ハイジの退屈日記 パリ・東京 -63ページ目

冬のプチ鬱

というわけで、パリにおります。


思ったほど寒くはなく、東京と同程度なのだけど

家の中が暖かいのと

東京の家でさんざん寒さと格闘 していたせいか

寒さに対する耐性が上がったのかも。


しかし、パリは暗いんだね。


比較的天気もよく

この1週間、陽も差すことがあったけれど

なぜ北ヨーロッパの冬は暗く感じてしまうんだろう。



ハイジの退屈日記 パリ・東京


朝起きると暗い、というのが

すでになんとも憂鬱なもんだね。

8時過ぎに、やっとこんな朝焼けが。


そもそも、私には

「冬のプチ欝」の気がある。

聞くところによると

そんなに珍しい「症状」でもないらしく

冬になると軽い欝に襲われる人は結構いるらしい。


そんなこともあるのか

せっかく夫に会いにパリに来たというのに

なんとなく

憂鬱な気分に捉えられている。



ハイジの退屈日記 パリ・東京



というか

中学生の頃からなのだけど

不定期に、時々

「人生なんのために生きているのか病」が発症する。

今回、これが始まったのは

1ヶ月前ほどだったかな。


それを引きずったまま

暗いパリに来ちまって

若干悪化しているか?



20世紀最高の名著の一つといわれる

フランクルの「夜と霧」。


本でも映画でも、「ホロコーストもの」を極度に怖がる私としては

この本にもなかなか手を伸ばす気が起きなかったのだけど

2年ほど前についに読むに至り

心の底から感動した。

「ホロコーストもの」なんていうレベルでは

もちろん、ない。


夜と霧 新版/ヴィクトール・E・フランクル
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有名な箇所

「もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、

わたしたち自身が問の前に立っていることを

思い知るべきなのだ。

生きることは日々、そして時々刻々、

問いかけてくる」



「生きるとはつまり、

生きることの問いに正しく答える義務、

生きることが各人に課す課題を果たす義務、

時々刻々の要請を充たす義務を

引き受けることにほかならない」



ハイジの退屈日記 パリ・東京



雷が落ちたような、とよく言うが

そんな凄まじいショックを脳天にくらった感じだった。

ずーーーっと

求めていて答えが出ずに

悶々としていた問いに

やっと解答を見つけた!!というような

喜びと衝撃だったね。

この本との出会いを境に

40歳代半ばにして、やっと

私の「人生なんのために生きているのか病」

は回復をみせて、いた、

はずだったのだが・・・。


やはり、どうも冬がいけないらしい。



クリスマスなので love actually

私は、変なところに物凄くこだわったり、神経質だったり

ひねくれてたり、毒があったり

天邪鬼だったりするけれど


根はとても単純で素直なんではないかと

思うことがあります。


思えば

子供の頃から

「大草原の小さな家」や「北の国から」をみて

毎週号泣し、

さらにさかのぼると

幼稚園児の時から

「みなしごハッチ」を泣きながら見ていた

という父の証言もあったので


生まれつきの性質としては

わかりやすく健全、単純かつ乗せられやすい

といってもいいのでは。


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というわけで

前置きが長くなりました。


クリスマスを目前に迎え

前回しつこくクリスマス・ソングへの愛を語り ましたが

今日は私のクリスマス定番映画について。


"Love Actually"


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こういう映画って
受け付けられない人は結構いるだろーなーという
冷静な(?)感想はある上で
大好きな映画です。

いわゆる、おベタな「人間礼賛」モノです。

愛するっていいな~

みんな一生懸命なんだよなあ~

人生っていいよなあ~

というようなことを

ちょっとフェアリーテイル風に

伝えようとしてると思うのですが

そういう「素直さ」を、胡散臭く感じ

ケッ!!と

いう人がいるような気もします。

(と思ってしまう、もうひとりの私ってことか)

初めてこの映画を見たのは
飛行機の中、インフライトムービーだったのですが
ところどころで号泣してしまい
恥ずかしくなって、サングラスをかけた、
という記憶があります。

舞台はクリスマスを控えたロンドン。

19人の様々な境遇にある男女の

「ラブ・ストーリー」が、クリスマスが近づくにつれ様々に展開。

ほぼすべてがある意味でハッピーエンド。


でも、そのストーリーによっては

ついていけないものも幾つかある。


たとえば

イギリス首相と新米秘書の恋。

ヒュー・グラントが首相ってのが、そもそもウソっぽ過ぎるが

あまりにも非現実的すぎて、ツッコミどころ満載、

素直に見てられない。


ハイジの退屈日記 パリ・東京




あと、ダサい色魔コリンの話、純朴なポルノ俳優カップルの話は

省いてもよかったと思う!

共通点は

「ありえなさ過ぎ」ってところか。


私が好きなストーリーは

やっぱり、現実にありそうで、

少し切なく、ほろ苦系ハッピーエンディングもの。



ハイジの退屈日記 パリ・東京



この平凡な会社員ローラ・リニーは

厳しい家族の現実と共に生きていて

他の方法はないのか!?とイラっともするのだけど

やはり生き方というのは、自分で選択するもんだなーと思う。


蛇足ですが

このお相手、ロドリゴ・サントロは、顔も身体も美しすぎるドキドキ

ブラジルではセナと並び、国民的ヒーローだそうです。

シャネルのNr. 5のイメージフィルムで

ニコール・キッドマンの相手役となってましたが

彼女のゴージャスさに全く引けを取らない完璧な美貌。

ワタクシ好みの甘いマスクです。



ハイジの退屈日記 パリ・東京


今は落ちぶれたスター、ビル・ナイも

下品でシニカルで、「かつてのロック・スター」のいい味出してました。

そして、彼のマネージャーも。

彼のストーリーはブラックに笑える箇所が多く

ありきたりながら、「いい話」というエンディングです。




ハイジの退屈日記 パリ・東京



このアラン・リックマン夫婦のラブストーリーは

浮気、という、よくある話しがベースなんだけど

彼の演技が巧みなので

なんとも説得力がある。


そしてこのストーリーをさらに味わい深くしているのは



ハイジの退屈日記 パリ・東京


彼の妻を演じるエマ・トンプソンの

演技のあまりにも素晴らしさ。

優れた俳優が演じると

物語のテーマは平凡でも

真実の重みがぐっと増します。



ハイジの退屈日記 パリ・東京



この片思いの少年の話しも

可愛かった。

「片思いほど辛いことはこの世にない」

という言葉はある意味、正しい。

夢のようなエンディングも許せます。


私が一番好きなストーリーは

(写真がないけど)

コリン・ファースとポルトガル人のハウスキーパーのかな。

恋愛に言葉はいらない、

というところで

超おベタなハッピーエンドです。



私自身はざっと過去10年を振り返っても

クリスマスは、一人で過ごしていたことが

圧倒的に多く

特にその日にどうこうしたい、という気持ちはなかったですが


やはり、もともと単純な地頭が

アメリカ文化に洗脳されていることもあり


クリスマス前の期間については

クリスマス・ソングを聴いたり、こういう映画をみたりして

なんとなく

自分の心の中の

素直な部分を全開にしたいという

まっすぐな気分になるのでした。






アメリカン洗脳クリスマス

私の世代は、アメリカ文化の申し子世代とも言えるのではないか。
または「アメリカ侵略政策の申し子」?

子供の頃から
アメリカ文化を疑問もなく、むしろ喜んで
受け入れて育ってきた。

私が生まれた初めて親に連れられて見に行った映画は
ディズニーの「白雪姫」。
ディズニーはクラッシクなものから現代のものまで今も大好き。
まさしく「三つ子の魂」というやつでしょう。
ちなみに、初めて自分の意志で見に行った映画は
何を隠そう!「スター・ウォーズ」。

セサミ・ストリートやピーナツ(スヌーピー)を見て育ち
ハーシーのチョコレートに憧れ
(大人になって改めて食べたら、なんて不味いんだろうと思った)
中学生になった頃から
毎日のように聞いていたラジオ局はFEN。
懐かしいなあ、今は亡きFEN。


ハイジの退屈日記 パリ・東京



クリスマスが近づいておりますね。
すると
私の中に子供のころ巣食った「アメリカ文化の血」が
騒ぐのですよ。

具体的に何かというと
クリスマス・ソングが聴きたくなる。

FENは中学に入った頃から大学を卒業するまで
ずっと聴き続けていたが
クリスマス前になると
ありとあらゆるジャンルのアレンジで
クリスマス・ソングが流れていて
なんて美しい曲があるんだろう、と思ったものだ。

ヨーロッパでは、クリスマスというものは
本来の「待降節」というキリスト教文化が
深く根付いているためか
しっとりと、静かにその日を待つ、というニュアンスがあるが
アメリカでは
とにかく楽しいホリデー到来!という雰囲気ではなかろうか。

数あるクリスマス・ソングの中でも
私が一番好きなのは
何を隠そう!
"Sleigh Ride"(そりすべり)




この曲を聴くと
だまされやすい純粋な子供のように
本当にワクワクして、足でステップをとってしまう。
「正しいアメリカ文化」に
骨の髄までしっかりと影響されてるという証明か。

美しいなあ、と思っていた曲
"Christmastime is Here"
が、なんと、あのカートゥーン(アニメ)PEANUTSの
テーマ曲であったということを
今回調べていて初めて知った!

まさしく私の好みは、古き良きアメリカン・スタイルだったのだ。



また、何を隠そう!
私はR&B、ブラックミュージック好きである。
毎日聞いている音楽ジャンルはジャズとクラシックですが
R&Bをたまに聴くと
血がたぎる、というか
心が踊る、というか
自分のルーツはこのアフロ・アメリカンなのではないかと思うほど
心が激しく揺さぶられる。

これについてはまた改めて熱く語りたいが
長くなるので、今は端折ります。

とにかく、というわけで
クリスマス・ソングの様々なR&Bヴァージョンは
いくら聴いても飽きることがない。



そういえば
クリスマス・ソングで好きだった曲のひとつ
"This Christmas"は
Donny Hathawayという若くして夭折した
ブラック・アメリカンのミュージシャンの手によるものだったのだね。
これもブラックだったのか!と
また「自分の血」に驚いた。

ここはチャラく
Chris Brown ヴァージョンで。



でもアングロ・サクソンの
しかもイギリス人、クリス・レアの
"Driving Home for Christmas"
も愛してやまないクリスマス・ソングです。



タイトルそのまんま
クリスマスに家路につく浮き立つ気分が
切なくなるくらい好きです。


どうしてこんなにも
クリスマス・ソングに胸をときめかせるのか。
涙が出そうになるほど好きなのか。

子供の頃に特別に良い思い出があるわけでなく
(サンタの存在は超現実主義の母により始めから否定されていた)
高校生の時のアメリカ留学時代に
現実に則ってクリスマスを過ごした結果
まあこんなものか、ということも理解している。

これは実は、ものすごく恐ろしい
「洗脳」というものではないか。

学生時代に数限りなく聞いた
FENのクリスマス・ソング。
FENがかきたてる望郷の念とワクワク感。

もちろん
このアメリカン・テイスト・クリスマス・ソングが
私の好みにズバリ合ってるということはあるけど
それも含めて
FENによる洗脳なのではないか、と思ったりする。

アメリカは世界に基地をもちすぎて
国庫を相当に圧迫してるらしいが
世界のあちこちで、
アメリカ文化に「洗脳」された
私のような人が
今日もまたクリスマス・ソングを聴いているのでしょうか。