新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景 -28ページ目

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
ほなお暇なお方はどうぞお入りやす。
某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。


harmony
 ライブは愉しい。かつて僕はライブを観るよりレコードを黙々と聴くことを美徳としてきた。理由はいくつかある。まず外タレは手抜きをし(昔の話だが)、もちろんレコードのように演奏できるわけもない。会場はデカくアーティストは米粒大くらにしか見えない。高額チケットは何枚かのレコードが買える、そのほうがお値打ちでもあり麗しきジャケットが手元に残る満足感があった。しかし世の中は変わった。STB139のようなライブハウスでは、お目当てのアーティストが目の前で歌い演奏してくれるのだ。もう手の届くところ。一番後ろの席からでも充分だ。
 2008・9・16 STB139 《私の好きなEPO》と題した、往年のヒット曲オンパレード大会の様相だ。バックバンドには結成35周年を迎えるセンチことセンチメンタル・シティ・ロマンス。1曲目からグングン突き進むEPO、体育会系のノリで額には汗がにじみ全身からは熱気が弾けだす。歌いだして10秒も経たないうちに僕は確信した、今夜はいいぞって。もちろんEPOも同じだ。1曲目を終えた時の顔が自信と喜びに溢れていた。センチとは長年の付き合い、さすが息がピッタリ、MCも交えて和やかムードだ。
 以前から彼女のHPでは当夜のリクエストを募っていた。用意周到な僕はこんな予想も立ててみた。よくライブで、そこのあなた何かリクエストありますか? 何て訊かれることもある。そうか僕だったら何にするかななんてね...初期なら「語愛」、中期なら「私について」、わりと新しめなら「君のさがしもの」かななんてね。さあリクエストをしたのはいいが、EPOからこんな質問が返ってきた。あなたは何故その曲にしたのですか? なんてね。もうここまできたらEPOは僕のことしか見てないなどと、周りから見れば有頂天極まりないお馬鹿さんだ。僕の答えはこうだ!
 「語愛」、これはデビューアルバムの中の1曲で、この曲を聴いて僕は一生EPOの音楽と共にしようと決めた曲ですと。しかし隠れ人気曲ゆえ、当夜のレパートリーに必ず入っていると思った(実際には歌われなかった)。ならば「私について」、これは僕がEPOの一番好きなアルバム『ハーモニー』に入っているナンバー。この曲は今までEPOを聴いてきてやっぱり良かったと再認識させてくれた曲ですと。その脳裏を過ぎった瞬間、あのイントロが流れた。もう僕の叩く手はヒートアップ。みんなも僕に倣ってもっともっと強く強く! もう涙がでそうなくらいだ。これは歌ってくれたので次の手は「君のさがしもの」だ。今夜の流れからしてどうだ、とてつもなく好きな曲なんだが。歌の一節にこうある ♪君のさがしもの どこにあるのだろう と。僕のさがしものの場所はわかっている、ただ何かかを知るにはまだまだEPOを訊き続けなければならないと感じた2時間を有に越えるライブでした。皆さんもEPOの音楽を聴いてたくさんの何かを見つけてくださいね。やっぱりライブはいいやね。
 12月ここSTB139にて《アクアノームの夢》、もう一人のEPOに会いに行きます。その時は是非「君のさがしもの」のアコースティック・ヴァージョンを演ってくださいね。密かに期待してる僕です。
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【STB139】
 お洒落なダイニングバーや高級なフレンチレストランへ赴くよりも、ライヴハウスでのひとときの方が断然いい。まさにアーサー・シュワルツが書いた「あなたと夜と音楽と」だ。お酒もアラカルトも豊富でお値打ち、ボリュームもあります。今年も行きますよ~(2009年12月18日 STB139)。


Cruisin
 日本人、それも女性ジャズにのぼせ上がったのも大西順子の存在あってのこと。今から15年前、名古屋は納屋橋にあるヤマハホールで、メジャーデビュー前夜の彼女のライブを目にして以来のご対面である。とは言っても残念ながら面と向かってアレコレ話をしたわけではないが。日本ジャズ、特に女流ジャズを滅法嫌っていた僕が、彼女の出現によって同じ日本人のこころや感性を持つアーティストに興味を持つようになったは否定できない事実だ。
 2008・9・11 2nd set NAGOYA BlueNote 大西順子の登場だ。ベースにはレジナルド・ヴィール、ドラムスにハーリン・ライリーを従えて足早にピアノに向かう。一言もなく座るや否や彼女の指は曲ともいえないような音のためにすでに鍵盤を這っていた。オープニング・ナンバーは「キューバン」。おそらく綴りは《Cuban》だろう、次作に収められるであろう新曲。いかにもjunkoらしいズシりと重みを感じさせるナンバーで、パーカシブなストロークが堪能できる頼もしい曲。2曲目に入る前、マイクを取った。1曲目は「キューバン」でした。なので2曲目は「ロクバン」ですって(笑)。クラシカルな長い序曲、徐々にピッチを上げてなだれ込む様はやはりjunkoの真骨頂だ。次はスタンダード・ナンバー「Just One Of Those Things」とあっけないMC。たしかにjunkoのピアノを聴きにきているとはいえ、久しぶりに彼女の何らかのコメントが聞きたいと思っているファンも多かろうに。まあそこはいい解釈するなら、1秒でも多くのプレイを観たい聴きたいと願っている僕らと、その向こうにそうしたい彼女が居るだけだ。4曲目はMCも聞き取れず不明。スローなピアノ・ソロで始まり、終盤に差しかかってボレロ風な趣を示す。カデンツァ仕立てで終わりを告げ、ラストの「ユーロジア」へと。この曲は彼女の2枚目のアルバム『Cruisin』からのヒット・チューンで、当時からライブでは「ザ・ジャングラー」と並んで必ずコースに載せていた。さあ今夜のメインディッシュだ。男心をくすぐるかのようになかなかあのメロディが出てこない。5分経ったころ一瞬垣間見せるがまた何処かへと消えてゆく。10分経ってもまだその美しい輪郭すら見せない。ようやくだ、12分過ぎライリーのスネア一発であのメロディが姿を現す。ピアノの上で跳ねるとはこういうことだといわんばかりにスピード感たっぷりのフレージング。もう満足だ。アンコールは期待した「ザ・ジャングラー」はなく、ニューjunkoを匂わせるソウルフルなナンバーで締めくくった。
 一時痩せていた彼女だが、デビュー当時のふくよかさが戻っており、最初は少し緊張気味に写っていた彼女も、ステージの途中からは笑みもこぼれるほどに。しかしMCはお世辞にも上手くない。トータル(メンバー紹介含めても)でも30秒ほど。まあ何はともあれお元気そうでなによりです。
-NO.493-

【名古屋ブルーノート】
 最近これといったアーティストが客演しなくて、少々マンネリ気味で残念だったブルーノート。たまには何っ! って驚かすこともあるのだが・・・その何やてっ! が《大西順子》だった。当日でも席が空いていることが多いので、ふと訪れてみるのもいい。


ノック・ミー・アウト
 私の歳をばらすと1962年生まれなのだ。それと時を同じくしてこの世に登場したアーティストといえばビートルズ、ビーチ・ボーイズ、ボブ・ディラン、ベンチャーズにローリング・ストーンズ(多少の誤差はお許しを)と大御所がずらり。私がいつも悔やむのは彼等のデビューしたころからをオンタイムで聴けなかったこと、そしてその時代とともに彼らの凄さをつぶさに肌や耳で感じてみたかったことだ。さあここでお気づきか、ストーンズを除いては頭文字に《B》が付くのではないか。と日本ではアチコチで間違った四大B頭文字バンドと呼んでいた。ただしベンチャーズは《B》でなく《V》なんだよね。そこは日本人のいいところでローマ字読みすればみんな《B》と言えちゃう。今回はその《V》のベンチャーズを熱血に語ってみましょう。
 最近夏の暑さのせいか、やたらとビーチ・ボーイズなんぞを真剣に聴き直したりしている私ですが、ふとサーフ・ミュージックには《もっと格好よく演奏するバンドがいたよね》っと思い出したのがベンチャーズとルーターズだった。ビーチ・ボーイズだって格好いい曲もあるが、ギターのフレーズに限って言えばベンチャーズやルーターズの方が一枚も二枚も上だった。
あまり訊かれる質問じゃないが、ベンチャーズのアルバムで何が一番好きかって? そりゃ『ノック・ミー・アウト』か『ウォーク・ドント・ラン’64』と決めている。さらに一枚にと意地悪い質問に答えるならば前者の『ノック・ミー・アウト』になる。モズライトのあの独特の音色には皆が憧れ、エレキ片手にウム~なかなかあの音が出ない! と汗をかきかきコピーに励んだのではないでしょうかね。
 さてベンチャーズは案外オリジナル曲が少なく(このアルバムでは12曲中4曲もある~ぅ、超有名曲は他人が作曲も多し)、カバー曲が大半を占める。しかしそこはベンチャーズだから許されたのか、ビートルズの「アイ・フィール・ファイン」などはついさっきリリースされたばかりなのにもうアルバムのトップに置かれたりもしているから流石ビートルズ、流石ベンチャーズってとこか。オリジナルでは「ウォーク・イン・ザ・ルーム」がモズライトらしい音色でディストーションなどもこれでもかと効かせている。そして極めつけが「10番街の殺人」、彼等のすべてのエッセンスが盛り込まれていて格好よさも抜きん出ている。一方期待ハズレしたのが私の好きなゾンビーズの「シーズ・ノット・ゼア」。出だしからハエが飛び回るようなフレーズにはいささか参った。余談だがこの曲はずっと後になって、サンタナが苦し紛れにカバーしたヴァージョンがオリジナルを超えた。実はこの『ノック・ミー・アウト』は二度目の登場。前回はアルバム・ジャケの女性にウツツヲぬかして取り上げた次第だ。
-NO.492-

【朝倉彫塑館】
 見よこの水庭。日暮里駅からすぐにある朝倉彫塑館はいろんな佇まいを見せてくれる。この水庭は五典の水庭といい、巨石が意味を成して置いてある。庭に面した和風住居、洋風なアトリエとじつに好対照だ。朝陽の間から見下ろしてみよう。晴れた日には屋上庭園から谷中界隈をぐるりと見渡そう! 主人のアトリエから眺める外は、ここが都心だということをしばし忘れさせてくれる。


チープトリック
 チープ・トリックというバンド名、モノクロ調で何の変哲も《有る》ジャケット。1977年、日本の少年少女を含むボクを虜にしたロックバンド、パワーポップという要らないジャンルまでも作ってしまったチープ・トリック。
 およそのファンはセカンド・アルバムの『蒼ざめたハイウェイ』、サード・アルバムの『天国の罠』後の『ドリーム・ポリス』がフェイバリットとお決まりではなかろうか。しかし、ひねくれ者だと言われて結構! ボクはこのファースト・アルバム『チープ・トリック』に心底惚れた一人なのだ。その内容はパワーポップというより純なハードロック、当時アメリカン・ロックを牽引してたエアロスミス張りのダーティーさとブリティッシュ・ロックの持つ品が合わさったものの見事なサウンドだ。
 オープニングの「エロ・キディーズ」は、いいのか良くないのか分からないまま一気に聴く。格好よさは筆舌し難いほど難解、でもサウンドは至極シンプルと一聴で納得。「タックスマン、ミスター・シーフ」は不安と自信が錯綜し、その不安定さが何とも心地よい。アメリカっぽくないギター・リフが印象的な「ザ・バラッド・オブ・TV・バイオレンス」はこの中で一番好きな曲。彼等は何処を目指しているのかまだ分からないうえに、セカンド・アルバム以降は甘~くてビターな「今夜は帰さない」「甘い罠」「サレンダー」など黄色い声援を背にパワーポップ・ヒットチューンを連発。しかし今をもってもまだ解明できないファースト・アルバム。分かったのは男前はロビンとリック。そうでないのがベース奏者のトム・ピーターソンと、なぎら健壱に見えてしょうがないドラムのバーニー・E・カルロス。セカンド、サード・アルバムに至っては、後者二人はジャケットから消え去ってしまってた。
 甘いのが男前、ビターなのがあとの二人。サウンドはチープ・トリックというバンド名とは裏腹だ。
-NO.491-

【宮きしめん 冷製おすましきしめん】
 熱田さんといえば《宮きしめん》〟、境内にある宮きしめん神宮店は夏でも涼しい。深い木立に囲まれ、季節限定の冷製宮きしめん・冷製おすましきしめん・冷しきしめん・ごまだれきしめんなど食べればいと涼し。長椅子に長テーブル、部活を思い出させるような大きなヤカンで注ぐお茶。どれも欠けてはならないものです。
冷製おすましきしめんには、揚げナス、青海苔、ニンジンの千切り、温泉卵が入っています。


沢田聖子
 28年前、僕が京都の田舎から名古屋へ出てきたのは大学のため、憧れの独り暮らしをするため。当時は今とくらべガラリと違った世の中で、漂う空気感さえもが抱いた希望など遥か遠くに押しのけてしまった。やはり独り暮らしなど楽ではなかったし、いま思えば不安や寂しかった記憶の方が勝っていた。僕の実家は裕福な家庭でなかったので、学費も自分で賄う決心で出てきた。実際にはひと回りも離れた兄が面倒をみてくれたと言っていい。
 そんな寂しさを紛らわしてくれるのは同じアパートの先輩というか住人だった。そこは学生だけなんだが、歳も大学生で30近いような人もいたりして、どちらかといえば人生の先輩として接していたような気がする。そこで毎日の励みにしていたのは大好きな音楽。貧乏人には頻繁にレコードが買えたわけでもなく、流行りだしたレンタル・レコード屋に頼るのが関の山だった。それよりもっと支えてくれたのがFMだった。テレビよりFM放送。本音をいうと音楽を聴くよりパーソナリティーの話に耳を傾けるのがこころの救いだったのかも。その頃FM雑誌も多々発刊されたが、皮肉にも当時の名古屋では民放1社とNHKの2つだけだった。そんななか、可愛い女性の声で音楽番組がすすめられていた。その女性達はお喋りだけでなく、歌も上手く、本当のシンガーソング・ライター《沢田聖子》であり《明日香》であり《とみたゆう子》だった。
その中でも好きだったというより懐かしさを支配したのが沢田聖子。第二の《イルカ》と騒がれていた。たしかにデビュー以来イルカがソングライティングもし、「キャンパススケッチ」、「坂道の少女」、「星空のメッセージ」、「シオン」、「春」、「バクの夢」、「遠い街に憧れて」、「青春の光と影」、「雨の日のサンシャイン」と僕にとっては名曲があれこれ思い浮かんでくる。皆さんも一曲くらいは知っているのではとチョット自慢気に訊いてはみたものの。
 さあこれら全部収録されたベスト・アルバムが『沢田聖子 ベスト・セレクション 1979-1983』、いま廃盤の危機にある、いやもう廃盤かな? 彼女の名前にピクっとされた折にはすぐに探すことをオススメする。それこそレンタルであるかもね。特に「遠い街に憧れて」なんかは、涙出そうなくらい境遇が同じだと独り納得していた僕です。もちろん彼女の歌の方が綺麗で素敵な涙を誘った。マイベストは、短い曲だがインパクト感のある「春」と、フォーク畑からニューミュージック畑に飛び込んだ力作「雨の日のサンシャイン」と記しておこう。
-NO.490-

【梅田スカイビル】
 僕のお目当ては南館BF1にあるお好み焼きで有名な《きじ》。大阪へ行くとなんでか食べたくなる。本当はあの名物親父に会いたいのかも。正直、梅田スカイビルには登ったことがなく、いつもこうして下から見上げるだけだ。何せ高所恐怖症の僕だから。