ハイジの退屈日記 パリ・東京
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リセットと再生

30余年の会社員生活を定年退職

東京からパリに居を移すことになった。

東京とパリでの別居婚14年、

結婚15年目にして夫と初めての同居となる。

待ちに待った退職を迎え

海外での全く新たな生活が始まる。

 

 

 

 

今までの生活は、やはり仕事が中心。

腰掛OLマインドなのに管理職に就いてしまい

幾度も転職し、なんとか勤め上げた。

思えばいつも仕事内容にも人にも恵まれてきた。

定年退職にあたり

多くの方々に温かい励ましの言葉や

身に余るメッセージを沢山いただいた。

 

イヤイヤながら仕事してきたのは事実だが

それなりに一生懸命やってたのも間違いない。

私もなんらかの貢献はしてきたんだろう、

とりあえず仕事はやり切った、という感がある。

 

 


 

長間住んだ東京のマンションを売り払って

夫が住む、馴染みのある場所とはいえ

外国にて第二の人生を始めるというのは

なかなかの大きな変化といえよう。

 

住み慣れた東京での生活、

お気に入りのマンションの環境、

キャリアを作ってきた仕事のスキル、

会社員ならではの定収入・・・

それらが全てリセットされる。

 

生活の在り方を大きく変えることになり

新たな環境に対する期待感もありながら

ただでさえセンチメンタルな傾向のある私には

今までの生活への惜別の情も強い。

 

 

 

しかし、変化というのは良いことだ。

時は流れ、万事が変わっていくのは道理で

宇宙が進化していくように

環境の変化はあらたな経験と価値観を生む。

リセットは再生につながるだろう。

 

変化を恐れずに、気持ちを新たにし

幸せな未来を思い描いて、前向きに進むべきだ。

 

そして、再確認したのは、

私にとって最も大切なのは、友達、仲間。

親切で優しい人々に恵まれて

今まで本当に豊かな人生を送ることができた。

友人たちだけは、リセットされない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

永久のルアンパバーン

GWにラオス、ルアンパバーンに行ってきた。

約25年前、バックパック一人旅で訪れて以来。

今回は、夫と二人で。

 

 

世界遺産でもある古都の落ち着いた佇まい、

アジアの原風景的な

素朴で穏やかな空気感が印象に残っていて

また行きたいとずっと思って、再訪を果たした。

今生においては最後だろう、と思いながら。

 

 

25年も経てば当然かもしれないが

観光地化が進んで、世界各国からの観光客も多く

西洋風に洗練されたカフェ、レストランがたくさん。

オーガニック、ビーガンなどの店も結構あって驚く。

多種多様な雑貨の店で賑わうナイトマーケットは

25年前にはなかったと思う。

 

 

それでもやはり変わらず嬉しいのは

そこはかとなく漂うひなびた雰囲気。

 

 

熱波到来で最高気温が40度近かったこともあり

昼間にほっつき歩いている観光客が少なく

ローカル感が増していたこともあろうか。

 

 

今回のルアンパバーン滞在で一番良かったのは

メコン川の「サンセットクルーズ」。

これも、25年前は観光コンテンツ化してなかった記憶。

今は川沿いを歩けば、イヤというほど客引きがいる。

 

ディナー、ドリンク、カラオケ付きからただの遊覧まで

お値段次第でいくつか種類がある。

私たちは何もつかない「クルーズ」を選んだ。

「サンセットクルーズ」とはゴージャスな響きだが

超素朴なポンポン船でメコン川をただ進む。

涼しい風を浴びながら夕日を眺める、という趣旨。

 

 

これの何が良かったかというと、

2時間の「クルーズ」がなんとも贅沢な時間なのだ。

要は、本当に、船上で何もやることがない。

 

小さな船で、夕日スポットまで川を進んで停留し、

のんびり夕涼みしながら、美しい夕陽を眺める。

最初は、川に写る夕陽が綺麗、など喜んでいたが

それも30分もすれば、なんだか飽きてくる。

 

 

が、しかし、2時間というお約束の時間があるので

船はきっちりと、予定通りのスケジュールで動く。

え、まだ、あと1時間もあるの?と感じるのは

普段あまりボーっと時間を過ごすことのない

あくせくした現代人の感覚であろう。

 

周りの人々も、最初ははしゃいで自撮りなどしてたが

それにも飽きて、スマホをスクロースし始めてる。

が、私としては船上でスマホを取り出したくない。

メコン川の上にいるのにYouTubeなぞみるか、

意地でもノンビリしてやる、という感じ。

夫も同様のようであった。

 

 

だが、川の上をそよぐ風を浴びながら

何をするでもなく

川面に写る夕日やさざ波を眺めていたら

瞑想のごとく、頭がカラッポになってきて

ものすごくリラックス効果があると実感した。

こんな風な2時間を過ごすのはとても贅沢。

 

 

夫も私もこのメコン船上の瞑想クルーズが

すっかり気に入り、二日連続で行ってしまった。

こちら↓一日目のクルーズの船長さん。

 

 

変わらない、といえば、やはり歴史ある寺院。

ルアンパバーンで最も格式高いらしいワット・シェントーンは

唯一、25年前の記憶がよみがえった場所だった。

敷地も広くなく、寺自体も小ぶりで素朴ながら

外装・内装ともに繊細なレリーフが大変美しい。

 

 

 

懐かしい感じの地元系食堂。

でも冷房も効いていて、新しかったし

地元の食堂では近代的な方だと思う。

現地の女学生が早めの夕食をとっていた。

 

 

こちら↓がよりジモティー系食堂。

ほぼ地元民であふれかえっていた。

冷房なし、オープンエア。

 

 

ついでに、ラオスの地元フード、カオソーイ。

カレー味・卵麺のタイのカオソーイとは違い

醤油味・きしめん。お味も素朴。


 

 

25年と比べれば、観光地化は進んでいたが、

やはり長閑でのんびりとしたルアンパバーンには

これからも永遠にその魅力を保ち続けてほしい

と勝手ながら、願うばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

永遠のポジターノ、そして分かち合う幸せ

2023年5月、南イタリアに行ってきた。

主な目的地はポジターノ。

ここは20代の後半、つまり30年前だね、

ドイツに住んでいた頃

太陽と美味いものを求めて何度も行った、

色々な意味で大切だった、本当に特別な場所。

 

 

 

 

30代後半の頃、日本から一人で行ったのが最後なので

今回は、約20年ぶりということになる。

 

ポジターノがいかに美しい海辺の村で

愛らしく素朴な町並みがいかに比類ないか、

私は夫に何度も語っていたので

ついにかの地を、彼に案内できるというのも

嬉しいような、誇らしいような気分だった。

 

 

 

結論から言おう。

町そのものは変わらずに美しいんだろう。

が、情緒が完膚なきまで失われていた。

 

ハッキリ言おう。

私の苦手なタイプの北米白人の大挙により

素朴な魅力いっぱいの昔のポジターノは

チャラい観光地へと変わり果てていた。

 

何を求めているのか、期待してるのか知らんが

派手なドレスやツバの広い帽子を身に着けた

妙に気合いの入った「ゴージャス」な人々により

かつての素朴で、愛らしい村は

虚栄心が臭う「リッチな」リゾート地と化していた。

そして、小さな村はオーバーツーリズム。

5月初旬だというのにどこも激混んでおり

交通公共機関は麻痺し

当然、モノの値段もホテルの料金も驚く程高い。

 

夫が、サントロペみたいな感じかな、と言い

たしかにそうかも、と私は悲しんだ。

あのポジターノがサントロペと比較されるなんて。

それほど町の印象が昔と変わってしまった。

もちろん、20年も経てば変わってもおかしくない。

魅力ある観光地は大勢の人を呼び寄せるから。

 

 

 

 

たぶん、観光地としてのポジターノの歴史の中で

私は一番良い時代を知ってた、ということかも。

当時の、洗練された風でありながら

温かい心が通うような素朴さのある

なんともいえないチャーミングな海辺。

あの村で過ごした、若い頃の時々は

自分の心の中に、ずっと

大切な思い出としてとっておこうと思う。

 

あの当時のポジターノに会えたのは

私の今生の宝物だ、と思うことにしよう。

 

 

 

 

しかし、嬉しいことに

数十年前とあまり印象が変わっていなかったのが

隣の村、プライア―ノ。

 

素朴で、特に見るべきところもない小さな村。

あるのは太陽と海風と木々の緑。

地元の人の静かな暮らしがそのまま伝わる感じ。

 

 

 

 

ソレントとナポリの間を運行する、

公共の観光客用バスが停まる場所でありながら

あまりにも何もないためか

昼間であってもほとんど人がいない。

 

 

 

 

当時から、こちらは素朴で地味な村だったが

今もなお、飲食店もホントに少なかったし

「ゴージャス」な人にとっては退屈だろう。

夜はおそらく真っ暗だろうね。

 

しかし、私には変わってないように見えた

懐かしいプライア―ノに再会できて

心からホッとし、嬉しかった。

昔の友達が変わらずに暖かく迎えてくれた感じ。

 

 

 

 

ポジターノについては無口であった夫も

(私に遠慮して悪口を控えていたと思う)

プライア―ノはかなり気に入ったようで

来年も行こうか、今度は長く滞在しようか、

などと、今でも言っていて、嬉しい。

大好きな昔の友達を夫に紹介したら

好きになってくれた、そういう感じかな?

 

 

 

そして、大事なことだが、南イタリアは

食べ物も、ワインも美味しい。

知らない・珍しい料理はあまりないが

トマト、オリーブ、魚介にパスタ。

地場のものをいただく幸せ。

気候や風土とあっている料理が

やはり美味しいんだ、と実感した。

 

 

 

 

静かなところで、のんびりと

海風にあたりながら

地元のものを美味しく飲んで食べて、というのが

私たち夫婦にとっては、どこであろうと

一番のんびりできる過ごし方かもしれない。

 

 

 

時と共に、町や村が様相を変えるのは仕方ない。

「時」を含めて愛着をもち続けるのが「思い出」で

その価値は、自分にしかわからない。

自分だけのものとして、大切にとっておくけど

でも、もし少しでも誰かに共感してもらえたら

とても嬉しい。

 

今は、夫という

ほんの断片でも思い出を共有できる人がいて

それも私の人生の幸せだ、と思う。

 

 

 

 

 

 

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