“静的ストレッチングは最大筋力を低下させる”


・・・と言われたら、あなたは試合前にストレッチングを行ないますか?



最近数年間で静的(スタティック)ストレッチングが最大筋力あるいは垂直跳びのような大きなパワーを発揮するパフォーマンスを低下させるとする論文が多く発表されている。

ちなみに、静的ストレッチングとは反動をつけずにゆっくりと筋を伸ばす(痛みを感じる若干手前で保持する)ストレッチング、最大筋力とは等尺性の(筋の長さが一定の、つまり関節の動きを伴わない)最大随意収縮のことである。


もしこれが本当ならば、特に筋力・パワー系アスリートにとっては大きな問題である。

実際の試合では、ほんのわずかな差が勝負を分けることになるからだ。

アスリートとしてはできるかぎり、最大筋力あるいはそれに近い筋力を発揮できる状態にしておきたい。

しかし、静的ストレッチングによって最大30%程度、最大筋力が低下することもあるようだ。


静的ストレッチングによって最大筋力が低下するメカニズムとしては、機械的(物理的)な要因と神経的な要因が考えられる。

ストレッチングによって筋および腱が伸びすぎて(伸びきったゴムのようになって)しまい、収縮したときに骨に効率よく張力が伝わらなくなるのが、機械的な要因。

その筋の伸びに伴い、筋内にある筋紡錘(筋の張力のセンサー)の張力に対する感度が低下し

運動神経の活動(興奮)が低下するのが神経的な要因。

大まかに言うと、以上のように考えられている。



では、静的ストレッチングは行なわないほうがよいのだろうか・・・?



行なわないほうが良い・・・・・と言うにはまだ早計であろう。


この事実を考える上で注意しなければならないのは、各研究におけるストレッチングのやり方である。

静的ストレッチングが最大筋力あるいはパフォーマンスを低下させたとする研究の多くは、実際の競技のウォーム・アップでは用いないような、かなり長い時間の静的ストレッチングを行なっている。

例えば、ひとつの筋群に対し45秒のストレッチングを5セット、30秒のストレッチングを4セット、といった具合である。

私自身がこれまで行なってきたチームスポーツにおいては全員でストレッチングを行なう場合など、ひとつのストレッチングを15~20秒×2セット程度である。

実際、現場で行なわれているようなストレッチングの時間やセット数に即した研究では、静的ストレッチング後も最大筋力あるいはパフォーマンスが低下していないとの結果が多い。

また、静的ストレッチングで筋の柔軟性が増した分を考慮し、筋長を最適にして(関節角度を変えて)測定した場合も、最大筋力に変化はないようだ。

さらに、PNFストレッチングでは最大筋力は低下しないとする研究や、動的ストレッチングでは低下しないだけでなくパフォーマンスが向上したという結果もある。

動的ストレッチング後のこの効果は、実際の運動動作に近いことや筋温の上昇などが要因と思われる。


そのほかに、静的ストレッチングには柔軟性向上(関節可動域向上)による障害予防という役割もある。(競技にもよるが、関節可動域が小さすぎても大きすぎても障害・外傷の発生率は高くなるので注意は必要)

また、試合前に必ず毎回行なうため、心理的準備として気持ちの切り換えにも役立つ。



では、結局どのようにすべきなのか。

おそらく長時間の静的ストレッチングは最大筋力あるいはパフォーマンスの低下に繋がるので、無駄に長く静的ストレッチングを行なうことは避けたほうが良い。

暇さえあればストレッチ動作を行なっている人もたまに見かけるが、それもやめたほうが良い。

また、一旦低下すると30~45分程度、低下した状態が持続すると思われるので、試合開始が近くなってからの入念な静的ストレッチングもやめたほうが良いかもしれない。


ウォーム・アップの流れとしては、それほど長くない静的ストレッチング→動的ストレッチング→競技特異的ウォーム・アップというのが、今のところベターではないかと思われる。




スポーツ一考


以前にBE.Ainsworthらの論文、『Compendium of Physical Activities: classification of energy costs of human physical activities』(1992)をコピーしたはずだが、見当たらない・・・
ということで、また図書館でコピーをとった。

訳すと、『身体活動概説:ヒトの身体活動についてのエネルギー消費の分類』といった感じでしょうか。
この論文は日常生活における各種の身体活動の強度をMETs(metabolic equivalents)で表しており、論文中にある身体活動の種類は500以上にもなります。
例えば、

3.5(METs) 家事: 家や小屋の一般的な掃除
6.0      仕事: 空気動力工具のような重い動力工具の使用(削岩機、ドリルなど)

10.0   スポーツ: (競技的な)サッカー

というような表記になっており、上記の家事については安静時代謝(安静座位でのエネルギー消費量で、これを1METとする)の3.5倍の強度ということになります。
1METは酸素摂取量にすると3.5ml/kg/min(1分間に体重1kgあたり3.5ml)です。
もし、上記の家事を1時間行なったとすると、1METの3.5倍なので、

3.5ml/kg/min × 3.5METs × 60分 = 735ml/kg/時

となり、体重1kgあたりの1時間の酸素摂取量が求まり、さらに酸素1ℓの熱量を約5kcalとすると、

5kcal × 0.735ℓ/kg/時 = 3.68kcal/kg/時

が導かれ、1時間に体重1kgあたり3.68kcalを消費することになります。
ちなみにこの消費カロリーはMETsの値“3.5”とほぼ同じになります。
つまりMETsは、ある運動を1時間行ったときの体重1kgあたりのエネルギー消費量を表していると言えます。
仮に、体重50kgの人が上記の家事を行なったとすると、

3.68kcal/kg/時 × 50kg = 184kcal/時

となって、1時間に184kcal消費することになるわけです。



で、やっと本題に入るわけですが・・・・・^^;
この論文には“Sexual activity”というカテゴリーがありまして。。。エヘ
そのMETsは

1.5METs Sexual activity: Active, vigorous effort
1.3METs Sexual activity: General, moderate effort
1.0MET  Sexual activity: Passive, light effort, kissing, hugging

となっているんです。
つまり、かなりがんばっちゃうと安静時の1.5倍、まあ普通に(普通ってわかりませんが)がんばっちゃうと安静時の1.3倍、いちゃいちゃしてるくらいなら安静時と変わらないエネルギー消費ってことなんです!
これってどう思いますか?
僕はあのときのドキドキ感やぐったり感から考えると、意外とエネルギー消費は少ないのね・・・って思うのですが。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。
参考になりましたか?




スポーツ一考


なんとも痛快な優勝ではないか!


遅ればせながら、1月に決勝が行なわれた全国高等学校サッカー選手権大会の話を。


“SEXY SOCCER”を標榜した滋賀県立野洲高校の優勝は、山本佳司監督の言葉どおり、高校サッカー界に一石を投じたのではないだろうか。


山本監督は「見ている人が楽しくなるようなサッカーをしたい」とおっしゃっていた。

しかし、競技スポーツである以上その目標は勝利であり、そのための合理的な戦術であるならば、見ている者に楽しんでもらう必要など全く無いのである。

ましてや彼らはいわゆる“アマチュア”なのだ。


だが、見ていて楽しいサッカーはおそらくプレイヤー自身も楽しいものであろう。

そして彼らは、見てもやっても楽しいサッカーを選んだ。



私は、彼らが何度となくそのやり方(プレイスタイル等)を批判されたのではないかと想像する。

以前も述べたが、とかく日本においては基本に忠実なプレイ、地味でも確実なプレイを強いる指導者が多いし、それが良いことだと思われがちだからだ。

もちろんそれらは間違っていない。

極めて正しい。
だが、それだけでは一流選手が多く集まる試合では通用しないことがある。

スピードや状況判断など、ギリギリのところでプレイしなければならない機会が増えるからだ。

そのような試合では、一見派手に見えるヒールパスやワントラップで繋いでいく素早いパスが有効になってくるだろう。

それらは普段から練習していなければできないものだ。

また、多くのメディアが言っているように、彼らは基本練習であっても手を抜かずしっかり技術を身につけたのだろう。

その上で、実戦形式の練習を多くこなした。

まさに“練習は試合のつもりで、試合は練習のつもりで”行なった結果ではなかろうか。

これまで誰もやらなかった技術、あるいはこれまでにないプレイスタイル、やり方が認められるためにはどうしたらよいか。

それは勝つことに他ならない。

最初は批判されていたイチローの振り子打法が認められたように、結果を出さなければならない。

結果が出せなければ、「そんなやり方をしているからだ」と言われてしまうだろう。

つまり認められるかどうかは、結果を出したかどうかにかかっている。


今回、野洲高校は優勝した。

優勝したことに意味があるのだ。

準優勝だったならば、彼らのやり方が認められることはない。

そういった意味でも、野洲高校の優勝はやはり高校サッカー界に影響を与えるのではないか。


しかし、今回の野洲高校の優勝が100%のゴールとは言えないだろう。

所詮は(と言っても大変なことに違いないが)高校生のしかも、日本国内の大会にすぎない。

本当のゴールは、野洲高校出身の選手が今後、日本代表クラスあるいは世界の舞台で活躍できるかどうかだ。

または、野洲高校のようなスタイルをとるチームの選手が頭角を表してくるかどうかであると思う。

今回の優勝メンバーにはJリーグ入りが決まっている選手もいるそうだから、来年からも注目していきたい。




スポーツ一考


強烈に久しぶりの更新です・・・


プロ野球パ・リーグのプレーオフが非常におもしろい!

私、個人的には日本のプロ野球がおもしろいと感じるのは久々だ。

何と言っても短期決戦で選手の集中力が違う上、3チームによるプレーオフ制でスピーディな展開、そして30年ぶり(?)のマリーンズのリーグ優勝も懸かって目が離せない。

セ・リーグはまだリーグ戦が続いているが完全にパリーグに持っていかれている感がある。

ジャイアンツ人気にあぐらをかいていたセ・リーグに対し、なんとか球場に来てもらおうとしてきたパ・リーグの努力がようやく実を結びはじめたといったところか。

そして、以前から地域密着で地道な努力を続けてきたマリーンズが今シーズン最も成功しているといっても良いだろう。

日本のプロ野球なんて一度潰れてしまえばいいと思っていたが、やればできるじゃないですか!

もちろん、まだまだ改善の余地はあるが。。。


今シーズン初めの球団合併・削減に端を発する選手のストライキ問題、シーズン途中のジャイアンツ戦視聴率低下のため録画による深夜放送など、さまざまな問題が出てきたシーズンであったが、球団経営者はもう改革を進めていくしか道は残されていないと思い知っただろう。

もしまだ、この深刻な状況を理解していない球団があるとすればもうその球団は終わりだ。

あとは、11球団のオーナー方が○辺恒○氏の顔色をうかがうことなく発言・行動できるかどうかだけが問題であろう。


つまらん権力に球界全体が流されないことだけを祈る。




スポーツ一考


いま、女子ゴルフ界が熱い。

プレーはもちろんすばらしいが、そのルックスもイケてる選手が多く思わず目をみはってしまう。

いや、心から輝いている選手だからこそ、その顔もまた良い表情に見えるものなのだ。


驚くべきはなんといっても、活躍している選手のその若さだろう。20代前半でもすごいとおもうが、まだ10代の選手がプロ選手を脅かすのだから、驚愕である。


ゴルフは繊細でプレーの時間も長いため、メンタルな要素が非常に重要なスポーツである。

途中まで快調であっても、ふとしたことで集中が途切れ、ずるずるとスコアを落とすということはよく見る光景だ。それゆえ、ゴルフでは精神的な成熟が求められる。

にもかかわらず、いま世間を騒がせている選手は本当に若い!!インタビューの発言を聞いていても、私なんかよりよほどしっかりしている。それに自分自身のことを良く知っていると思う。彼女らはもうすでに成熟した大人のメンタリティーを持っているというのか・・・?


「大器晩成」という言葉がある。「若いときは小さくまとまらず、多少荒くても良いから思い切ったプレーをしろ」と、ゴルフに限らずよく言われる。

彼女らにこの言葉は当てはまらないのか!?


答えは分からない。

ただ、男子よりも女子のほうが精神的な成熟は早いと言われるが、それを示すかのように男子の若い選手が出てこないのが面白い。


プロゴルファーの選手生活はほかのプロスポーツに比べれば比較的長いほうだ。

彼女らがこれから先の長いプロ選手生活をどのように作り上げていくのか、本当に楽しみだ。



おれ・・・?

女子プロゴルファーと結婚したいっス!(^^;




スポーツ一考


先日、某大学へ1日だけ講師として行ってきた。

内容はトレーニング実習で、この日はパワークリーンやパワースナッチといったクイックリフトが中心であった。


これらのエクササイズに限らず、そのほかのエクササイズあるいは、実際のスポーツのプレー中に大切になるのがパワーポジションである。パワーポジションとは母指球-膝-肩が一直線上にあり、やや中腰になった姿勢を指す(各競技などによって多少姿勢やその解釈は異なるようだ)。いわゆるスクワットの姿勢を思い浮かべてもらえばよいだろう。

そのパワーポジションをとる際に重要なことは、背中を真っ直ぐあるいはやや前湾させるということである。背中を丸めてしまうとケガにつながりやすく危険であるし、力も発揮しにくい。

ポイントは胸を張ることと、骨盤を前傾させることだ。


驚いたことに、私が行ってきた大学の学生たちはその姿勢をとることができない!(できてもそれを維持できない)

床に置かれているシャフトを握らせようとするとすぐに背中が丸まってしまう。これでは高重量を扱うエクササイズは非常に危険である。

授業では以前から指導は行なっているがなかなかできないという。

その学科では保健体育の教員免許を取得することもできるらしいが、これではあまりにもお粗末である。


最近では雑巾を絞れない子供もいるということだが、やはり幼少のころから様々な種類の運動を行ってこなかったことがその要因なのか?それとも、ただ体幹の筋力が弱いだけなのか?

また、彼らは自分の体が今どのような体勢になっているかを意識するのが難しそうであった。

保健体育の学習指導要領に自分自身の"体への気づき"ということが盛り込まれているが、その重要性を改めて感じた。


もちろん彼らだけのせいではない。今の社会の利便性が、生活の中の肉体労働を少なく、楽にし、子供や若者はただ単にそれに適応しているだけということもできる。


いろいろな運動、動作ができることが良いことかどうかは私は分からない。

できる必要はないのかもしれない。

しかし、それができることは人間として豊かであると思う。




スポーツ一考


ここ何年かで感じることなのだが、テレビなどによく露出する一線で活躍中のスポーツ選手たちが、どんな選手になりたいか?とか、どんなプレーをしたいか?という質問に対して、

“夢を与えられるような・・・”とか“夢のあるプレーを・・・”などと発言することが、多くなってきたような気がする。


この発言を聞くと、はぁ?と思うと同時になんだかしらけてしまう。

夢は与えようと思って与えられるものではない。夢は本人が感じるもの、見出すものである。

“与える”なんて、おこがましい。


どんなにものすごいプレーをしたとしても、見ている者がそこに価値を見出せなければ夢などないし、どんなに些細なありきたりなプレーであっても、それが見ている者の心を振るわせれば夢につながる。

つまり、夢が有るか無いかというのは、見ている受け手側の感じ方しだいであると思う。

だから、スポーツ選手は、人に何かを与えようなどと考えずに、自分自身が自分自身のために最高のプレーをすることだけを考えていれば良い。

特にプロ選手は、一般人には到底なしえないその卓越した技術・体力・精神力があってこそのプロであり、それを見ることを我々は期待しているのであるから、さらにそれらを磨いてほしい。


また、“最近の世の中は夢が無い”とか“若者に夢を与えられる社会を作らなければ”などという言葉をよく聞くが、本当にそうなのか?夢とは上から下へ与えるものなのか?

夢とは自分自身で見つけるもの、感じるものだと思う。

では、大人は何をすべきか?自分自身が自分自身のために充実した生活を送り、そして仕事を楽しむことである。

子供はそれをしっかりと見ていることだろう。

そのためには、もちろん社会的な制度を変えていく必要もあるが。


私の考えはひねくれているだろうか。




スポーツ一考


シャラポワが人気である。

実力もさることながら、その端麗な容姿やウェアの上から見えるふたつの“ぽち”も世の男性をひきつけているようだ。いやむしろそちらのほうを目的に見ている男性のほうが多いのでは・・・?

テニスを愛していらっしゃる方からは、このような不純な動機でテニスを見るなとしかられてしまうだろうか。


数年前(だったと思う)に女子バレーボールのユニフォームの規定が変更された(男子は知らない)。細かい規定は分からないが簡単に言うと、それは、「より体にフィットしたユニフォームにせよ」ということである。もうお分かりだと思うが、それは男性の関心を引き寄せるためである。人気低迷が続く中での、苦肉の策であったようだ。


このときも、競技そのもので無く選手の体を売りにするのは邪道であるとか、選手の実力や競技のレベルを高めていけば自然と人気も出てくる、という意見があった。これらは正論であるし本来はそうあるべきなのかもしれない。しかし、このような策をとらなければならないほど人気が低迷していたのかもしれないし、とりあえずどんな理由でも良いからバレーボールというものを見てもらえれば、その本来の面白さにも気づいてもらえるかもしれないと考えてのことだったのかもしれない。


そもそも、スポーツにある種のエロティックさやセクシャルなものを感じるのはそんなにいけないことであろうか?最近は肌の露出が多いウェアや体にフィットしたウェアも多いが、無駄のないみごとなプロポーションはほんとうに美しいし、見ごたえがある。女性でも男性の鍛え上げられた肉体に興味があるという方はけっこういらっしゃるのではないか?男女という性差がある限り異性の体には興味を惹かれるし、それがスポーツという場面であったとしても同じである。むしろ、人間の体を使って行なうスポーツ活動だからこそ、そこにはエロティックさが伴うのであろう。スポーツをそのような目で観ることを私は否定しないし、むしろ自然といえるかもしれない。


スポーツで全力を出し切るということは、自分の極限の状態をさらけ出すということである。それは偽ることのできない素の自分、裸の姿といえよう。スポーツから感じるエロティックさはそんなところからきているのかもしれない。


少し不純でもいい。スポーツを観よう!




スポーツ一考


サプリメント開発の裏側というほどたいそうなものではないが、その一端をご紹介したいと思う。


現在、さまざまなサプリメント(栄養補助食品)が販売されていて売り上げもなかなか好調なようだ。まさにサプリメントブームといえるだろう。

運動・スポーツを行う場面での利用を目的とした商品、エルゴジェニックエイド(運動能力増強物質)も多数販売されている。


私が現在在籍しているところには、「これから商品にしたいので、その効果を実験で確かめてほしい」などという依頼が来たりもする。

そしてまず最初は、当然のごとく私たちが被験者となる・・・・


最近行なったものでは、ある植物から抽出した成分(粉末)を1週間程度飲み続け、その前後でパフォーマンスに差があるかというものがあった。

運動は、自転車エルゴメータ(エアロバイクのようなもの)での漸増負荷運動(段階的にペダルにかかる負荷を上げていく運動)で疲労困憊に至るまで(漕げなくなるまで)運動を行い、そのときの最大酸素摂取量を測定するというものであった。

疲労困憊に至るまでの運動は一般にall-out(オール・アウト)と呼ばれている。当然、非常に辛い。自分が、もうだめだ限界だ!と思っても周りの人たち(験者)から大声で激励が飛び(運動能力を最大限に引き出すため)、さらにしばらく運動を続けることになる。それをサプリメント摂取の前後に行なう。all-outに関しては、この実験以外にも日常的に行なわれていたりする。

このほかにも、採血して血液検査などが行なわれた。


この実験で一番辛かったのは、粉末摂取後に必ず嘔吐したことだ。起床後の空腹時に摂取するのだが、摂取して20~30分後に吐き気がおそってくる。もちろん毒ではないし、吐いたのも私だけだったが、この粉末の成分に対してこのような反応を示す人はたまにいるらしい。

最初に嘔吐したとき、実験の責任者に報告したら無情にも「すぐにもう一回飲んで」といわれてしまった。やめていいよ、という言葉を期待していたのだが・・・・・。

ほかの食品を軽く食べた後なら吐き気は無かったので何とか続けたが、かなり参ってしまった。


さて、このようにして出来上がったサプリメントの効果がいかほどのものかということだが、あまり期待はしないほうがいいだろう。販売する側は大げさな広告にしたり、実験結果のわずかな差をことさら大きく取り上げたりするものだ。それに、非常に効果があるものなら禁止薬物リストに加えられるだろう。リストにないということは効果が無いということだ。まあ、気休め程度にはなるとは思うが。

ちなみに、最も簡単に手に入り、エルゴジェニックエイドとして効果の期待できるものはカフェインである。競技会では尿中のカフェインが12μg/ml(コーヒー3杯以上)を超えるとドーピングとみなされてしまうが、興奮剤としての効果あるいは脂肪酸の利用率を高める効果が報告されている。

運動前1~2杯のコーヒーはダイエットに効果があるかもしれない。

もちろん、砂糖は入れずブラックで。




スポーツ一考


文化部と運動部。文化系と体育会系などという対比はごく一般的に用いられている。
私自身いわゆるバリバリの体育会系であるが、私はこの体育会系という言葉が気に入らない。

なぜなら、スポーツも立派な文化だからである。


スポーツはもともと遊びや日常生活の中から生まれてきたものが多い。つまり、スポーツとは本来生活に根付いたものであり、そのなかで人々の手によって発展してきた文化である。


まあ単なるジャンル分けの言葉だと考えれば、そんなに気にする必要はないのかもしれないが・・・


「スポーツ=文化」という意識が日本人には希薄であるように感じるが、そのことが、例えばヨーロッパのような地域スポーツクラブがなかなか定着しない要因であるかもしれない。


スポーツをする人、スポーツが好きな人、ひとりひとりがスポーツを育てていくのだということを心の片隅に置いておいてほしい。あとは全力でスポーツを楽しもう。




スポーツ一考