かく言う私は献血ファンである。今風に言い換えるなら献血フェチとでも言っておこう。今や献血ルームも一歩足を踏み入れるとちょっとしたホテルと見間違うほど立派だ。飲み食いにDVD鑑賞といたせりつくせり。街中で献血ルームの看板を見るや、時間がないので後ろ髪引かれる思いで過ぎることしばしば。何がそこまでさせるのか? それはドス黒いドロドロ血をたっぷりと採ってくれるからだ。世のため人のため自分のため、こころもカラダも晴れやかになって当たり前なのだ。ひとつ難癖つけるならば成分献血という厄介なものがある。必要な成分だけ戴きながらあとは要りません、ハイどうぞとご丁寧に返してくるのだ。エイっ、この際要りませんと言う訳にはいかないそうで、献血ファンとしてはどうもスッキリとしない。成分献血は時間を要するのでDVDなどを楽しめるのだが、映画1本分までとはいかないので、いつもいいところでハイ終了。お疲れ様でしたの一言で片付けられてしまう。いつもながら話が音楽とは関係ないところでダラダラとなってしまって申し訳ございません。でも本盤『ビル・エヴァンス・アット・タウン・ホール』は、血液とは密接な関係があるのです。
1966年2月にエヴァンス自身初のコンサート・ホールでのライブ。しかもその数週間前に実父が他界、その父に捧げた13分を超えるソロ、初出の名曲「ワン・フォー・ヘレン」(オリジナル盤には未収録)と目立たないが、小さな話題を含んでいる。クラシック・コンサートでも聴くかのようなタウンホールの佇まい、観客も演奏者も凛とした空気を漂わせる。観客の拍手をとってみても品があり、最初から最後まで高級感を損なわない。ことアップテンポでの「アイ・シュッド・ケア」はエヴァンスだからこそ映える。もうこれ以上速くてもこれ以上に遅くても許されない、エヴァンスだけに与えられしテンポだ。つづく「スプリング・イズ・ヒア」は、終わってなおもこの曲が何なのかを忘れさせてしまうほどの静謐なる調べ。3曲目「フー・アイ・キャン・ターン・トゥ」のイントロ、時間にして40秒から60秒にかけての高揚感、トリオ演奏になってからの粒立ちのいいエヴァンスのバッキングは聴いてて気持ちがいい。脈々と流れる赤い血のようで、澱みなく身体中を隈なく流れては心臓めがけて還ってくる。
60年代のエヴァンスは痛快なまでに身体中を駆け巡る。2年前の《ライブ》盤と同じジャケット・デザイン(文字は違う)は、僕がエヴァンスを想う姿の定番となっている。ピアノに向かい、うつむくのでなくほぼ真正面を見据え、左側顔やや顎から首にかけて翳り、至宝の両手は鍵盤に在らず。目の前に開かれた五線譜、52個の白鍵、エヴァンスのために誂えた袖から覗かせる白いシャツ、どれもが眩い白さだ。
-NO.497-
【ロテル・ド・ロテル】
札幌すすきの交差点から程近い小洒落たホテル。僕は3Fの交差点に面した角部屋、部屋がクォーター状。1/4円になっているのだ。カーテンレールも調度品もR形状に合わせている。朝食はオーダー・メニューでバイキング形式ではない。各項目からチョイスできるようになっていおり、少々時間もかかるのでご注意を。この朝は卵は目玉焼き、肉はベーコン、野菜は温野菜、その他いろいろ。