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新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
ほなお暇なお方はどうぞお入りやす。
某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-PANDORA  先日渋谷オーチャードホールで山下洋輔率いるジャズ・ビッグ・バンドのコンサートを観てきました。席に着き辺りを見廻すとやはり年齢層が随分と高い。なんたって日本ジャズ界を第一線で多年引っ張ってきたのだから髪の毛も白くなって当たり前、ステージと客席で対峙する双方の髪の白さ黒さを見比べっこする程度だからまだ笑ってもいられるが、これが俺の脚はここまでしか上がんねえや、右肩なんぞここまでがやっとで背中も掻けやしない。何言ってんだい、そんなのまだまだ序の口。折角チケット手に入れたのに、この時とばかり持病が一念発起しやがって、コンサート会場へすら足を運べずだなんて嗚呼嫌だいやだねぇ。

 そんなで山下さんもかなりお年を召されたようで、かつてのアヴァンギャルドな眼つき面影はすっかり鳴りを潜め、孫と遊ぶことが生き甲斐の素敵なお爺ちゃんになられたようです。一方ピアノに向かうより机上で筆を握ることのほうが愉しそうな山下さん、執筆稼業もなんなくこなされMCにも期待が膨らんだが、書くのと喋るのでは勝手が違うか、本のほうが断然オモチロイと失礼ながら軍配を指す。

 その夜のビッグ・バンドのメンバーは錚々たる布陣であった。今は廃刊となってしまった“スイング・ジャーナル誌”における日本人ジャズメン人気投票でポール・ウィナーになられたお方や、常に人気実力ともに上位にランクされる方ばかりだ。特にテナーの川嶋哲郎、アルトの池田篤、トロンボーンの中川英二郎、トランペットのエリック宮城に注目だね。40代後半にもなろうという世代でもあるが、どっこいジャズ界において赤子とは言わないがまだまだ若手と呼んでいいでしょう。

 んでその川嶋哲郎と池田篤がホントにまだ赤子だった1997年の暮れに、当時トキメキを放っていた大西順子が主宰となって興したジャズ・ワークショップに参加したのが彼らにとって大きなステップとなった。アルバム『ジャズ・ワークショップ・プレゼンツ・パンドラ』は新旧総勢16名が参加し、CD3枚に渡っての自己アピールの場となった。特に川嶋、池田の二人にとって、それぞれオリジナル作品3曲を提供、またそれがいいとくる。

 川嶋作<卯月>、この頃から日本特有のタイトルを好んでつけており、私たち日本人からすれば曲想が頭に浮かべやすい。卯月といえば四月のこと、でも桜が咲き誇る花笠の如き下で宴に酔うさまとは違う。そこは日本海に面した富山で生まれ育った彼、待ち遠しかった遅い春は一つひとつ蕾から桜の花がひらいてゆくさまをつぶさに描く。

 池田作<トゥルー・シェイキング>には川嶋も参加。小柄な彼を否定するかのようなスケール感大きい楽想。澱みなく天空を突き抜けるような音色はもうすでに完成されている。

 再び川嶋作<ラン・アップ・ザ・スロープ>は同業 岡淳とのダブル・テナーに加え大西のエレピが冴えわたる。これはフュージョンか、疾走感に溢れスインギーかつメロディアスな作風はやがて聴かれなくなるので貴重だ。

 池田作<サムタイムス・アイ・ニード・クッキーズ>と<モア・アフレイド・ザン・ハート>は川嶋と岡を従えての3管で、アンサンブルに比重を置くなか、ピアノの椎名豊に乗せられてかソウルフルな池田がここでは聴ける。

 日本情緒豊かなタイトル<屋形船>は川嶋の作品。川嶋はかつて長い髪を後ろで束ねた出で立ちで男臭さを見事に演出し、スピリチュアルな神秘さもサウンド面でいかんなく表出するようになる。

 ここまで川嶋と池田にスポットを当ててきたのにも拘らず、私のベスト・トラックとなるとディスク1の1曲目、岡作<パパイヤの味>に治まってしまう。60年代のブルーノート・サウンドというべくジャズ・ロックの雛型がここにはある。中盤から8ビートに乗せて岡が熱くファンキーにブロウする雄姿、間髪入れずそれに大西が応えるさまは女丈夫たる御姿、音だけ聴いていてもハッキリと見えてくる。そうこの作品のハイライトは全24曲の“アタマ”に置かれているのである。

 安心せい、日本のジャズはとっくの昔に40を過ぎた彼らのような若僧たちに守られておるのです。もちろん山下さんもつい先日青っ洟が退いたところだそうですよ。

-NO.599-


★名城公園★

 名の示す通り名古屋城を取り囲むように作られた市内でも有数の公園。これは北東方から沈む夕日に影を落とす名古屋城を撮ったもの。名古屋城を見る(写真撮影)には、案外名城公園からの眺めがなみなみと水を湛えたお堀も収まりおススメ。何せ遮るものがないからねぇ。ライトアップを撮るのも公園側からがGOOD!

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-あいちトリエンナーレ  私がよく行くCDショップでの或る日のこと。普通お店のBGMとして流れている曲なんぞに食い入るように耳をそばだてることなどまずないのだが、あれこれと物色しているさなかに Booker T. & The MG's の唯一無二のサウンドは春先のひそか雨に似て、いつの間にやらさっきまでの目的に対する明確な自覚を変えてしまった。

 正直いって何年ぶりに聴いたのだろう、不思議と清新さ斬新さを帯び響いてくる。やったぁ! やっぱコレだ! その恰好良さに気分はウキウキして落ち着かなくなっている。間違いないのは判っていてても念のため近くにいた女性店員に訊いてみると、はあぁあれっ、●※ッカー■▲ィ@ン●エ$ジ▼ズ くらいにしか聞き取れない発音で吐き捨てるように教えてくれた。しかしその声は有難い聖母マリア様のお告げであり、天使ちゃまからの御告文となった。

 おっとこのジャケットってビートルズの“アビイロード”のパロディものだとすぐ判るよね。しかもこのアルバム『マクレモア・アヴェニュー』全4曲(内3曲はメドレー)“アビイロード”のナンバーしか演ってないとくる。もっと驚くことに、ビートルズのオリジナルが発表されてほんの一年そこらでカバーしちまうんだから自信のほども窺えよう。そして偉大なる勇気と。

 アーシーなブッカー・T・ジョーンズのオルガンで今年何かと話題になった<ゴールデン・スランバー>で彼らの世界へ引き摺り込まれた。メドレーで切れ目なく移った<キャリー・ザット・ウェイト>は、ビートルズにお構いなしという我が物の顔したスティーヴ・クロッパーのセクシーなギターに翻弄される。このメドレーは<ジ・エンド><ヒア・カムズ・ザ・サン><カム・トゥゲザー>まで16分弱の長編となっている。

 アルバム中唯一単独曲となっている<サムシング>はやたらカッコイイ。たまに弾いてみせたブッカー・Tのホンキー・トンクなピアノとクロッパーのバウンシング感剥き出しのギターを核に、メンバー全員が渾然一体となって一気に聴かせる五つ星級の演奏だ。

 二つ目のメドレーはまるで“狂気”あたりのピンク・フロイドを思わせるプログレ風<ビコーズ>、一変して<ユー・ネヴァー・ギブ・ミー・ユア・マネー>疾走感がほとばしるタイトな仕上がり。

 最後のメドレーは渋く<サン・キング><ミーン・ミスター・マスタード><ポリシーン・パン>と流れ、オリジナルより軽快さを身にまとった<シー・ケイム・イン・ザ・バスルーム・ウィンド>、意外やラストはシリアスに決めた<アイ・ウィント・ユー>でどうだと言わんばかり。

 Booker T. & The MG's を誰かが【史上最高のバック・バンド】だって言ってたのを思い出したが、この頃すでに立派にメイン・ストリートを肩で風を切って歩いており、後80年代にはブルース・ブラザースのバックで鯔背な演奏を聴かせてくれたのもまだ記憶に新しい。彼らのカッコ良さは“ぐでんぐでん”になるくらい頼もしい。

-NO.598-


★あいちトリエンナーレ2010★

 8月21日から10月31日までの72日間名古屋市で開かれている都市とアートが響き合う、3年に一度の国際芸術祭。大きく4つのエリアに別れて世界中の現代芸術が結集。このカラフルなフラワー・オフジェは御年81歳になる草間彌生の作品。愛知芸術文化センターのメイン会場の入口で迎えてくれます。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-montorose  1976年といえば僕が中学3年で、その年に録音された歴史的数々のロック・アルバムは高校1年にかけて発売された。1956年にエルビス・プレスリーが“ハート・ブレイク・ホテル”、ビル・ヘイリーが“ロック・アラウンド・ザ・クロック”でロック誕生を宣言すれば、1962年にはビートルズ、ローリング・ストーンズ、ビーチ・ボーイズにボブ・ディランが相次いでロック界に産声をあげ、1970年にはビートルズの解散の後を追うようにジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリンが他界。そして1976年だ。

 1976年にはざっと挙げただけでもクイーンがロック歌劇に仕立てた“オペラ座の夜”、エアロスミスの荒削りの良さに骨太かつドリーミーな“ロックス”、スティーヴィー・ワンダーが生きる道を示した“キー・オブ・ライフ”、ジェフ・ベックの攻撃的な“ワイヤード”、イーグルスはロックの黄昏を崩壊と再生で見事に演出させた“ホテル・カリフォルニア”、ボブ・ディランは僕が未だ彼の最高傑作と敬う“欲望”をリリース。一方その陰でひっそりグランド・ファンクは奇才フランク・ザッパを招き、あまりの不当評価に結果ロック界を見限りしたこととなった“グッド・シンギング、グット・プレイング”、アメリカン・ロックの足跡一夜にして描いたザ・バンドの“ラスト・ワルツ”で幕を下し、このモントローズも自他とも認める最高傑作と呼ぶに相応しい『反逆のジャンプ』で何処かへ跳んで行き終止符を打ってしまった。

 僕にとってのロック界における事件は1978年にも前後してTOTO、フォリナー、ボストン、ヴァン・ヘイレン、ボストンの相当たる面々のデビューに加え、フリートウッド・マックの流説に終わらなかったモンスター・アルバム“噂”に、ジャーニーが一大転機を迎えた無窮のエクステンションする“インフィニティ”で俄然拍車をかけたのだ。それらはネオ・アメリカン・サウンドとして奇跡的にロック界を救った。

 前述したようにこ『反逆のジャンプ』はモントローズ4枚目にして最後の作品となり、当時のアメリカン・ロック・シーンを掌るすべてのサウンド・ファクターを擁していたと思う。しかしこんなにいい出来なのにUSアルバム・チャートでTOP100にも顔を覗かせないとはアメリカ国民たるや何ぞ、これではモントローズも浮かばれぬ。僕は彼らを報いるべく褒めにほめてちぎってみせようではないかと心に決めた。


 いきなり遥かいにしえはインディオ住む山奥から年に一度の盛大なる祭の太鼓でもと疑るようなデニー・カーマッシーが叩く♪ドンドコドンドコのリズムで<LET'S GO>の幕が下される。息つく間もなくロニーのうねり狂うようなギターが絡み、くんずほぐれつの展開に二代目ヴォーカリスト(初代サミー・ヘイガー“後ヴァン・ヘイレン”)ボブ・ジェームスが吠えまくる。このヘヴィさはエアロスミスの“バック・イン・ザ・サドル”や少し遡ってツェッペリンの“移民の歌”を想像していただきたい。

 ドライヴ感一発で聴く<WHAT ARE YOU WAITIN' FOR?>、つづく<TUFT SEDGE>はこの手のロック・バンドには珍しく唯一のインストナンバーで、灼熱の荒涼とした砂漠に陽が沈み、その熱りを鎮めるため静寂の闇に身をゆだねるような趣のナンバー。

 プログレ風の静謐なピアノで始まる<MUSIC MAN>はシンフォニック・サウンドを効果的に挿入し壮大なスケール感を出している。天下一品のメロディに心奥にずしりと響くデニーのドラムとロニーの甘く切ないギターがゆったりと紡がれる。

 タイトル・ナンバー<JUMP ON IT>は息巻くソリッドなロニーのギターが炸裂し、<RICH MAN>は歌ものに徹しただけあってボブにスポット・ライトが当てられている。覚えやすいメロディに乗せてほのかな色気も随所に漂わせている。<CRAZY FOR YOU>もポップな曲調でロニーのメロディ・メイカーぶりが窺える。ヘヴィ一辺倒のモントローズがここまで少女性を含んだポップな仕上げにしてくるとは誰も予想だにしてなかっただろう。ボビーの語り掛けるような歌声は【魔法の呪文】みたいに聞こえ、可愛い女の子達は古き佳き時代の遊園地に連れて行ってもらえるのである。

 そしてラスト<MERRY-GO ROUND>は。曲の途中で遊園地のジェット・コースターのSE(サウンド・エフェクター)が使われている箇所があるが、遊園地そのものの雑多な音、スタートの合図なのだろうかそこでの“チュ~ン”という金属音(特にこの音が好き)、カタコトカタコト登っていく鉄車の音、“ダダッダ~”と滑り“キャァァー”と黄色声が飛び交い、永遠にみずみずしいロニーのリフ、いずれも全部が美しい精悍なロックになるのである。

 余談ですが何と言っても当時物議を醸しだしたヒプノシス・デザインのこのアルバム・ジャケット、裏面はもちろん期待通り表と非対称となっている。中高生がこの30センチもあろうジャケットを抱えてレジへ進むにはとてつもないエネルギーが必要だったハズだし、持ち帰ってからの置き場所にも困ったのでは。ところで君はモントローズを知っていたかい?

-NO.597-


★フルーツのゴトウ★

 僕が名古屋に出てきた頃から池下にあった果物屋さん。田舎にはこんな風な果物屋さんなんてなく、果物だけで商売が成り立つのかと不思議に考えたこともあった。さてこのフルーツのゴトウといえばカキ氷だ。しかも果汁100%の搾りたてジュースを氷とジュースを何層にも重ねる。メニューもいっぱいあって悩んでしまうが、今日のおすすめ“黄金桃”で。写真でも分かるようにマンゴーと見間違えるくらいオレンジ色が眩しい! 土日は行列覚悟で挑まれたし。席はカウンターのみで、まだかまだかと足をブラブラさせる。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-ハラッド  唐突だが私は桑田圭祐の声が生理的に合わない。よってサザンのCDやレコードというものを持っていない。しかしながら桑田圭祐から生み出されるメロディとコメディな世界は尊敬し称賛に値する。日本のメロディ・メーカーとして誰が一番かと問われるとユーミンかクワタかと大いに悩み結論は出ずのままだろう。

 実のところそう言いつつも私はサザンを摘み食いしていた。何故なら原由子という日本を代表すべくヴォーカリストが居たからだ。桑田曰く原さんは自分の歌う声にコンプレックスを抱いていたらしく、それを解放させてあげたのが桑田氏であり、サザンが生まれるきっかけとなり後に生涯を供にすることとなる。

 さて原由子の声となると賛否両論が飛び交うかも知れないが、私にとって生理的にピッタリとくるのだ。決して上手いとは言えないが、大御所ユーミンや竹内まりや、大貫妙子、尾崎亜美など代表的な歌い手を挙げても、ある意味彼女を超える日本的ヴォーカリストは居ないでしょう。下手な演歌歌手より、実に日本的な佇まいと日本的心情を歌に表現できるヴォーカリストである。

 キーボード奏者であり、ギターの腕前も達者くる、コンポーザーとしての素質も兼ね備えており、サザンにおけるサウンド面での権力も桑田圭祐に肩を並べるほどの存在だったのだろうと。そう思いたいしそうだったのだと確信する。そんな彼女が『ハラッド』なる超ベスト・アルバムを新曲<京都物語>を引っ提げリリースしたのだから黙ってはおれない。気になる曲はすべて収録順に紹介させていただきたい。

 Disc1最初の<京都物語>は松山千春のアノ曲に似たメロディと言いますか、日本古来のフォーク・サウンドの常套手段 Em、Am、Dm、G7 あたりを今更ながらの感も余所に惜しげもなく使っている。そのコード進行が日本人的で曲名が“京都”と付くのだから想像も出来よう。メロディも昭和歌謡の雰囲気が溢れ出ていて、原坊(仇名 ハラボウ)本領発揮というナンバー。京都観光案内的ソングで、今年のJR東海「そうだ、京都行こう!」へ使われそうだ。

 <鎌倉物語>は旅番組で使われていたように旅情を掻き立ててくれるナンバー。彼女独特のフラットな音階がゆったりとした空気に包まれとても気持ちよく聴ける。

 初めてサザンでソロ・ヴォーカルをとったナンバーが<私はピアノ>。製作当時アイドル歌手の高田みづえに提供したのはあまりにも有名。大きく原由子とサザンの、そしてちょっぴり私の人生を変えてしまったお茶目な名曲。健気懸命歌う彼女の姿や声はいまだ愛を感じる人もいよう。

 これも高田みづえでヒットした<そんなヒロシに騙されて>はサザン生涯最高のメロディだと信じている。「えっ!」って思わないでくださいな。サーフ・サウンドに乗ってとことん突き進むこのメロディ、サビ部でドラムが裏拍子で煽りまくる。サビ ♪泣いたりしたり のまたサビ ♪だから一言 が現れる刹那、背筋がしゃんとし涙が零れ落ちるのである。

 <シャボン>は彼女の可愛らしさが一番に表出しているナンバーと思う。♪シャボン シャボン セゾン セゾン と狂おしく歌うのだ。

 <いちょう並木のセレナーデ>はアラっ懐かしいフォーク・ソング調だこと。このライヴ録音を聴いて思い出したのが“さだまさし”のアノ迷曲 前歯がキラリでお馴染み「雨やどり」での同種の聴衆が放つ笑い声だった。

 原由子作曲<あじさいのうた>は某TV番組のテーマ・ソングに使われたりしてよく耳にしたものだ。そのため日曜の夜遅い放映のため、私にとっては明日の朝を拒むテーマになってしまっていた。原サウンドはやはり桑田サウンドとは一線を画し、このコンポーザー原誕生は嬉しさあまりにCDシングルなるものまで買ってしまった。

 ではDisc2に移りましょう。何と言っても<花咲く旅路>の和に徹したヴォーカリスト原由子が傑出したナンバーに移ろいゆく日本美を感じない人はいないでしょう。日本の詞の季節感や心情、あちこちにいずる風光に身をゆだねようでは。

 これも数少ない彼女が作曲した人気曲<少女時代>で、初々しい斉藤由貴が歌っていたヴァージョンも懐かしいのでは。

 渋めの<涙の天使に微笑みを>は全国的TV朝ドラの主題歌で、私がカラオケで唯一女性の歌を歌ったナンバーなのです。個人的思い入れで選んだのでお許しくだされ。

 ラストにはやはり<想い出のリボン>だった。別に予想していたわけじゃないけど最後はこの曲でなきゃ、そうでないといけない気がする。この曲は勿論のこと、どの曲をとっても全部が美しい。ヴォーカリスト 原由子 万歳!

-NO.596-


★河井寛次郎記念館★

 京都五条通りから少し入ったところにひっそりとある河井寛次郎が設計した建物。今はそのまま記念館として残されており、彼の作品やコレクションをまじかに見ることができる。“土と炎の詩人”という異名が手に取るように分かると同時に無数にある素晴らしい作品が生まれた理由がそこには在る。こんな佇まいを皆は欲しているのだと思う。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-JLアットホーム  先月発売された“ジャズ批評”の特集が、三大白人女性ヴォーカルであった。ダイナ・ショア、ペギー・リーにジュリー・ロンドンの御婦人方。アメリカの国民的歌手となったダイナ、何かにつけ一癖二癖が中毒になるペギーに日本では大人気を誇るジュリ-・ロンドンことゲイル・ベック。

 ジュリーが何故日本で大人気になったかといえば、一にセクシーなアルバム・ジャケットにあり、二に均整のとれた歌唱力とちょいとハスキーな声にあった。もう一つ私自身がつけ加えると選曲の妙にあり。アルバムによって違いはあれど、おやっ? この曲知らないなぁなって一人悦に籠り、ニヤニヤとほくそ笑むお宝的ナンバーが多いからだ。

 さてセクシーとは裏腹なこの『ジュリー・アット・ホーム』は、三つ目にあげた意味の<ロンサム・ロード>と<ゼイ・ディドント・ビリーブ・ミー>に由るところが多く、オープニングの<ユード・ビー・ソー・ナイス・カム・ホーム・トゥ>から歌われる3曲がすべて。

 ジュリーは1959年にコンポーザーのボビー・トゥループと二度目となる結婚、その翌年に録音したのがこのアルバム。タイトル通り自宅のリヴィング・ルームでの録音とあって、いつもより和んだ雰囲気がふくよかさを増した歌声からも感じられる。

 冒頭の<ユード・ビー・ソー・ナイス・カム・ホーム・トゥ>は、歌詞の内容そのまま「あなたが待っててくれてるから、家に帰るのが嬉しいわ」と新婚ホヤホヤの心情が伝わってくる。日本でお馴染みのヘレン・メリルやジョー・スタッフォード、ニーナ・シモンの同曲に比べメロディにも負けず幾分明るく、この曲って「ヘェ~こうだったの」かと持っていたイメージを一新させられる。彼女の数少ないコンボを従えての作品で、エミール・リチャードソンのヴァイブとジミー・ロウルズの抑え気味の伴奏がどこまでも心地よく、特に間奏部におけるアル・ヴィオラの時間にして20秒程度の耽美なギター・ソロが聴きもの。

 2曲目はあまり取り上げられることのない<ロンサム・ロード>はミュージカル【ショーボート】で使われた小品。これを聴いてジュリーの歌の巧さを痛感し、惚れなおしたと言っていい。3曲目はジェローム・カーン作曲<ゼイ・ディドント・ビリーブ・ミー>。なかなか知ることもなかった佳曲。まだまだ埋もれているであろうこういった素敵なナンバーを知らずに一生を終えるなんて考えたら歳をとるのが怖くなってきましたよ。こうやってジャズ探究心を再燃させてくれることが何よりの良薬なんでしょうね。

 歌モノってたいていバックにストリングスを流しているが、このように少数のコンボ・スタイルが粋でいい。長くて3分弱の曲のなかで、ロウルズのピアノやヴィオラのギターが蛍火の如く短くもしっかり主張しているところをお聴き逃しなく。

-NO.595-


★御幸亭★

 随分と昔になるがこの“御幸亭”をご紹介したと記憶する。名古屋は大須にある老舗の洋食屋さん。みんなのお目当ては“ハヤシライス”や“オムレツ”に“いつものサービス定食”に集中。僕はこの店で食べたメニューの大半がハヤシライス。ホントに旨いのだ。またもう一つの愉しみが“猫”に関連したグッズの数々。お店の名刺にも猫があしらってあり、この写真の猫は自動ドアに貼られた黒猫のステッカーだ。通りから見やるとあたかも黒猫がお出でおいでと手招いているようです。