新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景 -27ページ目

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
ほなお暇なお方はどうぞお入りやす。
某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。


live at last !
 平生お酒はというとビールか焼酎が主で、日本酒特にウヰスキーなんぞは若き頃深酒したりスナックでいただいた記憶しかない。まあ学生時代、一番安かったのがウヰスキーだったこともあるが。《トリス》、《ロバートブラウン》、《カティーサーク》、《角瓶》、《サントリーWHITE》にダルマこと《サントリーオールド》今は口にすることがホントにないねぇ。しかしこの系統の音を聴くと氷を揺らしながらウヰスキーのロックが飲みたくなるから不思議だ。飲みたいというより手に持っていたい、そうでなきゃ駄目なんだと、それらしき姿が頭の中で形成されてゆくのだ。トラッド・フォーク・ロックの名門スティーライ・スパンの唯一のライブ盤『Live at Last !』はラスト・アルバムにして最高の出来。ギターのマーティン・カーシー、アコーディオンのジョン・カークパトリックの名人芸に、紅一点マディ・プライアの清楚ないでたちから繰りだされる美声が、迷宮の森奥深くへと誘ってくれよう。奥深くといってもこの1978年にもなれば結構ロックっぽくて明るい。したがって奥深く踏み入れるには1970年初頭を聴き漁ってほしい。僕のようにいきなり森奥へと連れていかれていく者のいれば、徐々に森奥へと足を踏み入れる者のいる。どちらにしても恐ろしい世界、他の音を受け付けられなくなった覚えがあるからだ。

 さてウヰスキーもトラッド・フォークもアイリッシュ(ケルト)と深い関係があり、これを聴いてウヰスキーを欲するのは至極当然のことといえよう。私は涙する、昔も今もあのサントリー・ウヰスキーのCMにゾッコンなのだ。渋いオッサンのスキャットで始まる ♪ロンロン、リーロン、シュビダバ~(ランラン、リーラン、シュビダバ~)っていうCMソングをご存知であろう。これは小林亜生の「人生みな兄弟」という曲で、そのオジサンというのはサイラス・モズレーさんという方です。もちろんスキャットなので実際どう歌っているのか自信ありませんので悪しからず。 それと重なって思い出されるTV番組が《特捜最前線》、《七人の刑事》に《ザ・ガードマン》と刑事モノが渋くよくウヰスキーに合うんですよね。

 麦芽を発酵させ蒸留させる、12世紀ごろアイルランド地方で初めてつくられたこのウヰスキー。トラッド・フォーク&ロックにも同じような深みがあります。ウヰスキーの語源はアイルランド語で、命の水の意。ある意味トラッド中毒のお方には、ペンタングルやフェアポート・コンヴェンション、このスティーライ・スパンは欠かせない命の水となっているのでしょう

-NO.499-

【吉茶】

 ご覧の通りすばらしい庭の佇まいを。実はここは喫茶店。名古屋ではもちろん全国的に知られた《コメダ珈琲店》の高級ヴァージョンだ。玄関を入ると履物をお脱ぎくださいと書いてある。およそ20はあるだろう、各テーブルと椅子・ソファーの調度品はすべて異なる。またその席によってさまざまな姿をみせてくれる。最低でも一杯850円。時間と空間を贅沢に感じよう、決して高くはないはず。2009年12月現在は靴を脱がなくてもよくなっているそうです。少し残念。靴脱いでとことんリラックスしたかったのに。



sweetnighter
 黒魔術のウエイン・ショーター、不世出の奇才ジョー・ザビヌルが、予測不能、不可解で難解な天気予報士となってジャズ・ファンは唖然騒然としたのは随分前のように思えるが、今改めてそのサウンドを聴くがゆえ、つい最近のことと耳を疑うほどに新鮮である。デビュー盤『ウェザー・リポート』、『アイ・シング・ザ・ボディ...』と未知の領域へと僕らを導いたが、本当の恐ろしさを知ったのはこの『スイートナイター』だった。正直この面子で期待しないわけがない。僕に限っては前作2枚は裏切られてきたのだから、この3枚目で彼らのファンであることの意味を問うことにした。

 見よこのジャケット、前2作に比べ人間味溢れることを。サウンドもそれを裏付けるかのような「ブギ・ウギ・ワルツ」、曲名からしていいのではと期待しつつ聴きつづける。イントロは規則正しいアフリカンなリズム、時折ザビヌルの刃(やいば)のごとき鋭い音の塊、それに呼応し摩訶不思議なトーンを吐き出すショーター、その隙間をヴィトウスのベースが縫って走る。メロディもソロが無くても格好良すぎる。ターンテーブルを回ること7分ちょうど、東洋的でエキセントリックなあのメロディを発動、瞬く間に僕の頬がゆるんだ瞬間だ。生涯忘れ得ぬメロディのひとつと数えよう。

 曲創りはザビヌルが主導権を握るが、ショーターも7:3でジャズ的アプローチを見せてくれる。そこがジャズ・フィールドからつかず離れずとてもいい配分になっている理由だ。いざウェザー・リポートに一度気を許すとそこから抜け出せなくなると言うのは、このあと彼らがもの凄いことをやってのけたという事実は言うまでもない。

-NO.498-


【札幌市営地下鉄 東豊線車両内】

 札幌の地下鉄の扉には北海道らしい絵が描いてありました。札幌の地下鉄も以前とくらべ縦横無尽に走っています。地下街も札幌駅と大通公園駅とを結ぶらしく、あのロビンソンは閉店するそうです。


B.E at town hall
 かく言う私は献血ファンである。今風に言い換えるなら献血フェチとでも言っておこう。今や献血ルームも一歩足を踏み入れるとちょっとしたホテルと見間違うほど立派だ。飲み食いにDVD鑑賞といたせりつくせり。街中で献血ルームの看板を見るや、時間がないので後ろ髪引かれる思いで過ぎることしばしば。何がそこまでさせるのか? それはドス黒いドロドロ血をたっぷりと採ってくれるからだ。世のため人のため自分のため、こころもカラダも晴れやかになって当たり前なのだ。ひとつ難癖つけるならば成分献血という厄介なものがある。必要な成分だけ戴きながらあとは要りません、ハイどうぞとご丁寧に返してくるのだ。エイっ、この際要りませんと言う訳にはいかないそうで、献血ファンとしてはどうもスッキリとしない。成分献血は時間を要するのでDVDなどを楽しめるのだが、映画1本分までとはいかないので、いつもいいところでハイ終了。お疲れ様でしたの一言で片付けられてしまう。いつもながら話が音楽とは関係ないところでダラダラとなってしまって申し訳ございません。でも本盤『ビル・エヴァンス・アット・タウン・ホール』は、血液とは密接な関係があるのです。

 1966年2月にエヴァンス自身初のコンサート・ホールでのライブ。しかもその数週間前に実父が他界、その父に捧げた13分を超えるソロ、初出の名曲「ワン・フォー・ヘレン」(オリジナル盤には未収録)と目立たないが、小さな話題を含んでいる。クラシック・コンサートでも聴くかのようなタウンホールの佇まい、観客も演奏者も凛とした空気を漂わせる。観客の拍手をとってみても品があり、最初から最後まで高級感を損なわない。ことアップテンポでの「アイ・シュッド・ケア」はエヴァンスだからこそ映える。もうこれ以上速くてもこれ以上に遅くても許されない、エヴァンスだけに与えられしテンポだ。つづく「スプリング・イズ・ヒア」は、終わってなおもこの曲が何なのかを忘れさせてしまうほどの静謐なる調べ。3曲目「フー・アイ・キャン・ターン・トゥ」のイントロ、時間にして40秒から60秒にかけての高揚感、トリオ演奏になってからの粒立ちのいいエヴァンスのバッキングは聴いてて気持ちがいい。脈々と流れる赤い血のようで、澱みなく身体中を隈なく流れては心臓めがけて還ってくる。

 60年代のエヴァンスは痛快なまでに身体中を駆け巡る。2年前の《ライブ》盤と同じジャケット・デザイン(文字は違う)は、僕がエヴァンスを想う姿の定番となっている。ピアノに向かい、うつむくのでなくほぼ真正面を見据え、左側顔やや顎から首にかけて翳り、至宝の両手は鍵盤に在らず。目の前に開かれた五線譜、52個の白鍵、エヴァンスのために誂えた袖から覗かせる白いシャツ、どれもが眩い白さだ。

-NO.497-


【ロテル・ド・ロテル】

 札幌すすきの交差点から程近い小洒落たホテル。僕は3Fの交差点に面した角部屋、部屋がクォーター状。1/4円になっているのだ。カーテンレールも調度品もR形状に合わせている。朝食はオーダー・メニューでバイキング形式ではない。各項目からチョイスできるようになっていおり、少々時間もかかるのでご注意を。この朝は卵は目玉焼き、肉はベーコン、野菜は温野菜、その他いろいろ。


summer days
 1964年2月7日午後1時20分、ジョン・F・ケネディ空港に大英帝国よりビートルズが上陸。ブライアン・ウイルソンはその2日後、《エド・サリバン・ショー》でその光景を目の当たりにする。しかしだ。きっとその姿は静かで、何かを感じとっていたハズ。よってビートルズの来日で湧き上がる世間とは裏腹に、天才達による英米の戦いは静かに始まった。

 多くの英国からのミュージシャンによるアメリカ本土上陸、いわゆる《ブリティッシュ・インベイジョン》はビートルズによって本格化。ブライアン率いるビーチ・ボーイズをはじめアメリカン・チャートの座を大きく明け渡すこととなる。奇跡的というかブライアンには危機感すらなく、ただ彼らより優れた作品を創ることに没頭するだけで、ビジネス的成功を収めようなどという気持ちはさらさらなかった。ビーチ・ボーイズは少しづつというより、時間的には急速にサウンドの変化が見られ、アルバム『トゥデイ』やこの『サマー・デイズ』でよりスピリチュアルな高みへと歩み出した感がする。

 この『サマー・デイズ』を聴いてお分かりか、僕のベスト・トラックと推す「あの娘にキッス」「ガール・ドント・テル・ミー」「レット・ヒム・ラン・ワイルド」は、ビートルズ的エッセンスがいたるところで聴き取れることができよう。特にビートルズ・ファンとも言われたアル・ジャーディンやカール・ウイルソンの歌は、まさしくジョンらしいヘヴィに潰した喉を聞かせる。よりによって次作『ビーチ・ボーイズ・パーティー』では、3曲もビートルズ作品をカバーまでしているのだ。当時を鑑みれば納得のいかぬ所業だ。相手もどう思っているのか、その胸中が気になる。

 この自信溢れた『サマー・デイズ』発表後、すぐさま僕にとってビートルズ最高傑作『ラバーソウル』(もう一枚あって、それは『アビー・ロード』)がお目見え、たいそうブライアンは衝撃を受けたようだ。フロー・チャート風に記すと、それに迎え討つは渾身の一作『ペット・サウンズ』。またこれ災いして生み出されたのがモンスター・アルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』だ。それぞれのダメージは重ねるごとに計り知れないモノとなって行ったが、ブライアンの苦悩に満ちた表情は薄ら笑みさえ湛えていたのだ。幻となる『スマイル』は諦めの境地か正気の沙汰か。残骸として残った作品たちは、志半ばの形で『スマイリー・スマイル』などにはめ込まれた。この静かなる戦いは、1970年にビートルズ解散によってあっけなく終止符が打たれ終戦を迎える。

 この『サマー・デイズ』はビーチ・ボーイズ作品のなかでもあまり表に出てこないが(名曲「カリフォルニア・ガールズ」だけは一人歩き)、ビートルズへの尊敬の念と闘争心がものの見事に表出した胸のすく作品。皮肉にも1970年代、ライブ・バンド ビーチ・ボーイズとして大英帝国において本国を凌ぐ人気を得て行く。ブライアンの最大の敵は実父のマリー・ウイルソンと、年に3枚のアルバムと4枚のシングルを契約内容とさせたキャピトル・レコード社だったのは言うまでもない。冒頭の「ニューヨークの娘」を聴くたびビーチ・ボーイズっていうことを忘れさせてくれ、この胸高鳴る鼓動は癖になるほど厄介だ。

-NO.496-


【PALE FACE】

 泊まったホテルが《ロテル・ド・ロテル》。ホテルを出て豊水すすきの駅に向かう途中に見つけたお店。ショーウインドウには、ジーンズが背丈ほど積まれたディスプレイが一際目を引く。残念ながら店内へは入ったことがない。そもそもジーンズを履かない私なんで(笑)。


maya+jazz
 MAYA(マヤ)という人気女性ジャズ・ヴォーカリストのとっておきの1枚を紹介しよう。ご覧の通りルックス良し、お聴きいただければ声も少し舌足らず、子猫が愛情たっぷりに甘えるかのようなアンニュイさがたまらない。今までの彼女の作品とくらべ天と地の差がはっきりと分かる。そう、正統なJazzをこころおきなく歌わせたのだ。そう、寺島レコードのプロデューサー寺島靖国氏のかつての願い適って歌わせたのだ。同レーベルでは松尾明の《アローン・トゥゲザー》や新作《ベサメ・ムーチョ》においてゲストとして歌ってはいるが。70も過ぎたオヤジ(寺島氏)が誘っても松尾明名義にゲストとして参加、なかなか口説き落とせなかったのか簡単に落としたのか寺島レーベル7作目にしてMAYA名義のその名も『MAYA+JAZZ』という。あのジョー・スタッフォードの名盤を思い浮かべる諸氏も多かろう、まさにあのパクリを正々堂々とやってのけた寺島氏と受けてたったMAYAさんに拍手。この二人には迷いもプレッシャーもない。ただ好きなことを演ろう、その自信たっぷりの気構えが誰にも物言わさぬアルバムになった。

 僕は迷わず手にした、それは二人のピアニストに魅かれてのこと。松尾明トリオの華・寺村容子とピアノに歌わせるピアニスト嶋津健一がクレジットされていたからだ。寺村容子は大西順子にも通ずる男性的なタッチの持ち主、一方嶋津健一はどちらかというと女性的なタッチを身の上とする不思議な二人が揃ったのだ。MAYAには悪いが、もうこれで2日間ブッ通しでピアノの音だけを拾って聴いている。嶋津の「Take Me In Your Arms」とピアノ・トリオ演奏のみの「Dance Me To The End Of Love」に、寺村の「Ochi Chernie」、「The Moon Was Yellow」が密かに僕の胸で対決している。ご両人とも歌い手を上手く引き出すのに一役買っており、MAYAにとってもこころ憎いばかりの伴奏、特に嶋津の流れるようなタッチは一指(一音)で4、5音の広がりを感じる。

 MAYAさんのためにも彼女のベスト・シングを上げておこう。猫が這いずり回るかの「Take Me In Your Arms」とロシア語で歌う「Ochi Chernie」に末恐ろしさを痛感。

-NO.495-


【だるま 野口ビル店】

 ジンギスカンを食べるならここがオススメだ。苦手な人も好きになること間違いなし。付け合せもタマネギと長ネギ、もやしでないのがミソ。飲んで食べて2,000円もあればお釣りがくる。有名店ゆえあえて本店でなく支店、空いている可能性大。さあ匂いなど気にせず食べるのだ~!