好きというより懐かしさがこみ上げてくる | 新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
ほなお暇なお方はどうぞお入りやす。
某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。


沢田聖子
 28年前、僕が京都の田舎から名古屋へ出てきたのは大学のため、憧れの独り暮らしをするため。当時は今とくらべガラリと違った世の中で、漂う空気感さえもが抱いた希望など遥か遠くに押しのけてしまった。やはり独り暮らしなど楽ではなかったし、いま思えば不安や寂しかった記憶の方が勝っていた。僕の実家は裕福な家庭でなかったので、学費も自分で賄う決心で出てきた。実際にはひと回りも離れた兄が面倒をみてくれたと言っていい。
 そんな寂しさを紛らわしてくれるのは同じアパートの先輩というか住人だった。そこは学生だけなんだが、歳も大学生で30近いような人もいたりして、どちらかといえば人生の先輩として接していたような気がする。そこで毎日の励みにしていたのは大好きな音楽。貧乏人には頻繁にレコードが買えたわけでもなく、流行りだしたレンタル・レコード屋に頼るのが関の山だった。それよりもっと支えてくれたのがFMだった。テレビよりFM放送。本音をいうと音楽を聴くよりパーソナリティーの話に耳を傾けるのがこころの救いだったのかも。その頃FM雑誌も多々発刊されたが、皮肉にも当時の名古屋では民放1社とNHKの2つだけだった。そんななか、可愛い女性の声で音楽番組がすすめられていた。その女性達はお喋りだけでなく、歌も上手く、本当のシンガーソング・ライター《沢田聖子》であり《明日香》であり《とみたゆう子》だった。
その中でも好きだったというより懐かしさを支配したのが沢田聖子。第二の《イルカ》と騒がれていた。たしかにデビュー以来イルカがソングライティングもし、「キャンパススケッチ」、「坂道の少女」、「星空のメッセージ」、「シオン」、「春」、「バクの夢」、「遠い街に憧れて」、「青春の光と影」、「雨の日のサンシャイン」と僕にとっては名曲があれこれ思い浮かんでくる。皆さんも一曲くらいは知っているのではとチョット自慢気に訊いてはみたものの。
 さあこれら全部収録されたベスト・アルバムが『沢田聖子 ベスト・セレクション 1979-1983』、いま廃盤の危機にある、いやもう廃盤かな? 彼女の名前にピクっとされた折にはすぐに探すことをオススメする。それこそレンタルであるかもね。特に「遠い街に憧れて」なんかは、涙出そうなくらい境遇が同じだと独り納得していた僕です。もちろん彼女の歌の方が綺麗で素敵な涙を誘った。マイベストは、短い曲だがインパクト感のある「春」と、フォーク畑からニューミュージック畑に飛び込んだ力作「雨の日のサンシャイン」と記しておこう。
-NO.490-

【梅田スカイビル】
 僕のお目当ては南館BF1にあるお好み焼きで有名な《きじ》。大阪へ行くとなんでか食べたくなる。本当はあの名物親父に会いたいのかも。正直、梅田スカイビルには登ったことがなく、いつもこうして下から見上げるだけだ。何せ高所恐怖症の僕だから。