ハイジの退屈日記 パリ・東京 -71ページ目

ヨーロッパ人の粋

今月のはじめ、トルコ旅行に行っていた

毎晩の夕食を必ず滞在していたホテルのレストランでとっていたのは

お酒を含む食事代が、すべて宿泊代金に「込み」になっていたからなのだが

その際にレストランで

毎回感心していたことがある。


まず男性の装い。

真夏の暑い地での海辺のホテルなので

日中はみなさん当然Tシャツなどで過ごされているが

夜、レストランに来る際には

9割以上の男性がちゃんと襟付きのシャツを着ている。

香水をつけている人もいる。


レストランといっても

南国のリゾートホテルのことですから

格調高いレストランではなく、オープンエアでカジュアルではあったけど

それでも

ヨーロピアン男性達は折り目正しく装うのだなあと思い

すがすがしさを感じたものでした。



ハイジの退屈日記 パリ・東京



もちろん日本人だってそういう精神をもっている方は沢山いらっしゃるでしょうが

それにしても

真夏のリゾートホテルという設定にもかかわらず

9割以上の(数えたわけではないが、ほぼ全員、のような印象)

男性がそういったヨーロッパ的習慣を守っている、というのは

なかなか気持ちの良いものでした。

やはり、ディナーにおいてはきちんと装うというマナー、

その場に客としている他の多くのヨーロピアンに対する礼儀というものなのでしょう。


もうひとつ感心したのは

お酒がいわゆる「飲み放題」スタイルであったにもかかわらず

酔っ払っている人を全くみかけなかったこと。

大声を出したり、大笑いしたり、というような

酔っ払いに特有な賑やかすぎる現象は皆無でした。


私は強く思うのだけど

もちろん偏見かもしれないけど

これが日本だったら、また日本人団体がいたらどうだったでしょう?

必ずや、酔っ払い集団がひとつやふたつ、発生しているのではないか?

だって、「お酒飲み放題」なわけですよ。

開放的な真夏のリゾートホテルのビュッフェ形式の夕食で

時間がたっぷりある中

やっぱり飲み過ぎる人、酔っ払いが発生する方に私は賭けるね。



ハイジの退屈日記 パリ・東京


そもそも

ヨーロピアンは公共の場では泥酔しないのではないかしら?

6年住んでいたドイツの町々でも

パリの街中でも

グダグダに酔っ払っている、「酒に飲まれている」状態の人を

私は見たことがない。

パブの中、家の中、では別なんでしょうかね。

西洋人は日本人と比べてアルコールに強いというのもあるけれど

おそらく泥酔している状態を人に晒す、というのは

恥ずかしいこと、アホっぽいこと、という認識があるのでしょう。


かなり前だけど

パリの「コレット」で「Salaryman」とかいう題名の写真集が売っており

それは、道端で泥酔する日本人男性の様々な姿態を写したものでした。

「コレット」で売っていたというところが

その写真集の珍奇さ、シュールさ、グロさ、を物語っているのではないか。


私は、訳あって

(なんてことはない、要は自分を棚にあげて人のことを言えないため)

酔っ払いには寛大な方ですが。


ともかくも

リゾート地であっても夜のレストランでは程をわきまえ

装いも正調なヨーロピアン達には

「粋」というものを感じました。


「ゴリオ爺さん」の舞台を訪ねる

パリにおいては

毎日のんびりとしておりましたが

実はああみえて

美術館やらお散歩やらに日々せっせと出かけており

ひとり積極的に出歩いておりました。


そんな「出歩き」のひとつで、

パリ滞在中にたまたま読んでいた

オノレ・ド・バルザック「ゴリオ爺さん」の舞台となった

5区あたりを散歩してみようと思いついたのでした。

ゴリオ爺さん (上) (岩波文庫)/バルザック
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物語の舞台となる下宿屋「ヴォケェ館」周辺の描写が

あまりにも具体的で

興味をそそられ

しかも、その「通り」は本当に現存しているというから

これはせっかくパリにいるんだし

行ってみようじゃないの、ということで。

お散歩にもテーマがあると楽しいですね。


さて、それがどのくらい具体的な描写だったかというと


「ヌーヴ・サント・ジュヌヴィエーヴ通りの下手、ちょうど土地がラルバレート通りの方に向かって

急に傾斜しているあたりである。坂の勾配があまりにも急に険しくなっているので

馬もめったにそこを登り下りしないほど」


さらに

「そこを通るものは誰でも、よしんばもっとも呑気な人間だって並みの通行人同様気が滅入ってくる。

パリのどの界隈だって、ここ以上に陰惨で、あえていえば、ここ以上に人に知られていないところはない」


というんだから

どんな様子なんだろう、と興味もいや増す。


この岩波文庫の本には

親切にも訳注がついており

ヌーヴ・サント・ジュヌヴィエーヴ通りは今は名前を変えて

「Rue Tournefort」となっている、と教えてくれていたため

地図をみながら、その通りを目指してブラブラ歩いてみた。


あった。


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ラルバレート通りから上がっていったところ。

右に曲がると、Rue Tournefort。

あれー、ずいぶん開けてて明るい雰囲気。

ホントにココ?という感じ。



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ここが「ラルバレート通りに方に向かって急に傾斜しているあたり」

に当たる。

つまり、このあたりがズバリ「ヴォケェ館」の所在地か?


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こちらがRue Tournefortを坂の下から見たところ。

確かに坂の勾配は急です。

この日、珍しくパリは青空だったんですが

冬のどんよりした灰色の空の下であれば

確かに、ちょっと憂鬱?

しかし「陰惨」とまでは・・・。


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しかし1835年に書かれた小説なわけで

200年近く経って様子が変わっていても、全く当然ですね。

当時は道が汚物や下水で溢れ、臭いも凄かったんだろうからなあ。


この下宿屋「ヴォケェ館」の描写もまた凄い。


「調理場、配膳室、養老院の臭い。老若それぞれの下宿人が発散する各人に独特な、

カタル性の炎症にでもかかったような体臭のむかつく成分を測る方法がもし発明されれば、

ここの悪臭をもおそらくは記述しうるものと思われる」


などなど、これはほんの一部に過ぎず、

これでもか、というような陰惨を極める下宿屋の様子が描かれています。

今はこの通りのふもとには

こんな市民の憩いの一角もできていました。



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しかし

文豪の表現力というのは流石なもので

この「ゴリオ爺さん」の想像をかきたてる人物や事象の描写はかなり気に入りました。


たとえば下宿人のひとり、ミショノー嬢。

「いったいどんな酸がその腐食作用によって、このひとから、女らしい容姿を奪ってしまったのだろうか。

(中略)みずからもとめずとも快楽のほうで好んで押しかけてきてくれた厚顔な青春時代の謳歌を、いまや

道行く人も避けて通る老醜の身でつぐなっているのだろうか。・・・」


そしてまた別の下宿人、ポワレ。

「いかなる労働がこの男をこんなに皺だらけにしてしまったのだろうか (中略) 

きっと司法省の事務員かなにかで、死刑執行人たちが彼らの計算書を送りつける課、

親殺しにかぶせるための黒いヴェール、首受けの籠にしく布か、処刑刀を上下させるための紐、

といった類の品物の計算書を受け付ける課ででも働いていたに違いなかった。 (中略) 

社会の不幸や汚職をのせては黙々と回転してやまぬ車軸のようなもの、要するに、

その姿をみると、『あんな人間もやっぱり必要なんだねえ』といいたくなるような、そんな男だった・・・」


ああ、こんなふうに描写される人たちって!


「パリの上流社会の人びとは、心身の苦悩に青ざめたこういう顔を知らない。

しかしパリは大海原のようなものだった。そこに測鉛を投じたとして、その深さを測ることはできまい」


上記の二人は物語の多くの登場人物のメインではなく

もっともっと強烈な人物像が多く、実に魑魅魍魎で面白い。

当時のパリの上流・下流の社会や人間模様がとても興味深い小説でした。

やはりパリというものは、当時から「都会の冷たさ」みたいなものに支配されていたんだろうか。



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上は、上記の二人や他の登場人物も通っていた

パリ5区の植物園。

「ヴォケェ館」から歩いて20分くらいか。


こちらも200年前とは様子が違うのでしょうね。

でも当時から市民のお散歩、憩いの場所だったようです。



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でも樹木だけは当時のままかもしれません。


下は、鹿島茂氏が著書「パリの秘密」に微細に書かれていた

数少ない19世紀のパリの様子を未だに残すというパリ1区(多分)の一角。

鹿島氏のいうとおりに忠実に、歩いてみて撮ったショットです。



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パリのような歴史を大切に保護している街でも

200年前ともなると、その様子を残す「通り」は意外と少ないようです。



*テキスト中の「ゴリオ爺さん」の抜粋訳文は、すべて上記岩波文庫版の高山鉄男氏によるものです。

ホフク前進する男

東京は、一時的でしょうが

暑さが収まりましたね。

つい数日前までの強烈な暑さが嘘のようです。


そんな数日前の暑い日のこと

夫ペーターと外出しようとしたところ

「あ、忘れ物」

と彼は玄関先から家の中に戻った。


私も靴をすでに履いていたけれど

いつも失くしもの、探しものをしている夫は

今回もきっと時間がかかるに違いない、と

私も一旦家に戻ることにして

靴を脱いで家に入ったところ

私は見た!

リビングルーム真ん中で

履いてしまった靴を脱ぎたくないがばかりに

ホフク前進している男を!



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身長182センチのガッシリした中年男が

リビングルームの真ん中まで

デカイ図体を横にして

靴を床につけないように足を持ち上げながら、腹で床を這いずり回る姿は

あまりにも異様であり

明らかに異常であり

思わず心から本気で

「何バカなことやってんのっ!」

と怒鳴ってしまった私。


私の剣幕に、はっと我に返ったらしく

夫は

「そうだよねえ、靴を脱いだ方がずっと早いよねえ」

と、おもむろに座りなおして

照れ隠しの笑いを浮かべながら、スニーカーの紐を緩め始めた。

今年53歳になる男です。


そしてその後

「いや、僕はね、わかったんだよ、僕って子供の感性を持ち続けてるんだね」

全く意味不明な言い訳をかなり真剣に述べており

私の方は呆れ果てて、怒りを通り越し

それから数日

あのホフク前進する姿を思い出しては笑っていました。


暑さのせいで夫の頭は少しイカれていたのか。



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その夫ペーターも

東京滞在の1週間でその他いろいろとヤラカしましたが

今日、無事にパリに向けて発ちました。



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静かで平和な、

でもちょっと寂しい東京の日常が戻ってきます。