☆ワシの終活☆
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広島を代表するお祭り「とうかさん」

今年もまた、故郷広島では、とうかさんが行われた??かな

「とうかさん(ゆかた祭り)」(「とうか大明神」の夏祭り)は、広島を代表するお祭り

住吉神社祭り、えびす講(えべっさん)と並んで広島の三大祭りのひとつに数えられます

広島の人間だったら、「とうかさん」「えべっさん」には一度は行っているでしょうね

そんなとうかさんですが、自分が行ったのはいつだっただろうか?

多分、60年前にさかのぼることになります

60年前、自分の祖父母は、とうかさんつまり稲荷大明神(とうかだいみょうじん)が祭られている円隆寺の広島市中区三川町に住んでいました(跡地はどうなっているだろうか?)

だから、とうかさんには、祖父母の家から歩いてお参りして、そして露天へ行く事が出来た覚えがあります

とうかさんの時期になると幼かった自分はお泊まりして、祖父母に連れられて、とうかさんに行ったと思います

円隆寺にお参りしたというより、子供だったので、露天でいろいろなおもちゃを買ってもらって家で遊んだ記憶の方が強かったかな?

今は広島を遠く離れてしまいました

自分はもう行くことは出来ないとは思いますが、子供たちは、機会があったら、お参りしてもらいたいなと思います

(去年の記事を引用しました)

あの大火砕流から35年…

雲仙・普賢岳の大火砕流から35年
九州から東の人たちは、記憶にも残っていないだろう
1991年(平成3年)6月3日に長崎県の雲仙・普賢岳で大火砕流が発生して43人が犠牲となった
毎年、この日になると思い出し、同じ文章を反芻します
自分は、現在茨城県に住んでいますが、当時は福岡にいて、九州地方の地震や火山の観測関係の仕事に関与していました
当時、自分は福岡にあった会社の支店に勤務しており、普賢岳のふもとにあった九州大学の地震火山研究所に仕事で訪れることがありました
普賢岳に噴火の兆候があることは、研究所に行くたびに先生より聞かされていました
研究所の先生たちは、当時に噴火の兆候がある普賢岳に入り計測器の設置を行っており、現場の写真もいくつか見せてもらいました
そして、自分もその測定器の設置作業に行こうかと思っていた矢先に、最初の噴火が起こりました
それから、あの犠牲者が出た大火砕流の発生…
もし、噴火のタイミングが違っていたら、真っ先に自分も犠牲になっていたかも…
自分のいた会社の人間も大火砕流発生以降、決死の覚悟で観測機器の設置工事をしたことを覚えています
その後、自分も気象庁の測候所に新たな観測機器の設置工事を行うために作業員として入り、徹夜で作業をしました
その測候所には、火砕流を監視する赤外線カメラのモニタなどが設置されており、夜中、作業していると、火砕流の発生で赤外線カメラのモニタが真っ赤になる光景を作業しながら何度も見て恐ろしく思ったものです
どの自然災害においても、決死の思いで、働く人々は何処にでもいます
東日本大震災における福島第一原発事故で決死の思いで働いた人たちだってそうだったはず
現場はいつも決死の思い
復旧も決死の覚悟で現場作業に出かける人がいると思います
そんな人たちを考えて欲しい
でも、それがわからないのが、中央にいる偉い人たちや事務員達
一般の人だって…
この差は何なのだろうかといつも思います
東日本大震災でも、津波の直前に決死の覚悟で避難に携わり、多くの人が、津波に呑まれてしまいました
それぞれのことを声に出して言わなければ、みんなその気持ちや事実を忘れてしまう
だから、みんな記録に残すのだと思います
広島や長崎に落とされた原爆だって同じ
戦争、災害、事故、大きな出来事も小さな出来事も、時間がたつと、みんなの記憶から消えて行く
雲仙・普賢岳の大火砕流だって、その事実をみんな忘れてしまっているのでは無いかと思ってしまう
だから、現場にいて、知り得たことを自分は毎年繰り返す
(去年の記事を引用しました)
 

老後の趣味にしたいことは?

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すでに、老後になっているのだけど…
まず、推し活、そして、終活。
人間、亡くなると、自分を含めて、すべてがごみになる。
人は焼却されて骨になるけど、身の回りのものは、価値のあるものを含めて、周りの人が処分する手間が出てきてしまう。
人生100年時代かもしれないが、人は、60台になったら、自分の身の回りの整理をするための終活をするべきだ。
終活は、元気なうちにするべきだ。
 

最近見た虫教えて!

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家で、よく見るのは「蜘蛛(くも)」。
便所にいても、台所にいても、寝室にいても、よくあらわれる。
パソコン作業しても、画面を横切るときがある。
いつも、「いるなあ」と思って、見つめて終わり。
昔、実家で、こぶしぐらいの巨大な蜘蛛を見たときはさすがに驚いたことがある。
でも、実家のぬしなんだろうなあと思って見過ごした。
 

今でも覚えてる一番幼いころの思い出は?

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幼いころの思い出は、いい思い出はない。
一番、幼いころと言えば2歳から3歳。
2歳ぐらいの時、アパートで、母が食事の準備をしている時、自分はコンロのチューブをひっかけて煮え湯を首から胸の全体に浴びてしまい大やけどを負って死にかけた。
でも、その記憶はない。
それより、同じアパートの二階から三輪車にのって、アパートの階段から転がり落ちて気を失ったことを覚えている。
これも、よく死ななかったと思う。
 
 

牛乳に合う食べもの教えて!

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最近、牛乳は飲みません。
だって、日本人には体質的に合わないのだから。
まあ、子供たちには成長のために必要からもれないけど、高齢者には必要ないでしょう。
だから、合うものはわかりません。
最近、豆乳は飲んでいますが、カルシウムが必要だと思って、カルピスと一緒に飲んでます。
 

長く大切に使い続けているものある?

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長く大切に使い続けているものは、いろいろあってけど、だんだん少なくなってきた
古いものは、45年前に買ったフライトジャケット
冬の北海道での仕事に役にたった
一時期、ジッパーや各箇所のほつれがあったけど、すべて、自分で修繕していまもなお使える
そして、55年前に母に買ってもらったズボン
多少、ウエストを多少調整することはあるけど、いまだに現役
同じように、フード付きのコートも、だいぶテカリが出てきたけど、まだ使える
高校時代から現在まで、体重は50kgから60kgを行ったり来たり、身長はほとんど変わらず、体形が変わらないので、服は大事に使えば、何年でも使える
叔父や従兄弟からのおさがりや、最近では、子供からのおさがりをお貰って、いまだに使っている
 
 

よく食べるヘルシー食材教えて!

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最近、こんにゃくは食べていない
ヘルシーかはわからないけど、豆腐は毎日食べている
そして、豆乳も毎日飲んでいる
豆乳は、カルピスと混ぜて飲むと飲みやすい
冷凍の枝豆、そして、納豆
納豆は、ひきわり納豆をチョイスして、かつお節や大根おろしを混ぜて食べる
大根おろしを入れると、納豆のネバネバがなくなり食べやすくなる
食べるというより、飲む感じになる
その他、世間でヘルシーと言えるものは食しているけど、残念ながら、体の調子は悪い
被爆二世だからだろうか?
被爆二世の健康診断でも、特定健康診断でも、悪いところは見つからないが、体の調子が悪い
非常に不思議な状態
人は、食べた物からできているのだが、まだ、何が足りないのだろうか?

病院での思い出ある?

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2歳ぐらいの時、煮え湯を上半身にかぶって、死にかけたことがある
当然、入院だが、当時のことは幼かったので覚えていない
何も食べる気力が無い孫(自分)に向かって、祖母がヨーグルトを与え続けてくれたという話を聞いたことがある
ありがたい話だ
だから、今がある
 
次男がある障害を持って生まれてきた
1歳の時に入院して、手術をした
麻酔が切れて泣き叫ぶ次男を長い時間、抱き続けた思い出が病院にある
幼い子供が手術をするのは親として、胸が張り裂けるようだった
今では、元気な次男がうそのようだ
 
数年前、自分は3回入院した
一回目は、総胆管結石のカテーテル処置をするために入院
新型コロナの時期だったので、入院中の大部屋は、ベットがすべてカーテンで囲われていた
便所に行くこともできず、ベットで自分で用を足さねばならなかった
小便は尿瓶、大便はおまるだった
病院とはこんな苦しいところかと思った
二回目は胆のうが炎症を起こして、緊急入院
最初、個室だったがPCR検査が陰性だったので、大部屋にうつされた
いろんな患者がいた
脳疾患で体がマヒして体が思うように動けない患者、がん治療で入院している患者、その他いろいろ
がん治療をしている人がボソッと「おれもおしまいか」と言ったのが聞こえたとき、切ない感じがした
よくなる人もいれば、悪化する人もいる
それが病院
三回目は総胆管結石や胆のう炎の元凶となる胆石がある胆のうを取る胆のう摘出手術をするために入院
手術は問題なく終わり、一時隔離室に入る
その時、数人患者がいたのだが、夜中、うめき声をあげて、女の人の名を呼び続ける声が部屋に響いた
どんな病気だったのかわからないが、怖い思いをした
これが病院なんだ
 
人間、年を取ると一つや二つの持病は持つものだと思う
でも、それを認識して、持病と共存して調子のいい生活を送る方がいい
決して、入院するようなことになってはいけないと思った
 
 
 
 

一番きれいにしたい場所は?

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身の回りを一番きれいにしたいけどなかなかできない
でも、トイレは毎日掃除している
トイレの神様がいるから??
 

 

 

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