ハイジの退屈日記 パリ・東京 -62ページ目

「段取りタイプ」と「アドリブタイプ」

年末年始だから、ということでしょうか

夫ペーター(日本人)の友人達と

食事をする機会がずっと続いている。


場所は

レストランであったり

その方のお宅であったり

はたまた自宅であったりする。


一昨日は、拙宅にて計5名のディナーだったのだが、

「鍋」が、2-3人用のサイズであるため

ちょっとツール的に厳しいが

フランス人受けを狙って

「しゃぶしゃぶ」で行こう

ということになった。



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夫は、通常は

人をお招きする機会がそれ程あるわけではないので

ここぞとばかりに

ご無沙汰している他の方々に声をかけたりして

もう2人増えることになった。


あの2-3人用の小型の鍋で

7名で「しゃぶしゃぶ」っつーのは、ちょっと・・・

と言ったところ


「ダイジョーブだっつーの、やったことあるんだから!」

普段から、私の「心配性」について

鬱陶しく思っている夫は、ピシャリと宣言した。


私はどちらかというと「段取りタイプ」で

慎重に、着々と準備を進めたいタイプなのだが

夫は真逆で、細かいことは考えず

「なんとかなるっつーの!」という「アドリブタイプ」。


ちなみに

様々な仕事の現場において、私は経験していますが

「アドリブタイプ」は瞬発力で対応するものの

往々にして

本番でテンパることが多いようです。



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で、当日。

朝、一緒に買い物にいく前に

「今日は7人だよね!」と確認したところ

「ああ、9人になった」

と、夫。


「人数が知らないうちに増えてる!!!」

さすがに

9人で、2,3名用の「小型鍋」で「しゃぶしゃぶ」は

無理です!!


キッチンで別鍋で作るのであれば

「しゃぶしゃぶ」の意味ないです!


と力説し

「寄せ鍋」に変更しよう、と提案したところ

確かにそうだと、と

夫もあっさり認め、ホッ。


意外と

素直なところが

夫のいいところです。



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しかし、当日、もうひとつ

「段取りタイプ」である私には、理解しがたい夫の行動が!


夜の8時から8時半に、お客様は到着することになっている。


私としては

焦りたくないので余裕をもって

5時くらいからスタンバイして

9人分のカクテル用のカナッペ2種類の用意やら

9人分の鍋の材料を切り刻み、タレ2種類とだし汁を作るやら

9人分の副菜の準備やら、をしたいわけですが


夫は、自分の分担の準備を済ませているものだから

(グラスを出してくる、とか、鶏肉をぶつ切りするなど)

片道45分ほどかかる街中に

出かけたい、と言い出した。

それが5時頃。


そして

「一緒に来ないの~?準備ならなんとかなるよ~」と

ご親切に本気でお誘い。

即座に拒否。


なるべく早く帰ってきて、と言ってみたものの

やはり、というべきか

夫が家に戻ったのは

7時45分。

お客様が到着するかもしれない時間の15分前。


小心者の私には考えられないタイムマネジメントです。



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しかし、この「アドリブタイプ」の方々ってのは

こうするとああなる、とかコンシクエンスを

深く考えるのが面倒なんでしょうかね。

まあ、たかが家での食事というのはあるが。


いや、しかし仕事においても

確実にいますね、そういうタイプ。


振り返ってみると

私の仕事上においては

圧倒的にそういうタイプと一緒になることが多いような。

これも「宿命」なんでしょうかね。


「段取りタイプ」の弱点は

心配し過ぎて、細かくなりすぎ、

大局が見られなくなる傾向があるかも。


異なるタイプが

協同することによって

お互いの弱点を補い合い、切磋琢磨するという

神様の采配なのでしょうか。


仕事上のみならず

人生の伴侶としても

そういうタイプが私に与えられてしまった、

というのも

神様の計画なのでしょうか。



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結果的には

1名欠席で8名となり

キッチンで大方を作って、テーブル上でしばらくプレゼンして

サーブするという方法で

まあまあ上手くいき

まあまあ美味しく

場も大盛り上がりでしたので

めでたし、めでたし

でした。


幸せはいつも近くに

プチ欝 」だとか言ってるわりに

食欲だけは決して衰えないため

パリに来て2週間、

2.5キロ体重が増えた!

人生の記録体重を更新中。


実際

私のように

日々を漫然と生きている者にさえも

ありがたいことに

幸せはいつも近くにある。


美味しいものをいただいたり



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イルミネーションが綺麗~と

喜んでみたり


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友人の愛犬の誕生日を祝ったり


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素晴らしい伝統ある劇場で


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当代最高峰のバレエを鑑賞したり


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美しい夜の街をそぞろ歩いたり


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私のような者にも

こんな素晴らしい時々が贈られているのか、と

感謝するばかり。


よく、夫に

「君は幸せだねえ~」と

半分呆れ顔で言われるが

ほんと、その通りです。


同じ事の繰り返しかもしれないけれど

毎日を真面目に

粛々と生き、

日々のささやかな幸せを楽しみに

生きている、というのが

「平和」な社会に住む

多くの人々の現実なのだろうか、と

思ったりします。



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一所懸命に仕事をしたり


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新しいピアノ練習曲に挑戦したり


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そんなことの積み重ねで

人生は成り立っている、ということで

よいのでしょうか。

幸せなワタクシ

パリに来てから早10日。


心の広い夫ペーターと共に

健康に新しい年を迎え

暖かい部屋で

がっつりと飲み食いし

ぬくぬくと生きていられるだけで

幸せというものだ。


世界中で大変な環境・状況にいる方々に

必要な力が授けられますように!



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「プチ欝」=「何のために生きているのだろうか病」は

まだ引き摺ってますが

当然、今の自分が幸せで恵まれていること

また今の境遇になんの不満も言うつもりもないことは

確かです。


多くの人が

平凡でも日々の生活を粛々と生きており

それの何が悪いの、と

香山リカさんも言っているとおり。

(たぶん)


ただ


何かに強い興味をもつこともなく

従って、それを追求したりする積極性もなく

努力もしなければ勉強家でもない

そんな凡庸な感性と怠惰な性質、

それを変えようともしなければ

受け入れようともせず

焦っている反面、結局なにも結果に結びつかず

日々流されて生活を送っているだけの、

そんな自分が情けなくて仕方なくなることがあります。



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自業自得というか

ハタから見れば「アホか」という話しで

もっとスッキリと言えば

要は、私ってあまり頭がよくないんだなー

ということではないかと思ったりします。


ただ

人の「悩み」というのは千差万別で

その人それぞれのレベルでの悩みが存在するので


たとえば

ありとあらゆる種類の「悩み」を

シエラレオネの子供たちのことを考えさせることで

解決しようとする人もいますが

私はそれは違うのではないか、と思いますし

私の「幸せな悩み」を

嗤わないでいただきたい(?)