もう名古屋へ出てきて有に20年以上になるが、その頃から通いつづけているお店がいくつかある。その一つに鉄板焼きの今池屋。初めの頃は単にお好み焼きを食べに行っていたのが、行く度に新しい発見をすることとなり、手放せないお店になってしまった。ちょうどその頃一緒に連れ添っていたのがローウェル・ジョージの初のソロにして遺作となった『Thanks I'll Eat It Here』だ。
ローウェルは云わずと知れたリトル・フィートのリーダー、スライド・ギターの名手。彼との出逢いは高校生のときで、ザ・バンドと同じくしてリトル・フィートを貪るように聴いていたのが懐かしい。周りの友達はご多分に漏れずイーグルスやエアロスミス、キッスやクイーンなどに夢中になっていたが、変わり者だった僕とN君(ナル君と呼んでいた)は大人ぶって背伸びしながら眉間にシワを寄せこれらの類を聴いていた。ミュージシャンズ・ミュージシャン(多くの音楽家にリスペクトされていた=桑田圭祐などもその一人)と呼ばれた彼らの音楽は、高校生にとっては決して易しくなかった。が、今や懐かしんで聴くたびその良さが分かってきたように思う。一方リトル・フィート時代に比べこのソロ作品はとても分かりやすく、すぐに親しみを覚えたものだ。
ニューオリンズでもなく西海岸でもない。それは地中海に浮ぶ小島のようないでたちの「Cheek To Cheek」、ローウェル生涯一いい声を響かせている。「20 Million Things」では天性のメロディストぶりを、つづく「Find A River」では素朴な味わいをアコースティック・ギターで披露している。この3曲だけとってもあの芳醇なワインを舌の上で転がすようなスライド・ギターは封印しており、まったく別世界を描き出しているのである。またアルバム全体を通して旧友ヴァン・ダイ・パークスのスパイスがあちこちに効いており、ジャケットの絵も秀逸。
グレイトフル・デッドのギタリスト ジェリー・ガルシア同様に、本来のバンドとは180度違った心休める世界を自分のためにと、冷静な作品作りが感じられる。自分自身を癒すための最適な一枚だったのかも。奇しくもこの世にお二方とも居ないのが残念でならない。
-NO.479-
【今池屋】
ここは名の通り名古屋は今池にある鉄板焼きの老舗。お好み焼きがメインだが、常連客のほとんどは鉄板焼きを楽しむ。なんこつ、ホタテ牛肉巻、いか焼き(ポンポン焼き)、上野菜炒め、焼きそば等など。仕上げ前に一枚なら、ネギ焼きがおすすめ。女性ならフルーツポンチが目を惹くことだろう。とにかく取材拒否のお店なので、詳細は失礼させていただきますね(笑) 。
みんなご存知のナット・キング・コールを父に持ち、ソウル系ポップス・シンガーとして《ミスター・メロディ》などのヒット曲が懐かしいナタリー・コール。若いなぁなんて思っていたのもいつの日か、言わないでおくが結構いいお歳を召されていらっしゃる。今手元にあるお父さんとのツー・ショット写真など見ているとホント可愛らしい、もちろんデビューしたての頃の歌も可愛かった。歌の上手さは父だけでなく、母マリア(元歌手)の影響も大きい。しかもお母さんも美人さんだったよね。母マリア・コール唯一の作品も昨年限定復刻されたので、興味のある方は急がれたし。
さて本題に入ろう。今から15年も前の作品『UNFORGETTABLE』は、父ナット・キング・コールの名唱で馴染み深い22曲をさらりと歌ってくれた好盤。当時話題にのぼった表題曲は、父の音源を引き出し夢の父娘のデュエットに仕上げ涙を誘った。オープニング「君を想いて」はナタリーによってしかるべき場所を得た佳曲となり、しっとりと情感を湛えたナタリーの声は糸を震わす如し一級品だ。5曲目「L-O-V-E」は、昔シナトラとライザ・ミネリがアイ・コンタクトしながら歌ったのをTVで観てから好きになった曲。日本人では綾戸さんが好んで取りあげており、意外だったのがドイツ人の作曲家が作ったということ。アルバムも澱みなく進み、最後の3曲となったところでぐっと灯りを落として聴いていただこうか。原曲はイタリア産「忘れないで」とガーシュイン兄弟の「わが恋はここに」、そして父から歌いだし娘があとを追う「アンフォゲッタブル」。CDのブックレットには何枚かの父娘や家族の写真が載っており、どれもが微笑ましく温かく、歌のように素敵だ。
-NO.478-
【新名神・土山SA 近江三昧】
新名神が開通して車の流れは変わったのだろうか、名古屋から京都、大阪方面へは30分短縮できる。土山SAは上下線共有となっており、そこにあるレストラン近江三昧でいただくステーキ丼。
現代人にとって大敵といわれるものにストレスがあり、要因としていろいろとあるがその一つにプレッシャーが存在する。すなわち精神的重圧だ。失敗が許されない局面や強迫的観念を与える人物などへの遭遇が多いとされる。そんな現代社会へ突如として現れた宇宙船BOSTON号は、人類を救うため地球上へと降下しはじめた。
マサチューセッツ工科大学出身というインテリジェンスなトム・シュルツを中心に結成された超近未来型バンド、ボストンのデビュー盤『幻想飛行』は、瞬く間に全世界を席巻した捨て曲なしの大名盤だ。緻密に計算されたスコア、サウンドは、高度なテクニックに裏付けされ隙のない仕上りをみせた。唯一気を許せるのは生身の人間が演奏しているということくらいだ。実際シンプルなR&Rを素材とした正統派アメリカンロック。売り上げ枚総数800万枚というとてつもない記録を作った。
さあボストンの凄さはここから。華々しいデビューを飾ったがゆえに早々と消え去ってゆくモノは多いこの世。よく聞く話で、プロ野球1年目で活躍した選手に使われる2年目のジンクス・・・がそのいい例。まさにプレッシャーとの戦いが大きな波となって押し寄せるのだ。デビュー盤を最後まで越えられなかったアーティスト(日本では一発屋などとも呼ばれる)は数えきれぬほどいる。デビュー2年後の1978年発表セカンド・アルバム『ドント・ルック・バック』、1曲目のタイトル・ナンバーでその不安は一瞬にして自信となり希望へと変わった。事実不安に陥っていたのは僕らであって、メンバー達は何の不安もプレッシャーも無かったのだろう。多重録音による隙間のないサウンドは正直窮屈さをも感じるが、トム・シュルツの唸るギター・サウンドにただクラクラしてしまうだけ。セールス的にはデビュー盤に譲ったものの、初のシングル全米チャート1位など内容的には数段上を行く。全編に漂うメランコリックで切ななメロディは、不穏な社会から僕らを解放してくれるには十分だ。
さすがに8年後のサード・アルバム『サード・ステージ』では失速気味。76年デビュー以来4枚のアルバムを発表しているということは、1枚平均約8年の製作期間を要したこととなり、これは如何なものか。涸れることのない創造力はもっともっと先を見据えているのか。8年に1枚。トム・シュルツよ、次なる日は近いぞ! ねぇ、そうだろ。
-NO.477-
【創作料理 串安】
ホント、ここは僕の隠れ家的なところの一つです。店名からもわかるように串揚げも自慢。串揚げもって・・・とにかくアレモコレモ興味をそそる逸品ばかり。今はなきメニューも、ママにおねだりして作ってくれることも。安くて旨いのが一番! BGMにはずっとJazzが流れており、説明しにくい中途半端な掘りごたつ風お座敷がオススメ。味くらべという利き酒(日本酒・焼酎)メニューもあるよ。大抵値段の張るものから選ぶらしい。
70年代半ばお洒落な大人のロックといえばTOTOみたいなコンテンポラリーなロックバンドがすぐに思いつくが、ちょうどそのころカンサスやボストン、ジャーニー、スティックス、ELO、スーパートランプといったプログレッシヴでハードなロックが持てはやされていたのだ。その中でも異色のバンドにフォリナーがいた。英米混成の6人組で、イギリス人の元キング・クリムゾンのイアン・マクドナルドと元スプーキー・トゥースのミック・ジョーンズが中心となって結成したところに面白みがあった。
この2人ならともっと英国的な音を想像していたのだが、キャッチーでいてどちらかというとアメリカンな装いに戸惑ったのは僕たちの方だった。出来過ぎたデビュー・アルバム『衝撃のファースト・タイム』がベストには変わりないが、このセカンド『ダブル・ヴィジョン』こそ人気と実力を彼等自身が確信した内容とセールスを記録したのだ。アルバムからのシングル「ホット・ブラッディッド」の荒削りで少しルーズなミックのギターが小気味いい。つづく「蒼い朝」や「君は僕のすべて」で聴かれるコーラス&ハーモニーは、彼等がビートルズや60年代後半のブルー・アイド・ソウルなどをアイドルとしてきた影響がモロに出ていていい雰囲気だ。後者などは知らない人にビートルズだといっても分からなくらいだ。そうかと思えばアルバム一番のハード・ヘヴィな「ダブル・ヴィジョン」は、ただハードだけではないんだぞと言わんばかりにしっかりと計算されている。マクドナルドの吹くサックスを効果的に絡ませ、そこにミックのスリリングでブルージーなギターが格好いいリフを終始絡ませている。さらに一つの楽器とみなしたほうがいいだろう、ルー・グラムのヴォーカルがサウンドに厚みをもたらせており、実に音の組み立て方が上手いバンドだなぁと今更ながらに思うのである。マルチ・プレイヤーのマクドナルドの存在と、決してテクニックがあるわけでもないミックのギターと曲作りの才が、千変万化のロック界にとどめを刺した聴き応えのある作品だ。
それにしてもあの曲「ダブル・ヴィジョン」においてミックのギター・ソロがないことに今気付いたのだ。ソロがなくてもあんなに格好良ければいいじゃんね。それも湯水のごとく湧き出る曲作りのアイデアと、格好良さのツボを知り尽くしているからなのであろう。
-NO.476-
【おかげ横丁 すし久】
伊勢参りに馳せ参じ疲れたからだと空腹を満たすため、旅籠風の屋敷へと足を踏み入れる。二階へ上がるなりそこには別世界が待っていた。窓の外に目をやると清流五十鈴川が流れており、いや応なく気持ちも静まる。名物『てこね寿し』は是非味わってもらいたいものだ。王道のてこね寿しにするか、伊勢芋麦とろろにするか思案の影が愉快である。
さてジャズ界の功労者としてノーベル賞に値するお方(会社)が日本にいらっしゃる。一人は大阪の澤野商会、もう一人が東京はガッツ・プロダクションだ。いずれもヨーロッパ・ジャズを中心に、埋もれ忘れ去られた名盤や、人知れずこの世でスポットライトを浴びることなく消えてしまいそうな名盤を発掘、紹介してくれ続けているのだ。ヨーロッパ・ジャズ・ブームの火付け役と言ってもいいだろう。
今回はその前者、澤野商会が今日の成功に到るきっかけをもたらした作品、通称《子供》と呼びならされたベント・エゲルブラダの『A Boy Full Of Thoughts』(1988年) である。さあ何といっても皆さんはこのジャケットに目を奪われてしまうだろう。鉛筆でデッサンした子供の横顔、何を想うのだろうか。社長でもある澤野氏が、会社の命運をかけて送り出すには少し懲りすぎではと思うくらいの珍盤であり、何せ暗さの残るスウェーデンのジャズ。しかしジャズ・ファンにとっては寝耳に水、驚きと感謝の意を込め大ベストセラーとしてしまうのだ。澤野は初めから勝算ありだったとみる。CDのパッケージはプラケースが蔓延る今日に、デジパックと申すLP感覚の紙ジャケ風にし、手に取ったときの感触からリスナーの心を鷲掴みにした。そしてジャケット・デザイン。澤野の作品にはアーティスティックなデザインが多く、いかにもヨーロッパらしくまるで絵の展覧会でも見ているようだ。たしかに澤野の諸作品を並べて個展をやっても遜色ないほどの内容。そしてもっとジャズ・ファンを強く惹きつけたのは、変っていて読めない知らぬミュージシャンの名前だ。長年ジャズとつき合ってくると、何となく名前や曲名である程度の予測がつくようになる。ジャケット、名前、曲名で僕は予想をつけた。
ベント・エゲルブラダ1932年生まれのベテラン・ピアニスト、一般的には知らないのが普通だ。澤野からはこれを機に3枚を発表したが、残念ながら2002年の『Sweet And Lovely』が遺作となった。澤野商会の躍進、ヨーロッパ・ジャズの普及、そして多くの隠れたるジャズ・ミュージシャン、数多のジャズ・ファンに高らかに宣言した曲が1曲目のタイトル・ナンバー「A Boy Full Of Thoughts」だ。イントロでガァ~ンガァ~ンガァ~ンと鍵盤を叩き、この世に警鐘を鳴らすが如くこの1曲が前述のすべてを変えてしまったのは間違いない事実。日本人の琴線にふれるメロディ、何百回も聴いてみてよ涙枯れるまで。結果は予想した通り、いや予想を遥かに超える素晴らしい内容だった。今となって「The Blue Road」というトラッド・ナンバーを、彼の魂とともに彼のレクイエムとしたい。あの警鐘は今日のジャズを救ったのだろうか・・・
-NO.475-
【牡丹の総持寺】
むびょうたん霊場(西国薬師霊場第三十一番礼所)で有名な総持寺は、まこと見事な牡丹が咲き誇っている。見ごろは4月下旬から5月初旬。花も大きく、色がしっかりとしている。何てたってここの牡丹は可愛いよ。