新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景 -29ページ目

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
ほなお暇なお方はどうぞお入りやす。
某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。


オールサマーロング
 またまた夏の少年の登場だ! 前回ビーチ・ボーイズを高らかに熱愛宣言したボクでしたが、今回は彼等との蜜月だった頃のお話をしよう。
 デビューした彼等はサーフ・ミュージック、ホットロッド・サウンドに焦点をあて瞬く間に人気バンドへ成り上がった。時は1964年、イギリスの知らないような街から誕生したロック・バンド(ビートルズ、ローリング・ストーンズ、キンクス、マンフレッド・マンなど)は、次々と海を渡りアメリカ全土を席巻してしまう。云わば《ブリティッシュ・インヴェイジョン》というやつである。彼等がアメリカで受けた要因には、そのアメリカが失いかけた本来のロックンロールが充満していたからだ。それに果敢に立ち向かっていたのがビーチ・ボーイズでありブライアン・ウィルソンなのだ。アルバム『オール・サマー・ロング』はそんな彼等の力強い決意が詰め込められている。
 ちょうどこの時期には前作『シャット・ダウン Vol.2』に収められた「ファン・ファン・ファン」、「ドント・ウォーリー・ベイビー」というスーパー・ヒッツを皮切りに、本作での「アイ・ゲット・アラウンド」と3曲も短期間、いや短時間に創ってしまったのだから驚きと言うしかない。飛びきりゴージャスなコーラス&ハーモニーと、格好よく唸るようなギター・サウンドは従来のイメージを大きく覆すものだった。また華やかなそれらに隠れ不遇に見舞われた「ハッシャバイ」「ウィル・ラン・アウェイ」は、ボクも含む本当のファンなら絶対見逃す訳がない隠れたる名曲だ。ボクとビーチ・ボーイズの幸せな蜜月はそういった曲に囲まれて過ぎて行った。この後、彼等が予期もせぬあらぬ方向へと。今だからこそそんな時期も愛しく感じることが出来るのは、ブライアンが孤軍奮闘こしらえた『オール・サマー・ロング』の《ゆるり》とした夏があったからこそと思う。過ぎゆく夏を惜しむには最適のアイテムだ。
-NO.489-
シャットダウン2


【八百半商店】
 〝純氷〟と書いてある下町ならではの氷問屋さん。実はお世話になった方の実家である。この夏の時期だけ店頭でカキ氷を販売している。丸イスに簡単なテーブル、もちろん軒下で暑さと戦い、時には風を感じながらいただくのがいい。


Worship of Self
 私は写真やカメラが好きである。たいていの男性はそうだと思うし、子供心と一緒で覗くという行為が好きな人種でもあるに違いない。それらは私の場合趣味という域にあるものでもなく、ただ日常的に持ち歩き、特別に被写体を選んでいるわけでもない。書く行為が日記なら、撮る行為の日記のようなもの。そんな折この他愛もない一枚の写真に相応しい音がないものかと見つけ出したのがラーシュ・ヤンソンの新作『ワーシップ・オブ・セルフ』ということだ。
 ヤンソンの作品は殆ど持ち合わせており、どれもが高水準の出来でハズレがなく、これからヨーロッパ・ジャズを食指しようとお考えならばお勧めのミュージシャンである。今やヨーロッパ(北欧)・ジャズの重鎮とも称されるベテラン・ピアニストの一人で、とにかく安心して聴ける。今回の作品はクラシックとの融合が極めて美しく、静謐な趣が辺りを支配している。以前ボースレン・ビッグ・バンドを従えた『ワン・ポエム、ワン・ペインティング』という作品を捉え、それを超えるものは出てこないと断言した私だった。たしかに一度二度、いや三度と聴いたところであれを超えるとは夢想だにしてなかった。しかし・・・今そのハードルを軽々と越えてしまった。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの弦楽にオーボエやフルートの木管とヤンソンの鍵盤がものの見事なアンサンブルを紡ぎだすのである。こりゃ参ったの一言。いきなりの「サヴァーサナ」はジャズ独特の匂いやクラシックの響きとは一切無縁であり、ラーシュ・ヤンソンとアンサンブル・ミッドヴェストだけに与えられた音世界。静かな夏、自分一人のどかに過ごす夏、どこかCMなんぞに何気なく使われてそうな三重丸の曲想だ。つづく「スクールダンス」はほど良いグルーヴ感が持ち味。クリスチャン・スペディングの爪弾くベースが8ビートに乗ってミッドヴェスト達を促す。このアルバム全編にいえることだが、特にこの曲では珍しく跳ねるようにヤンソンが弾くピアノ、音の粒立ちが際立ち沈んだ気持ちも晴れやかにしてくれるような作品。
 悪く言う北欧にありがちな暗く重い雰囲気は微塵もなく、クラシカルな嗜好はほどよくブレンドされ、母国スウェーデンに訪れる一瞬の夏の輝きを教えてくれる。そんな一枚の絵のようであり、一枚の写真のようでもある。もちろん私の撮った他愛もない川原でのベンチの写真に捧げてくれたと勝手に思い込んでいるのである(笑)
-NO.488-

【水郷東大橋・川原のベンチ】
 これはモエレ沼公園の玄関口にかかる水郷東大橋から川原を覗くと木製のベンチが。傍には夏色の白い花が咲いていました。ただそれだけですが、ずっと見ていたい、そんな焦燥にかられてシャッターを切った一枚です。


静かなるケニー
 音楽は不思議なものでお国によって評価が天と地ほど違うことがある。特にジャズにおいては顕著であり、そのいい例がトランペッターのケニー・ドーハムだ。なぜ本国アメリカでは過小評価なのであろうか、たしかに彼が活躍した50年代といえばハード・バップ全盛期で、華やかさに欠けるドーハムはアメリカ人には歓迎されなかったのだろう。ではなぜ日本人、すなわち私に好かれたのか。それは日本人が好む憂いたっぷりのマイナー調のオリジナルがあるからだ。皆が揃えて口にするように、曲だけでなく少し霧がかかったような淡く甘いトーンが琴線をくすぐるのである。想像しただけで聞こえてきそうなもの、その究極の作品が『静かなるケニー (Quiet Kenny) 』。
 さてメンバーも凄いぞ! ピアノにはトミー・フラナガン、ベースにポール・チェンバース、アート・テイラーのドラムとこのうえない布陣である。私はもともとフラナガン聴きたさにこの盤を手にしたのだが、フラナガン以上にブルーでセンチメンタルなフィーリングにしてやられた。ジャズ初心者だった私は「マイ・アイデアル」や「アローン・トゥゲザー」を来る日も来る日も聴いていた。その後一時飽きたように聴かなくなったドーハム、ジャズに嫌気がさして浮気モノ(ジャズ以外の音楽を聴く)に奔ると、もうこれでジャズは聴かなくなるのかななどと心配になる。そうなった時こそ、次の2曲で一気にブルーでセンチメンタルな世界へ戻してくれるのだ。是非その2曲を聴いてジャズの世界へ入り込んでいただきたい。そしてジャズへ永遠の愛を誓ったら「ブルー・フライデー」「ブルー・スプリング・シャッフル」、後の「ブルー・ボッサ」に心酔するがよい。この静かなる蒼き炎に包まれたら、もうここから逃れることは不可能だ。彼が作る作品には《ブルー》とつくものが多いが、他の作品も彼が奏でるとどうしてもタイトルに《ブルー》とつけたくなってしまうほど《ブルー》している。
-NO.487-

【常滑・やきもの散歩道】
 常滑焼といえばイの一番《朱》の急須が思い浮かぶだろう。以前と違って観光客に喜んでもらおうと、町興しの一環でやきもの散歩道なるロードがある。焼物はもちろん洒落たカフェなどもあちこちに見かける。ここは一日ゆっくりと時間をかけて過ごしたい。モノクロが似合う裏路地、その先には何かあるとこころ膨らむのである。


デニム
 満を持してアップしたとしたら大袈裟もいいところ、そんなつもりは毛頭ないので。竹内まりやが五十路を経てリリースした現時点での最新作『Denim』について少し書いておこう。彼女の作品となると何年ぶりのリリースとか、もうそれだけで話題になってしまう。もちろん好セールスも記録しちゃう。また初回限定盤と名を打って買わせてしまうのだから、徹底した商魂にも頭が下がります。その初回限定盤も半端じゃなく(今回はカラオケではない)、既出のシングル・オンリー(アルバム未収録)を6曲も集めてしまうのだから通常盤をお買いになったあなた、大きな損をなさっていますよ。何せお値段も変わらず一緒なのだから。オークション界や中古市場でも彼女の初回限定盤は今の世界経済と同じく高値安定。以後新譜発売時にはお気をつけくださいね。
 1曲目は前作『ロングタイム・・・』に引き続き「君住む街角」というアメリカン・ポップスへの憧れや山下達郎、まりや夫妻の音楽的ルーツへの回帰を強く感じさせる選曲だ。つづく「スロー・ラヴ」から「シンクロニシティ」までは僕のゴールデン・コース。サウンド・アレンジはいつもながら思うがウマイ。数曲にセンチメンタル・シティ・ロマンス参加ときては文句もなかろう。余談だが僕が学生の頃に住んでいたアパートに、愛知学院大学のスインギン・オール・スターズというジャズ系ビッグ・バンドのサークルでドラムを叩いていたのがM先輩がいた。そのM先輩が大学卒業するまでに6年、いや8年と思うが在学していた時このセンチメンタル・シティ・ロマンスからの誘いがあったと言うのだ。いまでは真面目なサラリーマンを、いい親父をやっているのだと年賀状の便りに知るが。
 そしてこのアルバムの締めくくりに「人生の扉」が置かれている。実にアメリカナイズされた彼女、皮肉にも日本古来の伝統を重んじ、この中でサウンド・リメイクを施している。それはまさしく日本人が涙するという《演歌》、《フォーク》そのものだ。僕は五十路になった彼女の《演歌》に五十路の《艶歌》を感じた。僕もそんな歳になったということでしょうか。彼女の歌い方や歌詞に無理がなく、人生観に余裕が感じられる佳曲ばかり。もう五十路になってしまったのではなく、これからまだまだ愉しくやっていけると、そう「人生の扉」でも歌いきっている。九十歳になってもまだまだだよねって。あなたの人生、どんな風合いになりました? どんな風合いに仕立てます? これからですよ、みなさん。
 追伸 : 表はデニム地のスカートなら、裏ジャケは縁側でくつろぐ浴衣姿の彼女でも良かったのではないかと。
-NO.486-

【cheer チアー】
 何て素敵なTシャツ屋さんなんでしょう。神戸でTシャツといえばココ、トアロード沿いにあるこじんまりとしたお店。小物も充実していて老若男女問わずウキウキしてしまうお店です。あのレスラー風のオデコに《ち》のイニシャル、《ファイト!》のバックプリントのTシャツ見かけたことありませんか? 名古屋で見かけたならそれは僕かも・・・(笑)


サーファーガール
 何だっただろうか、とある音楽評論家がビーチ・ボーイズって人前で「好きなんだよね」ってなかなか言えないねって言ってたことを思い出した。確かに僕も人前でビーチ・ボーイズって最高だね、好きだよって言ったこともなかったし、言えなかった。レコードを買うのも、人前で彼らの音を流すのも、もちろん彼らについて話すことすら抵抗があった。これを読んで私もそうなんですと共感していただければ目的の8割は達成できたも当然のこと。ではあと2割についてこれからお話するとしよう。
 ビーチ・ボーイズというバンド名も決して格好いいものではないし、彼等が好んで命名した訳でもない。ましてデビュー当時の衣装やサウンドは、作業着(ビーチ・ボーイズとしての)にテーマソング的な簡単極まりないものだった。テクニック的にも言うに及ばず、大半はシークレット・メンバーによる録音だったと述懐している。一般的にビーチ・ボーイズと言えば【女】じゃなく【女の子】、【自動車】じゃなく【車】、【海】じゃなくて【サーフィン】、一方お堅い奴はみんな【ペットサウンズ】であり、【天才ブライアン・ウィルソンについて】、そして【幻のスマイル】という図式が出来上がっていた。
 僕の場合は違っていた。ビーチ・ボーイズこそサーフ・ロックの先駆けで、紆余曲折を知った今でこそデビュー盤『サーフィン・サファリ』、続く『サーフィンU.S.A.』、3作目『サーファー・ガール』からどうしても聴いて欲しい。赤面するくらい恥ずかしさは残るが、劇的とも言えるコーラス&ハーモニーは彼らの常装武器となった。上昇気流に乗った彼等がサウンド的に転機となったのは、飛躍的にコーラスとサウンドが分厚くなった3作目の『サーファー・ガール』だ。とにかく騙されたと思って聴いてみて欲しい。ただし10回は繰り返し聴く必要がある。そうでないとこんなに素敵だったのかと気付くことがないかも知れないし、人生における大きな損失となり得るからだ。いやホント気付いて欲しいのだ。2分前後の作品に、ブライアン・ウィルソンが知らず仕掛けた一瞬のキラメキがあなたを襲うハズ。「サーファーズ・ルール」や「僕等のカークラブ」、極めつけは「憧れのハワイ」におけるその一瞬をあなたは見つけられるかな。
 もっと膝をよせ、尊敬の眼差しで見つめてごらん・・・そうだ、今日を境に声を大にして言う、好きだ! 残った2割の方もきっと共感してくれたと信じています。
-NO.485-

【甲子園球場】
 甲子園球場も今は新装中や。あの名物〝蔦〟も今はなく、蔦をイメージしたパネルが貼られている。甲子園にはいろんなモノが想い出とともに浮んでくる。これも来年には移設されるという照明塔。時代を感じさせる創りにおもわずシャッターを切った。 2009年にはほぼ完成し、2010年にはソーラー・システムが採用され、エコな球場となるはずだ。