☆ワシの終活☆ -2ページ目

よく食べるラーメンは?

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好きなラーメンは、味噌ラーメン。
でも、最近、ラーメンはあまり食べない。
外食はほとんどしないので、ラーメン屋は行かない。
カップラーメンも食べない。
袋ラーメンを食べるぐらいだけど、最近、あまりおいしいとは思わなくなってきた。
これが、老化なんだろうか?

好きなヒーローキャラは?

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これは毎年言っていることですが、1973年に放送された特撮時代劇「風雲ライオン丸」に登場した黒影豹馬・ブラックジャガーです。

先月6月23日が黒影豹馬・ブラックジャガーの命日。

これは、1973年6月23日(土曜日)に放映されたテレビ版「風雲ライオン丸」第11話「生きていたタイガージョー!」にて、黒影豹馬・ブラックジャガーが戦死したことによります。

 

 

タイトルはタイガージョー復活だが、前半で黒影豹馬・ブラックジャガーとマントル怪人ザグロ・地虫忍者との死闘を描き、彼の死を描いています。

享年は21歳となっています。

また、7月8日?は黒影豹馬・ブラックジャガーの第二の命日とも考えられます。

これは、漫画版での命日。

サンケイ新聞に掲載された漫画「風雲ライオン丸」では、1973年7月8日?(日曜日)ごろと思われます。

この日は当時のサンケイ新聞を詳しく調べたわけではないので、推測の日です。

特に題名はありませんが、ザグロ・ズク対ライオン丸・豹馬の戦いで、ズクとザグロの術と技にかかり、豹馬はブラックジャガー(漫画ではジャガーマン)に変身することなく殺されてしまいます。

このように、二つの命日を持つキャラクターです。

誕生については不明です。

ただ、ブラックジャガーの誕生については、製作者である高山良作氏の制作日記によると1973年2月28日が出来上がった日、つまり、誕生した日のようです。

 

好きな寿司のネタは?

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好きな寿司のネタは、カツオ、カンパチ、穴子、たまご、サーモンなどなど
でも、寿司はもう十数年食べていない
死ぬまでに食べたいなあ

落雷の瞬間を見たことある?

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落雷の瞬間、つまり、雷が避雷針や建物に落ちた瞬間は見たことない
雷が遠くのどこかに落ちた瞬間は何度も見たことがある
いや、家にの窓から、率先して、その稲妻を観察したことはある
今考えると危険なことだが……
あとは、雷が落ちた瞬間は見ていないが、10m離れた木に雷が落ちてその近くのプレハブにいた経験はある
10mぐらいの高さのやぐらでの仕事をしている時に、雷の音を聞いたので、測定機器を急いで撤収して、近くのプレハブ小屋へこもった瞬間に、10mぐらい離れたところにあった木に雷が落ちた
プレハブ小屋に退避した直後に、大きな音がして、一瞬あたりが真っ白になって、ブレーカーが飛んだ
そして、あたり一面に焦げ臭いにおいが漂う
その後、大雨(ひょうも降ったと思う)
その時は、何が起こったのかさっぱりわからず、あとで、10m離れた木に雷が落ちた痕跡があって、落雷がわかった
もし、小屋に落ちていたらどうなっていたのだろう?
また、やぐらで撤収作業していた時に、落雷にあったらどうなっていたのだろう
後で、思い返してぞっとしたものだ
 

最近お墓参りした?

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お墓参り全然してません!

もう、20年も……。

近くに墓があるといいのですが……。

一番近くて京都。

遠くて広島。

やっぱり、茨城からは遠い、そして、病症だったこともあって、京都も広島も行けない。

最近、祖父が夢に出てきて、亡くなった母と自分に対して怒っているのです。

家に、仏壇を引き取って、毎日お参りしているのですが、やっぱり、お墓に行かないとダメなのだろうか?

でも、感謝の気持ちは途切れないようにしています。

 

 

ボウリングの思い出教えて!

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ボウリングブームと言われた昔、幼いころ家族でボウリングをしたけど、ガターばかりでいい思い出はない
しかし、会社に入って、同僚とボウリングを始めて、その当時のプロボウラーにマイボウルを作ることを進められて作った
そして、プレーしたら、初めて180点台が出て、びっくりしたことを思い出す
もう、マイボールもマイシューズもないし、ボウリング場に行く気力もお金も無いからできない
ただ、ボウリングは、生涯スポーツだと思う
お金があるならボウリングをした方がいい
そういえば、最近、Pリーグも見ていないなあ
ちなみに自分が当時好きだったプロボウラーは須田代子さんと栗原桂子さんだった(両者とももうお亡くなりになっているけど)
今は、姫路麗さんと鶴井亜南さん等々
 
 
 
 

好きなおにぎりの具材は?

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毎年、同じことを言っているけど、好きなおにぎりの具は「昆布」
でも、最近食べているおにぎりは、具無しで、赤飯のおにぎり
毎朝食べてます
赤飯に使われているあずきは、ビタミンB1、カリウム、食物繊維などを含み、高血圧・高脂血症の予防や便秘・むくみ・疲労の改善に役に立つそうだ。
 

夏に食べたい和菓子は?

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「わらびもち」、「水ようかん」、かなあ

でも、夏場でも、どら焼きが食べたい

生クリームが入って冷えたどら焼き(生ドラ)もあるから

茨城県土浦市に「志ち乃」という和菓子屋さんがあるのだが、ここのどら焼きが好きだ

もっと活動できるときは、自分でどら焼きも作っていたけど、今は何もできない

でも、食べたいなあ

 

広島を代表するお祭り「とうかさん」

今年もまた、故郷広島では、とうかさんが行われた??かな

「とうかさん(ゆかた祭り)」(「とうか大明神」の夏祭り)は、広島を代表するお祭り

住吉神社祭り、えびす講(えべっさん)と並んで広島の三大祭りのひとつに数えられます

広島の人間だったら、「とうかさん」「えべっさん」には一度は行っているでしょうね

そんなとうかさんですが、自分が行ったのはいつだっただろうか?

多分、60年前にさかのぼることになります

60年前、自分の祖父母は、とうかさんつまり稲荷大明神(とうかだいみょうじん)が祭られている円隆寺の広島市中区三川町に住んでいました(跡地はどうなっているだろうか?)

だから、とうかさんには、祖父母の家から歩いてお参りして、そして露天へ行く事が出来た覚えがあります

とうかさんの時期になると幼かった自分はお泊まりして、祖父母に連れられて、とうかさんに行ったと思います

円隆寺にお参りしたというより、子供だったので、露天でいろいろなおもちゃを買ってもらって家で遊んだ記憶の方が強かったかな?

今は広島を遠く離れてしまいました

自分はもう行くことは出来ないとは思いますが、子供たちは、機会があったら、お参りしてもらいたいなと思います

(去年の記事を引用しました)

あの大火砕流から35年…

雲仙・普賢岳の大火砕流から35年
九州から東の人たちは、記憶にも残っていないだろう
1991年(平成3年)6月3日に長崎県の雲仙・普賢岳で大火砕流が発生して43人が犠牲となった
毎年、この日になると思い出し、同じ文章を反芻します
自分は、現在茨城県に住んでいますが、当時は福岡にいて、九州地方の地震や火山の観測関係の仕事に関与していました
当時、自分は福岡にあった会社の支店に勤務しており、普賢岳のふもとにあった九州大学の地震火山研究所に仕事で訪れることがありました
普賢岳に噴火の兆候があることは、研究所に行くたびに先生より聞かされていました
研究所の先生たちは、当時に噴火の兆候がある普賢岳に入り計測器の設置を行っており、現場の写真もいくつか見せてもらいました
そして、自分もその測定器の設置作業に行こうかと思っていた矢先に、最初の噴火が起こりました
それから、あの犠牲者が出た大火砕流の発生…
もし、噴火のタイミングが違っていたら、真っ先に自分も犠牲になっていたかも…
自分のいた会社の人間も大火砕流発生以降、決死の覚悟で観測機器の設置工事をしたことを覚えています
その後、自分も気象庁の測候所に新たな観測機器の設置工事を行うために作業員として入り、徹夜で作業をしました
その測候所には、火砕流を監視する赤外線カメラのモニタなどが設置されており、夜中、作業していると、火砕流の発生で赤外線カメラのモニタが真っ赤になる光景を作業しながら何度も見て恐ろしく思ったものです
どの自然災害においても、決死の思いで、働く人々は何処にでもいます
東日本大震災における福島第一原発事故で決死の思いで働いた人たちだってそうだったはず
現場はいつも決死の思い
復旧も決死の覚悟で現場作業に出かける人がいると思います
そんな人たちを考えて欲しい
でも、それがわからないのが、中央にいる偉い人たちや事務員達
一般の人だって…
この差は何なのだろうかといつも思います
東日本大震災でも、津波の直前に決死の覚悟で避難に携わり、多くの人が、津波に呑まれてしまいました
それぞれのことを声に出して言わなければ、みんなその気持ちや事実を忘れてしまう
だから、みんな記録に残すのだと思います
広島や長崎に落とされた原爆だって同じ
戦争、災害、事故、大きな出来事も小さな出来事も、時間がたつと、みんなの記憶から消えて行く
雲仙・普賢岳の大火砕流だって、その事実をみんな忘れてしまっているのでは無いかと思ってしまう
だから、現場にいて、知り得たことを自分は毎年繰り返す
(去年の記事を引用しました)