前回の続きです。

 

 第1回(左手編)第2回(右手編)では ”弾けない原因””弾けるようになるためのポイント”を解説しました。今回から、温存している小ネタを刻んで解説しようとも思いましたが、”教則を必要とする人”にとって、何が一番必要なのか?を考えた時、小ネタをお披露目することは大して意味がないという結論に至りました。

 

 今まで多くの教則を目にしてきました。「左手はスッと力を抜いて」とか、「右手はグッと力を入れて」とか、「とにかく練習量をこなして」とか、根拠が曖昧な説明が殆どです。私なんかは飲込みが人一倍悪い方でしたから、こういった説明の意味を理解することができませんでした。しかし、上達するためには言われた通り、書いてある通りに練習するしか道はありません。”意味の分からない”、”理解できない”ことを続けなくてはいけない状況、それが報われないことが、どれだけ不安で、悔しく、辛いことであるか、共感いただける方も多いと思います。

 

 しかし、こうした状況は、飲込みの悪い人達のせいではありません。なぜなら、従来型の教則の論法では、必然的に上達しにくい状況になっているからです。通常、人に物事を説明するときは"原因と結果"を順序だてて説明する必要があります。論法としては、「弾けない根本原因は○○が△△となっているためなので、□□のように改善することで弾き易くなる」といったように、因果関係を明確にしなくてはなりません。これによって、初めて”なぜ弾けないのか?”を理解し、意識した練習に取り組むことができます。

 

 しかし、従来型の教則の多くは論法として、「この弾き方で自分が弾けてるから、今教えているものは正しいだろう」という、結果ありき、根拠が曖昧、逆方向の相関関係を指すものが殆どです。そして、最も重要な”なぜ弾けないのか?”という部分について説明がなされません。このような曖昧な教則は、発信者と受信者の間で認識の齟齬も発生しやすいです。対面のレッスンならまだしも、書籍や動画で見るような一方通行で情報を伝える座学としては、かなり不適当です。受信者にとっては”習得出来るまで、言ってる意味が理解できない状態”となりますから、意識した練習に取り組むことができません。

 

 従来型の教則というのは、”自分で考えなくてもいい環境”にあたります。一聴すると便利で聞こえは良いですが、これは裏を返すと”他者によって思考を閉じ込められた環境”でもあります。ひとたび飲込まれれば、脱出は容易ではありません。こうしたことから、冒頭での問い。”教則を必要とする人”にとって、何が一番必要なのか?”従来型の教則によって閉じ込められた思考を解放”することである。と考えます。前置きが長くなりましたが、今回は速弾きはもとより、ギターの練習における、根本的な取組み方ついて解説する、考え方編となります。

 

■本記事のポイント
・なぜ、反復練習すると上達するのか?
・なぜ、正しい弾き方が重要になるのか?
・なぜ、練習は考えなくてはならないのか?

 

  1.上達のメカニズム

(1) 反復練習の効果
 訓練においてはポピュラーな反復練習。よく、数をこなして”身体で覚えろ”と言われますよね。しかし、なぜ同じ動作を繰り返すだけで上達するのかご存知でしょうか?恐らく、当たり前すぎて調べたことが無い人も多いと思います。

 

 これは、繰り返し身体を動かすことで、脳の小脳と呼ばれる部分に運動パターンを記憶・忘却するプロセスが働き、運動を学習しているためです。もう少し詳しく言うと、反復練習によって小脳は練習での成功パターン(必要な動き)を記憶し、失敗パターン(不要な動き)は忘れるといったことが行われています。そして、繰り返しの動作が成功パターンなのか?失敗パターンなのか?というのは、自身の認知・解釈によっても変わるなので、動作パターンの判定を意識した練習(その練習が正しいのか?)が重要となります。

 

 要するに、上達とは”覚える””忘れる”という2種類の働きが脳内で行われていると覚えてください。よく、「練習を3日くらいサボったのに、今まで練習しても弾けなかったフレーズがいきなり弾けるようになった!」という経験がある人も多いと思います。この現象を小脳の働きに照らし合わせると、サボってる間は小脳に成功パターンが蓄積されることはないですから、その3日間で失敗パターン(不要な動き)を忘れるような働きが小脳内発生していると考えることができますね。そして、反復練習の効果としては以下のことが挙げられます。

 

■反復練習の効果

・動きを記憶させる

・精度を上げる

・反応速度を上げる

 

 本記事では反復練習は、現状の弾き方の精度や反応速度を上げることができる訓練であると定義します。どうでしょうか?脳が勝手に運動を学習してくれるのであれば、もう反復練習だけで速弾きが上達しそうな気がしませんか?しかし、そうは問屋が卸しません。実は反復練習での上達は、正しい弾き方、正しいフォームの上でしか成立しないのです。

 

※運動と小脳の関係について

 小脳と運動の関係について書かれた文献はググると沢山出てきます。これらは勉強、スポーツ、リハビリ等、様々観点で研究がなされています。場合によっては反復練習は良いとか、悪いとか言われたりしますので、興味のある方は上記キーワードで調べてみてください。

 

(2)正しい弾き方・フォーム 

 速弾きの上達には、正しい弾き方、正しいフォームが絶対的に必要です。ここで言う正しいというのは、”効率的な弾き方、効率的なフォーム”のことを指します。なぜ、弾き方やフォームが効率的でないといけないかと言うと、弾き方やフォームによって速度の伸びしろ(限界値)が違うからです。下図のイメージをご覧ください。

 

■弾き方による伸びしろ(限界値)と速度の関係を表したイメージグラフ

 

 ギターを弾くうえでの弾き方・フォームを効率的、非効率、超非効率の3パターンに分け、どれくらい速く弾けるのかイメージで表しています。当然ですが、効率的であるほど、伸びしろが大きく、より速く弾けるようになります。非効率な弾き方(詳細は、第1回第2回を参照)では、人体の構造上、ギターという楽器の構造上、物理的に理に適っていない弾き方なので、伸びしろが小さく、反復練習(小脳の運動学習)を沢山こなしても目標速度で弾けることはありません。


 また、非効率な弾き方での訓練は人体の構造上、無理な負荷をかけていることになります。その無理のある状態を反復練習で繰り返すわけですから、怪我のリスクも高くなります。非効率な弾き方では目標達成できないばかりか、危険が伴うことを認識してください。そして、この図で特筆すべきは、どんなに非効率な弾き方でも、効率が悪いなりに、結構いい線まで弾けてしまうことです。(なんなら、それで弾けてしまう人もいます…)。これが非常に厄介です。挫折者の多くは、この速度の伸びしろが小さい弾き方で猛練習し、反復練習の延長線上に“目標達成”があると錯覚してしまい、無駄な練習を続けてしまうのです。


 そう、これこそが人よりも沢山練習しているはずなのに、いつまでたっても上達しない原因であり、練習における最大の落とし穴となっています。第1回で"速弾きの身体の使い方できていなければ、速弾きを習得できることはありません"と言い切った理由はずばり、このことです。そのため、反復練習は効率的な弾き方の上で初めて成立する。ということを頭に叩き込んでください。

 

  2.上達は“気づき”により得られる

 前章では、速弾き上達のためには前提として、正しい弾き方である必要があるということ、間違った弾き方は無駄になるばかりか、怪我の原因になると解説しました。理想論で言えば、ずっと正しい弾き方で反復練習をすれば無駄なく上達出来ることとなりますが、全く無駄なく練習するというのは現実的に不可能です。

 

 というのも、独学でギターを始めて、自分の弾き方が正しいかどうかなんて、最初から分からなくないですか?ギターに限らず、練習というのは“トライ&エラー”の繰り返しで、正しい弾き方を試行錯誤しながら体得する必要があります。そういった意味では、”エラー”というのは反復練習の中でしか気づくことができません。つまり、上達は自身の弾き方が正しい(効率的)か?間違って(非効率)いるか?という“気付き”こそが鍵となるのです。

 

(1)気づきのタイミング

 物事の上達は“気づき”が重要になってきます。下図をご覧ください。反復練習を始めて、目標達成までのプロセスを状態遷移で表したものになります。

 

■目標達成までの概念図

■状態別凡例

 A:練度が高く、弾き方が正しい
 B:練度が低く、弾き方が正しい
 C:練度が高く、弾き方が間違っている
 D:練度が低く、弾き方が間違っている

 

 例えば、あなたは速いフレーズにチャレンジしようとして、反復練習を始めたとします。スタート時点では練度は低いので、BかDの状態です。1週間同じフレーズを何度も練習しましたが、とうとう弾けませんでした。目標速度で弾けていないので、少なくともAの状態でないことは分かっています。では、あなたが“属する状態“は今、どの状態か判断できるでしょうか?

 

 これは判断が難しいと思います。というのも、フレーズの難度、個人の資質によって変わってくるからです。もしかしたら、同じ練習をもう1日練習すれば弾けるようになるかもしれませんし、あと1ヶ月経っても弾けないかもしれません。

 

 そのため、1つの指標を提案します。成長がパタっと止まって、その状態が1週間続いたら、今の弾き方はどこか間違っている(CかDの状態である)。と認識して、弾き方を改善するようにシフトしてください。テキトーな理由での改善はダメです。ある程度、推論を立てて、取り組みましょう。確信を持ってBの状態に入ることが出来れば、あとは勝手に脳みそがよろしくやってくれるので、弾けるようになるはずです。上達はこの”B”の状態にいかにもっていけるかが鍵となります。

 

(2)弾けそうな感覚を察知しよう
 とても感覚的な話になってしまい、大変申し訳ないのですが、もう一つ判断の指標として、“弾けそうな感覚“というものがあります。実は前章の“B”は練度が高くなるにつれ、“C”とは天と地ほどの感覚の差があります。

 

■感覚の対比

 C:「あと、もうちょっとで弾けるのになぁ…」

 B:「あっ!なんか弾けそう!」

 

 文字に起こすと同じような意味になりますが、Cはあと何日か練習すれば弾けるのかな~?という見通しが不明、弾きにくいものを無理して弾いている感覚。Bはもう今にも、間違って弾けてしまうんじゃないか?という明らかに弾きやすい感覚。があります。これは正しい弾き方を見つけるうえで、重要な感覚なので是非意識してみてください。

 

  3.常に考えることが重要

 今回の内容を要約します。正しい弾き方さえ出来ていれば、あとは愚直に反復練習すれば、脳みそがよろしくやってくれるので、嫌でも速弾きが上達するということ。速弾きが出来ない原因は、間違った弾き方にあるということです。つまり、ギターの上達が停滞したときの最優先事項は、反復練習ではなく、“なぜ弾けないのか?“を考えることです。弾けないという現象には絶対に理由があります。弾けない原因を”才能”や”努力”という言葉で簡単に片づけないでください。思考を閉じたらそこで試合終了です。

 

 どんな些細なことでもいいです。少しでも気づいたら、そこから“なぜなぜ“をどんどん掘り下げていって原因を1つずつ潰していってください。もし、1つでも自力で考え、解決に結びついたら、速弾き習得の扉はもう開いているも同然です。

 

  4.あとがき

 教則ネタをやろうと思ったのは、過去の自分の弔い目的です。当時、教則本を読み漁って練習しても、上手くならなかったのが凄く悔しかったですから。しかも、エレキギターって生まれてからもう半世紀以上経ってるのに、今も昔も教則本の内容が全然変わってないんですよね。これだけ情報社会が発達して様々なコンテンツが洗練されているのに、大好きなギターコンテンツだけみんな古文書を読んでるなんて、なんか残念じゃないですか。そういう意味では、結構後ろ向きな感情で記事を起こしていたと思います。

 

 これまで、速弾きの教則として、左手編、右手編、考え方編とやっていきました。今回が完結編となります。本当は他にも小ネタがあるのですが、話をまとめるのが難しくなるので、最も重要だと考える基本について書いています。小ネタは今後、TIPS的に単体で記事を起こしたいと思います。

 

 最期に。ギターに限らず、ものごとの上達は考えることが非常に重要となります。もし、この記事によって誰かの考えるきっかけになったのであれば、それは幸いに思います。そして、速弾きに挑戦している現代のギターキッズ達!頑張ってください!心より応援してます!

 

 

おしまい☆

 

 

■関連記事