前回の続きです。
〇実際に比較してみます。
SSLコンソールは幾つかのメーカーがプラグイン化していますが、今回はWAVES、Plugin Alliance、UAD-2の3つのSL 4000 Eプラグインを用います。
WAVES製
Plugin Alliance(Brainworx)製
UAD製
同じEシリーズでもEQのローバンドのノブが「茶色」「黒」「オレンジ」と3色あり、wikiによれば茶色のものは4000 シリーズ開発当初からの周波数特性となっているタイプでQ幅が割と広めで緩やかなカーブを持ち、オレンジはパルテックタイプと呼ばれ、PULTECのEQP-1Aなどの周波数特性となっていて、黒はニュー・スタンダードタイプと呼ばれ、初期モデルとパルテックの中間的な周波数特性になっており、Q幅が3種類の中では一番狭いタイプになります。
WAVES製は黒ノブ
Plugin Alliance製は茶と黒を切り替え可能
UAD製は茶と黒を切り替え可能
プラグイン化に当ってPultecタイプのオレンジノブは「DTMならPultecをそのまま使えばいいじゃん」ということなのか、除外されています。
ということでSSLらしさを持っている一番古い茶色のノブと、ニュースタンダードの黒いノブがUAD製とPlugin Alliance製では切り替えられるようになっています。WAVESのSSLはもうかれこれ10年以上は経ってる気がしますが、古いモデルなだけあってEQタイプの切り替えは出来ず黒のニュー・スタンダードタイプのみになっています。
SELECTボタンでノブが茶色と黒に変わります。
茶ノブのUAD製と黒ノブのWAVES製の比較
茶ノブのUAD-2製と黒ノブのWAVES製の比較してみました。まず200Hzを6dBブーストする設定にしていますが、UAD-2の方はHPFをオフにしていても20Hz以下のランブル音をカットするように設計されています。
まず最初に両者とも200Hzを6dBブーストしているのですが、ピンクのWAVES製の方は黒ノブのニュー・スタンダードモデルで狭いQ幅を持っているとの触れ込みの通りでわりとピーキーです。
UAD製の茶ノブの初期モデルはQ幅が広く緩やかな特性になっており、6dBブーストしてもQ幅が広い分を相殺するためか実質4dBしかブーストされていません。
8kHzのブーストもWAVES製の黒ノブの方がピーキーでUAD製の茶ノブの方は緩やかです。やはり6dBブーストしても実質4dBしかブーストされていませんが、Q幅が広いためトータルでブーストされた面積・領域(という表現が正しいかどうかは別として)は同じくらいです。
実際にこうして見るとレトロな茶ノブと現代的な黒ノブの違いが顕著であり、ミックスでもEQのバリエーション違いで異なるサウンドを作ることが出来ます。
ヴィンテージよりなサウンドが欲しいなら茶ノブを、より現代的な音にしたいなら黒ノブを、という選択肢が選べます。
〇黒ノブは現代的?
初期モデルの茶ノブの緩やかな感じは前回の記事のAPIやPultecタイプのように1960年代までの半分トーンコントローラーみたいなEQの特性を受け継いでいると言えるかも知れません。ヴィンテージとまでは言えないかもしれませんが、それよりのサウンドを出してくれます。
APIやPultecなどの甘美などのように比喩されるEQ特性はどちらかというと茶ノブのような緩やかにQ特性に依存する部分が大きいからです。
初期の茶ノブはそれまでの時代の流れに沿って保守的な設計がなされているわけですが、Q幅の狭いよりアグレッシブな音作りが出来る黒ノブのEQ特性は後発のGシリーズになってからも受け継がれ、新しい時代のスタンダードになりました。
実際 Chris Lord-Alge Signatureや彼の様々なEQプラグインのプリセットを見れば狭いQ幅を活用したアグレッシブな音作りがなされているものもあり、こういうのはSL 4000 Eの黒ノブ以降のEQでないと出来ないわけです。
APIやPultecが甘美ならSSLのEQは攻撃的と言えるかもしれません。実際にSSLが世界中のレコーディングルームに普及する前のロックやポップスの音楽を聴くと、1980年より前のものはたしかに甘い、にぶい、柔らかい感じのミックスが多く、1980年以降はシャキシャキした攻撃的で明瞭なミックスが増えているようにも思えます。
1970年とか1960年の音楽から聞えてくる音は現代的な明瞭で攻撃的でシャープな感じがしませんが、これはEQ特性も多いに関わりがあるはずです(アナログ機器の時代なのでほかにも理由はたくさんありますが)。
両方に価値があると思いますが、「黒ノブは新しい時代のスタンダードになりました」と言ってもそれは1980年代後半くらいの話です。30年も前の話なので現代ではプラグインにおけるデジタルEQこそが新しいスタンダードでしょう。
〇コンソールEQの立ち位置
プラグインとして大人気のコンソールのチャンネルストリップですが、現代のプラグインのデジタルEQはSSLの黒ノブよりももっとアグレッシブな音作りが可能です。
こんなのとか。
こんなのも出来ます。
こんな極端なEQや変則的なEQ設定は実機のコンソールで出来ないわけではありませんが、面倒であまりやろうとは思わないかもしれません。
単純に小回りが利くという点では現代のデジタルEQの方がずっとアグレッシブです。黒ノブのSSLのEQはその嚆矢であり、そういう意味ではSSLの音というのは1980年代以降から現代のようにプラグインのデジタルEQがプロのエンジニアの実用に耐えうるまで進歩するまでの期間の典型的な音と言えるかもしれません(もちろん現役でもSSLは使われています)。
つまり一世代前のヒット曲の典型的なサウンドであり、現在の著名なエンジニアも一世代以上前からのキャリアを積んできた人が多いので当然使い慣れたSSLなどの評価が高いわけです。
しかし昨今のプラグインの進歩は凄まじいものがあり、大型コンソールがないとミックス出来ない時代ではなくなりました。EDM系のプロデューサーならITBの人もたくさんいるはずです。コンソール(+それに付随するEQ)をほとんど使わずに、現代の様々なデジタルEQプラグインを使うという人も多いはずです。FabFilterの Pro-Q やWAVESのH-EQやDMG Audio EQuilibriumなどのプラグインEQだけで済ます人も実際にいます。
少なくともSSLやNEVEなどのコンソールの使い方を覚えないとミックス自体が出来ないわけではありません。プラグインが隆盛しているこの時代においてはSSLやNEVEやREDDやEMIのTGなどのコンソールは懐古趣味かバリエーションを求めるためのサブとして考えている人も多いはずです。
今でこそパソコンやDAWが普及し自宅で誰でもミックスやマスタリングが出来るようになりましたが、それ以前は個人レベルなら小型のハードディスクレコーダーを使うなどの小規模な環境が関の山でした。
ZOOM R16
何千万円もする巨大コンソールもエンジニアリングの技術も閉じた世界の極限られた人たちの特殊技能だったのですが(今でもそうですが)、昨今では単純に環境の用意が安価で簡単になり、音楽人口も増えたので、少なくとも自分でやってみようという人は圧倒的に増えました。
プラグインEQであればガチプロの人と同じものを初心者が購入するのも簡単で、プラグインのバリエーションはよりどりみどりです。
むしろ現代最先端はプラグインによるデジタルEQによる音作りと個人的には思っています。懐古趣味や歴史的に着実にヒットソングを生み出してきたという裏付けがあるREDD、TG、API、NEVE、SSLなどを使うのは賛成ですし、それっぽい音を簡単に出せるある種のフォーマットとして有益です。
毎回同じようなミックスになるからそれを打破するためにEQのバリエーションを増やしたいという目的で、それぞれの個性・特性を掴み使い分けていくのも良いと思います。
デジタルEQに個性がないわけではありませんが、APIやPultecやSSLやNEVEのほどわかりやすい個性があるわけではないので、イコライジング上達のための勉強素材や歴史的に支持されてきたある方向性のトーンをお手軽に出すためのフォーマットが昨今のコンソールEQプラグインの立ち位置であり、必需品というわけではありません。
しかしコンソールEQを研究して得た知見がデジタルEQを使う時に活かされるようになれば(上手な人はそうでしょうが)、ミックスにおけるイコライジングも根本的に上手になってくる側面もあるはずです。
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