【中古】 ヒロシマ あの時、原爆投下は止められた いま、明らかになる悲劇の真実/TBSテレビ「ヒロシ(著者)
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今年は、被爆そして戦後80年ということで、
過去の記事を、引用して、再度、繰り返し書きます
毎年書いている記事をもう一度
14年前(2011年)に公開された映画「カリーナの林檎~チェルノブイリの森~」
1986年にソビエト連邦(現・ウクライナ)で起こったチェルノブイリ原子力発電所事故を題材にした映画でした
残念ながら、この映画も自分は映画館で見ることができませんでした
同作品は、放射能汚染の危険がある村からベラルーシに越してきた少女カリーナの目線で、チェルノブイリ事故その後を描いたファンタジーだそうです
カリーナは、入院中の母に次のように聞かされる
「チェルノブイリには悪魔の城があり、悪魔が毒をまき散らしているのだ」と
やがて自分も病に倒れたカリーナは、悪魔の悪事を止めるべく、一人、チェルノブイリの森へと向かう
ベラルーシの美しい景色がより一層、運命の残酷さを際立たせる切ない物語になっているそうです
この話を聞いて、自分は、2歳の時、原爆によって被爆し、その後何事もなく無く12歳になったとき、突然白血病が発症し、この世を去った佐々木貞子さんの話を思い出しました
何故、こんな罪もない子供達が犠牲になるのだろうか?
いろいろ問題があった後、関あきよし監督のもとで作られた作品ですが、作品そのものに罪はありません
原発事故以来、いろいろな原発作品が紹介・公開されましたが、これもまた、人々にいろいろなことを教えてくれる一つだと思います
また、放射性廃棄物を題材にした映画「100000年後の安全」はレンタルして見た後、youtubeで無料配信されてました
この放射能が人体に与える影響の真実を描いた映画「チェルノブイリ・ハート」もyoutubeで配信されるといいな
今年は、被爆そして戦後80年ということで、
過去の記事を、引用して、再度、繰り返し書きます
毎年、この時期に繰り返し記事にしているものを再度、書きます
16年前の日テレの23時からのNEWS ZEROで、知花くららさんが、祖父の沖縄戦の話を取材したコーナーを拝見したことがありました
彼女は沖縄出身ですが、祖父母から沖縄戦がどうであったか聞いた事がなかったと言います
戦争体験者の高齢化が進んでいる今、その事実を話す人が少なくなっています
戦争を知らない自分たちはその事実を受け継いで、子ども達に継承していかないとならないでしょう
(事実を伝えるために)
知らない事は恐ろしいことです
また間違った受け取り方をしても良いとは言えません
広島出身の自分でさえ十数年前までは、あまり考えてもいませんでした
でも、今は危機感を感じる事があります
そして、14年前のNHKの教育番組にて、小学生・中学生が、今後、戦争が起こり、また、彼らが巻き込まれる不安を抱いているレポートを書いているのを見て驚きました
(集団的自衛権が推進されている中、この不安はもっと大きくなっているかもしれません)
また、沖縄戦で、祖父が戦って亡くなった子どもが、祖父の亡くなった場所に行って、思いを告げるシーンを見て、胸が詰まる感じがしました
戦後60年であった20年前も、女優の綾瀬はるかさんが、広島で祖母に初めて、被爆の現状をレポートして、その惨劇を知った事がありました
(これは、「ヒロシマ あの時、原爆投下は止められた」と言う本になって発売されています)
14年前は、タレントの相沢紗世さんが、自身被爆三世ということを告白し、NHKの原爆関係の特番に出演されていました
13年前も8月6日のNHK放送で吉永小百合さんほか多数の歌手が集まり、平和の祈りを込めたコンサートを行っていました
吉永さんは、このほか、広島・長崎さらには沖縄の惨劇に対する詩の朗読を行っていらっしゃいますね
この活動は、もう毎年行われる恒例のこととなってきました
少しでも、それが、広がって、戦争に対する拒否の意識を持ってもらうためです
長崎の高校生たちは世界への働きかけをおこなっているようです
「微力だけど無力じゃない」
いい言葉ではありませんか
隣町で毎年行われていた原爆の朗読劇
残念ながら、これは最近終わっていました
タレントさんの活動ではないですが、市民の有志の活動でした
国民の戦争に対する意識はどんどん薄くなっているのではないでしょうか?
戦争経験者の口は堅いです
トラウマになっているからだと思います
いまこそ、戦争体験者にその事実やその目、耳、体で感じた事を聞いて、手遅れにならないように、私たち戦争を知らない世代が継承して行かねばならないでしょうね
でも、国民全体にそれを意識させるのは、凡人である自分たちより、メディアに影響力がある吉永さんや知花さんなどのタレントさん達の力も必要だと思います
そして、ネットワークが発達した現代では若い人たちの力も可能性を秘めていると思います
以下で、被爆者・戦争体験者のインタビューを見ることができます
The Peace Learning Archive in OKINAWA 沖縄平和学習アーカイブ
(2007年8月9日の手記を引用しました)
今年は、被爆そして戦後80年ということで、
過去の記事を、引用して、再度、繰り返し書きます
10年前(2015年)の記事をもう一度
12年前(2013年)に放映されたNHKスペシャル「終わりなき闘い」を見ての手記
広島長崎の被爆者たち「第2の白血病(MDS)」増加
謎に迫る医師の執念、原爆放射線の脅威が明らかに
「原子爆弾が私の中にいる」
そう言い残して亡くなった被爆者がいた
原爆投下から68年(2013年のこと)
今、「第2の白血病」が増えている
72歳の女性は広島の爆心地から2.5キロ地点で被爆した
今まで病気はない
だが、今年、白血球に異常が見つかった
発症した被爆者はみな「来るものが来た」と話す
一度は助かった命が何故、再びむしばまれるのか?
原爆の放射線は1千万の1ミリに満たない傷を染色体につけた
位置や程度により、発症時期が変わるのだと言う
そのメカニズムに震えた
番組では「核兵器は最悪の疫病」と治療法を探し続ける医師の姿も紹介する
時限爆弾のようだ
終わることのない地獄
その脅威がなくなる世界は、まだ見えない
(朝日新聞、2013年8月6日より)
原爆の発する放射線は、人の体を貫通し、人の細胞を傷つけ、そして、染色体(DNA)をも傷つける
普通の傷なら、時間が経てば治るかもしれない
でも、細胞の傷、そして、DNAの傷はそうではない
時限爆弾のように、ある日突然病気のスイッチが入って、発症する
DNAの傷とはそんなにやっかいなものなのか?
人は、体の中の異常を自分で修復する機能を太古の昔から持っているはずなのに…
DNAの傷までは治すことはできない
DNAは体の設計図だから?
設計図が傷ついたら修復は不可能なのか?
放射線がDNAを傷つけるということは、それほど恐ろしいことだということだろうか?
(実際、宇宙から飛来する宇宙線によってもDNAは傷つけられているはず)
現在、医学では放射能による障害は遺伝しないと言っている
でも、被爆者が68年も経って、白血病を発症させるぐらいDNAの傷はデリケートなら、「遺伝はない」とも言い切れないように感じてしまう
時間が経てば経つほど、放射線による人体の影響の恐ろしさがわかってくる
福島第1原発の作業員の積算放射量の管理のずさんさが問題になっている
もしかしたら、かれらに時限爆弾が仕掛けられたかもしれない
かれら全てのDNA調査は行っておく必要があるのではないか?(いやそんな途方もないことは不可能か?)
甲状腺がんの恐れがある子供達
DNA調査は行われたのだろうか?
時限爆弾のスイッチが入ってからでは遅いように思える
そして、原発事故により放射線にされされた関東一円
たとえ放射線量が低い状態であっても、みんなDNAに傷はないだろうか?
自分の息子が口蓋裂(障害)を持って生まれたその時は、その原因がわからりませんでした
DNAの傷が遺伝するなら、考えられる原因の一つだろう
なぜなら、自分は被爆二世だから
(広島に住んでいるとき、口唇口蓋裂の子供達は周りにたしかにいた)
この番組を見て、改めて放射線への人体の影響が心配になった
今年は、被爆そして戦後80年ということで、
過去の記事を、引用して、再度、繰り返し書きます
8月9日は、長崎に原爆が落とされた日です(8月9日11時2分)
広島の8月6日は知っていても長崎の8月9日は知らない人がいるのではないでしょうか?
そんな方に読んでもらいたい本を、今年もまた紹介します
八月九日のサンタクロース 長崎原爆と被爆者 西岡由香著
出版:凱風社 発行日:2010年2月
ISBN:978-4-7736-3403-7 価格:1365円(税込)(当時)
この本は、現在の長崎を舞台に、転校してきた女子中学生が、原爆について何も知らないまま新聞部員として被爆者の取材をするうちに、被爆者の思いに触れていくお話です
物語に加えて長崎原爆について、丁寧な説明文がつけられており、一見漫画の本には見えない装丁で、ナガサキの入門書としておススメです
また、広島では、漫画家こうの史代さんが「夕凪の街 桜の国」で被爆した家族の戦後から現在につづく物語を漫画に描いています
これは、映画にもなっていますね
これ以外にも、テレビドラマとして放送された作品の原作漫画「この世界の片隅に」も高く評価されています(映画化もされました)
この世界の片隅に 上・中・下(3巻) こうの史代著
出版:双葉社 発行日:2008年2月-2009年4月
ISBN:978-4-575-94146-3(上) 978-4-575-94179-1(中)
978-4-575-94223-1(下) 価格:各680円(税込)
戦前の呉が舞台で、広島から呉にとついだ女性が主人公です。
広島の様子も描かれています。
「夕凪の街 桜の国」とあわせて読むことで、戦前・戦後の広島をつないでみてはいかがでしょうか?
(広島平和記念資料館メールマガジンより抜粋しました)
(以前の記事を引用しました)
今年は、被爆そして戦後80年ということで、
過去の記事を、引用して、再度、繰り返し書きます
先日、紹介した「ひろしま-原爆をかんがえる-(試案)」に載っている歌を紹介します
これは、自分が受けた平和教育で歌った歌です
原爆ゆるすまじ
1. ふるさとのまち焼かれ
みよりの骨うめし焼土に
今は白い花さく
ああ ゆるすまじ原爆を
三たびゆるすまじ原爆を
われらの まちに
2. ふるさとの海あれて
黒き雨よろこびの日はなく
今は船に人もなく
ああ ゆるすまじ原爆を
三たびゆるすまじ原爆を
われらの 海に
3. ふるさとの空おもく
黒き雲今日も大地おおい
今は空に日もささず
ああ ゆるすまじ原爆を
三たびゆるすまじ原爆を
われらの 空に
4. はらからのたえまなき
労働にきづきあぐ富と幸
今はすべてついえさらん
ああ ゆるすまじ原爆を
三たびゆるすまじ原爆を
世界の 上に
(この歌は、1959年に公開された映画「第五福竜丸」のエンディング近くでも歌われています)
(黙祷)
「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しません。」
原爆を許すまじ
今年は、被爆そして戦後80年ということで、
過去の記事を、引用して、再度、繰り返し書きます
映画「第五福竜丸」の存在は知っていたのですが、実際にすべてを通して見たのは、2011年にCSで放送された時が初めてでした
映画「第五福竜丸」は、1959年公開の白黒映画です
原爆から九年、ビキニ環礁での水爆実験で被爆してしまった猟師達を描いています
1954年3月1日の水爆実験
ノーモア・ヒロシマ・ナガサキで、被爆者は出さないはずだったのに…
また、被爆者を出してしまいます
間接的ですが、静岡県焼津がまた被爆地となってしまったのです
この事実を知っている人は、今、日本国中でどれぐらいの人がいるのでしょうか?
さらに、この事実も知っている人はいるのだろうか?
「<ビキニ被ばく>忘れられた1000隻の漁船 映画化で注目(毎日新聞より、2013年2月)」
ビキニ環礁周辺では1954年3~5月に計6回、水爆実験がありました
当時、近くの海域には静岡県の第五福竜丸を含め約1000隻の日本漁船が操業しており、3分の1は高知県の漁協所属だったと言います
2012年に、高知の元マグロ漁船員を追った83分間のドキュメンタリー映画「放射線を浴びたX年後(あの日日本列島は「死の灰」で覆われていた)」が公開されました
残念ながら、自分はこの映画の存在を知りませんでした
消息が分かった241人の3分の1は50~60代になる前に死亡、生存者も病気に苦しんでいたそうです
がんが目立ち、放射線障害とみられる症状の出た人も少なくなかったようです
政府は第五福竜丸以外の船員の健康被害について調査をしないまま、翌1955年1月には米政府から慰謝料200万ドルを受け取って問題を決着させたというのです
この年には放射性物質が日本全土を覆い、米国がひそかに測定していたことも米政府の文書に記録されているようです
何故、人間は同じ過ちを繰り返すのでしょう?
その時、元気でも、そのうち放射性物質による症状が出てくる
福島の原発事故もたとえ放出された放射性物質が微量であっても、絶対なにかの症状が出てくると考えられずにはいられません
さらに、放射性物質が付着、吸収されたものは、焼却処分ができない
それだけ、厄介なものが放射性物質なのです
放射性廃棄物(核燃料廃棄物)となるともっと厄介なのです
1945年に原爆が投下されて、9年たって(1954年)、原爆(水爆)の死者が出ました(第五福竜丸の被爆)
さらに、45年たって(1999年)、今度は、原発事故(東海村)で死者が出ました(東海村核燃料事故)
さらに、12年たって(2011年)、また、原発事故がおこり、死傷者が「のちに」でるのでしょうか?(福島第一原発事故)
そして、原発再稼働によって、我々はさらに過ちを繰り返すのでしょうか?
ドキュメンタリー映画「放射線を浴びたX年後」の関係者は、
「半世紀前の被害を徹底的に解明することが、福島の人々の被害を防ぐことになると思うのです」
「自民党政権になって福島の被害もビキニと同じように矮小(わいしょう)化される可能性がある。ただ、ビキニの時と違うのは市民が自力で情報を集める動きが続いていること。この映画を見て考えてほしい」
と話しています
この映画はその後どうなったのか?
もし、見るチャンスがあれば、見たい映画です
そして、見て事実を確認したい
今年は、被爆そして戦後80年ということで、
過去の記事を、引用して、再度、繰り返し書きます
10年前(2015年)の記事をもう一度
「少女が見た戦争 「魔女の宅急便」の角野栄子さんが新刊(朝日新聞デジタルより、2015年7月)」
「魔女の宅急便」で知られる作家の角野栄子さん(当時80)が、自分の戦争体験をもとにした新しい物語「トンネルの森 1945」を出版されています
角野栄子さんは、主にファンタジーを手がけてこられましたが、戦争を題材にしたのは初めてだそうです
――なぜ戦争を描いたのですか。
(角野栄子さん)母のことや、昔移民として暮らしたブラジルのことは書いたけど、まだ戦争のことは書いていないなと思ったんです。戦争の話というと大人の解釈が入りがちですが、終戦当時私は10歳でしたから、10歳の子どもの目を通した戦争だけを書こうと考えました。良い悪いの判断は読者に委ねて、私が経験したことの中に物語を入れていこうと。
――ご自身は、戦争をどう受けとめていますか。
(角野栄子さん) 戦争はもうこりごりだと、経験した人は誰もが思っていると思います。物語にも書きましたが、例えば防空演習に参加しないと「あの人は協力しない」なんて言われた。
これからの時代を、そうやって一つの考えに組み込まれて生きていくのは嫌だなと思う。日本の人って意外と、今の暮らしの中でも、「同じじゃないと嫌だ」ってところがあるじゃないですか。子どもたちも、同じじゃないと仲間に入れないとか、同じ番組を見ないと話が伝わらないとか、あるでしょう?
でも、一人一人が自分のことを受けとめて、引きずられない自分というものを持つ人が増えてほしいと思います。私は、物語を書くことで、子どもたちに期待しているんです。
《あらすじ》
太平洋戦争が始まり、幼くして母を亡くした少女イコは、まだなじめない父の再婚相手と、生まれたばかりの弟と3人で千葉県の小さな村に疎開した
村の学校では、家の近くの暗い森で脱走兵が自殺したとうわさに
慣れない田舎で、イコは孤独と飢えに必死で耐えていたが、ある日父のいる東京が空襲で焼け野原になってしまう…
角川書店出版、1200円(税別)(当時)
終戦80年になり、最後のチャンスを思っている人が多いのでしょうか、多くの著名人が語り始めたり、このように本を出版したりしています
今ある記憶が無くならないうちに、記録しておく必要があるでしょうね
そして、それを後の人たちは陳腐化しないようにしたいものです
今年は、被爆そして戦後80年ということで、
過去の記事を、引用して、再度、繰り返し書きます
12年前(2013年)、暑い夏に、また一つ原爆をテーマにした映画が公開されました
映画「爆心 長崎の空」
長崎原爆資料館長の芥川賞作家、青来有一(せいらい・ゆういち=本名・中村明俊)さんの短編集「爆心」を映画化したものです
原作の「爆心」は、公開前の年(2012年)、町の図書館で見つけて、読みました
原作の「爆心」は、長崎の爆心地周辺に住む人たちが、日常生活の中で原爆や信仰とどう向き合っているのかを紡いだ連作短編集です
「私の過去は原子雲の下に消えてしまった」
被爆地で生きる人々の原体験とその後を描く「釘」「石」「虫」「蜜」「貝」「鳥」という六つの作品集になっています
原爆投下時の描写はあまり無く、おもにその後の主人公たちの生活や思いを描いたものです
(ちょっとエロい描写もあったのだけど…)
映画は、キリスト教と深い関係がある被爆地・長崎を舞台に、母を亡くした少女と娘を亡くした母親が巡り合い、悲しみを共有しながら希望を見いだす姿を描いているようです
導かれるように心を通わせていく2人の女性には、北乃きいさんと稲森いずみさんが、演じています
その他、池脇千鶴さん、石橋蓮司さん、宮下順子さんなどが共演しています
放射性物質の恐ろしさは、被爆者や被爆二世・三世の人生をも狂わせて行くことを説いているのでしょうか?
この映画は、12年前(2013年)、茨城県での公開は無かったので、見ることができませんでした
10年前(2015年)、レンタルDVDで見ることができました
TUTAYAレンタルでは、レンタル開始日は、何と2014年8月8日
長崎に原爆が投下された8月9日の一日前
合わせたのでしょうか?
広島の原爆をテーマにした映画「夕凪の街 桜の国」(2007年公開)と遂にして見てもよいかもしれません
映画「爆心 長崎の空」(あらすじ)
ごく普通だが幸せな生活を送っていた女子大生・門田清水(北乃きい)
ある日、何の前触れもなく母が他界してしまう
ちょっとしたことでけんかをしてしまい、そのことを謝罪できなかった彼女は後悔の念にかられ、母が亡くなったことを受け止められずにいた
一方、娘の一周忌が間近に迫る高森砂織(稲森いずみ)は、娘が亡くなってから悲しみに暮れていた
さらに自身が妊娠していることを知り、パニックになってしまう
やがて清水と砂織は、浦上天主堂周辺で巡り合い……
(シネマトゥデイより)
(ちょっとネタバレ)
映画の前半は普通のドラマのような展開ですが、後半から被曝写真などが少し入り原爆の様相が出て来ます
被爆者も残された人としてその思いを引きずって生きているのです
今を生きる人だって、愛する人を突然失えば同じ思いだと思います
被爆者そして被爆二世の抱える気持ち
原爆の影響は遺伝しないとも言われています
しかし、被爆二世は自分やその子に何か異常があれば原爆のせいではないかと思うのです
この映画でも、娘を失った母親が、娘の病死を原爆のせいではないかと思うシーンがあります
当然だと思います
自分だって、次男が口蓋裂で生まれたのは、自分が被爆二世だからと思っているからです
それでも、命は引き継がれて行く
そうして、人は生きて行く
でも、こんな思いは、誰にも味会わせたくない!
被爆者はそう思っていると思っていると思います
映画「夕凪の街 桜の国」とは違って淡々と話が進む映画だったと思います
今年は、被爆そして戦後80年ということで、
過去の記事を、引用して、再度、繰り返し書きます
今年も、この時期、同じ記事を書きます。
自分の住む町の周辺には、陸上自衛隊武器学校、陸上自衛隊武器補給処、陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地霞ヶ浦飛行場、防衛省技術研究本部試験場などがあります。
(武器補給処には、昔、仕事で何回も出入りしていました)
そして、古くは東洋一の航空基地と言われた霞ヶ浦海軍航空隊が設置された場所でもあります。
言うなれば、昔も今も軍事設備の拠点のひとつなのかもしれません。
そのせいか、戦時中は、米軍の爆撃目標になりました。
1945年6月に空襲があり多くの町民も亡くなったそうです。
霞ヶ浦海軍航空隊には、良く知られている「予科練」も含まれていました。
「予科練」とは、「海軍飛行予科練習生」及びその制度の略称を言います。
14才から17才までの少年を全国から試験で選抜し、飛行機の搭乗員としての基礎訓練をするものです。
「予科練」と聞くと、「特攻隊(特別攻撃隊)」と連想する人もいらっしゃるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。
飛行予科練習生制度が始まって、終戦までの15年間で、約24万人が入隊し、うち約2万4千人が飛行練習課程を経て戦地へ赴きました。
その中に特別攻撃隊として出撃したものも多くあります。
約2万4千人のうち、戦死者は8割である約1万9千人にのぼったということです。
(「予科練平和記念館」資料より)
予科練生は、今でいう中高生と同じ年代。
予科練生は死と向かい合わせの戦いのための訓練をし、一方の今の中高生はどうでしょう?
時代が違うだけで、これほども違うものでしょうか?
子供を持つ親として、もし、我が子が、予科練に入る、或いは入らねばならないとなったらどうでしょうか?
「お国のために頑張ってこい!」などと、軽々しく言えない自分が想像できます。
忘れてはいけない歴史であることは間違いありません。
町には、予科練の記念館として、「予科練平和記念館」があります
その「予科練平和記念館」に隣接して、陸上自衛隊土浦駐屯地武器学校の「雄翔館」も入ることができます。
そこには、特攻隊として出撃された方々の遺書が展示されています。
多くの文が、達筆で、いかにも軍人と言った綺麗な文章なのでした。
しかし、彼等の文中には「テヘッ」や「アハッ」という言葉が使われていて、今の若者と変わらないではないかと思わせる文があり、ハッとさせられました。
何故に、彼らはこんなに気丈に、文を書くことができるのだろう。
かれらの未来には「死」しかなかったのに…。
「予科練平和記念館」を一歩でるとそこには平和の日常があります。
そんな平和ももろいものだと思います。
二度と戦争をしてはならない。
子供達を犠牲にしてはならない。
平和ボケ(無知・無関心)にはなってはならない。
そう思います。
今年は、被爆そして戦後80年ということで、
過去の記事を、引用して、再度、繰り返し書きます
今年もまたまた同じ記事を書きます
このアニメ映画は、「スノーマン」などで知られるベストセラー作家レイモンド・ブリッグズ氏が冷戦時代の1982年にイギリスで出版した絵本を、1986年に日系のアニメーション作家ジミー・T・ムラカミ氏がアニメ化した作品です
(あらすじ)
主人公は、イギリスの片田舎で静かな年金生活をおくっている老夫婦
しかし、世界情勢は日に日に悪化の一途をたどっており、ある日、戦争が勃発する
2人は政府が発行したパンフレットに従って、保存食を用意し「シェルター」を作るなどの準備を始める
そして突然、ラジオから3分後に核ミサイルが飛来すると告げられる
命からがらシェルターに逃げ込んだ2人はなんとか難を逃れるが、放射能がじわじわと2人を蝕んでいく。救援がくると信じて止まない2人は、次第に衰弱し……
(ウィキペディアより)
1986年の作品なので、米ソの冷戦下であった時期ですね
この作品は、原子爆弾より破壊力が大きい水爆つまり今の核兵器のレベルでのお話だと思います
いつもと変わらず田舎で暮らしていた老夫婦は、突然、核戦争が起ったことにより、生活に変化が起こるお話です
イギリスの作品なので、この老夫婦が住んでいるのは、ロンドンの郊外なのでしょう
ロンドンには息子達家族が住んでいて、たまに図書館へ本を読みに行くという感じです
ある日、図書館に行って、借りてきた本は、核シェルターの作り方でした
家の戸を壁に立てかけた程度のものです
核爆弾の閃光や熱線は防げても、爆風やもっと恐ろしい中性子線は防ぐことはできません
これも、核兵器の効果を知らないことからくるものでしょうね
原子力発電所がどのような隔壁になっているかわかりますよね
放射線が貫通しないように、鉛の壁に何重にも覆われているのだから…
(そこから放射性物質が洩れだしたら、どうなるか、原発事故が起こった今、よくわかりますよね)
一般市民が核シェルターを作るのは並大抵のことではありません
通常爆弾と違って、放射線はなんでも貫通するために、人は逃げる事ができません
(放射線によって違いはあります)
そんなことも分からずに、老夫婦は、核爆弾が落ちた後、シェルター生活を行いますが、放射線の影響からの被爆症状が出始めて、だんだん衰えて行きます
知らないとは恐ろしいことです
この作品が発表されてから20余年、冷戦構造が崩壊し、世界の状況は変わりましたが、核兵器をパワーゲームの切り札とみなして、核兵器はいまだに存在し、あわよくばさらに持とうとする国もあります
そんな今でも、この映画は、通用するのではないでしょうか?
主題歌を歌っていたのは何と、デビッド・ボーイでした
(以前の記事を引用しました)