ハイジの退屈日記 パリ・東京 -60ページ目

洟水をすする

子供の頃

常に洟水を垂らしている子がまわりに若干いた、という記憶あり。

昨今はどうなでしょうね。

子供の集団と接する機会がないので、とんとわからない。


とにかく

子供の頃は洟水を垂らしていた子も

大人になるに従って

それがすべき行為ではないということを学習するので(おそらく)

洟水を垂らしている大人というのは

全く見かけることがない。


しかし!!

洟水をすすっている大人は、たくさんいます!

定期的に、ずうっ、ずうっ、ずうっ、

または

ずーーーーっ(ごくん)

みたいなことを平気でやっている人々が

立派な大人で、身繕いもまともで、おしゃれでさえあり

ごく普通な社会人であるように見られます。



ハイジの退屈日記 パリ・東京


そこそこお洒落で

ファッショナブルで綺麗にお化粧をしている、あるいは個性的なスタイルで「決めてる」

20歳前後の男女が、

ずうっ、ずうっ、ずうっ、

とやっていると

「あなた、そんなことしてたら、絶対モテないんだよーーー!!!」

と、私は声を荒げて、彼らの肩をゆさぶり、訴えたい。


そんなに時間と金をかけて、かっこ良くしているのに

顔の中央で継続的に音を発して、

しかも、それが洟水、洟水だよ、あんた!

そんなものを、出して、引っ込めて、出して、引っ込めて、

そんなことを繰り返しずーーーっとやっていて、

よく平気だねえ!!と、目覚めさせていただきたい。

あんた!損してるよ!と。


洟水をすすりながら

仕事で重要なプレゼンをしても、おそらく信頼を得られまい。

仕事の面接にいっても、良い印象を与えられまい。

合コンでも、モテまい。

洟水をすすりつつ婚約会見を行うタレントはおるまい。

キャサリン妃は洟水をすすりながらスピーチしまい。


若者ですら悪印象だと思うので

いわんや中年以上をや。

ただでさえ年齢と共に、多くの局面で図太くなっている我々が

常に洟水を音をたててすすっていたら

その醜悪さは目も当てられない、と思う。




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今の東京においては

花粉症が最盛期で、確かに苦しんでいる人は大勢いるでしょう。

私もマスクをかかさずにおりますが

洟水をすすっている人にマスクをしている人は少ない、

というのは、私の電車の中での観察です。


本当に、私にはわからない。

なぜ、ズルズルと洟水をすする行為に対して

人々は無頓着なのか。

こんなにも日本社会は寛容なのか。


洟水をすすることに対して

鼻をかむ、という行為が美しくない、というのは

どうやら日本的な価値観で

鼻をかむのは人前ではなく、人知れずトイレなどで行う、という習慣があるようだが

私個人の感覚としては

「ずうっ、ずうっ、ずうっ」「ずーーーーっ(ごくん)」

の方がずっと気持ち悪いんですけど。

だったら、いっぺんに、ゴーッと鼻をかんで出してしまった方がいいのではないか。



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今日の昼間、電車に乗っていたら、

私の隣で「ずうっ」

間髪いれずに

前の列の端「ずうっ」

そしたら、すかさずその横で「ずうっ」、


その音楽的ともいえるタイミングの良さは絶妙で

まるで

ミュージカル映画のように

そこから「「ずうっ」のテーマ曲が鳴り響き

電車に乗ってる皆が順番に立ち上がり

「そうさ、洟水は素敵なのさ」とか歌い踊りだすかと思った、


が、もちろん

そんな展開には全くならず

皆、平静に能面のような表情で

ずうっ、ずうっ、ずうっ、

と引き続き、洟をすすっておりました。


洟水すすりが当たり前の日本社会?

ああ!気が狂いそうだ!







怒りの3月

一年で一番好きでないのが3月。


なぜかというと

いつまでもいつまでも続く寒さに、怒りさえ覚えるから。


昼間の日差しはかなり強くなってきており

晴れた日など、春を感じさせる暖かい日差しでありながら

朝晩は寒い。

昨夜も、風が強くて身が切られるような寒さであった。

そんな時に特に怒りがフツフツと湧いてくる。


裏切り者!

私は騙されないぞ!

と心の中で誓う。

そしてダウンコートにマフラー、ロングブーツを頑なに手放さない。


このしつこい寒さに

持って行き場のない怒りを感じるのは私だけ?


そういえば

かつて「寒くてムカつく!」と発言したところ

友人たちに「名言だ!」と賞賛されたことがあるので

寒さに怒っているのは私だけではないようにも思う。



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そして、こういう時に気分を逆なでするのが

「いい人たち」の発言。


「暑さ寒さも彼岸まで」

「でも、春はもうすぐそこよ」

「昼間の日差しはもう春だから」


はいはい、前向きで、ポジティブで、あなたって素敵ねえ。


大体、そもそも、はっきりいって、

私はこういう「利いた風なこと」「前向きな発言」をする「いい人たち」が嫌いです。


昔の話しだが

こういう「いい人」である知り合いの一人が

朝から爽やかに微笑みながら私に言うことには、

「今朝、いいことがあったの。

いつも私のことを無視する近所の野良ネコが、今朝は私に挨拶してくれたの」


あっそー!!


私はどう反応することを期待されているのでしょう?

なぜそんなことを私にご報告なさるのでしょう?

「いい人」に対して、「偏屈で後ろ向きで魅力のない人」である私は

どう応えてよいのかわかりません。



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こういう「いい人たち」というのは

「日常の小さな幸せ」とか「前向きに楽しもう」とか

そんなことを大事にしているフシがあり

どうやら他人にもその価値観を押し付けたるフシがある。


しかも、「私って素敵でしょ」

みたいな自己主張が感じられる。

褒めてほしそうな「気」が伝わってくる。


ああ、私をイラつかせる「前向きさん」さんたちよ、

私を巻き込まずに勝手に「前向きさん」しててくれ!



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しかし、実のところ、かくいう私も、

社会生活においては

ほどほどなところで「前向きさん」を演じている人間であり

特に仕事がらみにおいては

「ヤル気のあるオトナな人」なフリをしている。


目上の上司などに

「いやあ、いつまでも寒いねえ」などと話かけられたら、

ニッコリと(目だけだが)笑って

「でも、寒さのピークは超えたようですし、もうしばらくの辛抱ですね」

などと

言い放つであろう。


「ほんと、ムカついて、人を蹴飛ばしたくなるような気分ですね」

などとは言わない。


この性格の表裏の激しさのために、ストレスがたまり

寒さに対してさえ怒りが爆発するのかもしれぬ。


「いい人たち」って心底無邪気だったりするので

(そして、その無邪気さの罪深さが私には腹立たしい限りなのだが)

私のような腹黒い人間よりは

ずっと上等なのかもしれません。


ということで

私はまた明日も

寒さに対して最大限にムカつきながら

3月の北風の中をイライラと歩くのであろう。












プチ欝脱出への道

プチ欝から脱却するために

イメージトレーニングが結構効くかもしれない

と思い至っているこの頃。


根が素直(=単純)なワタクシですから

ここは自分で自分を洗脳するしかないと開始したイメトレ。


ネットでいろいろと情報を拾った結果

私が実行しているのは


自分の弱点を言い換えた

「ポジティブな」文言をいくつか書いて

それをベッドの横、洗面所の手を拭くタオルの下、PCデスクの横

に貼って、都度都度読むこと。


たとえば

「私は意欲に溢れている!!」

(実態は、私は全くヤル気がない)


「私は柔軟でオープンマインド!!」

(実態は、私は頑固で心が狭い)


「私は前向きで楽天的!!」

(実態は、私は低迷し捨て鉢)


などなど。


こんなことをマジでやる私って

実は、結構、愛すべき人?

それとも

洗脳されやすい危ない人?


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しかし

10日くらい経った頃からでしょうか

あーら、不思議、

なんとなく、本当に、私ってそんなようなポジティブな人だ、

というような気になってきて

わけもなく明るい気分です。


これって

ただ単に危険フェーズ突入?


弱った心に付け入られ(自分で付け入ったんだが)

イリュージョンに気が迷わされているだけでしょうか。


ま、いいか

茂木健一郎も

脳の可能性はオープンエンド

決めつけなければ、どんどん伸びる、と言ってるし。



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最近読んだ香山リカさんのエッセイで印象深かったのが

彼女は10代の頃から

人付き合い嫌いで、仕事も人に関わらないような自然研究などが志望だったのだが

消去法で、今の精神科医になってしまったと。


で、精神科医になって20年以上が経った今も

人付き合いは嫌いで

一番楽しくくつろげるのは、一人でいる時である、というのは

昔から「一ミリも変わっていない」のに

毎日、患者さんと接する精神科医の仕事をし、テレビでコメントするような仕事すらしている、と。


それというのも

人間は演じることができるから、であり

自分と遠いキャラであればあるほど、その演技は容易であるから、ということだった。


へーーーーーーーー!

と妙に納得。


私も彼女のように、人付き合い嫌いで一人でいるのが好き、知合いの80%は苦手だが

演技することで人生を生き延びてきたので

とても共感できると共に

ああ、それでいいのか、そんなもんか、と

良くも悪くも納得し、安心してしまいました。

思い込みも使いよう。