知らないということ、知ったときの喜びはひとしおである。青木弘武というピアニストは日本のこころを宿した数少ないジャズマンだ。実はつい最近まで彼のことを知らず、ある雑誌の記事に目が留まり興味を抱いた。経歴や名前、風貌から曲目にいたる過程で彼が意図する音が聞こえてきた。彼自身2作目となる『The Best Thing For You』に日々心奪われてばかりなのだ。
わたしはどう聴いても彼のピアノから発せられる音は日本人の音だ。なにか言い回しが可笑しいが。ではハンク・ジョーンズと、オスカー・ピーターソンと、バリー・ハリスと何が違うというのだろう。日本には四季がある。かの清少納言が《枕草子》で詠っているように<春はあけぼの、夏は夜、秋は夕暮れ、冬はつとめて>といった感じに季節感がたっぷりと沁みこんでいる。そういった趣が備わっている「琵琶湖周航の歌(Biwako)」のすぐれたる静謐さが僕をよろけさせる。彼の故郷でもある琵琶湖の湖畔でたわむれ、いつしか疲れた体を深い眠りにいざなうタッチ。まるで懐かしい童謡でも聴いている空気につつまれる。青木氏が幼いころ描いた心象風景そのもの。この感じは一つ前のドボルザーク作「家路」にも通ずる。あっぱれなのは5曲目、ベースのスタン・ギルバート作の「サム・カインド・オブ・プレイヤー」。なんと青木はピアニカで詩情たっぷりに音の糸を紡いでいる。終始涙腺をゆるませるような曲調だ。
さて曲目に目をやると気になるのが7曲目ミュージカル《キスメット》からのナンバー「ストレンジャー・イン・パラダイス」とラスト「テイク・ミー・アウト・トゥ・ザ・ボール・ゲーム」はご存知メジャー・ベースボールで云わばラッキー7にみんなで歌う曲。わたしは何度となく言い表してきたと思うが両曲とも大好き。いかにしてこの曲を演じてくれるかが今回わたしの評価の分かれ道となった。いずれもスウィンギーにアグレッシヴにと賑わしてくれたが僕はなんだか気に入らない。もっとテンポを落とし、眩暈がするほどの原メロディを放ってほしかったのだ。日本人としてあなたもわたしも。なるほどプロデューサーはベースのギルバートだったと知って半ば納得。次回は青木自身に身をゆだねてみようではないか。
-NO.504-
【市之倉さかづき美術館】
さかづきの《つき》とは器のことらしい。人生十盃あるという、捧(sasagu)・寿(kotohogu)・癒(iyasu)・礼(ayabu)・契(chigiru)・楽(tanoshimu)・慶(yorokobu)・奉(tatematuru)・成(naru)・悼(itamu)がそうだ。ここでは売店も併設しており、多くの作家の作品が所狭しと並んでいます。あなたのお気に入りの盃がみつかりますように。