新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景 -3ページ目

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
ほなお暇なお方はどうぞお入りやす。
某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-hot rats  お待たせ~! これ私自身に云っておるわけで、有に30枚を超えるコレクションを誇るFZ。FZとはフランク・ヴィンセント・ザッパのこと。まあ彼ほどプロアマ含め研究家の多いロック・ミュージシャンもそうは居ないだろう。しかも当人と同じく奇人変人であることは云うまでもなく、彼についての真面目な研究書もないことをここに記しておく。そんな訳もあって彼について何を書こうかと大いに悩むのだ。


◆質問◆ ジャンル?、ロックじゃねぇの?

◇答え◇ 初期にはサイケ、ブラック・ミュージックにロカビリーあり、プログレ風にヘヴィメタ、ジャズに至ってはビッグバンド作品も手掛け、映画音楽からクラシック作品まで、その範疇は測り知れない。しかもその境界線は複雑に入り乱れており、新しい作品が出ても聴いてみるまで分からない萬屋的存在なのだ。その意味ザッパの多様性は自給自足から成り立っている。


◆質問◆ 師匠と崇める輩が大勢いらっしゃるとか?

◇答え◇ 師匠と崇める輩というと今では師匠と呼ばれる立場の方が多い。たとえばだ・・・ホント列挙しちゃっていいのかなぁ。さあ興味ある方はメモって頂戴よ。はぁ・・・? 授業じゃあるまいし書き控えなくても・・・テリー・ボジオ(元UK)、ローウェル・ジョージにロイ・エストラーダ(共に元リトル・フィート)、エインズレー・ダンバー(元ジャーニー)、チェスター・トンプソン(元ジェネシス)、エディ・ジョブソン(元ロキシー・ミュージック)、エイドリアン・ブリュー(元キング・クリムゾン)、ウォーレン・ククルロ(元デュラン・デュラン)、ジャズ畑に目を転じてみるとロニー・キューバ、ブレッカー兄弟にジョージ・デューク、ジャン・リュック・ポンティなどと恐るべき面子だ。総勢何人が彼の門を叩いたことだろう。元と書いたが実際には後にである。


◆質問◆ 彼は唄わないのですか?

◇答え◇ 本人曰く、恥ずかしながら歌うこともありますが、作品の多くはインスト・ナンバーが大抵を占めており、ここぞと一発決めてやろうと一念発起で書き上げた歌モノは、彼より遥か歌の巧いキャプテン・ビーフハートらに力添えしていただいてたようですね。


◆質問◆ 彼の作品で一番好きなのは? 

◇答え◇ 『ホット・ラッツ』ですね。先ほどの質問にもあったように、彼の真髄はインスト・ナンバーにありと思っています。『ホット・ラッツ』のほとんどが(95%)インスト・ナンバー(ザッパのギター・ソロ)で構成されており、雷鳴轟くシャイなギターとでも言っておきましょう。ほんの一瞬のソロ、どんなに短くたって構わない。短ければ短いほど恋しさ100倍になるというもんですよ。このアルバム、奇妙奇天烈な彼の代名詞と云うべく名曲がずらり。その最たるナンバー<ピーチズ・エン・レガリア>はメロディも劇的に恰好いい。つづく<ウィリー・ザ・ピンプ>はさらに大変な曲だ。手足、五感、六根を総動員して立ち向かわなければならない。こんな恰好いいギター・ソロに出くわしたあなたが悪いのだから今日はじっくりと堪能したまえ。さてポップな装いの<サン・オブ・ミスター・グリーン・ジーンズ>、宇宙的拡がりの中に甘く切ないメロディがザッパのイメージを打ち壊すのである。

 有名な著書に「フランク・ザッパ自伝」があるが、何せ奇人変人が書いただけに信用は・・・信じて疑わないのは彼の残した膨大な作品だけだ。彼の偉業はまだまだつづく。暫しその時までお待ちあれ。

-NO.619-


★金武町新開地★

 或る意味沖縄らしい場所、そこが金武町の新開地。キャンプ・ハンセン正門前にあり、米軍駐屯地として栄えた町。あのタコライス発祥の地で$が使えるお店がほとんど。あなたも沖縄で亜米利加のダウンタウン散策してみませんか。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-after the gold rush  ニール・ヤング、まだまだバリバリの現役ロッカーをしてはりました。ちょいと前に新しい貢物(新作)を私の御前へと御運びになりましたが、一度は知らんぷりをしたゆえに今更という意固地に徹して見向きもせなんだわけです。個人的に申しますと彼とのわだかまりがまだ解けてはおらんのです。わだかまりって何やの? いやいやお恥ずかしい限りで、勿論私が勝手に思い込んでいる他愛もないことでございます。

 それは何時ぞやボブ・ディランとニール・ヤングの対決なるものを、ご覧じろと言わんばかりに書き記したことがありました。詳細についてはそこはかとなく忘れてしまいましたが、何方のお人がお好きでっしゃろという問いに矢を射るが如く断然ニール・ヤングだと豪語しておりました。そんな折一人の男(ディラン信者)との出会いでもっていとも簡単に覆されてしまった事が発端となりました。そのディラン信者が生業としてたのが悪魔も欲する液体と、妖怪が懐に忍ばせた流行粉を巷にまき散らしているとのことでした。それでもって女性の顔を化かすだけでなく私の心までもまやかそうとしました。して、私めがまやかされたことは汗顔の至りであります。

 時は流れあの液体や粉は化粧品と呼ばれるようになり、皮肉にも私が生業としている飾り棚(販売台)に乗せて女性の目を引くよう並べられているのです。彼と立場がどうであれ友好な関係であることは言うまでもなく、惜しむらくはコンプリートしつつあったニール・ヤングのCDを手放したことのみ痛悔の極みです。ただ幸いにもノーベル賞ものに値する何枚かを残していたのが救いでございました。この度に至っても異邦の言辞をいとも容易く扱う一人の女性に端を発し、人に感化されやすしといえばそれまで、ニール・ヤングを長く忽せにしながら、今日となってその償いをしようとはゆめゆめ思いもしなかったのであります。

 私の中では白(実際には肌色に近い練色)と黒などと呼び、またの呼称を明と暗にしておりました。白明と呼ばれるものが『ハーヴェスト』、黒暗とされるのが『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』。精神的にもズタズタであった彼がやっとの思いで御作りになったのが『アフター~』でした。ちょうどこの時期と言えば、CSN&Yとして『デ・ジャヴ』で存在を示し、すぐあとには前述の『ハーヴェスト』で万雷の拍手をお浴びになりました。今回は闇と称される『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』を拝聴してみましょう。

 私も久しぶりに針を落として・・・いやCDプレイヤーのプレイボタンを押してみますと、思いのほか明るいのです。なんだなんだと聴いているうち、緊張と喜びを押し隠した完璧な闇が潜んでいたのは確かであります。とはいうものの、次作『ハーヴェスト』と比べサウンドは重くトーンも暗いとなっただけで、詩の内容をよ~く見ますれば【愛】を綴りになられたラブ・ソングが大半を占めているではありませんか。

 何のためらいもなく私の相好が崩れ出した3曲目<オンリー・ラヴ・キャン・ブレイク・ユア・ハート>、真勝手あやふやで申し訳ないが、何かの音楽番組のテーマ・ソングとして使われていたと記憶します。単純明快なメロディとリズムが、甘い夢を見るような時間(とき)を与えてくれはります。つづく4曲目は作品中最もハードな<サザンマン>、後の彼の代名詞となる轟音唸るファズ・ギターはここで完成されましたと申しておきましょう。これだけハードな曲調にも拘らずとても甘酸っぱい香りが漂うのは、ピアノがアクセントになっているからだと存じ上げます。私にとってこの感じのピアノは大いに好み、借りてきた猫のように「うんうん」と大人しく聴き惚れておるのです。お弾きになっているのはニール・ヤングなのかジャック・ニーチェ、それともニルス・ロフグレンなのでしょうか、実のところ私は未だ分からないでいるのです。

 結びに人生を楽しんでいるかのような<アイ・ビリーブ・イン・ユー>を。この曲はリンダ・ロンシュタットやリタ・クーリッジを始め幾人かに歌い継がれているようです。キャッチーなメロディがあるわけでもなく、飛びぬけた演奏があるわけでもなく、ただそこは居心地のよさで皆々が参集されるのであります。悔恨の情を払拭すべく、彼の蒐集にまた精を出さねばと改心いたした次第です。


追伸 : 本文に登場された実際の方々へ。それ俺やんか! 何なん私が出てるねんな! と異議申し立てにつきましては大いに承ります上、貴意頂戴したく存じます。

-NO.618-


★今帰仁城のネコ★

 沖縄は今帰仁城へ行ってきました。生憎台風1号の影響で天候はすぐれません。しかし曇り空というのは慣れない沖縄を快適にさせてもくれます。汗もかくことなく古の琉球王朝を、ゆるりとした時間を、そして門番なのでしょうか二匹のネコが出迎えてくれました。男の子と女の子でしょうか。私を見るなり清国の冊封師はたまた薩摩藩のお役人かと警戒したのもつかの間、この表情はようこそ琉球王朝へとお招きいただけたようです。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-南へ帰ろう  今日は何の前触れもなく本題に入ってゆけそうだ。なぜだかわかるかい? それは一刻も早くこの心中をお伝えしたいという思いからだ。ジョバンニ・ミラバッシ、今や日本での人気のほどは測り知れない。その彼がSawanoを離れ満を持して送り出したのがこの『新世紀 (Out Of Track)』なのだ。

 ここでのトリオは当代きっての強者というより、ミラバッシにとってくみしやすい二人に落ち着いた。ベースはジャンルカ・レンジ、ドラムにレオン・パーカー。二人して超ド級の低重心爆裂隊は重戦車並み。そんな形容のされかたをするとどんな強面かと深憂してしまうが、そこは案ずるなかれ、音色とともに優しいお方たちだ。

 アストル・ピアソラでお馴染みの現代タンゴの名曲となった<南へ帰ろう>、これを無視して遠目から見遣るだけではいけない。この盤の白眉はまさしくコレ! 特に味わいたいのはベース。原曲と寸分違わぬゆったりとしたベースが深みを増し、深遠さを後押しする。さすがピアソラの楽曲は、イタリア系アルゼンチン人の血を引くだけあってミラバッシとの相性もバッチリ。さながら太古の昔、日本に芽生えた大和メロディがこのタンゴの調べと奇跡的に逢瀬を繰り返し、官能的に絡む。日本人の皆が奥底に持っている琴線に触れてくるわけだ。傍から見れば何と大仰なと言われようが、僕のこころに火をつけたのは紛れもない事実。

 もう一曲こころ奪われたエンニオ・モリコーネの<ヒアズ・トゥ・ユー>は、キースのケルン・コンサートを久々に思い起こさせてくれたメロディが点在している。キリリと誇りと気概を抱えたメロディは立ち昇り、やがてゆるりと自らを静めるように消え行こうとする。この二曲、涙腺が緩みっ放しになること心得して聴いていただきたい。

 この他トリオでの再演となった<ル・シャン・デ・パルチザン>や軽やかなラテン調の<コンヴィテ・パラ・ヴィーダ>は、上述した二曲の対極にあって、その明るさあるがゆえ彼の人気を増幅させているのだ。

時は惜春、天気図では非常に大きな台風2号が日本へ接近中とある。この台風で週末には梅雨入りしそうな気配だ。秋の夜長ならぬ梅雨の五月雨、「しっとりとした潤い」に身をゆだね本など片手に是非ミラバッシをご聴拝あれ。

-NO.617-


★名古屋市科学館★

 名古屋で人気スポットといえば名古屋市科学館のプラネタリウム。私が生まれた1962年に開館した科学館は、2011年3月に新しく生まれ変わりしました。何と言っても限りなく本物に近い星空の再現を目指し、ドーム直径35mという世界一の大きさです。この裏からのアングルでお判りでしょう。2つのドーム、いかに大きくなったか。正面ゲートからは見えませんので、白川公園(名古屋市美術館側)から見てみましょう! 実はまだプラネタリウムを見ていないのです(汗)

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-MARCIAC  或る休日のこと。「じゃがりこ」を手にした女の子、幼稚園に通っているかどうかの可愛らしい子。その女の子に気になりだしたのも僕の大好物「じゃがりこ」のせいでもあったのだが、それ以上に神経を向けずにおれなかったのは女の子のその歩き、歩調にある。僕の歩調にどうも合わせているみたいなのだ。いや、どうも僕の歩調に挑んでいるのに違いない。

 いま歩いている一方通行の道幅はほんの5Mほどで、ジグザグに植え込みで仕切られた歩道が両脇にあり、車道というものは3M強。とはいえ左右に分かれた僕と女の子には、各々の息遣いさえ伝わりそうなほどの狭い道だ。女の子は明らかに僕と行く先を争っている気配だ。

 やがて僕の方もムキになっているのではと、自分自身訝しんでいる。一進一退、そんな遣り取りを女の子は楽しんでいるようでもある・・・なのに僕は、僕は、僕は負けるわけにはいかないと脚をそら大きく踏み出すのである。

 「ウフっ、あのオジちゃん私と競争してるんかなぁ。何か私を横目でチラホラ見ているような気がするけど気のせいなのかなぁ。ちょっと前に出て顔見てみようか、睨まれたらどうしよう」、そんな風に感じられた女の子のゴール地点は10M先にあるあの止まれ! の標識一点に視線が向けられているようだ。

 ふとその時思い出したのだ。その女の子と一緒に歩いていたお爺ちゃんは? というと、今にも溺れそうに目一杯藁でも掴むようにその女の子へ手を伸ばしているのだ。「#$@ちゃ~ん、待たんかいなぁ。急いだらこけるで~」のお爺ちゃんの叫びに呼応するかように女の子は歩道の段差につんのめっていた。きっと僕の位置を気にして脇見をしていたのだろう。思わず「あっ!」と声を発し、届くはずのない僕の手が伸びた先で女の子は辛うじて体勢を整えつつ満面の笑みで僕を見た。ほぼ同着と思われたこの戦い、前傾姿勢に勢いをつけた女の子に軍配が挙がったのは言うまでもない。女の子の笑顔は転ばずにすんだというより勝利したことによるものだろう。


 一般的にピアノの鍵盤は黒が36で白が52、合計88個で構成されている。数だけ見ると意外と黒の36個が多く感じられるのではないでしょうか。特に素人の方はそうお思いでしょう。それは単に黒鍵盤と白鍵盤の幅や長さの違いにも依るの。その鍵盤の波間に私が理想とする指の動きがある、ブラッド・メルドーの新作『LIVE IN MARCIAC』はDVD含む3枚組のソロ・ライブにてである。CDと同内容のDVDに収められた動くメルドー、その一挙一動に身動ぐこともできない自分がいた。

 ジャズのピアノ・ソロというとキース・ジャレットがすぐ浮かんでくるが、彼と根本的に違うのは実にヒューマンな感覚で弾いていること。だからこちらとて簡単に感情移入しやすく、堅苦しさなど微塵も感じさせない。曲目を見ただけでロックなファンにも訴えるべくニルヴァーナの<リチウム>、今や彼の十八番となったレディオヘッドの<エクジット・ミュージック>、そしてビートルズの<マーサ・マイ・ディア>まで出されると、もはやノー・ガードの僕が露になっている。してこの作品の中枢を担うはそれらでなく、またメルドーのオリジナルでもない。コール・ポーターやサミー・フェイン、リチャード・ロジャースの思慕の念に浸ったナンバーに酔うのである。

 なかでも特筆すべきは<シークレット・ラブ>。88の鍵盤で踊るメルドーの手から、ふわりと音が零れるのが見える。彼の手に掛かれば何でもない曲でも鉄壁の美学によってさらに輝きが増してくる。もとより曲の良さは認めざるを得ないが、曲そのものには古くならないセンスが宿っており、原題に違わぬ秘めた想いがより一層秘めやかなものとなって綴られてゆく。料理しやすいとされる<マイ・フェイバリット・シングス>は、バース部、そして第一小節から思わぬ柔軟さを見せ、終始やんわりと時を刻む。また予想外の見っけもんだったのが、ラストのボビー・ティモンズ作<ダット・デア>。抜き差しならぬ癖あるこの曲を、艶っぽくしてしまうのもメルドーの成せる業だ。

-NO.616-


★室生犀星記念館★

 猫を愛で、金沢の町に心を解き、そこに在る自然や居る人たちを愛した詩人、念願であった室生犀星の記念館へ訪れた。エントランスでいきなり目を奪われるであろう、壁いっぱいに飾られた彼の作品群に。記念にと一冊彼の詩集を手にした途端、ものすごい勢いでもっと好きになってしまったようだ。彼の作品には難しいとされるもの、じつに明解なもの、それぞれ愉しみ方は千差万別である。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-ウナセラディ東京  今から5年と半年前、【尾張名古屋が生んだ最強ガール・デュオ】と題し、某サイトで -NO.270- として『ウナ・セラ・ディ東京』をアップ。つい最近のことのように思っていたが、もうそんなにも経ってしまったのかと自分の齢と共に時の流れの速さについて行けなくなったようだ。阪神淡路大震災、この度の東北関東大震災にしても時の流れ以上に、身勝手な記憶というものは肝心な事を忘れさせてしまうのだ。でも忘れ得ぬ人、忘れ得ぬ歌と同じように決して忘れてはならないし、忘れることはないであろう。

 どうしても忘れ得ぬ歌の中に、ザ・ピーナツの<ウナ・セレ・ディ東京>がある。それは私にとって数あるザ・ピーナツのヒット曲群を差し置いて、堂々と頂に君臨するものだ。

 当時私はこう記していた。「<ウナ・セラ・ディ東京>は、ちょっと違った雰囲気の彼女たちに触れることが出来る」、「彼女たちのハモリにはゾクゾクさせられる」と。異色ともいえるこの曲、元はと言えば<東京たそがれ>という曲で、天性のメロディスト宮川泰氏が作曲。彼の創り出すメロディは、日本特有のものであり、【侘び】と【寂び】が大切に仕舞い込まれている。では彼の代表的作品を挙げてみよう。

 “宇宙戦艦ヤマト” “銀色の道” “逢いたくて、逢いたくて” “若いってすばらしい” “ふりむかないで” 西城秀樹の隠れたる名曲“ブルースカイ・ブルー” 変わったところで“JRA G1ファンファーレ” “ズームイン朝のテーマ”と驚きだ。おや、あれは?とお思いでしょう、そう“恋のフーガ” “恋のバカンス”はどちらかといえばアレンジの人として才気を揮っている。

 話題を<ウナ・セラ・ディ東京>に戻そう。この曲は多くにカバーされているが、つい最近知って仰天してしまったのが矢野顕子&大貫妙子によるもの。さらにビックリしたのが私の記憶。実にザ・ピーナツはスロ~なテンポで糸を震わすかのように歌い上げているのに対し、私のテンポはチト早いのだ。そう、私の有するテンポはあの和田弘とマヒナスターズと同じだったのだ。ショックもショック。確かに聴き返してみると超スロ~なのだ。このテンポでハモルとなると難しい、ただ難なくこなしてそまうのがザ・ピーナツであり、5年前逝った宮川一世一代の讃歌として通夜の折りに流されていたのがこの曲、運命にも勝る凄さと言える偏愛すべき曲だ。宮川泰氏はメロディの人、それを好きな私も根っからのメロディの人なのです。

-NO.615-


★神田明神(神田神社)★

 ここは得意先の近くでもありちょくちょく寄る。何事にも勝つ! という意味で“勝守”を求め全国から多くの方が詣でます。仕事、勝負事、病気、そして自然を相手に勝つために。自然の驚異は測り知れない、たかが数千年で人類が築いた文明文化など自然界から見れば大したものでないのだそうだ。そうこの度の震災において多くの犠牲者が出、この苦しみや痛み、そして悲しみに勝ち、早い復興を強く念じます。