ミックスにおいて例えばドラムの金物系だとか、シンセのキラキラしたFM系サウンドだとか、その他なんでも高域を少し削りたい時にEQの代わりにテープを使うことが個人的には多いので、ミックスの小技としてご紹介したいと思います。
昨今テープMTRのVSTプラグインはもはや数え切れないくらいたくさんあって、有名どころだとWAVESやSLATEやUAD-2などですが、この手のプラグインにはよく「サウンドに暖かみを加えてくれる」という宣伝文句が使われています。
WAVES Waves Kramer Master Tape
Slate Digital VTM(Virtual Tape Machine)
Studer® A800 Multichannel Tape Recorder
サウンドに暖かみを~と言えば聞えは良いですが、これは歪みが加わるなどのその他の特性をわきに置いて、周波数だけに限定した別の言い方をするならハイが落ちるということです。
色々なメーカーから色々なプラグインが出ていますが、大切なのはそれぞれの特性をちゃんと理解して使うことです。特にテープにおいて重要になるのが回転数を表すips(inch per second)で、これをしっかり理解しておくことでかなり音作りの幅が広がります。
レコーディング機器におけるテープの回転数には7.5ips、15ips、30ipsが普通であり、ほとんどのテーププラグインではテープの回転数や種類を選ぶことが出来ますが、プラグインによっては7.5ips、15ipsの2種類、または15ips、30ipsの2種類しかないものもあります。
最近はテープの種類(厚みなどが違う)を選べるものもありますが、テープの回転速度ほどの顕著な違いはない場合がほとんどです。
⦿テープの回転速度がポイント
原則的にテープの回転速度が速いほどハイファイな音になり、遅いほどレトロな音になっていきます。クリアーな感じを保ちたいなら30ipsですし、思い切りアナログな感じにしたいなら7.5ipsというのが基本的なコンセプトになります。
アナログテープについてこの方の記事で色々と原理的なことが紹介されていますが、「やはりテープスピードは速いに越したことはないというのが結論」と書いてありますが、これは原音を劣化させずにクリアーな音を保持したいなら、という意味であってミックスでは色々な用途に合わせて使い分けていきます。
実際に7.5ips、15ips、30ipsがどのように違うのかをUAD-2のStuder® A800 Multichannel Tape Recorderで見てみましょう。この機種はマスタリングではなく、レコーディングやミックスにおいて使われるタイプで、設定において自由度の高い個人的にお気に入りのプラグインです。
30ipsではハイはほとんど落ちない、60Hzが持ち上がる
15ipsではややハイが落ちる、40Hz以下のほぼ可聴域外が持ち上がる
7.5ipsではかなりハイが落ちる、50Hz以下から持ち上がる
3つの画像を見比べて頂いて知って欲しいのは回転数が遅いほど、ハイ落ちしている点です。これは良い言い方をすれば「サウンドに暖かみを加える」というやつで、特に遅い周波数では高域のキンキンした成分がEQ同様に減衰するので丸みのある音に変わっていきます。
マスタリングで使うならほどんどハイに影響のない30ipsが基本ですが、敢えてレトロなサウンドにしたいとか、ミックスにおいてEQ代わりに使いたいときは15ipsや7.5ipsの出番が結構あります。
明らかにキンキンしたFM系シンセでは7.5ipsを使うと奇数倍音が付加されて軽く歪んでいくと同時にハイ落ちしていきますので、「アナログ風味の追加」と「周波数の高域を削る」という2つの仕事を1つのプラグインで出来るわけです(少しテープコンプレッションも掛かります)。
EQ的な用途しては30ipsではほとんど効果はなく、30ipsは単純にテープっぽい音にしたいときのみに使うことが多いです。
⦿INPUTも重要
真空管でも同じですが、どれだけ突っ込むか?は効果に大なる影響を与えます。基本的に突っ込めば突っ込むほどそのテープの効果は顕著になってわかりやすくなっていきます。
INPUTを突っ込んだ分、OUTPUTを絞らなければならないのですが、ほとんど全部のテーププラグインに両方のパラメーターがあり、中には音量が変わらないようにINPUTを突っ込んだ分、OUTPUTが自動でリンクして絞られていくものもあります。
7.5ipsでINPUTが中央値の場合
7.5ipsでINPUTを8dBほど突っ込んだ場合
上の2つの画像は7.5ipsという一番遅い速度でINPUTがデフォルトの場合と多めに8dB突っ込んだ場合の比較画像ですが、かなり顕著に違いが出ています。倍音も突っ込めば突っ込むほど増えて歪んでいくので、よりアナログ風味は強烈になっていきます。
ちなみにUAD-2のStuder® A800 Multichannel Tape Recorderにはキャブリレーションというパラメーターがあり、これでハイ落ちがどのくらいするかをある程度コントロールすることが出来ます。
Studer® A800 のキャブリレーションを動かしています。
結局は好みの問題に帰結するのですが、WAVESのKRAMERだと7.5ipsと15ipsしかなくSlateのVTMだと15ipsと30ipsしかなく、また両者にはキャブリレーションのようなコントロールもなくテープの種類も少ない(または選べない)ので、音を作っていくという観点からはStuder® A800が一番使い勝手が良いです。
単純にテープの感じを加えるという効果を超えて、好みの音を作っていけるのがこのプラグインの良いところと言えるでしょうか。また外部DSPで動作するUAD-2ならCPUパワーを消費しないというのもよく使う理由です。
色々な効果がありますが、歪みのことを置いておけばINPUTの突っ込み具合でどれだけハイ落ちするか?またはips(やテープの種類)と組み合わせて、どの帯域が?どんな風に?どれくらいハイ落ちするか?を工夫・調整することが一番耳にハッキリわかる違いです。
もちろんEQではありませんので、予め特性を知っているテーププラグインとハイカットしたいニュアンスが大体一緒な時に大雑把にカットすることになります。緻密な処理に向かないのは言うまでもありません。
基本的にはハイを落としたくないなら30ipsですが、敢えて劣化したサウンドを強めに作りたいときは7.5ipsにしてハイを一旦落として、その後にEQでハイを再び持ち上げて戻すということも、特殊効果としてやったりすることがあります。当然音は崩れて、劣化していきますが、それが逆に良い場合もあったりします。ほかにも色々なケースが考えられますが、大事なのはパラメーターの効果をちゃんと理解しているかどうかと言えるでしょう。
⦿テープコンプレッションと歪み、まとめ
ここでは詳しく述べていませんが、過去記事でテープに加わる歪みの具合などについて書いた記憶があります。またテープコンプレッションといって飽和した部分がコンプレッサーと似たような効果を持つテープ特有のテープコンプレッションという効果もあり、純粋にEQとしてのみの着眼点では、当たり前ですがテーププラグインを上手く使うことは出来ません。
総じてアナログ感が得られるプラグインではありますが、元の音次第で常に使うかどうかは考える必要があります。元々アナログ感の強いトラックに使えばやり過ぎてしまうこともあるでしょうし、使い方で効果の増減をコントロール出来ることをちゃんと理解していれば、自分好みの音色を作っていくことも可能です。
大抵はテーププラグインごとにコンセプトがあって、最初から音作りの方向性が限定されているものもあります。例えばWAVESのKRAMER TAPEなどはエディー・クライマーがビートルズのミックスをしていたようなレトロな音を作ることを目的としているように思えるので現代的なハイファイな音には向きません(KRAMER TAPEには30ipsがありません)。
SLATEのVTM方は音作りの幅はUADよりはないですが、ハイファイな感じが強く、逆に言えばKRAMER TAPEみたいな音にはならなかったりします(そもそも7.5ipsがない)。
私の場合はテープに関してはUADばかり使ってしまいますが、効果をちゃんと把握して、複数のプラグインを使い分けていくのもありだと思います。
基本的にテープシミュレーターを購入なさる方のほとんどの目的はデジタルの冷たいペラッペラな音をもっとアナログ感のある音にしたいということだと思いますが、テープの種類や回転数や突っ込み具合で効果が変化することなどを予め頭に入れておくと初心者の方にも有効に、意図した効果として使って頂けるのではないかと思います。
実際にプラグインを挿せば音は変わりますが、プリセットを選ぶだけだと思ったような効果にはなりませんし、「耳で聞いて判断しろ」とよく教則本やエンジニアの方は仰いますが、現実問題として特にミックスに関して教育を受けたこともなく、また専門知識も浅い方にとって耳だけで正確な判断を下せというのは酷というものです。それが出来たら苦労しないでしょうし、耳だけで高度なミックスが出来るなら、そもそもこの記事を見たり、殊更ネットや雑誌や教則本などで情報を集めたりはしないはずです。
ある程度の知識や技術や方法論や経験が溜まってきたら耳で判断するのは当然ですが、最初のうちはこうやってプラグインの効果を明確に「耳だけでなく、知識としても理解して」使っていくのが上達への近道です。
⦿おまけ テープの種類による違い
機器側の回転数だけでなく、録音媒体のテープの種類によっても音は違います。UAD-2 Studer® A800の中から「456」と「GP9」の2つのセッティングを見てみましょう。
UAD-2 Studer® A800の「456」のテープ
ハイの減衰が少なく、テープコンプも弱い。
UAD-2 Studer® A800の「GP9」のテープ
ハイの減衰が大きく、テープコンプも強い。
明らかにGP9の方がハイ落ちが激しいです。EQ代わりにハイを落としたいならGP9をクリアーな音質を保ちたいなら456をという選択肢になります。
というよりも、ハイを落としたくないのにGP9のようなハイが落ちるテープシミュを使って音が篭もってしまっている生徒さんもたまにいらっしゃいます。
また「456」と「GP9」のカーブを見比べるとGP9の赤い線が平均して下がっていますが、これはテープコンプレッションが掛かっている状態です。
回転数が一番大きな差ですが、このようにテープの種類によっても多少音の変化があります。
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