☆ワシの終活☆ -90ページ目

(映画1618)あの映画「シャイニング」が…

「「シャイニング」続編、「ビューティフル・マインド」脚本家で製作か(クランクイン!より、2016年4月)」


モダンホラーの巨匠スティーヴン・キングの1977年のベストセラー小説「シャイニング」


スタンリー・キューブリック監督、ジャック・ニコルソン主演で1980年に映画化されました


20160409「シャイニング」


米ワーナー・ブラザースがその続編となる「ドクター・スリープ」の映画化企画を進めているとTracking Boardが伝えたようです


原作「ドクター・スリープ」は日本でも刊行されていたようですね


知りませんでした


その内容は、「シャイニング」から数十年後、中年になったダニーが主人公だそうです


オーバールック・ホテルでの恐怖がトラウマになったダニーは、父親のジャックと同じようにアルコール依存症に陥り、気が荒かったが、アルコールを断ちニューハンプシャー州の小さな町に落ち着く


しかしその町で自分と似たような特殊能力を持つ12歳の少女アブラを救うべく奔走することになるというものだそうです


ジャック・ニコルソンのあの形相と恐怖をあおる映画音楽がものすごく印象に残っています


1980年公開から、すでに35年以上経っています


レンタルして、もう一度、映画「シャイニング」を見てみようか


監督やキャストは未定と言うことだそうですが、引退宣言しているジャック・ニコルソンを別役で登場させてもらえないだろうか?


ホラー映画なんだけど、ちょっと楽しみな映画だと思う


シャイニング 特別版 [DVD]/ジャック・ニコルソン,シェリー・デュバル,ダニー・ロイド
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(雑談16025)地域について考える

「茨城大で「茨城学」1年生必修に(茨城新聞より、2015年4月)」


茨城大(茨城県水戸市)は去年度、茨城県の風土や特色、課題を学ぶ「茨城学」の授業を開設しました


先春入学した新入生から毎年、1年生の必修科目です


各学部の教員がそれぞれの専門分野で本県について講義するほか、県や市町村も担当者を派遣するそうです


同大は地域の課題について学生自らが議論し人材育成につなげたいと考えていて、地域について考える機会が少ない学生に地域の活性化には何が必要か、考える力を養う狙いだそうです


学生の中には、地域について考える機会をほとんど持たない学生も少なくないといい、同大は「茨城学」を通じて、地域の実情を見詰め、地元で役立つ課題解決の視点を身に付けてもらうようです


都市部の総合大学は別にしても、地方の大学で、その土地のことを教えるということは重要かもしれません


今の日本人は、自分の産まれたところ、育った地域を他人に説明することができないように思います


これは、自分の故郷が無いことと同じではないでしょうか?


ちなみに自分もそんな感じです


今は、自分の故郷はおろか日本のことすら外国人に説明できない日本人が多いのではないでしょうか?


せめて、自分が住んだ場所がどのようなところだったかぐらい認識を強くしたい


今の日本人はそんな本質的な所が弱いと思います


ドイツ人の義弟を持つ自分だからこそそれを強く感じます


この授業は、他県から来た人にとっては、茨城県のPRだけかもしれないが…


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(ドラマ1608)今日はある女優さんの誕生日

今日(4月8日)は、女優:田中 好子(たなか よしこ、1956年4月8日~2011年4月21日)さんの誕生日


田中好子さんと言うより、自分はキャンディーズ時代のスーちゃんとずっといい続けていました


東日本大震災の年(2011年)にお亡くなりになりました


東日本大震災もショックだったけど、スーちゃんの死去もショックでした


個人的には、キャンディーズの中では、ミキちゃん(当時藤村美樹さん)が好きたっだのですが、女優となったスーちゃんは大好きになりました


広島の原爆を題材にした映画「黒い雨」(1989年(平成元年)公開)では、主役・「高丸矢須子」役を演じ、日本アカデミー賞・ブルーリボン賞・キネマ旬報賞・毎日映画コンクール・報知映画賞などで主演女優賞を受賞しました


原爆症の表現のため、入浴シーンで体の変化を表現する為に敢えてヌードを披露するぐらい演技を徹底したのは印象的です(ウィキペディアより)


そして、何と言っても、2001年(平成13年)のNHKの朝ドラ「ちゅらさん」で主役の母・「古波蔵勝子」役を演じてのは印象に残っています


(朝ドラ「ちゅらさん」(2001年、NHK)、月曜ドラマシリーズ「ちゅらさん2」(2003年、NHK)、月曜ドラマシリーズ「ちゅらさん3」(2004年、NHK)、ちゅらさん4(2007年、NHK))


コミカルでもシリアスで、優しくとも厳しく、そして、ミステリアス(孫が出来ておばあになったら超能力が…)


おばあ役の平良とみさんも逝ってしまったので、「ちゅらさん」はもうできないでしょうね


おばあと勝子さんがいないと、あのドラマは締まりませんから…


でも、おばあと勝子さんが遺影になっていてもちゅらさんのその後をもう一度見てみたい


勝子さんとしては3人の子宝に恵まれましたが、スーちゃんとしては子供はできませんでしたね


でも、ちゅらさんに代表されるように、女優としては母親の役を当てられることが多く、スーちゃんの子供役として共演した経験のある俳優は男22人、女25人で合計47人にものぼるそうですね(ウィキペディアより)

これだけ子宝に恵まれていれば、孫も多いことになります


本当は、スーちゃんのおばあちゃん役も見たかった…


そして、意外なのは、特撮映画への出演


ゴジラです


映画「ゴジラvsビオランテ」(1989年)では大河内明日香 役、映画「ゴジラvsモスラ」(1992年)では 深沢真由美 役


もし、存命だったら、今回復活したゴジラにも出演していたかも…


本当に残念だと思います


映画「ゴジラvsビオランテ」と映画「ゴジラvsモスラ」を久々に見て、彼女を偲ぶかなあ


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(健康1605)「健康の日」

今年もこりずに、去年そして一昨年、3年前、4年前、5年前にアップした記事を再度そのまま引用します



今日(4月7日)は「健康の日」そして「世界保健デー」だそうです


ヒトの体細胞は、60兆個あるというのは、テレビなどでもよく報じられています


でも、毎日3000億~4000億の体細胞が死んでいる のはあまり知られていないのではないでしょうか?


つまり、200分の1が毎日死んでいるという計算です


ところが、この死んだ細胞の不足分は、細胞分裂によりおぎなっており、我々はヒトとして維持されているのです


と言うことは、少なくとも200日で体の細胞(当然、免疫細胞も)は入れ替わる、つまり、変身完了のでしょうか?


(神経細胞や心臓の筋肉細胞は一生の間生き続けます)


泣いても笑っても怒っても楽しんでも、細胞(免疫細胞も)はせっせと分裂をしている訳ですね


どんな状態でも、体はしっかり変わっている


でも、その変わるための細胞分裂には、酸素、栄養素、そして、タンパク質が必要なのです


それらは、すべて、食事で補給されます


つまり、「しっかり、食事をしないと、必要な細胞分裂に支障がでますよ」と言うことでしょうね


最低限の食事・必要な食事ができないと必要な細胞分裂ができないということでしょうか?


特に、育ち盛りの子供について食事は大事ということですね


こんな言葉があります


「私たちは、私たちが食べたものから作られます。これは学問的に真実です。」
byロジャー・ウィリアムス


「ウィルスや菌の責任にするのではなく、自分の健康レベル、免疫レベルの責任を取る第一歩は、口から入る栄養素に注意を向けることだ」
by森山晃嗣


ダイエットと言って食事を控えている人たちも、まずはしっかり食事をとることが必要です


何をやるにも「細胞分裂で作られた体」が必要だと思います


健康のためには、睡眠や運動も必要ですが、それをするには体が無いと何にもできません


何事にも「体が資本」ですよね


「生きることは食べること!」「食べることは生きること!」


(去年(2015年)の記事をそのまま引用しました)


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(戦争と平和1626)「総員死ニ方用意」

太平洋戦争末期、戦艦大和は、1945年4月7日、米軍の猛攻を受けて沈没し、約3000人が戦死しました


「戦艦大和:総員死ニ方用意…1945年4月6日最後の出撃(毎日新聞より、2015年4月)」


「総員死ニ方用意」


そう書かれた黒板が砲塔に掲げられると、乗組員たちはざわめいた


死の準備をせよ、という命令


大和が4月6日沖縄に向け山口県を出港する前に、掲げられた言葉でした


映画「男たちの大和」で、長嶋一茂さん演ずる臼淵大尉が特年兵にこの言葉を示唆する場面があります


日本が救われるのはもはや「敗れて目覚めるしかない」


太平洋戦争末期、沖縄にアメリカ軍が上陸を始めたとき、それを阻止する軍艦が日本にはほとんど無かった


一矢報いるために、九州より沖縄周辺のアメリカ艦船に向けて、自ら命を捨てて激突するゼロ戦の特攻隊がいるだけでした


唯一、無傷だった戦艦大和を沖縄に差し向ける作戦が行われましたが、それは、護衛する戦闘機ももなく、片道燃焼しか与えられない水上特攻でした


「これはもはや作戦にあらず」そう言う士官もいたと思います


「死を前提とする作戦だった。それは作戦と呼べるのか」と思った少年兵もいたと思います


お国のために命を捧げる


そんな時代だったと思うだけでいいのでしょうか?


今、「死ニ方用意」と言われて、それに対応できる日本人はどのくらいいるでしょう?


日本国のために…


いや、会社のために…


あるいは、家族のために…


この子のために命を張ることができる親はいるかもしれません


でも、日本国のために会社のために、命を絶対落とさねばねらない状況に陥ったら、どうでしょう?


「死ニ方用意」できますか?


今、アジア近隣の状況が非常に切迫しています


日本は、平和憲法の基にありながら、積極的に自分を守ると言う名目で、集団的自衛権に大きく舵を切りました


それは、国民を守るために盾となる人間に「死ニ方用意」と言っているようなものだと思いませんか?


ある人に、人々を守るのが仕事だから命の盾になってくれと言っているようなものではありませんか?


自分を含めて、今の日本人にそれだけの覚悟ができているのだろうか?


大和沈没の日にこんなことを考えてしまいました


そして、戦艦大和と共に戦死された多くの方々のご冥福申し上げます


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(戦争と平和1625)過去の出来事を決して我々は忘れてはならない

4月6日


約100万人が犠牲になったアフリカのルワンダ大虐殺


世界を震撼させた大虐殺から22年を迎える


1994年のルワンダは、内戦と100日もの間続いた虐殺によって国内のインフラは破壊され、孤児の数は史上最多を記録していたそうです


戦いの中、犠牲になるのはいつも女性・子供


広島・長崎の原爆によっても、原爆孤児は多数いました


そして、東京大空襲を含め、日本各地の絨毯爆撃でも、孤児達は多数出ました


その孤児達のそれからの人生は長く辛いものが多い


先日、東京大空襲で疎開先で孤児になった人たちの証言をテレビで放送していました


命を守るための疎開が、彼らを孤児にし、政府の仕打ちによって、その後の人生を大きく狂わされる


戦争は助ける人がいなくなる


みんな自己中心だから


今も、女性や子供たちが、戦いの渦に巻き込まれて、その人生を狂わされている


過去の出来事を決して我々は忘れてはならない


(去年(2015年)の記事を引用しました)


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(戦争と平和1624)核分裂エネルギーを利用する限り人類は未来を失うであろう

去年・一昨年・3年前に書いた記事をさらにもう一度



中沢啓治著「はだしのゲンはヒロシマを忘れない」


自らが被爆者である漫画家中沢啓治さんは、その被爆体験をゲンと言う少年に置き換えて漫画を書かれました


体験記だから、はだしのゲンはリアリティがあり生々しい


でも、「そんなもんじゃない」と中沢さんは著書で言っています


どんな文章も絵も映像も、実体験を超える事はできません


それでも、書かずにいられない


中沢さんを含めて多くの被爆者はその被爆体験を語る事はありませんでした


思い出すことで、目の前にそのフラッシュバックがあるから


でも、何かのきっかけで被爆者は被爆体験を語り始める


中沢さんの場合は、同じ被爆者だったお母さんの死とその骨を見た時だと言います


粉々に形も無い骨を見て、放射能はそこまで蝕んでいることに悔しさと憎しみを持ったと言います


それほど、放射性物質は恐ろしいもの


自分の祖父は同じ被爆者でありましたが、その骨はりっぱなものでした


生活習慣や食生活でそれは変わるのかもしれないとも思いました


(しかし、二次被爆を受けていただろう自分の父はがんに冒され、骨はもろかったと聞きます)


放射能は人にとって脅威であることは十分に理解しなければならないですが、それに対する備えは自ら行う必要があると思います


中沢さんのお母さんと私の祖父を比較して感じました


そして、お亡くなりになった中沢さんの骨はどうだったのでしょうか?


今、福島を中心に放射能(放射性物質)の問題はまだ残っています


問題解決はしなくてはならないのですが、相変わらず先延ばしにする政府とは別に、我々一般市民は自分の体の自己防衛を怠ってはならないでしょうか(免疫力の強化)


当然、核兵器(放射性物質)の恐ろしさも忘れてはいけません


諸悪の根源は断たねばなりません


それは、過去の悲劇を忘れない事で始まると思います


無知・無関心が怖いのです


最近、「はだしのゲン」の漫画に対して、その内容・描写について賛否両論があります


でも、必要な漫画であると自分は信じています


中沢さんも著書で言っています


「しつこくやるしかない」


「繰り返し、繰り返し、伝え続けるしかない」


と…


はだしのゲンは「ヒロシマ」も「ナガサキ」も「第5福竜丸」もそして「フクシマ」も忘れない…


ちなみに


「1997年、茨城県東海村の動燃施設で爆発事故。労働者37人が低レベルの放射線に被曝し、過去最悪の被爆事故」


「1999年、茨城県東海村にあるウラン加工工場で臨界事故が発生し、3名が被爆、そのうち「2名が死亡」するという最悪の事故」


これも事実


「ヒロシマ」「ナガサキ」「第5福竜丸」「フクシマ」の中に「トウカイ」もあっていいはずだ


そして、我々は考えるべきです


「核分裂エネルギーを利用する限り、人類は未来を失うであろう」


「核(放射性物質)と人類は共存しえない」


(「核絶対否定への歩み」 森瀧市郎著 渓水社より)


しかし、自分は思います


核分裂・核融合の「研究」は続けねばならないでしょう


それが、宇宙を形成しているのですから


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(音楽1609)今日はある歌手の誕生日

今日(4月5日)は、吉田拓郎(よしだ たくろう、1946年4月5日)さんの誕生日


拓郎さんは、生まれは違いますが育ちは広島県広島市


実は広島県出身であったのも後から気づきました


自分がよく聞いたフォークミュージック(後にニューミュージックとも言われたかな?いまのJ-POPのもとでしょうか?)の中のシンガーの1人でした


シンガーソングライターと言う言い方はこの頃からだったでしょうか?


拓郎さんの曲を聴き始める前は、演歌か歌謡曲?しか耳にしなかったと思います


実際、テレビに出演していた歌手はそんな人ばかりだったと思います


拓郎さんの曲を耳にしたのはラジオが最初だったと思います


小学校高学年の時、祖父からゲルマニウムラジオを買ってもらって、初めて、AMラジオを聞き始めました


(この当時、萩本欽一さんの30分番組「欽ドン」を初めて聞きました)


(ゲルマニウムラジオ→電池も使わずに聞ける非常にシンプルな回路(コイルとダイオードとコンデンサぐらいしかないもの)のラジオ。カーテンのレール(アンテナ)にクリップを付けてイヤフォンで聞くものです)


それから、SONYの「マイクインマチックわがままカセット」と言われたモノラルカセットラジオを買ってもらい、本格的にAM・FM放送に没頭しました


(このころ、SONYスカイセンサー5500という画期的なラジオも販売されていました)


このラジカセで、拓郎さんの曲もよく耳にしたものです


「人間なんて」、「結婚しようよ」、「旅の宿」、「今日までそして明日から」なんかがそうでしょうか?


それからテレビでは、作詞・作曲が拓郎さんで、唄が沢田研二さんの1973年CMソング、富士フイルム「HAVE A NICE DAY-2」なんかも記憶に残っています


「今はまだ人生を語らず」、「元気です。」、「伽草子」、「となりの町のお嬢さん」、「明日に向って走れ」、「たえこMY LOVE」なんかはこのころ聞いた曲でした


そうそう、自分の母校:広島市立舟入高校の先輩である原田真二先輩のプロデュースも拓郎さんがやっていました


原田先輩は、自分が高校に入学した時、応援団の太鼓をたたいていたことを覚えています


まさか、あの人が、「てぃーんずぶるーす」と言う曲でデビューして、歌手になるとは思いませんでした


そして、拓郎さんと言えば、オールナイトニッポンのパーソナリティ


高校から大学時代は、深夜放送を聞くことが、多く、学校に行っても深夜放送の話で持ちきりでした


したがって、みんな寝不足であったように思います


みんな睡眠時間4時間ぐらいだったかもしれません


当時、広島ではオールナイトニッポンは1部(深夜1時~3時)しか放送せず、その後は深夜に走っているトラックの運転手向けの番組「走れ歌謡曲」しか流していませんでした


拓郎さんのオールナイトニッポンは、1974年9月~1975年12月と1980年10月~1982年3月の時放送されていたと言うことですが(ウィキペディアより)、両方の時期聞いていたと思います


そして、1981年2月21日と1981年2月28日(ゲスト:かまやつひろし、井上順)の時の放送は、カセットテープに収録して、今でも手元に残っています


(これ自慢できることなのでしょうか?)


また、1982年に公開された武田鉄矢主演の映画『刑事物語』の主題歌である全編広島弁の「唇をかみしめて」は今も好きな曲の一つです


1986年公開された武田鉄矢主演(坂本竜馬役だったと思う)の映画『幕末青春グラフィティ Ronin 坂本竜馬』に高杉晋作役で出演したのも覚えています


最近の曲を除いて、青春時代にラジオを通じて、拓郎さんの曲はよく耳して影響されたました


拓郎さんのレコードは購入したことも無いし、コンサートにも行ったことはありません(カセットテープは持ってます)


結局、自分にとって拓郎さんは、ラジオ(AM・FM)の人だったのかもしれません


拓郎さんはもう70歳


終戦の翌年に誕生されている


まだ、日本が大変な時期


そんな時に拓郎さんは生まれて育ったのですねえ


(去年(2015年)の記事を引用しました)


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(雑談16024)今日は「ヘアカットの日」

今日(4月5日)は「ヘアカットの日」だそうです


1872年(明治5年)のこの日、当時の東京府が女子の断髪禁止令を公布したことにちなんだものだそうです


「ザンギリ頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」とも言われるように、明治維新以降、日本を西洋化させようと、男性はそれまでの“ちょんまげ”から“ザンギリ頭”にすることが推奨されました


(先日、最終回を迎えた朝ドラ「あさが来た」でも、男性陣がちょんまげからザンギリ頭に変えるシーンがありましたね)


しかし、流行に乗り遅れまいとそれを真似する女性が続出し、この禁止令が出されたのだそうです


ヘアカットと言えば、長男は就職して、都内の会社の寮に入ったのですが、散髪はいまだに、我が家の近くにある散髪屋を使っています


やっぱり、なじみの店じゃないと安心してヘアカットできないのでしょうね


自分もいろいろな場所に引っ越して、散髪屋をいろいろ変えてますが、自分にあった散髪屋を探すのが一番大変かもしれません


自分の納得していない髪型じゃないと気分もすぐれませんからね


髪の雰囲気で、がらりと雰囲気が違ってきますからね


特に長男の場合は、現在接客担当ですから、なおさらでしょうね


そして、次男は今年もあたまがボサボサになっているけど、どうなのかな?


今年は就活が始まるというのに…


また、かみさんに注意されそうな気がします


そして、自分は…


ヘアカットへは何年も行ってません


そうです、自分も髪がボウボウです(ジョンレノンのような感じです)


いつも、ポニーテールにしてます(ちょんまげにできるかもしれません)


長らく、病床だったということもありましたが、小遣いもありませんので


そこで、自分はできるところをセルフカットしてます


かみさんは切ってくれませんから


最初は、ガタガタのカットでしたが、何とか今は慣れました


(去年(2015年)の記事を引用しました)


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(食べ物1608)今日は「あんぱんの日」

今日(4月4日)は「あんぱんの日」だそうです


1875年(明治8年)のこの日、明治天皇が水戸藩下屋敷をお花見に訪れた際に、それまでの京菓子ではなく、あんぱんが初めて献上されたそうです


作ったのは、あの木村屋の創業者である木村安兵衛氏とその息子の英三郎氏だそうです


(メルマガTEPOREレターより)


木村屋のあんぱんは大好きです


いや、他のメーカーのあんぱんも好きです


ようするに日本人ですから、あんが入ったパンが好きなんです


ドイツ人の義弟に食べさせたら、不思議な顔をしていました


日本独特のパンですからね


さて、スイーツオジサンとしては、「粒あん」そして「こしあん」は小豆から煮て作り和菓子を作りますが、3年前から作り始めたパンにも、もちろん「あん」を入れて、あんぱんを作ります


買うのもいいですが、やっぱり、手作りがいいですね


去年(2015年)、桜舞い散るこの時期、桜色の生地の一口あんパンを作りました


(今年は、山形パンを作りました)


中身出すと生地は桜色


あんはさすがに桜色にはできないので、生地を桜色にしました


まるで、桜もちのようにできました


でも、桜もちのように合成着色料は使ってません!


一体何を使っているかと言うと…


「紫いも」


町の農産物直売所で売っていますので、毎年、買っています


普通は和菓子に使うのでしょうが、自分はいろいろ試しています


なるべく自然なもので、色もつけたいものです


あんも、紫いものペーストをあんにして使えば、すべて、自然な色のあんぱんにはなります


今年は、普通のさつまいもと紫いもをミックスして、薄紫色にして、どら焼きのあんにしたりしています


もっと試してみたいと思っていますが、もう、紫いもは直売所で売っていません


また、来シーズンのお楽しみかなあ


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