクの犬は終日寝ていますから)

 

*このあとラオス赴任者へのラオス語講習で同じことをいったら、犬3匹を飼い、結局日本まで連れて帰ってきたとか…後に再会したときかなり叱られました…

 

 

おまけの話② 

 

タイ人は自国の文化に関してはとても興味を持ち、特に学生時代から学校で盛んに教育されます、タイ人が日本人のように英語が苦手なのも外国文化を取り入れる下地がなかったのではと感じます

 

音楽も独特の旋律で、現代タイポップにもその旋律(日本で言う和声)を感じます。

いろいろな国の音楽を受け入れられる日本とは温度差があり、たとえばベートベンの第九などのコンサートに連れていくと3分と座っていられないで帰りたがります、これは上の2で述べた忍耐力の問題とは違いますが…

 

古典楽曲はイベントの際によく使われます

 

 

おまけの話③ 

 

高齢化、独居化はタイにもすでに始まっています、Facebookのタイムラインにも以下のような投稿が増えてきました

 

子供がいないなら

年をとったら誰が世話をしてくれるのだろうか

 

 

「実際、一人暮らしでもOK、

ひとり旅(レジャー)もOK

独りで食事もOK しかし(物価は)高いね、今度

なにかする時お金がかかるならお母さんに頼もう」 

親のすねかじりができる間はオッケーですが

歳を重ね核家族が増えれば…

日本と違いタイは何とかなるかもしれません

筆者は案外楽天的に考えてます


 

 

 参考

タイで就労したいときは、基本日本人しかできないこと、あるいは技術的にその人しかできないことが前提となりますので、タイへ行ってコンビニやガソリンスタンドの従業員などタイ人で十分できることは現状就労ビザは発行されないと思います

 

 

ここまでにしましょう

 

 

 

みなさんこんにちは

 

 

 

令和になって「Z世代」の性格についてよく耳にするようになりました

 

年齢的には10~20歳代、今なら30代に入った人たちも指します

 

Z世代の行動や性格について否定的な指摘が多いようですね

 

彼らに否定的な反応をするのはミドル・シニア世代に多いような気もします

 

昭和期から平成初期に管理職だった人からは、否定的を通り越して、「人間失格」のような烙印を押されたかもしれません

 

ではタイではどうでしょうか?

私見ですが

 

タイ人は日本のバブル期以前の昭和からも、今の日本のZ世代のような性格だったように感じます

 

昭和頃のバンコク

 

*タイのグローバル化によって華僑を中心としたバンコク周辺では日本や欧米の考え方の影響で、大多数を占める他の地域のタイ人とは異なり、日本のミドル・シニア世代の考え方に似ている)こともあります、誤解を恐れずに言えば、「バンコク生まれのバンコク育ち」の人たちは「タイ人ではない」、異次元のタイ人と一応形容しておきます

 

さて、日本のZ世代の特徴をタイ人目線で見てみましょう

 

  1 怒られた経験がない

 

タイ人も怒ることはありますが、基本家庭でも職場でも学校でも

 

「怒る」という行為はタイでは暴力なのです

 

特に公的な場における「怒り・叱り」は場合によっては暴力とみなされ、怒る程度によっては犯罪になることもあります(泣きわめく子供を親が叱るのは別ですが…)

 

 

 

  2 忍耐力や協調性に欠ける

 

忍耐力―これは自分自身の限界を超えることへの賛美かもしれませんが、「好きでもないことを無理矢理やり続けることから何が生まれるのか?」と逆に質問されますし、大人のタイ人なら忍耐力によってお金になるなら話は別だと言い返されるでしょう

 

好きなことならもはや「忍耐力」とは言えないでしょう…好きなことをコツコツやっているタイ人もいます…これを忍耐力と呼ぶなら日本人の忍耐力は「いやなことでもやらなければならないある種の我慢」タイプが多いといえそうですね

 

協調性に関して

 

タイでは「協調性」を強要しなくても「助け合う」という習慣があります

 

 

落ちないよう助け合う

協調性があるタイの人たち

楽しそうな通学風景ですね

危険だと過敏に反応するのは日本人?

 

嫌々他者に迎合して上手くやっていくという意味の協調性は馴染まないはずです

 

 

 

  3 すぐ会社を辞める

 

いやな環境に長くいることはタイ人にとってサバーイ(楽な気分)ではないので、すぐやめることは当たり前です

 

「他に行くところはいっぱいある」というより、もともとタイは農業国です、大手企業を嫌でやめて、魚釣りや農業従事者になることはよくあることです

 

 

 

バンコクの人たちはこの切り替えに抵抗があるらしく、そのあたりが元来のタイ人と異なる点かもしれません(変なプライドか?)

 

 

  4 甘やかされるので打たれ弱い

 

 

何度かこのブログで紹介しましたが、

 

タイ人は甘やかされて育ちます

 

タイ語の「甘やかす(ใจดีチャイディー)」は日本の辞書には「親切」と訳されています

 

「甘やかす」は愛情をたっぷりと子供に注ぐことです、これがやがて他者への「親切」を生む原動力になっていると感じます

 

そして「打たれ弱い」ことの何がいけないのでしょうか?

 

打たれ弱いは優しい人である証

タイに住んでいるとそのように感じます

 

これは昭和時代のタイ人も同じです(筆者は1980年前半にタイにいましたが、その時も今も同じです

 

子供は常に独りにさせない

 

 

  5 「ありがとう、すみません」が言えない

 

これだけは1から4と若干異なりますが、タイ人も何度も何度も「ありがとう、すみません」は言いません。その場限り、1回だけの発言が大半です

 

わざわざ「ありがとう」と言わなくてもいい

そんな空気感があります

 

筆者の住む(日本の)町の子どもたちは、しょっちゅう「ありがとうございました」と言ってくれます、サッカーのような遊びをして筆者の自転車にボールをぶつけても「おじさん、ごめんなさい」と言ってくれます

 

危なっかしいタイの日常

「人は他人に迷惑をかける存在」

-これ、お釈迦様の教え

だとすれば「謝る」のは余程の場合

 

おそらく、子供時代と社会人になってからの世界観にはなんらかの壁があるのでしょう


タイの場合、どこからが社会人かよくわからないことは(バンコク以外)ならよく感じることです爆笑

 

お礼や謝罪が言えないのはメンタル面での病が原因の場合も考えられますが、社会人になって「ありがとう、すみません」が言えなくなる日本人Z世代は、もしかして非Z世代の影響があるのでは…と感じます

 

Z世代への偏見があるとすれば非Z世代の一部の心ない時代遅れのおじさんやマダムに原因があるのかもしれませんが、ここでは「時代の変化」ということにしましょう

 

 

まとめ 

 

日本のZ世代の性格や行動様式-それはタイ人にとって昭和以前からごく普通にありました

 

現代タイのZ世代は大昔のタイ人と然程変わりません

 

同じだと言ってもいいと思います

 

日本のZ世代はまだまだ古い日本の価値観の中にいます

 

今の若者がタイ人の性格に似てきたとすれば、筆者としては微笑ましく想います照れ


時代の変換-日本も優しい国になるといいですね

 

Z世代の人たちはそんな未来から来た最初の使者かもしれません

 

自由な国タイから来た使者?

 

おまけ 

 

彼(or私)は大きく

お前は小さい…と訳せる

(実際はカオヤイ国立公園の

ムンマンレック町)

 

公的看板にもユーモアを感じます

タイ人には、どこか心の余裕があります

日本のZ世代が、その先駆けに

なるかもしれません,タイ人のようにウインク

 

 

ここまでにしましょう

 

 

 

 

 

 

みなさんこんにちは

 

 

 

日本人の好む「前向きに!」

「何でも前向きに考え、前向きに行動しましょう」

 

まるで生き方のスローガンのような「前向き」推奨が耳につきます

 

あなたが悩み、悶々とし夜も眠れない、そんなときクリニックに行っても、先生や上司に相談しても、心理カウンセラーに相談しても、友人に打ち明けても、返ってくる答えは「前向きに!」 

 

「前向に考えよう」と自分自身で自覚できるようになったら、それはとても良いことだと思います、ですが、辛い苦悩の最中に無理やり前向きにならなくてもいいと思います、なぜ?

 

「前向きに生きろ」は残酷な言葉

例えば、震災・突然の解雇・大切な人との別れなど、想定外の不幸に遭った人に「前向きに生きましょう、希望を持って!」…あなたはこの台詞を言えますか?

 

逆の立場なら「前向きに」と言われて心底嬉しいですか?

 

生まれつき不得意なことに「前向きになって頑張りましょう」とか言っていませんか?

 

欠点や弱点も個性

生まれつき不得意なことを無理して得意にする必要はありません、あなたの不得意はある意味個性です、これを心無い人に欠点・弱点と言われても無視しましょう

 

欠点や弱点を伸ばすことも個性教育だと思っています

 

周囲の「前向きに生きなければ」攻撃…いま辛い思いをしている人を余計に辛くするのではと感じます

 

「前向き」にはいつかわからない将来に向けたニュアンスがありますね

 

前向きは未来に希望を持つ事とも言えますが、希望は今が絶望だと自分で認めることになります

 

「前向きに生きてますか?」

と言っても

「前向きに歩いている」と言い返えされそう

 

前向きと言われるたびに今の苦悩が増幅する可能性も秘めています

「前向きに生きよう」は発言者の自己満足になってしまうかもしれません

 

話が逸れました

 

 

 

  タイ人は「前向き」に考えない

 

多くのタイ人に「前向きに考えて」と言ってもピンとこないでしょう

*タイ語で「前向きに~」と訳す場合、対応した単語はなく、説明調な訳になるはずです

 

 

タイ人は「今向き」です

 

タイ人は遠い将来より、今できることを考えます

災難に遭った瞬間は日本人以上に大騒ぎするかもしれません

 

すぐに対処できるなら(その日は)なんらかの行動を必死にやりますが、気分的、体力的、金銭的にできないと直感したら、すぐ諦めるでしょう…

 

タイ人の「諦め」上手

諦めるは元々、「現実を明らかにする」とい意味

現実を受け入れるとも言いかえられます

 

雨季最盛期、前が見えない!

早く行くのは諦めよう

 

そして、周囲の人も、悩んでいる人の話を傾聴することがほとんどだと思います

 

多くの日本人がやりがちな、あれこれ慰めたりアドバイスしないで、タイ人は一緒に悲しむ

or一緒に残念がるのが一般的でしょう

 

本人も日本的な「前向に」にはなれないし

周囲も「前向に」とは言わないでしょう

(たとえ、「前向き」というタイ語があっても…)

 

なぜ?

「今」だけを考える環境に育ったからです

雨が降るか降らないだけの気候

タイ人にとって一生涯ひとくくりで「今」…

のようなイメージです

 

 

明日も明後日も同じ

 

 

「今」が大事

タイ人が大切にするのは「今、目の前のこと」です、結果「今日」も「明日」も「今日」となり心理的な時間の区切りが薄くなります

「前向き」という段階を踏んで前に進むといった発想がしにくいのです

 

そのときどきの感情に従うことが

「タイ的な前向き」と言えます

 

この中に辛い思いをしている人がいても

いつでも悩めると思うかも

それより、貴重な今日一日

楽しむ時間を忘れないタイの人々

 

 

生涯が「今or今日」

ちょっと哲学的なので

「今日」の感情を「明日」に引きずらないと言い変えましょう…

たとえば、どんなこと?

 

昨日や明日の話題をしないor忘れる

昨日のお礼や謝罪をしない

明日(未来)の計画を立てたがらない

過去の反省をしない

未来に期待をしない

長期計画が苦手

約束の賞味期限は2~3日

2週間後は100年後のように感じる

 

などなど、日系企業のマネージャーが頭を抱えるような話題です

 

 

タイ旅行者も上の例を覚えておくと、何かあっても腹が立つことはないでしょう

 

 

なるようにしかならない

(タイ語はเลยตามเลย ルーイ・ターム・ルーイ)

 

その日、その日の現実は受け入れるけど次の日には引きずらない

今辛い人はそのまま辛い自分のままでいる

 

一日一日に向き合うほうがいずれいい方向に向かって行くかもしれません

日本のように遠い未来のことを考えると気が滅入ってきませんか

 

「今」だけを考えますか?

それとも

希望が叶うまでの長い道のりを

常に考え続けますか?

 

どちらも結果は分かりません

 

タイ人のように「今」のことだけ考える方が楽(サバーイ)

 

日本人のように「前向き」と考えると不安や心配が長期間続きます

 

タイ人は未来の権利を放棄し

日本人は未来の権利に執着する

 

 

タイの「今向き」発想も一度試してみれば人生変わるでしょう 

 

 

 

おまけの話① 

 

江戸時代の禅僧に良寛という人がいました

良寛さんは、実家新潟で起きた地震の際、

実家宛に手紙を書きました

そこには(原文略で)

 

災難(=辛い出来事)に遭ったときは、そのまま何もしないでいる方がいい

そのまま何もしないでいることが、災難(=辛い出来事)から逃れる最良の方法だ

 

タイ人の「今向き」になんとなく通じるものがあるように感じます

 

 

 

 

おまけの話② 

 

タイ旅行をすれば気付くと思いますが、ふと「今何時?」と思ったとき、おそらく日本ではあるはずの場所に時計はないでしょう…

 

 

いま、何時ですか?

 

 

ここまでにしましょう

 

 

 

 

 

みなさんこんにちは

 

 

 

日本ではヒマでいることを否定的に考える人が多いような気がします

 

今回はタイ人気質を参考に「ヒマ」な生き方をおすすめしたいと思います

 

最初に、「ヒマ」の反意語である「忙しい」の意味について

 

日本人は「忙しい、忙しい」とよく口にします

タイ人も「忙しい」といいます

タイ語では「ユン(ยุ่ง)」や「ミー・トゥラ(มีธุระ)」、または「空いていない(マイ・ワーン(ไม่ว่าง))など…

 

日本人とタイ人が「忙しい」と言う場合、共通した部分もありますし、全く違うこともあります

 

 

  1 タイ人と日本人の共通した「忙しい」感情

 

 

残業100時間とか本当に忙しいとき(ただしタイで残業100時間はあり得ない)

 

やりたくない理由を作り出すとき

 

 たとえば

 ★面倒な仕事や(家庭内での)

    用事を断わりたいとき

 ★他の件に取り組んでいるので

    時間・体力的に無理なとき

 ★デート・食事などを誘われたが

    行きたくないとき

 

 

楽しいことに夢中になっているとき

 

たとえば

ゲームや趣味に没頭している最中に「これから、お祭りに行きましょう」などと誘われた時の「忙しい」、このとき「まあ仕方がないか」と受け入れるますねてへぺろ

 

 

 

  2 日本的「忙しぶりっ子」の本心

 

 

某書によれば、上記1の理由とは違い「忙しいい、忙しい」を連発する人は下記のような特徴があるそうです

 

忙しがる目的は?

誰かの役に立っていると自己アピールしたい

自分は仕事やプライベートが充実して活き活きしていると周囲に宣伝したい

 

なぜか?

内面では、不安感で悩んでいる、or周りから認めてもらいたいからとか…

 

なお、予定が1日でも埋まっていないと不安になる人がいますが、それはその人の性格なので特段問題にすることではないと思います

 

ちなみに大半のタイ人は日本人が手帳に予定を入れまくることを奇異に思っているでしょう

 

日本人との付き合う機会が多いタイ人は手帳に予定を書いています、ただタイ人の場合は必要だから(or相手が日本人だから)書き留めておく程度です

 

反論もあるでしょう

たとえば「忙しいですか?」―「忙しいです」―「それはいいことですね」という定型挨拶

 

これは仕事がたくさんあって、収入が多くなるので生活が豊かになるから「忙しくていいですね」と言う場合です―これはその通りです

 

敬遠される「忙しぶりっ子」

ところが、職場や地域のコミュニティーでやたら「忙しい、忙しい」と周囲に吹聴する人がいます

 

ゆるい職場や、悠々自適な人たちでさえ「忙しい」を連発するのは、ある種の「忙しさ」依存症か、上で書いた自己アピール魔


この2つのうち、後者の方が厄介で、一見ヒマそうに見える人、例えば職を失って求人に応募しても、面接に呼んでもらえず、仕方なく家にいるといった本当に困っている人であっても、怠慢な人と攻撃するする場合があります


 

周囲は当然この種の忙しぶりっ子さんから離れていくでしょう


そんな寂しい思いをしない方法があります

それが

 

タイ人に学ぶヒマのすすめです

 

 

 

 

  3 その前にタイ人の忙しさとは

 

 

1でも述べたように、タイ人が「忙しい(ユン!)」と言う場合、バタバタし何をどうしたらいいか分からないまま、時間だけが立っていくような状況をいいます、いま何をすればいいか分からない場合が大半です

 

そんな彼らに向かって「忙しいことはいいことですね」とは言えませんね

 

一定数の例外を除き、タイ人は「忙しい」と言うことで自己アピールはしませんし、「ヒマ」なことに(日本人のような)独特の「後ろめたさ」は感じないはずです

 

 

忙しいですか?

 

 

  4 ヒマから余裕が生まれる

 

 

英語でリッチと言えば「お金をたくさん持っている」を思い浮かべますが、リッチには「自由に使える時間をたくさん持っている」という意味もあります

 

タイ語で「ヒマ」は「ワーン(ว่าง)」といい、「空いている=時間がある」という意味です

 

タイ人から「忙しいですか?」と問われ、「いや、ヒマですよ」と返せば、「それはよかった、これから友人の家でパーティーをするので一緒にいけますね」といった好意的な反応が帰って来るでしょう

 

読者も2回目のタイ旅行からは、ヒマの良さを探してみましょう

 

逆に「忙しい、忙しい」と言えば「大変ですね」と哀れみの目で見られるでしょう

 

 

 

タイは1日48時間の世界

 

何度か述べましたが、タイは季節(気候)に変化がほとんどありません、また日常で自らバタバタしないので、1日が48時間あるような感覚になると感じられます

 

日系企業で10分前に出社しろと言われても、時間が倍ある感覚なので10分遅れても、タイ人からは何も言われないのです

 

時間が流れない世界

時間は人間が作った愚かな区切り

自然界は時間を気にしていない

向こうの山に向かって「忙しいですか?」と問えば

どんな答えがかえってくるのだろうか

 

 

1日48時間、日本人にはヒマですが、30分かけてやっていたことを、1時間かけてもいいのがタイの時間観念だと筆者は感じます、

 

1日48時間感覚が習慣化すれば、楽しいことに倍の時間を感じ、忙しさから開放され、ある種の余裕が生まれるでしょう

 

「余裕」ーそれは読者にとってリッチなことなのです

 

ヒマを肯定的に

「ヒマ」は日本人にとっては否定的ですが

これからは「ヒマ」を肯定的に捉え

 

どんなに忙しくても

「忙しいですか?」の問いに

「いやぁ、ヒマですよ」

と嘘でも、返答し続ける

ことをおすすめします

 

最初は違和感があっても「ヒマです」と言い続けるうちに、やがて余裕が生まれ(いい意味でヒマになり)、タイ人のように寛容な対応ができるはずです


何年ぶりかの笑顔も戻って、いつものイライラも和らぎ、一人暮らしで誰とも会話がなくても、楽しく暮らせる可能性を秘めています

 

精神的に冷え切った日本が、すこしは暖かくなるでしょう、そして

 

そんなあなたの周りには、多くの人々が親しみをもって集まってくるはずです照れ

 

自分自身をもっともっと大切にすれば

独り(独身)でいることが、

必ずしも価値がないというわけではない


本当の孤独は忙しさが原因かも

 

 

 

ここまでにしましょう

 

 

 

 

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みなさんこんにちは

 

 

今日は軽いお話です爆  笑

 

さて、どのようなとき、タイ人から「可愛い」と言われるのでしょうか?

 

男性でも女性でも、タイ人異性から「可愛い」と言われて悪い気はしませんね

 

「可愛い」はタイ語で「ナーラック(น่ารัก)」といいます(直訳は(愛すべき(人、存在…・))

 

あなたが、(小さい)子供や、ペットと一緒にいる場合、タイ人はあなたではなく「子供やペット」を可愛いと言うでしょう、可愛いポーチや雑貨類も同様です

 

ですが、あなたに向かって直接「可愛い」とは、多分、言わないと思います

 

 

SNSで直接「可愛いね」と書けますが、やはり書き言葉or社交辞令です

 

男性のあなたが、恋愛関係でもないタイ女性に「ナーラック」といっても効果は期待できないでしょう

 

では性別問わずタイ人があなたに「可愛い」というのはどんな場合でしょうか

 

 

  1 あなたの意外な一面を見た時

 

 

意外な面白さを好む

 

日頃、堅物なあなたが、突然、思いもよらぬ行動に出た時

 

下の写真、上は日頃厳しいことで有名な先生が、附属幼稚園でいきなり、それも必死になって、幼稚園の子どもと(何らかのゲームで)はしゃぐ姿に向かって「先生、可愛い」と同僚などが言う場合

 

幼稚園生のゲームに本気で挑む先生

日頃は厳しさが売りの教師らしいが…

 

次の写真、あまり面白みがない左端の男性が、写真撮影のときにとったポーズに、「~君、可愛い」と言う感じですてへぺろ

 

 

 

楽しい・笑顔・笑いが

タイの3大必須マナー

 

他の例も多数ありますが、「想定外の面白さ」をタイ人は好むようです

 

タイでは複数人の飲み会(食事会)のとき、「楽しい」「笑顔」「笑い」を重視し、この3つが、タイ人社会のマナーとも言えます、日本人にありがちな深刻な話(重い話)は「酒が不味くなります」

 

日本人がタイ人社会についていけないのはこんな場面からも想像できます

 

 

  2 予想していなかったことを言い出した時

 

これは相手にメリットがある場合に限ります

ですがメリットを与えるタイ人も楽しんでいます

 

 

楽しければ

仕事もお金も二の次

 

例えば、何人かのタイ人といたとき、あなたが「今日はオレの驕りでMKにいこうか!」

 

ちょうどお腹がすいているときなら、「今日のあなたはナーラック!」のような返答があるでしょう、ポイントは「相手にメリットのある意外性と偶然性」で、即断・即決・即実行が原則です

 

以前から予定を決めたがる日本人はあまりタイ人から好まれないかもしれません(あまり可愛くないかも)

 

また、北の果てメーサイで急用の女性、いまいるところは南部のヤラー(県)、そこに現れた近所の男性「よっしゃ!オレの車で連れい行ってやる」←「可愛い!」などの場合

 

ま、穿った日本人のために補記すれば、急用がある女性はもうひとり友人の女性(や家族のだれか)を連れて行くはずです、ガソリン代とか宿泊費は負担ができる立場の人がはらうか、適当な割り勘になるでしょう

 

 

なかなか楽しいぜ
南北縦断の旅

 

 

 

  3 その他

 

 

たとえば、タイ人にとって好物のタイ料理で絶対に日本人には食べられないだろうと確信していたものを、美味しそうにパクパク食べて、「あぁ 美味しかった(アロイ)、おかわり!」とか言ったときに、「可愛い!」と言われるでしょう

 

 

日本の料理なら納豆・梅干し・イカの塩辛、わさび付刺し身等々

 

*ただウケを狙って旅行前に激辛・激臭なものを食べる練習はやめましょう(体調不良になるかもしれませんので)、因みにタイ人はわさびを知っていてもからしは知らない人が多い←地方で)

 

偶然だからこそ「可愛い」のです

タイ人は偶然を楽しみます

 

 

おまけの話 

 

あなたが急に無口になったとき、タイ人は何と言うでしょうか

 

(答)サヌック・マイ?(楽しいですか?)

 

タイ人は無意識レベルで常に楽しい状況を作ろうとします、言葉がまだ話せないという理由もあり、黙り込んでしまうこともあります、筆者も初めてタイに行ったときよくありました…

 

それが原因で楽しくなさそうだと勘違いしてしまうのです、ですがタイ人はあなたが気を使わずにすむよう、自然と導いてくれます、でないとお互い楽しくないからです、これはタイ人の本能的な対応のように感じます

 

タイ勤務で仕事が大変な思いをしても、タイ人の同僚から「楽しいですか?」ーこんなときは嘘でも「楽しいよ」と応えるのが自然、文句は日本人上司に向けてください十字架

 

そしてアパートに帰れば、警備員から「仕事は楽しい?」と聞かれますね…100%

 

タイ旅行では暗い話はNG

なぜなら

タイが解決してくれるから

 

タイ人に、タイ語で「私は最低時給でこきつかわれ、煩いお局にいじめられ、残業しても残業代はつかず、最近はパワハラ(orセクハラ)をうけ、労基署に相談に行っても、相手にされない、クリニックで鬱病だと診断され、貯金は物価高騰で減るばかり…たまたまタイはストレス解消になると聞いたのでタイに来たんです」ショボーン

 

これに対しタイ人は

 

「タイにきて楽しいですか?

と言います、下線部は

楽になりましたか?」と同じ

 

辛いこと・楽しくないことは

タイではいつの間にか消えていき

笑顔や笑い・楽しさが戻って来る

 

そんな不思議な力があることを

タイ人は無意識に知っている

 

上の辛い境遇を言った人も

タイ社会に入れば本来の自分を

取り戻すことができるでしょう

 

それがタイの不思議な魅力

 

 

 

上の辛い話ですが、これだけのことがタイ語で話せれば、何らかの方法でタイに移住できる…というのは横において

 

日本が楽しくないと思いながら年を重ねるのは人生の無駄遣いです、(日本国籍のまま)タイ移住、一考の余地はあるかもしれませんトランプハート

 

 

 

 

ここまでにしましょう

 

太陽と目覚めて

星たちと眠る

自然に生きるのが自然

そして楽しい

 

 

 

 

みなさんこんにちは

 

 

今回は「中途半端」について考えてみましょう

何年かタイに住んで、日本に戻った時の違和感、まるで別の惑星に来たような… 

 

帰国して一番強く感じたのは、「ニコッとしても目が笑っていない」ことでした。人間型AIロボットならあのような感じかもしれません

 

知人がスピリチャル系のブログを始めたので、それ系のプロのブログを読んでみると、第一印象の悪さ・違和感・悪い直感・ピンときたなどは、「生命を脅かされるサイン」だそうです

 

面接は第一印象で決まるとハロワで言われましたが、そんな秘密があるのかも

 

タイ人、特に集団の中に入ると、「この人はいい人」と独り言のように言います、まだ出会って5秒もたっていないのに?あれは直感だったのかと思います

 

自然界からの警告が無視できなくなった現代

 

 

話を「中途半端」に戻しましょう

冒頭のロボットのような人間…そこには絶対間違ってはいけない。それには手抜きしない完璧主義者の空気が支配しているように感じます

 

日本人は(あまり良くない意味で)真面目です、真面目が経済を発展させましたが副作用として人の心を疲弊させたように思います…

*いまや日本の幸福度は51位とか(タイの47位を下回った)―この統計は複数ありますが目についたものです

 

 

 

目は笑っている

 

 

こんな世の中になったいま、たまにはカリカリしないで、手抜きや中途半端な生き方も実践しましょう、生活の知恵として、否、大袈裟かもしれませんが読者の命を守るために…

 

タイでは日本的「中途半端」

が求められました

 

筆者はタイにおいて「中途半端=いい加減」な生き方をさせられました…言い換えれば、「いい加減な生き方」をしないとタイ人と付き合うときに波長が合わない(タイ社会で浮いてしまう)、そんな感じを受けました

*いい加減は「良い加減」とも言われます…暑がり・寒がりがいるように、個人によって適温が違います、例えば規則でエアコン26℃設定をしても、暑いと感じる人もそうでない人もいます、その人によって(あるいはその日によって)最適(=完璧)な温度は違います、要するに、何かルールを決めるとほとんどの人がそのルールから外れ、その人にとって完璧ではなくなるのです…皮肉なことに

 

タイ語で「中途半端」はครึ่งๆกลางๆ(クルンクルン・クラーンクラーン)と訳されています、直訳の「半々で真ん中」は、東洋思想の「中道」「中庸」のニュアンスも一部含むと感じられるので、

 

タイ語の中途半端は「ほどほど」

といった感覚かもしれません

 

ところで

 

タイではどうして日本的な「中途半端」が否定されないのでしょうか?

 

大型トラック通れるの?

狭いコーンの間隔調整や検問

いつ誰がするのだろうか?

人影なしだが、ま、いいか

 

 

  1 完璧にやっても誰も気付かない

 

 

これは妬みで無視されるといった日本にありがちの思考ではありません、例えばある作業(何かの組み立てとか)を最初から最後までやりとげた!…ところが周囲のタイ人にはどこが100%か分からないような気がします

 

実はタイ人自身もどこが100%なのかよく分かっていないのがほとんどです

 

「完璧」という発想がない…

と思います

 

 

なるようにしかならない

タイで完璧を求めても疲れます

 

 

  2 途中で終わっても完璧

 

 

完璧はタイ語でเรียบร้อย(リーアップローイ)

 

例えばあるイベントや式典(高校だと文化祭とか)で、予定の半分ちょっとしかできなかった

 

途中で打ち合わせと違うパプニングが起こった…こんな場合、今日の「イベントどうでしたか?」と問えば「リーアップローイ(完璧?)」と言ったあと「楽しかった(サヌック)」と続けるでしょう、日本では少しでも手違いがあると「責任・責任」と煩いですね、責任フェチか?

 

私見ですが

 

全ての事をこなせなくても、

タイでは楽しければ

完璧感があるようです

 

特に手違いのハプニングは大歓迎

その場がより楽しくなります

 

あと5分以内に大雨

5分前は快晴

ハプニングが突然おこることを

自然界がおしえてくれる

 

 

  3 タイの「ウサギとカメ」 第2バージョンに学ぼう

 

 

日本でも学校で習う「ウサギとカメ」ーサボったものが負ける・怠慢の戒め

 

因みにトルコでは亀の替え玉がゴールにいる(これはアジアの民話に多いパターン)

 

インドでは寝ている兎を亀が起こすとか…

*インド版はにわかに信じがたいのですが、最近電車の中で「体調の悪そうな人を見かけたら、『どうされましたか?』とお声がけください」というアナウンスを聞きますが、タイやインドではそんな放送しなくても見て見ぬふりはしないはず、インドのカメはウサギの体調を心配したのでは?

 

さて、タイの「ウサギとカメ」は日本と同じですが

 

第2バージョンがあります

 

ウサギが走っている途中、遠くに見える綺麗な花に見とれコースをはなれ、別の所へいってしまいます、もちろん競争のことは忘れ夢中になっている間にカメがゴールするというパターンです

 

ウサギはレースに関しては中途半端(いい加減)です、ですがこのウサギ、試合の勝ち負けにこだわらず、楽しさを選択することで(多分)幸福度がアップしたと思いませんか?

 

そもそも、最初から勝敗が分かっていて、それでも歯をくいしばって諦めないことを賛美するなら日本は常軌を逸している、要はアホとしか思えません

 

カメは負けると分かっていても日夜努力をし、なんとかウサギと互角になれるよう訓練する、こんな危険な教育?が完璧主義を称え、中途半端(タイなら「ほどほど」)を見下したのでしょう

 

言い換えれば、できないことも、途中で投げ出さず努力してできなければいけないと教え込まれてきたのです

 

できないことをできないと認められることが悟りだと、曹洞宗の道元禅師は教えているのですが…

 

*タイの「ウサギとカメ」第2バージョンは、ひょっとしてタイの50歳くらい前の人は知らないかもしれません。第1バージョンは中国的、第2バージョンはインド的のように感じます、因みにラオスの国語の教科書には今も第2バージョンがあるかもしれません(10年前はありました).

 

どこが終点?

どこまで行けばいいのか

途中で日没

おなかがすいた

そこがオレの今日の終点

 

ウサギが途中で寝るのは眠くなったか退屈だったからで、このあたりのウサギの気持ち(=自分を大切にする)重要性は教えられず、怠慢は「悪」と習ってきました

 

日本版の偶然ウサギが寝てしまってカメが勝ったことはストーリとしては禁じ手ですが、そのあたりはうやむやにし、ひたすら走り続けるカメの「中途半端な行動をしない」ことが重視され、タイのように「運」にまかせることは否定的に捉える傾向になってしまいました、某著名人の著書のネーミングをもじって、タイでは、

 

99%は運

 

 

カメが勝ったのは努力の積み重ねで実力がついたのではなく「運」のおかげです

 

それを努力の結果や怠慢の戒めと教えるのはいかがなのものでしょうか?

 

「運」は「(ご)縁」とも言い換えられます

 

読者より出世した人もよく考えれば「運(ご縁)」です、もし「努力」を肯定するなら「努力」できたのも「運(縁)」、読者がいま、悪事をせず「善人」でいられるのも「運(縁)」です

 

駅で、読者が親切心で車椅子のけが人の手伝いをしようとしたところ車椅子の誤作動でホームに落ち死亡させたら読者は(証人や証拠がない場合)「殺人者」になってしまう…これも「運や縁」なのです…タイ人なら多分そう考えるでしょう

 

タイ語で「努力や努力の経緯」を褒める表現が無いのがその証です

 

成功した人に「すごい!(ケン・マーク)」と言いますが「運が良かったね」ということでしょう

 

そのかわり、「頑張りなさい」と言わないで「ご幸運を(チョークディー)」と相手の「運」を願うのです

 

筆者は「努力」の全てを否定していません。例えば、お金を払ってでもやりたい仕事に没頭することも努力ですが、このような自身とって充実したことへの努力は大いにやるべきだと思います、もっとも本人は「努力している・苦労している」という意識はないでしょう…

 

ところで

「蛍の光と窓の雪」、大雪の夜電灯を消して、窓ガラスのもとで本を読んでみましたが、読めるはずありません

 

「ロウソクの光、窓の外にある電灯」ならまだしも・・・このようにできないことを変な喩えで成し遂げることを教わった真面目な日本人…結果、残業200時間の過労死などが近年社会問題になっています

 

筆者も努力の良さは分かりますが、たまにはタイ的な「中途半端(ほどほど)」な生き方もおすすめです

 

 

完璧主義捨てますか 命捨てますか

 

ちょっと大げさですが…読者にお任せします、直感で判断してください

 

冒頭で日本帰国後「完璧主義」を直感した筆者は、その後、年齢的かつコロナの影響で,本業のタイ語の仕事がなくなり、中途半端な短期の仕事を繰り返さざるを得なかったのですが、結果的に良かったと感じています

 

なぜ?

 

様々な業界出身の人や、元クリエイター、イノベーターが本業の友人ができたこと

そして、何よりも(以前もやっていましたが)改めて現代の非正規社員の世界を知ることで日本人理解が深まり、このブログを始めるきっかけとなったからです、ずっとタイにいれば、かえってタイ人がわからないまま終わったと思います

 

 

今日は3月31日、タイでも卒業証書の授与式ですおめでとうございます

 

最初に教えた生徒はもう30すぎ

 

ここまでにしましょう

 

 

 

 

 

みなさんこんにちは

 

 

 

今回は日本人・タイ人の比較を「常識」という角度から見ておきましょう

 

「常識」ってなんでしょうか?

 

法律とは違いますね、宗教でも道徳でもない、地域や職場などの慣例・慣習・習慣でもないような気がします

 

法律や慣習、習慣などの論拠があれば、「Aの場合Bという対応をする」に対し、反対者がいても、一応「Aの場合Bを行う」が正当化され、聞き手(反対者)も納得せざるを得なくなるでしょう、ところが

 

「常識」には一貫した実態や正解不正解がありません

 

「常識」は人や地域によって異なります、「常識」と口にするとき、発言者は「自分が絶対正しい」と信じ、相手特有の考え方に全く気づかなくなりがちです。この点が「常識」の盲点ともいえます

 

例えば、決まり文句「常識で考えれば~すべきだ」(あるいは、「普通に考えれば~すべきだ」)と言われ、聞き手が腑に落ちないと、その後、不信感・対立意識・反発心などが起こり、まして立場が弱いと、ストレスや自己不信から心身を病むことが近年多発しています

 

「常識」は気軽に使える反面、確固とした実態がないため危険な用語かもしれません

 

「普通は~だ」の「普通」も「常識」と同じでしょう 

日本人は「常識」を人だけでなく、外国そのものに対しても使います

 

 

「日本の常識」では生きにくいと感じている方へ

 

今回はタイ人の行動を手がかりに「タイの常識、つまり日本では非常識かもしれないこと」を参考にし、これまでの常識を疑ってみましょう。(日本人同士でも人によって「常識」が異なるのに)読者の「常識」が、全世界でも通じると思うなら、それは読者の勘違い、家と職場の往復だけの日々では仕方がないことかもしれませんね

 

日本は技術面ではまだ誇れても、すでに心理面・精神性では後進国となったと思われます、タイと関わっている読者ならこのあたりで他国(ここではタイ)の人々の常識を他山の石としてはどうでしょうか

 

 

 

 

タイ的常識5選(他にもありますが割愛)

 

  1 人に迷惑をかけてもいい

 

 

これはお釈迦様も公認していますが、他人に迷惑をかけない人はいません

 

タイ人は他人に迷惑をかけてでも自由を大切にします(因みに「タイ」は「自由」という意味らしい)、まず自分が平穏な心になることをタイでは重視されます。タイ人が他人から迷惑を受けたことで怒ることは(一部のビジネスを除き)あまりなく、マイペンライ(この場合の訳は「仕方ないね」)となって終わります。

 

微笑みの国タイ人の笑顔は彼らの平穏な心(or心理的余裕)が基になっていると感じます

 

窃盗をしたり、パワハラをしたり等等、犯罪の場合を除き、例えば体調不良のとき、重要会議を欠席したり、家事を休んだり、混んだバスの中で高齢者に席を譲らないなどは堂々と行いましょう。自身を犠牲にしなくていいのです

 

Uターンができない迷惑な道

しかしなんとかなっているように見える

 

まずは読者が「楽(サバーイ)」になることが先

他者を助け、笑顔になってもらうには自分を犠牲にしてはいけないと思います、「重要会議に出席しなければ」と考えず、自分ファーストでいきましょう…とタイ人は教えてくれています。自分を大切にしているため、多くの人々に親切になれる…筆者はそう感じています

*ここで反発がでそうですね。「私には家族の生活があるので自分は犠牲にならなければ」「介護をしなければならないので私は犠牲になっても」等です。日本に住んでいれば避けられないことですが、あえてタイの場合を考えると、子供は近所の人が面倒を見てくれます、そして介護を必要とする高齢者は、元気な高齢者が世話をする…この「助け合う社会構造」を日本は構築できなかったのです…理由はそれぞれとしても、日本が精神的後進国である一例と言わざるを得ません

 

 

 

  2 いい子(=偽善者)になるな 

 

 

タイ人はお金をもらうときは、生活の糧として一時的に日本的な「いい子」になるかもしれません

 

ですが無理して相手の目を気にしすぎ(できないかもしれないのに)「私がやります」のような優等生発言はしません。無理して「いい子」を演じるより、できないなら、いつもの(作業可能な)仕事に取り組んでいる方が健全です

 

「あなたがいないと仕事が回らない」と言われて(異常に)喜ぶのは日本人くらいかも?

 

タイ人ならそんな甘言は笑顔でスルーします,(やりたければやればいいのですが)やりたくない仕事を無理してやることはありません、何か理不尽なことを言われ、あなたが不満を言えば(日本人上司の)決まり文句「お前の代わりはいくらでもいる」と言われておしまいですから「おあいこ」です

 

意味のない苦労をして称賛される時代は終わりました

タイではもともとそんな称賛を喜ぶといった発想は日本の昭和の時代でもなかったはずです(華僑は別、彼らはタイ人ではありませんから)

 

 

 

 

  3 努力信奉を疑え

 

 

「努力」という漢字、よく見ると「怒りの力」のように感じるのは筆者だけでしょうか?

 

タイではもともと「努力」は「苦しむ」というニュアンスがあることは以前にも述べました。幸か不幸か、各自に与えられた素質は各人各様で、何もしなくてもできる人はできる、どんなに努力してもできないものはできないーこれを一律にできるよう指導するのは不平等だと感じます

 

筆者の住んでいたタイのアパートにはタイ人労働者が大勢いました、彼らはよく「あの日本人マネージャーアホちゃうか、まるで右利きの人に左利きになれと言っているような命令じゃない…」―これはマネージャーのせいではありません。そのマネージャーを教えた日本の学校(or先生)の責任でもあると感じます

 

「努力すれば何でもできる」教育(思想)はまるでインチキ宗教のごとく危険です

たとえば、今の日本の「就職氷河期世代」は努力し続けました、おそらく氷河期前後の世代より読書量も多く博識です、他の世代は彼らを助けず都合良く使い、切り捨ててきたため、大企業の重役より危機管理がすぐれ、判断力もあり優秀だと感じます、ですがその結果報われた人は筆者の周囲ではゼロです、努力とは何でしょうか…

 

それに引きかえ、タイ人は必要以上の努力をせず、経済的にも(日本人の目から見れば)恵まれなく、出世しなくても日々楽しく幸せに暮らしています

 

その当たり前の姿を見て(経済的余裕があっても)「羨ましい」と感じたら、メンタル面でかなり辛い状況にあると思われます

 

歳をかさね、お金や権力を使わず楽しめて心暖まる会話ができるノウハウがないと寂しいですね。タイ人はお金をかけずに楽しむ方法を知っています

*タイにも「努力のあるところに成功がある(ความพยายามอยู่ที่ไหน ความสำร็จอยู่ที่นั่น)」という格言がありますが、「努力」の部分を「苦しみ」と読み替えるとタイらしく感じます

 

 

 

 

  4 楽な道を選べ

 

 

タイ人の常識で、「(心身共に)楽であること(サバーイ)が最重要だと何度か述べました。

 

極論ですが、端的に言えば「やりたくないことはやらなくてもいい」

それがタイ人の大半の常識と思われます。その証として

 

タイでは他者の自由奔放な行動に対し、日本人の常識以上に寛容です(政治・金銭トラブルは例外)

 

相手から迷惑をかけられたと認識する日本人の感情は、タイ人なら多分「彼らは結局、ああするしかなかったんだ、ま、別にいいじゃないか…」となる場合が大半かもしれませんーそして「仕方がない」と受け流すのがタイでの紳士的対応だと思います。

*読者自身の常識「オレの若い頃は云々」とか「オレのいた前の会社ではもっと効率的に云々」などに固執するのは「自分のみの常識」を押し付けているだけで、聞き手は不快「サバーイでない」状況になり…「常識」に従うことで、日本人の好む常識「人に迷惑をかけてはいけない」を否定するパラドックスに陥ることになります

 

常識を説くことが非常識発言になり、それに悩む日本人をタイ人は不思議に感じているのではと想像します

 

いずれにせよ「楽な道を選ぶ」は「自由」への近道だけではなく、他者に寛容になれる隠し味をもっていると(タイ人と接するたびに)感じる場面が多いですね、それでもやはり「他人に迷惑をかけたくない」と遠慮して不自由を選ぶ???

 

「他人に迷惑をかけたくない」思考はある程度までにしませんか

 

迷惑をかけたと思い込んでも、相手は何も感じてない(or気づいていない)ことの方が多いかもしれません…人は自分のことを考えるだけで精一杯、あなたのかけたと思う迷惑など案外「他人事」かもしれません…深く考えるだけ心労がたまるだけ…ミイラ取りがミイラになってしまいます

 

睡いのでちょっと昼寝休憩

この休憩でどんな迷惑が起こるのだろうか?

 

 

  5 1+1=2でなくてもいい

 

 

昨今のマニュアル化社会、何か知りたくてコールセンターに電話すると人でなく、音声ガイダンスによって解決する時代になりました。マニュアル化は効率的でもあるので一概に否定できませんが、高齢者には地獄絵巻のようで可愛そうです

 

マニュアル信仰の末路

マニュアル信仰時代の今ですが、若い世代もいずれ、物覚えや体力の衰えを感じるときが来るでしょう、その頃の仕事はすべてAIがやり、今の若者世代の多くはひょっとしたら農業従事者になっているかもしれません(いま一番深刻な農業従事者の高齢化です―農業従事者がいないと食生活に困るので需要はなくならないでしょう…)

 

 

 

マニュアルがない職業が主流になる

そんなとき、「オレの若い頃はブラインドタッチが当たり前で、EXCELでマクロが組め、VLookなどでAIを支配していたんだ」と過去の栄光(??)を誇っても、未来の若者からは「はやく、牛に餌をやれ」と言われる時代が来るかもしれません、農業に限らずマニュアルがない職業が主流になるような予感がします…

 

 

自然に帰ろう

 

発想は柔軟に

さて、タイ人はマニュアルを作るのも、マニュアルに従うのもかなり苦手かもしれません。その分、発想は日本人より柔軟な感じがします、

 

あるときタイ人から「1+1=2」でなくてもいい、オレは3がいい」と言われました。「なぜ?常識、いや規則(=マニュアル)では絶対2でしょ」と言えば、「1を人と見れば、男女が結婚すれば、子供ができて3になるだろ」と言われ苦笑したことがありました

 

日本人が「タイ人はいい加減」と思っても、タイ人は「タイでは柔軟に対応するのが普通」と言い返されるかもしれません

 

 

警官が勤務中に商人になるのは常識ではだめでしょうか

体調の悪い娘さんを手伝うお父さんです

地方タイでは、仕事の制服を普段着にする人もいます

 

 

おまけの話 

 

 

タイ語に「常識」という単語はあるのでしょうか?

 

タイ語で「常識」はサーマンサムヌック(สามัญสำนึก)といい、直訳は「感じたり、意識する感覚」となります。「感覚」は個人の感情なので、日本語の「常識」とは一致しません

 

タイ人同士では他者のサーマンサムヌックにあれこれ真剣に意見しませんが、冗談や、皮肉、一時的な即答で言い返すことはあります、これは親しみの裏返しだと感じます

 

 

タイでは常識(サーマン・サムヌック)という単語を使って会話することは(筆者の経験不足のためか)あまり聞いたことがありません、感情面以外のむしろ数値的なニュアンスで「通常は(パッカティ)」「多くの場合(スアン・ヤイ)」と言うほうが自然です

 

各国にはそれぞれ異なった「常識」があります

ーそれを「正義」という人もいます

その「常識」が古より自国や他国の人々を苦しめています

 

合法的な範囲で「常識」という不可視な鎧を外してみましょう

心身ともに楽になれば、今後の人生の「幸福組」になれるはずです

 

*「幸福」に「勝ち組、負け組」はありません、また「不幸組」もありません…念のため

 

 

 

 

ここまでにしましょう