TOLAND VLOGチャンネルより(2023.10.19)
ゲスト:ひすいこたろう(ベストセラー作家)&ショーゲン(アフリカで絵を学んだ)
一部文字起こし
TOLAND
ショーゲン
ひすいこたろう
ショーゲンさんは、サラリーマンを辞めて画家を志していい絵を見つけてこの絵がアフリカで作られてるらしいぞということでアフリカに単身渡ったところ、日本人の教えを守り続けてきたブンジュ村の人達にいざなわれそこに住むことになり、長老から日本の教えを教わった。
その長老の方は代々シャーマンの家系で縄文人の方の魂を夢の中で聞いたことを(縄文の日本のことを)学び、教えがブンジュ村に浸透してたんですよね?
そうですね、もう蔓延してる
口伝を日本中に伝えなさいということで会った人全員に伝えていって、ひすいさんと出会ったのが?
9302回目です。
8000回目ぐらいであなたのことを理解してくれてそれを広めてくれる人が出てくるからと言われましたが出て来ないぞと、9000超えても出てこない。
9302回目でたまたま温泉で出会いました。
ちょっと僕が温泉行くのが遅かったでしょうか?
そこからの出会いで、「今日、誰のために生きる?」という本を一緒に出すことになりました。
その今日、誰のために生きる?っていうのがアフリカのブンジュ村の挨拶なんですよ。
なので近所に住む6歳7歳児になってくると挨拶が変わってくるんですね。
6歳の女の子が「ショーゲンおはよう!今日は誰の人生を生きる?私は自分の人生を生きるから。また夕食の時に会おうね」と挨拶してくる。
村長が言うには、「本来の日本人の挨拶だった。
自分の近くにいる大切な人のことを思うが故に、まずは自分の心を喜びで満たしていたんだよ。それがあなた達日本人だったんだよ。
日本人の考え方としては自分が自分の一番のファンでいてあげるって事、これをとことんまで追求してやっていたから日常に溢れる所作も愛するっていうことを練習として普段から小さい頃からやってきたんだよ。」
日本に戻って口伝を伝えてねと約束をして毎月報告をしている今でもしている?
今でもしています
そのお話しの中に2025年とか日本人はもっとあるべき姿に戻らないとちょっとまずいんじゃないのっていうところがブンジュ村の方が見て思った訳ですよね?
そうですね。それを教えてくれたのは・・・2025年とは聞いてたんですけど具体的な日にちというか、村長は3ヶ月前に亡くなってしまったんで、村長の息子のシャーマンが僕に言ってきたのは、
「2025年の7月5日、それまでに日本人が本来の日本人の感性を取り戻す必要がある。
そこからは全然怖がる事ないよ。明るい日本の未来が待っているんだよ。
でもね、今までお金とか権力とかだけで生きてきた人達が生きていきにくい時代が来るよ。」
なので、2025年のその時までにいかに人と心で愛を持って繋がれるのかっていうのが一つ重要なキーワードなんだっていうことなんですね。
「当たり前かもしれないけれども本来日本人が大切にしてたことをこんなにくどくど言ってるのは、そのために言ってるんだよ」
てことは2025年に何かが起こる7月に何かが起こる。
それはずっと決まってたことで・・・
それはね、ずっと歴代のシャーマンが言ってた事って言ってますね
それをある種、新しい時代が来ることでもあるし・・・
明るい未来が待ってるよって言ってます
これまでの当たり前がなくなってしまうような状況でもあると
そこに日本人のかつての縄文のスピリットみたいなものが重要になってくるって事ですか?
そうですね今は多分日本の人達は無駄を省いて効率良く生きようとしてるけれども果たしてそれで喜び、本当の喜びを味わえているの?
っていうところで、そこを機にもっともっと喜びを味わえる時代がやってくるんだよってこと言ってるんですね。
本当に幸せの見つけ方っていうのをすごく色々教えてもらったんですけど、
ある日、3歳の近所に住むザイちゃんがお父さんに
「流れ星を捕まえに行きたい」
と言った時があるんですよ。
3歳の子から流れ星を捕まえに行きたいと言われたら行きますか?
ちょっと・・・
ブンジュ村の大人達は100%の確率で出ていくんです。一緒に行くと。
ザイちゃんのお父さんは当時42歳。
一緒に出て行って1時間半後に帰ってきたんです。
お父さんは汗だくで足に切り傷、血を流しながら帰って来たんです。
「ショーゲン、今日は見つからんかった」ってものすごく悔しそうなんです。
その後、場所が違ったんかなー?ってザイちゃんと打ち合わせしているんですよ。
この感覚僕にないわって思ってたら、次の日凄いことが起こりまして、ザイちゃんのお父さんとそのお友達のお父さん大人2人、42~43歳男2人で子どもに流れ星を見せたらなあかんという事で出ていったんですよ。
さすがにこれは止めなあかんなと思いまして
「ちょっと待って。流れ星って捕まえられへんから」
って僕言ったんですね。
そしたら彼が振り返ってこう言いました。
「ショーゲンは流れ星を捕まえに行ったことがあるから俺らに言ってんのか?
行ったことがない奴に言われたくない。
流れ星が流れてるところは捕まえられへんけど落ちてるかもしれへんやろ?
お前にはロマンとか夢はないんか!
ショーゲンを見てると無駄を省いて効率よく生きようとしてるけども無駄やろとかアホやろとかしょうもないとか言われることの中に幸せっていうのがあるのにお前もったいないな」
その後に言われた言葉が衝撃的だったんですけど
「ショーゲン、人が生きるっていう事を効率良く考えるのであれば、生まれてすぐ死ねばいい。
人っていうのは、いかに無駄な時間を楽しむのかっていうテーマで生きてるやろ。
ショーゲンが肩書きを外した時の自分の心の中の本当の喜びって何やった?
幸せって何やった?
小さい時、自分は何が嬉しくて何に感動していて何にワクワクしていた?
もう一回その自分の心の中の本当の声に耳を傾けてあげないといけないんちゃう?
それできてる?
そういう声掛けとか投げかけって自分の親から言われへんかった?
日本人でしょ?言われなかった?」
って言うわけですよ。
ぶっ刺さるー
生きてるだけで丸儲けではないですけど本当にそういう感覚があった。
「ショーゲンは無いっていうところばかり目を向けるでしょ?
あの人と比べてこれがない、これが足りない自分には無い、
でも違うんだ、本来日本人はあるっていうところに目を向けていたんだ。
こういう風に会話もできてるし呼吸もできてるし、外に出れば燦々と輝く太陽の光も浴びることができるし、心地よく吹き抜ける風も全身で感じることができるでしょ?
ショーゲン、あるっていうことの方が多いんだよ。
ショーゲンは無いっていうことばかりに目を向けてるから人の欠点とか嫌なところが目につくんだよ。
でもあるって言うとこに目を向けてる人は人の良いところが目に付くからね。
本来日本人はあるっていうところに目を向けるプロだった。
なぜかと言うと日本人は分かっていた。
これからの時代は血が繋がっていない家族みんなで生きていく必要があるってのは、あなた達はわかっていたんだ。
なぜ血が繋がっていない家族みんなでで生きていく必要があるか今から言うね、極端なこと言うけど、ショーゲンあなたは発達障害です。
村長である俺も発達障害だ。
この世に生まれてきた人はみんな発達障害として生まれてきてる。
出来るところはとことんまで出来て、でも出来ないとこはとことんまでできないという俺らは凸凹で作られたんだ。
この意味が分かるかい?
みんなで生きていくっていう喜びを味わうために俺たちは凸凹で生まれてきたんだよ。
血は繋がっていない家族ってイメージで生きていたその本当にそれを感じながら核心に迫って生きてたのはあなた達日本人でしょ?思い出してね。」
ショーゲンさん、変化・・・
変化してきますね。
僕も初め大人に言われた時に反抗してたんですけど、子どもにも言われる訳ですよ。
10歳とか12歳の子達に。
1週間ぐらいたつとまた現実に戻ったりせかせかしちゃう。
そんな時村長に「ショーゲン2日前に食べたお昼ご飯何やった?」
と言われ答えられなかった。
「そっかショーゲンにとって食事というのは作業なんやね。
食べる食事というのが作業になった時に生活暮らしそのものが作業になるから気を付けた方がいいよ。
ショーゲンね2日前のお昼ご飯、確かに俺と俺の家族とご飯食べてたよな。
ショーゲンはっきり言っていい?あなたはそこにいなかった。
ショーゲンは食べてたけれども食べながら明日の予定のことを考えてただろうし、一週間後のことを考えてたんじゃない?
ショーゲンはそこにいなかったね。俺の孫もみんなが言うてたよ。
ショーゲンは日本に住んでいて本当に忙しい現代の日本で生まれてきたんだね。
あなたを見てるとまるで人生をこなしているように見える。
生きるっていう事は、その一瞬一瞬、瞬間瞬間、今に自分の心が居てるかどうかやからね。
あなたはこれから毎日ご飯も食べるでしょ。そして絵も描くでしょ。
その時にいちいち自分に確認した方がいいよ。
自分の心はそこに居てるのかどうかっていうのはちゃんと確認するべきだね。」
ある日、10歳の女の子男の子が遊んでて子ども達がみんな楽しそうにしてたんで
僕も入らしてって言ったら
「ショーゲンと話したくない。ショーゲンの会話は面白くないから。
ショーゲンの会話は作業の会話で溢れてるでしょ。
明日どこにいく?何をする?何を食べる?
だから面白くないから話したくない。」
「でもブンジュ村のみんなの会話聞いてて、それをしたことでそれを食べたことで心がどう感じたのか?心がどう変わったのか?心の会話が多いでしょ。
ショーゲンも心の会話ができるようになったらお話ししてあげるからね。」
ていうことを10歳の子達から言われました。
それが日本人が当たり前に出来てた事でしょ?
僕は子ども達からあだ名をつけられました。
ここに居ない人っていうあだ名。
「200人の村人の中でいつもあなただけがここに居ない。
今を生きていない」
ショーゲンの絵の話し
村長の生きるテーマというのを描いたんですけど
ブンジュ村の村長70歳の生きるテーマは
笑うように生きるていうのがテーマでして
どういうイメージかと言うと
10歳の頃から大切にしてきたイメージだそうです。
大きな葉っぱの上に裸足で乗っかっていて両手を広げて空を見上げてるってイメージなんやって言うんですよね。
これが俺が言う笑うように生きるって言うイメージ。
「人生はイメージ通りになるからね。
なんなら俺の村を見てみて。村人を見てみて。
まさに笑うように生きるってイメージでみんなが生きてるやろ。
そうなるに決まってるやん。
だって俺がそのようにイメージしてきたことやから。
こういうイメージングとかっていうのを常にあなた達やってたでしょ?
自然の中でやってたよね?
あなたブンジュ村のみんなから言われてるでしょ?
もっと自然を感じなきゃ。
だってみんなのことをリードしていく日本人でしょ?
どうしたの?」
ブンジュ村の人達からすると危機感みたいなものがあるってことですかね?
そう、危機感もあり日本人が唯一の希望でもあるっていう事ですね。
ブンジュ村で伝わってる古代の日本人ってそういう在り方やったんですかね?
それを言われたのは
「村長から日本人の特殊能力知ってる?」って聞かれました。
「この世界中の中でこの地球上の中で唯一虫の音がメロディとして聞こえる。
虫と会話ができる民族が2民族いるよ。
それは日本人とポリネシア人だ。」
ポリネシア人ていうのは、ハワイまでの海域に住む船を漕ぎながら回遊してる人達らしいんですけども。
「村長、こんな大自然の中に住んでるけど虫の音どう聞こえてんの?」って聞いたら
「俺は牛の鳴き声は聞こえるけれども鳥の鳴き声も聞こえる、でみ虫の音だけが工事現場の騒音に聞こえる。」って言うんですよ。
虫がわーって騒ぎ出すとみんな耳を塞ぎます。
京都に年中鈴虫が鳴く鈴虫寺ってありますけど、海外では騒音寺っていう風に言われているように全く聞こえないんですね。
それを解明してる日本や海外の方いらっしゃいますけど、日本人は虫の音を左脳で聞くことができる。
左脳っていうのは言語化する脳なので友達と会話をしてるように聞こえる。
でも他の国の人が聞いちゃうと右脳にあるノイズをキャッチする場所で聞く、だから心地よく聞こえないっていうことがわかった。
村長に言われました。
「この世界中の中で一番自然から愛されていた人達っていうのは、あなた達日本人なんだよ。
日本人ってのはしっかりと自然と向き合いながら小さな虫の音までにも耳を傾けていた。ものすごく心に余裕がある人達、それがあなた達日本人だったんだよ。」
新たなことが分かっていてこれは論文でも出てるんですけど、実は虫の音がメロディーとして会話として聞こえるっていうのは日本人かどうかじゃなかったと。
母国語が日本語だったかどうかだったということが研究で出てると思うんですけども
村長からは、
「日本人ていうのは虫と会話をするために日本語を生んだんじゃないの?」
って言われたんですね。
それを僕は聞くことで日本語を話せてるっていう喜びがふつふつと内側からこみ上げてくるのを感じたんですけども。
天皇の系譜とか見ていっても初代の頃の王様の名前、耳ついてるんですよ。
八耳とか神淳名川耳とか、なんで耳なんかなっていう話をしてたんですよ。
そんだけ虫の声一つにも耳を傾けれるような存在がもしかしたらトップになってたのかもしれないということですよね?
僕はそうだと今思いました。
村長から「この世が滅亡する時ってどういう時やと思う?」って聞かれました。
「この世が滅亡する時というのは日本人が虫の音が聞こえなくなった時」って言い切ってます。
「だからあなたにお願いしてる。日本人であるショーゲンにお願いしてるし、俺のために言ってるし、ブンジュ村みんなの事を幸せにするために日本人であるあなたにお願いしてる。
今一度日本の皆さん日本人のプライドを取り戻してね。
そして虫の音が当たり前に心地よく聞こえるって事が、どれだけ素晴らしいことなのかっていうことをちゃんと腹に落とし込んで理解してね。
この世は物質的豊かさの未来をみんなが求めてしまったでしょ。
それで起きてしまったのは自然破壊環境汚染からくる精神と肉体の乖離、分離からくる自殺をしてしまう人とか鬱になる人とか増えてしまったでしょ?
これが物資的豊かさの未来を求めた先にあったものだと、これからはね、心の時代なんだ。
それで心の時代になった時にみんなを引っ張っていかないといけないのは、あなた達日本人でしょ。
もっとプライドを持ってね。」
彼らからの言葉を借りるのであれば、
「血の中に流れる記憶を思い出してね。
あなた達の血の中には一万年から一万五千年続いた縄文の方の争いがなかった愛と平和であふれた時代の亡くなった人に刺し傷とか切り傷がなかったそんな時代の人達のDNAが血の中に流れてるでしょ。もう1回思い出してね。」
ショーゲンさんも色んな方に伝えてはるし、テポロハウ長老も伝えるということをすごく大切にされてたんですね。
てことはやっぱり聞いて感じるてことが今の時代めちゃめちゃ大事ということですよね。
そうですね僕はブンジュ村の中で徹底的にやらされていたことがあります。
それは当時の日本人がやっていたことをやらされてました。
人と話すかのように同じぐらいのレベルで風にも葉っぱにも雨にも土にも虫にも木にも普通に挨拶とか会話とかしていました。
それを当たり前にやるんだよって
本来今の日本人の松果体の大きさって言うのは米粒ぐらいでしょ。
脳の真ん中にある五感をキャッチする場所っていう自然とつながれる場所って言われてますけど、当時の日本列島に住む人達、おそらく縄文の方の松果体の大きさは親指の第1関節分だったんだって言うんですよ。
でかいっすね
だからもしかすると今日本で受け継がれてる言葉の以心伝心って言葉も本当はもう完全な以心伝心だったのかもしれない。
阿吽の呼吸とか言いますもんね
そういうの感じながら本当は生活してた
もともとの日本人の在り方が重要だと
重要ですね
ある日ですね僕がブンジュ村の道歩いていると小さなてんとう虫が飛んできて僕の左腕にとまったんです。
それを見ていた20歳くらいの男の子が
「やっぱりそうやった皆来いって」叫びました。
そしたら40-50人僕の周りに人だかりができたんですけど
「やっぱりそうやった。」ってわんわん涙流してるおじいちゃんおばあちゃんがいたんです。
「うちの村長のおじいちゃん(当時のシャーマン)が言ってたことは間違ってなかった。虫っていうのは会話ができる人のとこに飛んでくって言ってた。
やっぱりショーゲンお前は日本人やったんやな。」って言われたんです。
それまで僕はイランとかイラクとか言われててやっと信じてもらえた。
虫のおかげで
実はこのブンジュ村には日本人の伝説というのが絵に残っています。
木の板に石で削ったような絵なんですけども、それを描いたのは村長のおじいちゃんのおじいちゃん、200年前のシャーマンが描いた絵です。
当時の日本列島に住む人達は手のひらに小さな虫を乗せて伝えたいことを託して飛ばしたい人のところに飛ばしていたという絵が残ってるんです。
僕はどういう風な生活を送っていたかというと絵の先生カンビリ先生の家に泊まってたんですけど、朝起きて外に出ると6歳児とか7歳児が手を丸めて僕を待ってる。
「手を出して」って言って小さな虫を乗せてきよるんですよ。
「ショーゲン、この虫の○○って言葉を託して○○ちゃんのとこに今から飛ばして欲しいからそれやてくれる?」って言われたんですね。
「いやいやできひんわ」と言ったら
「日本人やのに?」って驚いてるんですね。
本当にそれを出来ていたのが日本人だったって言ってますし、僕は村に初めて入った時に村長に会って言われた言葉が
「俺が初めて会った外国人も日本人もお前が初めてなんやけど、俺は日本語を知ってる」っていうんですね。
日本語で「虫の知らせ」って言ったんですよ。
日本人が虫の知らせって聞くと何か不吉な予感なのかなって思う人が多いと思うんですけども、彼らはそういう意味じゃなくて
「裸足で大地の上に立って両手を広げて五感を研ぎ澄まして自然からのメッセージをキャッチするという行為そのものが虫の知らせ」って言うと。
「でも残念ながら俺たちはドラムを叩いたり踊ったり自分をトランス状態に持っていかないと自然と繋がれた気がしない。
日本人はいいよね。
目を閉じただけで五感を研ぎ澄ませただけで虫と会話ができるし自然からのメッセージをキャッチすることができるんでしょ?
俺らも日本人になりたかったわ。」
っていうことを言われたんですね。
めちゃくちゃすごい話しですね
そうなんですよ、なので
「日常に溢れる小さな喜びをもう一度拾い上げてね、できたら虫とか土とか葉っぱに落ちた雨のしずくにも会話をしてみて。」
それを徹底的にやらされてました。
今を生きている人には、虫がちゃんと話しかけてくれる
本来の日本人の感性を取り戻していってなと、それが何かこの数年間の中でもすごく重要になってくるっていう・・・
もうむちゃくちゃ重要だって言ってます。
結局当たり前の話しかしてこないんですけども、それが口伝なんですブンジュ村の。
凄い凄いです今回本当に!
今回のお話しを聞いておそらく、じゃあどうすればいいの?どうあればいいの?って感じた方もいっぱいいると思うんですよね。
要は心の教えみたいなものが本にたくさん書かれてたりとか、ひすいこたろうさんのチャンネルの方でもその心の方教えの方をメインでお話しされてるということで是非、そちらもチェックしていただきたいんですけども・・・
本書いている時もブンジュ村の人達が日本人に託してるっていう思いをひしひしと伝わって来たんで、これは日本人の役割ってのがひとつあるなっていうのが本当に今年来年・・・
不思議とね僕もTOLAND VLOGで色んな考察をさせて貰ってまして何にしても繋がってくるんですよね。
例えばアメリカの予言書でもオアスペってのが日本のことを書かれてたりするんですけど、日本のことを結びつけたくなくても結びついてくる。
でも日本人の古史古伝も大事ですけど、アフリカとか別の地域で受け継がれてる伝承がそこに繋がってくるとやっぱり僕らもね確信に近い感覚がバンって来て、それすごく素敵な事ですもんね。
元の日本に戻ろうじゃないですけど、教えとか、こういう事大切にしてたんやなってことを思い出すって言う誰の迷惑にもならへん、ハッピーなことですもんねこれって
日々大切にしていますし、僕がキリンの絵を描こうとした時も長老は
「それは誰のために描こうとしてる?
人のために描いてもいいけれどもそこに自分の喜びある?
あるんやったらやっていいけど無いんならやらんほうがいいよ。」
ていうこともちゃんと言ってくれます。
ひすいこたろうさんチャンネルでショーゲンとブンジュ村のことを語る