1.反復練習による上達のメカニズム
まず、「毎日練習すれば上達し続けることができる」が意味することは「毎日5分練習すれば上達できる」といった、お手軽ライフハック的な意味ではなく、「とにかく練習量を多くこなすこと」です。そして、それは「反復練習」のことを指します。誰でもやったことのあるポピュラーな反復練習ですが、反復練習で上達する理由について、皆さんご存知でしょうか?
人間の運動学習は脳の小脳と呼ばれる部位によって行われています。小脳では練習の中で「正しい動作(効率的な動作)を覚える」処理と、「誤った動作(非効率な動作)を忘れる」処理が行われています。これらの処理を反復練習により繰返すことで、身体操作がブラッシュアップされ、最終的には正しい動作(効率的な動作)のみとなります。これが上達のメカニズム。これはギターに限らず、他の芸事やスポーツにおいても同様で、人間の運動学習の上達の根幹のお話です。
つまり、このメカニズムが正常に働けば、誰でも練習量に比例して同じように上達することが可能です。しかし、皆さんご存知の通り、現実はそうじゃないですよね?同じ練習量でも上達の早い人、遅い人がいて、個人差があります。これは何故かというと、自身の身体操作が「正しい動作」なのか、「誤った動作」なのかを判断する認知機能に個人差があるためなのです。
2.上達が早い人、遅い人の差
認知機能について簡単に説明しますと、物事を正しく理解・判断し、論理的に行動するために必要な思考能力のことを指し、我々が生活の中でごくごく当然として使っているものです。
例えば、ガラス製のコップ。これを床に落としたらどうなるでしょうか?当然、壊れますよね?では、壊れて散らばった破片をそのままにしたら、どうなるでしょうか?誰かが気づかずに踏んで、足を怪我をしてしまうかもしれません。そうなってしまっては大変なので、破片を掃除機で吸い込んで片付けますよね?
といったように、コップが割れてから掃除機をかける一連のプロセスにおいて、状況を理解・判断し、論理的な行動に至っているのが分かると思います。これが認知機能。そして、ギターの練習においては、自分がどのように弾いているかを理解し、どの動作を修正すればよいか判断し、論理的思考のもと解決策を導き出して行動に移せるかが鍵となります。
そして、この一連のプロセスでの思考が上手くできるか、個人の認知機能の発達度合いによって差が生じ、認知機能が発達した人を「上達の早い人」、認知機能が未発達な人を「上達が遅い人」として分別することが出来ます。
上達の早い人(認知機能が発達した人)
・そもそも、最初から正しい動作で弾ける
・誤った動作を修正する能力が高い
彼らはもう、最初から正しい動きを認知しているため、正しさに真っ直ぐ向かって運動学習をすることが出来ます。誤った動作が殆どないので、上達を阻害することがありません。また、仮に動作が誤っていたとしても、修正能力が高いので、殆どつまづく事無く上達し続けます。そう、実は「毎日練習すれば上達し続けられる」というのは認知機能が発達した上手い人達にとっては正解の論理なのです。
上達の遅い人(認知機能が未発達な人)
・最初から誤った動作を含んで弾いている
・誤った動作を修正する能力が低い
前述で運動学習は「正しい動作を覚え、誤った動作を忘れる処理が行われる」と解説しました。これが認知機能が未発達な人の場合、「誤った動作」を「正しい動作」として認識したり、「正しい動作」を「誤った動作」として認識して反復練習をしてしまいます。このような状態では、いくら反復練習を行ったところで、身体操作は一向に洗練されず、低いレベルで上達がストップしてしまいます。
よく「往年のギターヒーロー達は毎日何時間も練習していた」という記事をギター情報誌等で見かけると思いますが、そうした情報から「彼らが上手いのは練習時間が多いからであり、自分が上手くないのは練習時間が不足しているから」と誤解している人が多いように思います。何度でも申し上げますが、上達がストップしている人に足りていないのは練習時間ではありません。ギターに対する認知が圧倒的に不足しているのです。
このように、上達の早い人、遅い人の間には絶対に越えられない「認知の壁」が存在し、見えている世界が全く異なります。もし、上達に伸び悩んでいで、それでもなお「愚直に練習量を増やせば上達する」という考えを持っているようであれば、即捨ててください。このような思考では一生上達することはできません。
3.認知機能が未発達の人が上達するには
では、認知機能が未発達な人達が、上達し続けるにはどうすれば良いでしょうか?実はもう原因は分かっています。それは「正しい動作」と「誤った動作」の違いを認識できず、誤った動作で毎日練習を続けているためです。そのため、毎日やっているギターの誤った反復練習を一旦(とりあえず一週間ほど)、止めてください。そして、その期間で認知をリセットするとともに対策を立ててください。解決への道筋は2つあります。
認知機能を鍛える
前述の通り、上達できない原因は、認知が誤っているためです。そして、その中でも「フレーズに対する認知」が誤っていることが停滞を引き起こしているケースが考えられます。そのため、フレーズを正しく認知できるよう、以下のことを行います。
・課題曲をよく聴きこみ、フレーズを正しく覚える
・聞き取りにくいフレーズは、スロー再生で分解する
・自分の演奏を録音して、原曲と聞き比べて違いを認識する
よく、ギター教則では、耳を鍛えようとか、耳コピが上手い人はギターが上手いとか、フレーズは歌えるようになれば弾くことが出来るとか言われますけれども、これはいずれもフレーズに対する認知が正しいことで得られる結果について言及しているものになります。フレーズを正しく理解することは、上達するための最も重要な前提条件なので、今一度確認してください。
上手く弾くための原理を研究する
「研究」と言うと堅苦しいですが、これは、今弾けていない現状を分析することです。例えば、ギターの楽器としての構造や、人体の構造を観察、学習すること。つまり、座学で勉強して正しい認知を身につけてください。
練習量至上主義的な思考に陥っている方は、恐らく考えることが苦手ではないでしょうか?吉田も考えることが凄く苦手で、認知も未発達な気づきの無い人間なので、過去に藁をも掴む思いでギターの参考書を沢山読み漁りましたけど、どの参考書にも書いてることは全部同じで、本当に知りたいことは一切書いていませんでした。
そして、上達に結びつく一番大きいヒントを得たのは、意外にもギタージャンル以外の参考書や、他の趣味で偶然に知り得た情報でした。それらを理解・判断し、論理的思考のもとギターに応用することで「正しい動作」の体得に結びつけました。このように、世にある従来型のギター教則の多くは核心から非常に遠い位置にあります。演奏から離れた観点で研究することは、ギターの練習においては非常に有効な手段なのです。
4.毎日の練習は正しさのもとでしか成立しない
練習量を多くこなすこと自体は、悪いことではありません。精度を上げること、気づきを得ることにも必要なことです。しかし、それには正しさが伴っていないといけません。本来、教則にはこの「正しい動作」が大前提の説明としてあってしかるべきなのですが、多くの教則では上手く体系化、または言語化されていません。
練習していれば必ず上達できるとか、練習やめたら下手になるとか、金言のように便利に使われがちですけれども、これは単に思考停止して説明が放棄された結果なので、絶対に信用しないようにしてください。物事の上達・停滞には全て説明できる理由があります。教則は言語化できて、説明できてナンボなのですから。教える側も、教わる側も練習量至上主義的な思考にならないよう注意したいところです。