ハイジの退屈日記 パリ・東京 -61ページ目

ため息の安堵

ため息が出るのは、呼吸が浅いせいらしい。

そして、それは

緊張やストレスが続いているために

無意識にそうなってしまうらしい。


だから、ため息がでないように

生活改善?すればよいんでしょうが

人生、生きてること自体がストレスですから

なかなか、それも難しい。


というわけで、私は

ため息が大好きである。

思いっきりため息を出した後の

開放感と言ったら!


思いっきり、家中に響くような大きな声で

「ふわあーーー!!」

という叫び声と共にため息を出す。


もしそれがいつも制限されてしまったら

かなりストレスだと思うね。



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世間では

人前でため息をつくことは無礼、とされているし

確かに

あまり人に聞かせるものでもないと思うし

感じの良いものでもない。


昔、付き合っていた男性が

私の「あーあ!」というため息の音を密かに録音し

それを30回ほど連続で録音しなおし

「目覚まし時計の音」として再生するという方法で

復讐されたことがあった。


うん、たしかに

「ため息音」は感じがよくないし

聞かされた方はイラッとしますね。

(特に寝起きは)

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したがって、私も

人前において、ため息をつきたくなった時は

口をすぼめて、音を立てずに

ほーーーーーーーっ、と

長く、無音にて、息を吐く。


しかし、なんともミミッチく

「開放感」に乏しい。

みなさんはどうしてるんでしょう、

人前でため息をつきたい時って。



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独居生活の良い点のひとつは

思いっきり、つきたいだけ、ため息が出せることでしょう。


いや、それだけでなく

誰かと同居していたら

それ以外にも抑制しなければならないことは沢山あるでしょう。


30代後半の頃

仕事が猛烈に忙しくて、

夜寝てもまだ仕事を引き摺って、神経が高ぶって眠れず

という日々が続いていた時に

つくづく

あー誰かと同居してなくて本当に良かった

と心から思ったものだった。


いわんや

子供を持って、育てるなんてことは

キャパオーバー、あり得なかった。



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神様というものは

その人が越えられない試練は決して与えない、という

どこかで読んだ言葉を

私は固く信じているのだが


神様が、私に

子育てという機会を与えず

さらに、別居という形での結婚生活を与えたのは

私という器に合わせた

深遠なる謀らいかもしれない、と

時々、真剣に思います。


今日もまた

思いっきり

ため息をつけるぜ。




会話嫌い

哲学者セネカいわく

「人々のあいだに出かけるたびごとに、

私は前よりいっそうつまらぬ人間になって帰ってきた」


はい、その気持ちよくわかります。

といっても、中島義道先生の本からの抜粋なので

セネカの実のところの文脈はわかってないんだが。



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40を過ぎた頃からか

仕事などの義理関係者間ではもちろんのこと

友人同士であろうとなんであろうと、

人が集まってする会話なんてものは

実に取るに足らないものだ、と思っている。


「ウィットに富んだ会話」「刺激的な議論」「活発な意見交換」「心揺さぶる話」などは

疲れるし、面倒なので

金輪際、御免被りますし

ツラツラした会話でたいへん結構なのだが

人と会って色々と話しをして帰ってくると

なんというのか

「虚しさ」を感じるんだなあ。

ハイ、いつもと同じだね、時は過ぎ去った、みたいな。


まあ人と会って

飲んだり食べたりしながら、ぐちゃぐちゃと喋って過ごすのは

「気晴らし」ではあり、楽しいと思うこともありますが

ただ、なんとなく

「前よりいっそうつまらぬ人間になって帰ってきた」

という感じはある。


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それよりは

独りで本を読んだり、音楽を聴いたり(特に生)する方が

私にとってはずっと

精神に爽やかな刺激を与えてくれる気がする。


とはいっても

私も隠遁者ではなく

好きな友達も何人かはいるので

そういう人たちとの集まりには、やはり出かける。


私が好きな集まりというのは

くだらなーいことで笑い転げていられるような

酔っ払ったせいで、あとは何も覚えてないような

そんな「愉快な」ものでしょうか。


時事問題など埒の開かないことについて熱く語る人

自分のことばかりしゃべる人

どこかで聞いたことのあるような小賢しいことを言う人

などとの集まりは

別にいいんですけどね、

特に、「虚しさ」を感じるので、今後は控えよう。



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私が一番気安く共にいられるのは

酔っ払いの友人(たち)で、

とにかくヘラヘラと酔っ払って

皆が皆、何を言ってるのかもよくわからず

皆が皆、その言動を覚えておらず

酩酊しながら飲み食いしてる、というような場が好きです。


ボードレールの「パリの憂愁」より。

「常に酔っていなければならない。すべてはそこにある、それこそ唯一無二の問題である。

(中略)時間の恐るべき重荷を感じないためには、

休みなく酔っていなければならない」


うーん、これも

いいこと言うなあ、と深く感じ入ります。

















肉食の効果

東京に戻ってまいりました。


なぜか、あまり寒さを感じない!

でも先月の出発前より、確実に気温は下がってるはず。


なぜだろう、と考えると

これは「体温が蓄熱」されたから、と思われます。


意外と、パリの夫(日本人)の家は暖かかった。

やはりセントラルヒーティングはいいね。


アメリカの家のようにTシャツ一枚で過ごすほど暖かくないが

24時間、家の中はどこもかしこも

まあまあ暖かく

ド厚着せずとも

家の中にいる限り、寒さを感じることはあまりなかった。


しかし一ヶ月の電気・ガス代は、この季節は約5万円だそうで。

まあ約250平米という広さというのもあるが。



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また

毎晩の半身浴もよかったような気がする。

週末には朝も入ってました。


そして

生活の大きな違いとしては

肉食系と化していた。


東京では、節約ゆえに、大豆製品や野菜中心の食事で

動物性のものはほとんど卵だけだったが

その反動か、パリでは

肉、バター、砂糖、生クリーム、チーズなどなど

身体に悪そうな、すなわち美味しいものを

ガッツリと毎日食べていた。



脂ギドギドの鴨のコンフィ。

ジャガイモも脂でギドギド。


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レストランでイベリコ豚


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フォアグラも何度も食べました


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クリームソースたっぷりの魚料理


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やはり鴨はうまい。


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バゲットは本当においしい。

夫と競うように食べて、レストランでは足りずにおかわりしていた。


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もちろんデザートも。

今回、なぜか気が向いて、何度も自分でデザートを作った

(写真は自作ではありません、念のため)


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なんて高カロリー&高脂肪、不健康な食生活だったことでしょう!


東京では、

医食同源の師(などいるものなら)にも褒められそうな粗食だったのだが

所変われば、この体たらく!


しかし不思議なことに

東京で悩まされていた便秘は

パリでは全く解消されていた。

菜食より肉食の方が便通にはよいのか?!

イメージとは違うが・・・。


体温が上がると

腸の働きも整うような気がする。

冷えは万病の元だというし。

肉食で体温は上がるのだろうか?


イメージは、肉食=パワー=ハイテンション=高体温ではあるが・・・。

でも東洋医学の陰陽の理論では、むしろ肉・砂糖・乳製品は体温を下げるのだったような。


少なくとも、暖房やお風呂のお陰で

身体が暖まっていたことが

整腸には良かったと思われます。


肉食の結果として確実なのは


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腹の外観に問題が!