新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景 -26ページ目

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
ほなお暇なお方はどうぞお入りやす。
某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-hiromu aoki
 知らないということ、知ったときの喜びはひとしおである。青木弘武というピアニストは日本のこころを宿した数少ないジャズマンだ。実はつい最近まで彼のことを知らず、ある雑誌の記事に目が留まり興味を抱いた。経歴や名前、風貌から曲目にいたる過程で彼が意図する音が聞こえてきた。彼自身2作目となる『The Best Thing For You』に日々心奪われてばかりなのだ。

 わたしはどう聴いても彼のピアノから発せられる音は日本人の音だ。なにか言い回しが可笑しいが。ではハンク・ジョーンズと、オスカー・ピーターソンと、バリー・ハリスと何が違うというのだろう。日本には四季がある。かの清少納言が《枕草子》で詠っているように<春はあけぼの、夏は夜、秋は夕暮れ、冬はつとめて>といった感じに季節感がたっぷりと沁みこんでいる。そういった趣が備わっている「琵琶湖周航の歌(Biwako)」のすぐれたる静謐さが僕をよろけさせる。彼の故郷でもある琵琶湖の湖畔でたわむれ、いつしか疲れた体を深い眠りにいざなうタッチ。まるで懐かしい童謡でも聴いている空気につつまれる。青木氏が幼いころ描いた心象風景そのもの。この感じは一つ前のドボルザーク作「家路」にも通ずる。あっぱれなのは5曲目、ベースのスタン・ギルバート作の「サム・カインド・オブ・プレイヤー」。なんと青木はピアニカで詩情たっぷりに音の糸を紡いでいる。終始涙腺をゆるませるような曲調だ。

 さて曲目に目をやると気になるのが7曲目ミュージカル《キスメット》からのナンバー「ストレンジャー・イン・パラダイス」とラスト「テイク・ミー・アウト・トゥ・ザ・ボール・ゲーム」はご存知メジャー・ベースボールで云わばラッキー7にみんなで歌う曲。わたしは何度となく言い表してきたと思うが両曲とも大好き。いかにしてこの曲を演じてくれるかが今回わたしの評価の分かれ道となった。いずれもスウィンギーにアグレッシヴにと賑わしてくれたが僕はなんだか気に入らない。もっとテンポを落とし、眩暈がするほどの原メロディを放ってほしかったのだ。日本人としてあなたもわたしも。なるほどプロデューサーはベースのギルバートだったと知って半ば納得。次回は青木自身に身をゆだねてみようではないか。

-NO.504-


【市之倉さかづき美術館】

 さかづきの《つき》とは器のことらしい。人生十盃あるという、捧(sasagu)・寿(kotohogu)・癒(iyasu)・礼(ayabu)・契(chigiru)・楽(tanoshimu)・慶(yorokobu)・奉(tatematuru)・成(naru)・悼(itamu)がそうだ。ここでは売店も併設しており、多くの作家の作品が所狭しと並んでいます。あなたのお気に入りの盃がみつかりますように。



新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-friends
 皮肉にもビーチ・ボーイズのメンバーであるカール・ウイルソンとアル・ジャーディン二人のビートルズ・マニアとすでに自分自身の影をも見極めることができなくなったブライアン・ウイルソン、マハリシ・ヨヘギに心酔してしまったマイク・ラブとその対角に位置したチャールズ・マンソン・ファミリーと化したデニス・ウイルソン、幻とされるモンスター・アルバム【スマイル】を取り巻くすべてが【破壊】と【再生】を繰り返し、彼ら出口の見えない暗黒の時代へ。

 さてあの曲、手に馴染みやすくかつ複雑な「グッド・ヴァイブレーション」は希に見る勇敢な名曲である。ビートルズが叩きつけた《サージェント・ペパーズ~》に挑発され、それや自らの《ペット・サウンズ》を超える【魔物】に取り付かれたブライアンが1000ピースとも云われる音源を一繋ぎにしようと試みるが儚くも細胞分裂をし始める。《ペット・サウンズ》の次なる作品《スマイル》はまさにバブル崩壊となった。また《スマイリー・スマイル》での「英雄と悪漢」は、その飛び散った音源を無理矢理つなぎとめた感はあるが、そのひとつひとつは素晴らしく、ドラッグやプレッシャーに蝕まれたブライアンが数秒にしか満たないモノ、曲としては捉えることのできないモノまで、それら溢れかえる音塊を日々節せと書きまとめていたのだ。そしてその多くは、後出の作品群に含まれることとなる。そして今ここにあるまことしなやかなアルバム『フレンズ』は、まったくと言っていいほどその影響を受けず、隅からすみまで【さわやかさ】を感ずる。負の遺産とも云われる時代にあって一際やさしい光につつまれた作品だ。と同時にカールがブライアンに代わって音楽的監督を担うようになるターニングポイント的作品でもある。ヴォーカルはカールやアルが台頭し、曲作りにはデニスやブルース・ジョンストンが頭角を現してくる。

 表題曲「フレンズ」は冒頭の38秒の「メント・フォー・ユー」に導かれ漆黒の闇からすっと現れ、サビの部分ではビートルズ・ライクな展開を見せる。ブライアンの発声がまさにポールそのものとなった「世界よ目をさませ」ではホルンやキーボードが、「ビー・ヒア・イン・ザ・モーニング」でのウクレレはシタールに対抗してか予測不可能とされたニュー・サウンドは予測可能な領域へ。さり気なく、嫌味もなく、そして惜しげなくビートルズ・サウンドのツボをしっかりと捕らえている。レコードでいうA面ラストの「パッシング・バイ」にしてもただ♪ア~ア~ア~とただそれだけを歌っているのに、哀愁を帯びた美メロとなって僕の心をとかしてゆく。「リトル・バード」はめずらしくデニスのリード・ヴォーカル。中間部での転調の仕方は笑えるほどビートルズそのものだ。

 『フレンズ』は実に愉しいアルバムであり、彼らの作品の中でも僕は愛でることに喜びを感ずる。

-NO.503-


【ヴォーリズ記念館(旧邸宅)】

 一柳(ひとつやなぎ)米来留(めれる)という建築家をご存知であろうか? 彼が残した遺産は全国に多く息づいている。気取ることのない建築美は飽きることを知らない。あの近江兄弟社を興したのも彼だ。


new kick!
 音楽全般の基本は歌。歌うことがすべてですよね。最近もっぱらコーラス系の音に敏感になってしまっています。ロック畑で例えるならビートルズにビーチ・ボーイズは最たるもので立派な楽器として成り立っており、もうスピーカーの前から声が飛び出して来ます。1950年代後半にはブラザース・フォアやキングストン・トリオ、60年代に入ってからノーマン・ルボフ・クワイアにシーカーズなどがフォークソング・シーンから世界的大衆音楽の仲間入りをして来ました。なかでも名曲「グリーン・グリーン」、「チム・チム・チャリー」と聞けばハイハイ・・・え~と何だったっけ? そこからなかなか出てこないのがニュー・クリスティ・ミンストレルズ、僕のお気に入りのグループです。当時の世相を反映して有りっ丈のヒット・チューンをコーラス&ハーモニーで自分たちのサウンドにしてしまうなんとも心豊かな時代のグループです。歌もサウンドも牧歌的で、こんな秋の日曜には、白々と空が朝の始まりを告げて夜のしじまが降りるまでずっと聴いていたいようなサウンドです。

 アルバム『New Kick!』の最新盤(リイッシュー盤)にはお得なボーナス・トラックが12曲も入っており、オリジナル盤の11曲を上回っているんです。ベタなS&Gの「早く家に帰りたい」やレノン&マッカートニー作「抱きしめたい」、ディランの「風に吹かれて」、バカラックの「世界は愛を求めている」はボブ・アルシヴァーのアレンジの妙を愉しむのが良いかと。特にボブ・ブキャナンの低音が素晴らしい「ハイフライン・バード」はメッチャ渋くて格好よく、新加入した新リーダー、マイク・セトル作「レインドロップス」も極上のバラードだ。こんな雨になら打ちしがられたくなっても不思議ではない。

 一方高音はアン&イーディーの女性陣が掌る。シーカーズにしても混声だったこととリード・ヴォーカル者が大勢いたことが聴く者の聴覚を飽きさせなかったこと、それが幅広い音楽性と息の長い活動を支えたのでしょう。さてボーナス・トラックにはヒットした「イット・シュッド・ハブ・ビーン・ユー」「シング・ハレルヤ」、極めつけは「アイル・ネヴァー・ウィル・マリー」に涙し「サマータイム・ラブ」で満面の笑みを湛えたら「アリスのレストラン」では大きな声で一緒に歌おう。

 今は学校の音楽授業も様変わりしたといえども、こういった音楽を毎日でもみんなで歌っていれば天才と呼ばれるミュージシャンがゴロゴロと輩出されると思うのですが(笑)。私が音楽を好きになった理由に学校でベートーヴェンの《悲愴》を聴き、マイルスの何だったかは思い出せませんがあのミュート・トランペットの音色を耳に入れてしまったことです。

-NO.502-


【とまと ペスカトーレ】

 月に一度を食べないと気がすまない一品、とまとさんの一番人気メニューのペスカトーレ。パスタも具もボリューム満点。ちゃんとスープまで平らげてしまいます。ランチ時にはパスタすべてに何と茶碗蒸しとお決まりのガーリック・トーストが付きます。


standers vol.1
 寸分の狂いも見せないアルバムがある。どういう意味だとお思いの方もいらっしゃろう。一言でいえば、これを超える作品は今後永久的に世に現れないであろうくらい素晴らしいということ。そうだ、100点満点。101点でも120点あってもならぬ、とにかく揺るぐことのない100点満点丁度なのだ。

 具体的に申しますとまずメンバーがよろしい。選ばれし5つのナンバーもいい、もちろん曲順もこの配置しかない。ジャケットも文字を配列しただけで、その色合い、文字数、フォントの大きさ、書体までもが完璧。収録されたナンバーをそれぞれこと細かく書きしたためてしまうと一冊の本となってしまうのではと私は想像する。よく野球やゴルフ漫画でたった一打席の対決や1ホールを1、2週もかけているのと同じと思っていただければお分かりでしょう。私もいつかこの連載が終わる記念すべき最終回には、一枚のアルバムを原稿用紙(四百字詰)100枚(4万文字)くらいは書くんだと意気込んでいますが・・・その第一候補がこのキース・ジャレット・トリオの『スタンダーズ Vol.1』だったのです。実はこの作品を取り上げるのは初めてでなく、今はなき某サイトの記念すべき第4話で登場しております。そのときは文字数の制限もあってまさかの139文字。その文字数にまとめるのはアレコレ書きたい気持ちとは裏腹に難しく、反対にいざ4万文字で書きなさいと云われてもそう易々と書けるもんじゃない。とりあえずはいつものペースでと筆を進めることとしましょう。

 このアルバムは当時LPレコードで手にしました。レコードというのは針を落してから一呼吸ある。針と盤が擦れる音があって、第一音が現れる。CDとはその【間・雰囲気】が大きく違うのだ。でも意図的に成されたのか? CDにもその【間】があった。1曲目「ミーニング・オブ・ザ・ブルース」、キースの第一音はおよそ1.5秒経って現れる。キースのものの見事なイントロにつづき、ゲイリー・ピーコックのベースが幹をつたうように絡むまでの約24秒は息をのむほど美しい。そして朦朧とするなか気付けばいつの間にやらディジョネットのドラムが私の神経の隅々までゆきわたっていた。何ともドラマティックで、誰も成し得ないそこに到達した達成感にも似た喜びが演奏する者と聴く者双方に芽生えた記録だ。この時のレコーディングでは3枚のアルバムが録られ、本盤と『同 Vol.2』『チェンジズ』はキースのとめどなく溢れる既成曲へのアイデアを一気に録り留めたのだった。

 全5曲、15分を超えるナンバーもあるが、決して長くはない。7分辺りではまだ8分もあるのだという安心感さえ感じる。とても幸せな15分なのだ。たった一秒たりとて無駄な部分はない。その「ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド」は幾多のヴァージョンをも否定するかのようにまったく新しい息吹が与えられた。この曲はドラムが主役となっており、キースはディジョネットを意識してかお得意のゴスペル調で挑んだのが功を奏している。それに応えるべくディジョネットのドラミングは力強く正確無比なリズムを叩き続け、キースは主旋律を如何に、どう終わりを迎えるかただそれだけを考えながら本番で弾いている。徐々に盛り上げていく展開はどの曲にも共通しており、聴く者を熱くさせる。ホント、口説き上手とでも言っておこう。

 今回は400字詰原稿用紙3枚と264文字、すなわち1381文字、奇しくも「ミーニング・オブ・ザ・ブルース」でキースが右手で奏でる音符数と同じだとしたら貴方はどうする?

-NO.501-


【覚王山アパート】

 昭和の時代、高度成長期に建てられた大型団地やアパートメント。その姿も消しつつあるが、とてもお洒落なスポットとして再利用されている。この覚王山アパートもそのひとつで、中に入ると4、5店舗ところ狭しと可愛らしいお店がある。若き現代アート作品が陽の目を浴びるところとしても有名。自分の家にいるような何ともいえぬ居心地の良さが癖になります。


たそがれのヴェニス
 MJQ(モダン・ジャズ・カルテット)、ジャズ入門編には必ずといっていいほど取り上げられる名コンボ。何も考えず聴けばそりゃ心地よい音だが、一歩音を探求すべく踏み入れることでハっとさせられることの多さに気付くバンドだ。ミルト・ジャクソンの奏でるヴァイブとジョン・ルイスが紡ぐピアノ、このユニゾンを楽しむのが常であり、その美意識は誰に譲ることもなく彼等の代名詞となった。しかし自分なりのMJQの楽しみを見つけた時、コニー・ケイの何気ないスティックさばきに翻弄される私がいた。二人のスターの影に身を潜めていたコニー・ケイ、アルバム『たそがれのヴェニス』でその不撓不屈の魂が見事に開花する。

 1曲目がMJQの十八番「ゴールデン・ストライカー」、見事な構成美を持つナンバーで繊細かつ大胆に突き進む。フルレンジのスピーカーから小刻みに振動が伝わる。来た来た、コニー・ケイが震わす小径のシンバル。クラッシュだろうか? スプラッシュなのか?、ルイスやミルトに同調するかのように《至芸》の一途だ。締めくくりの「三つの窓」、このアルバム会心のナンバー。さらに勢いづくコニー・ケイの動きは入神ともいえる境地に達する。シンバルのカップで鳴らしつづける高い音、そこにシンバル・エッヂでクラッシュ音をスパイスさせる妙味も忘れていない、さすが円熟味も増すわけだ。今や彼のシンバル・ワークに平伏すことが快感となっている私。

 MJQ、まだまだ多くの作品にこのような神品が無尽蔵であることに私は気付いていないのだろう。プレイ中のコニー・ケイの口は真一文字、その口が雄弁に語りかけてくる。

-NO.500-


【門前町レストラン 櫻や】

 名古屋の覚王山といえば若者に人気のスポット。もとは日泰寺を中心に門前町として賑わった町。その入り口にあるのが《櫻や》という和風な洋食屋さん。その店内の壁にはめ込まれた《ALTEC》のユニット式のドでかいスピーカー。フルレンジでも有に30cmは超える。