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新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
ほなお暇なお方はどうぞお入りやす。
某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-MATEJ BENKO
 日頃クラシックを聴かない私だが、どうにもこうにも毎度揺さぶられるのがスラブ系舞曲なのだ。そうとくればノイマン指揮のチェコ・フィルハーモニックと相場が決まっていて時たまお世話になる。昂ぶる熱き民族の血潮、チェコやスロヴァキアの人は相当手強いとくる。ジャズの世界にもスラブ舞曲に根ざした心優しきお人がいらっしゃる、MATEJ BENKO(マテイ・ベンコ)だ。あのクジラのジャケットでも馴染み深いピアニストで、パッと聴きラテン系とも思える節回し、じつは彼の故郷に木霊するスラブ舞曲のノリだったのだ。

 このソロ・デビュー盤『UNIVERSALITY』のインナーに写る彼の風貌はまるで医学生のようで、神経質なサウンドを予測してしまうがそれも見事に裏切られてしまう。時折クラシカルなタッチもみせるが、オープニングの「DISTANT RELATIVE」なんぞは重く圧し掛かってくるタッチにぞくぞくしてしまう。全10曲中、7曲がオリジナルで占められているので期待は膨らむ一方。特に2曲目「ABSENCE」は脱・スラブ系で、ややラテンへ寄りかかったソフト・ボッサ風に仕上げられている。途中のベース・ラインなんかはちょっと前の歌謡曲というか、サザンの初期のリズムに似ていて今さらながら面白可笑しく聴けてしまう。

 おすすめは最後に置かれた「CHAN CHAN」。このナンバーはブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブで何度となく耳にしたであろうFrancisco Repiladoの名曲。本当のことをいうと、この「CHAN CHAN」が目に留まらなかったら購入などしなかったであろう。オーダーをしてからの数日間、ただこの曲をいかに弾いてくれるのだろうかとその期待でワクワクしていた。聴いてみると予想に見合った期待通りのブエナ・ビスタだ。あの映画のワン・シーンがじわじわと蘇ってくる。ゆるりゆるりと、ここでも民族的哀愁と郷愁が互いにせめぎあい、胸がしめつけられる思いだ。

-NO.509-


【見驚 偕楽園】

 冷たい雨が降りしきる偕楽園は人もまばら。しかし多くの梅の花はいつでもみんなを笑顔で迎えてくれます。数多くの種類を見ることができる偕楽園の梅祭りも今年で113回を数えます。一際笑顔を放っていたのが《見驚》という梅の花。控えめな可愛いらしさのなかにも力強さがこの花にはあります。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-十五夜
 “よく歌っている”と演奏そのものを喩えることがあるよね。 また一人寺村容子なる素晴らしい日本人女流ピアニストが現れました。彼女のピアノはよく歌います。彼女の名前はこの頃ちょくちょく目にすることがある。そう、松尾明氏の諸作品や高橋康廣氏のソロ・デビュー作にレギュラー・ピアニストとして名を連ねていらっしゃいます。90年代に大西順子さんらが門戸を広げ、日本女性ジャズの人気と地位を築きました。それ以来多くのピアニスト、いやジャズ・ウーマン達が活況を帯びてきたのもご承知のことでしょう。一方の男性陣はというと情けないの一言ですね。それなりに新人も輩出してきましたが、どうもね。大西順子さんの復帰作も待たれるところで、山中千尋はというとコマーシャリズムに奔り飽きられる気配が漂っています。現役女子大生という松本茜ちゃんもどこか踊らされている感が歪めないしね。どうでしょう、そう考えると自分らしさを表現し頼りになっているのは野本晴美さんとこの寺村容子さんです。

 この寺村容子さんは自主制作盤を作っていたらしく、手にする方法はただ一つ、彼女自身から購入するのみだそうです。いつもライブなどに持ち歩いているみたいですよ。それって欲しいよね。でもその前に聴いてもらわないといけない一枚がこの『うさぎの大冒険』。寺村容子(P)、磯部ヒデキ(BS)、大澤基弘(DS)の三人が結成した《十五夜》というトリオ。たぶんリーダーはドラムスの大澤氏。何と可愛らしいバンド名にアルバムタイトルなんでしょうか。ジャケットも合わせて期待が膨らむのも当然でしょう。では一緒に聴いてみましょう。

 CDプレイヤーのスタートボタンを押すと僕の気を惹くためかと思うくら静かに始まる。時間(とき)が進むにつれ熱気を帯びてくる「透明な湖」。タイトルからしてこんな情熱的な曲想だとは予想だにしてなかったなぁ。しかも曲を作ったのがドラムスの大澤氏。ドラマーがこんな曲を書いていいのかと。いやいや書けることが嬉しい。大抵はピアニストと相場は決まっているようですが、今の世の中ベーシスト然りドラマーもいい曲を書いているんです。つづく「月-A Lua-」はもっと静かなテーマで始まります。終始ゆるやかに進み、まるで月の湖(うみ)で舟でも浮かべているような趣ですね。これも大澤氏のナンバー、うんいいね。ついにというか3曲目「うさぎの大冒険」のイントロで大澤氏のドラムが跳ねちゃいます。ファンキーなナンバーでいて凄くメロディアスなんだよね。肝心の寺村さんのピアノはというと心配なさらなくてよ。どっしりと地に足がついた演奏で、よく歌ういいピアノ、いい音です。余談ですが、ずっと前に《大冒険》という床屋さんが奈良にあったのを思い出しましたよ(笑)。

 全10曲中、他人様のお作りになった4曲もまた素敵でなさいます。パット・メセニー&ライル・メイズの可愛らしい「ジェームス」、ゴスペルライクなオスカー・ピーターソンの「自由への賛歌」を選曲してくるあたり、僕のツボを押さえてきます。嬉しくてゴロゴロしちゃいます。さ~て残すは寺村容子さんのオリジナルです。

 5曲目の「フロントガラス」。走る車のワイパー越しに降りそそぐ雨だれ、そんなイメージでしょうか。女性らしいといえばそんな曲想ですね。フレーズの作り方が巧いです。ちょっと前にアップした小嶋良喜さんにどこか似ているスタイルと申しておきましょう。 もうじきシーズンです9曲目「桜ふぶき」、桜が散る々情景を映し出したナンバーです。しかも夜桜です。花見で一杯。もう酔っています、僕も寺村さんもってな感じで皆さんも酔って(寄って)いただきましょう。感情移入しやすい寺村さんのピアノです。 早くリーダー作、出してくださいね。早く。早くにね。もちろん十五夜のセカンドでもいいですよ。

-NO.508-


【陽菜田】

 水戸駅北口からほど近いところにある居酒屋さん。階段を登り店の扉を開けるとちょっと洋風居酒屋かなと思うが、座敷の方はゆったりとし和のテイスト。何が良かったってBGMですよ。70年代の洋楽邦楽が交互に笑っちゃうくらい流れています。もちろんお料理も和洋折衷でよろしいかと。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-with モニカ
 女の力は凄い!? と言わしめたというより再認識させられたのがこの『ワルツ・フォー・デビー~モニカ・セッテルンド・ウィズ・ビル・エヴァンス』だ。いつものインテリジェンスなエヴァンスと違って心優しき青年ビルに大変身した一瞬がここにある。長らく愛聴してきたこの盤はモニカあっての一枚だったのだが、つい最近この中のエヴァンスに目覚めたというか恋に落ちてしまった僕なのである。およそジャズを聴いていると男が男に惚れるってなことはちょくちょくあることで、このモニカを目の前にして男を好きになるだなんて・・・。

 モニカ・セッテルンドはスウェーデンの元祖歌姫とでもいっておこうか。ジャズにとらわれずオールマイティーな歌手ゆえに純粋なジャズ作品は少ない。その中でもエヴァンスが参加したことによって数段格が上がったといえるのがこのアルバムだ。モニカは見ての通り美人がゆえ、聴いての通りにすくなからずその声質にギャップが生じる。わりと図太く逞しいのに対しエヴァンスは女性っぽくアンニュイな姿をちらつかせる。

 2曲目「Jag vet en dejiig rosa」は母国語で歌っているのか自信に満ちたモニカが窺える。ふとスールヴァイグ・シュレッタイェルがちらつく。一方1分25秒辺りでエヴァンス節が炸裂する。ぞくぞくと身震いするのををこらえるのが快感となって10秒前、いやジャケを手にしたときから興奮しているのが恥ずかしいくらい分かる。つづく3曲目の「Once Upon A Summertime」はヴォーカル物としては最高に位置すると断言しよう。それを確実なものとしたのがやはりエヴァンスのピアノに他ならない。気負いも何もない。エヴァンス自身が主役と化し、モニカの発するどこか神秘的な声をサウンドのひとつとして捉えているのだろう。

 モニカご推薦の7曲目の「Vindarma sucka uti skogarna」や10曲目の「Om natten」はスウェーデンのトラディショナル・ナンバーを取り上げ辛うじて面目を保っている。とにもかくにも歌伴の少ないエヴァンスにとっては貴重な一枚であり、特にこの作品では間奏部でのソロ・パートまでどうにもこうにも待ちきれないといった感じで一気に弾ききるといった具合だ。 一般的にはエヴァンスをメインに聴いているのだろうか。僕はようやくモニカのもとを離れエヴァンスのもとへと歩み始めたばかりだ。ハート・ウォームなエヴァンスをお聴きあれ。

-NO.507-


【名古屋グリーン倶楽部】

 何の変哲もないゴルフ練習場。名古屋のほぼ中心部に位置する場所にあり、市内数少ない練習場だ。もちろん一球の単価もスバ抜けてお高い。とは云ってもガソリン代を考えれば市外まで繰り出すことはない。僕がいつも行く練習場というただそれだけ。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-El Sur
 “やっぱり音楽は情熱的でなきゃ”と思わせてくれたのがアレッサンドロ・グイスというイタリアン・ジャズ・ピアニストである。あまり聞きなれない名前だが、一昨年秋にデビュー・アルバム“タンゴ・エロティカ”を人知れず出していたのである。生来、日本人はラテン系音楽に滅法弱く(この場合、自分の理性すら忘れさせてしまうほどタジタジになること)、日本人の琴線に触れるメロディやそれに似通った音階が頻繁に現れる傾向があることも要因であろうか。今回は彼の二作目『タンゴ・エクスタシー』を。

 僕はタンゴ系ジャズとなるとすぐに浮かんでくるのが《ラスト・タンゴ・イン・パリ》で、ガトー・バルビエリのあの情熱的テナーとあのエロティックな映像が頭の中で交差してくる。最近ではエイドリアン・イアイエスを始め多くのアーティストがこぞってタンゴ作品を取り上げている。このグイス然り、ヨーロピアン・ジャズとして聴いているさなか突如としてタンゴ・ナンバーが一曲として現れたりもすると思わずハッとしてしまうものだ。それゆえ作品全体に変化やメリハリをつけるに絶好の材料となっている。しかしこのグイスはアルバム全体にわたりタンゴ一色で染め上げている。しかも前作(デビュー盤)に続いてのタンゴ・オンパレードとスゲェ~としか言いようのない出来。タンゴ・ジャズ・ナンバーとなると諸先輩の作品のイメージが強すぎて大変なんだろうと同情してしまうが、一曲目なんぞ節々にこりゃいいぞなんて思えるところもあって、長い目で見守ってやろうと思う。タンゴの名曲集ともいえる作品の冒頭にオリジナルを持ってくる度胸と自信にも期待が膨らむ。

 僕もみんなも大好きなアルゼンチン・タンゴの大作曲家アストル・ピアソラの「Vuelvo Al Sur (南に帰ろう)」がたまらなくいい。これはもはや日本でいうあのロマン歌謡の趣が漂っている。グイスもピアソラには尊敬の念を抱いているだろう、ひとつひとつの音を大事に弾いているのに好感が持てる。右手のシングル・トーンで哀愁の主旋律を弾き、微かに左手から遠慮気味に聴き取れる和音が切なさを倍増させている。たまらんね。

 そしてもう一曲のピアソラ・ナンバーはラストに配されている「Leonora's Love Thema (レオノラの愛のテーマ)」だ。これほどまでに静寂さをたたえながらも情熱的に響くのはピアソラ・メロディだけではない。グイスは間の取り方や音そのものの強弱緩急の使い分けが巧いピアニストなのだ。甘く切ないメロディが一本調子にならないのはそのせいなのだろう。この他にもタンゴの名曲とされる「カミニート」、「エル・チョクロ」、「ジーラ・ジーラ」や「黒い瞳」など原曲との対比も面白い。適度な緊張とリラックスを与え、聴くたびに吸い寄せられる魔性のピアニストに惚れ惚れする今日この頃です。

-NO.506-


【花桔梗】

 真っ白無垢な趣をみせる和菓子処・花桔梗は、シンプルな装いにつつまれ、味もシンプルこの上ない。だからかえって味わい深いのだ。おすすめは苺大福に似た《いちごもち》である。その名の通り餡は入っておらず、ぎゅうひといちごの繊細な甘さは徐々に情熱的な甘さに変わる。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-kojima
 小嶋良喜、彼を何と喩えるのか。その名を聞いてピ~ンときた人ならばかなりの音楽通なのだろう。歌謡界というかジャパニーズ・ポップスにおいて引っ張りダコのミュージシャン(ピアニスト)なのである。幾多のセッションに顔を出し、今やライブでもCo-Leader的存在で引く手数多の人気者となった。共演してきた井上陽水、今井美樹、桑名正博や浜田省吾らといったビッグ・アーティストをみても高い信頼を得ているのが分かる。

 大きな口を生かし歌でもうたうわけでもなく、彼本来のキーボード・プレイヤーとしての初リーダー作がこの『Kojima』である。何といってもジャズ作品を作ってくれたことが何より嬉しい。小嶋はベーシストの金澤英明とドラマーの鶴谷智生と《コジカナツル》というトリオを組み、すでに3枚のアルバムを残している。だからソロ作品となるとこれが初出だ。もう一つ嬉しいのはこの作品の中で2曲も浜田省吾のナンバーを取り上げていること。しかもその2曲が今作品のハイライトというべき極上の仕上がりをみせている。

 「KATAOMOI」、3つのシングル・トーンで静かに幕を開ける。ふと頭を過ぎったのがビル・エヴァンスのヴィレッジ・ヴァンガードでの「マイ・フーリッシュ・ハート」の出だし。徐々に、徐々に、徐々に熱を帯びてくる。一気にでなく徐々にだ。この場では適切な表現といえないが、悩殺される思いがする曲だ。女性が性的魅力で男を悩ますそれに近い感度と天衣無縫の趣が備わっていいる。

もう一曲はフライド・プライドのShihoが歌う「Kimi To Aruita Michi」だ。ツボを抑えたCharのギターが鮮やかに際立ち、大向こうを唸らせる小嶋のピアノとが渾然一体となってもう言葉もない。そしてあのShihoがここまで〝色香〟と〝色気〟を歌い分けているのも凄いっ!ラストでは小嶋自身、Shihoとハモって〆るという何とお洒落なことを。これで日本のポップスもジャズの素材として十分に通用すると言えるでしょう。もっともっとたくさんのジャズ・ヴァージョンが、ジャパニーズ・ポップスから生まれてくることを心より願って止みませんね。

 おっと、このナンバーもファンならお望みだったのでしょう。クレジットに目をやって涙した方もいらっしゃること思います。その「TRUTH」ってどこか歌謡曲っぽくも聴こえませんか。僕は小嶋のハモンド・オルガンにいつしか口ずさんでしまってます。歌詞もないのにね。最後に「BASSAB」はタイトルからしてベースの金澤氏に捧げたナンバー。これも時間がゆっくりと流れていくのにただ身をゆだねていればいいってな感じ。時間だって止まってしまうほど切なく響いてきます。夜がやってきて少しの間、夜さりへと導くのにはピッタリの小嶋ワールドだ。さあお日様ともしばしのお別れだ。

-NO.505-


【ナゴヤの宵を待つ】

 夏と冬では一刻の違いがあれど、午後5時頃からいわゆる夜がやってくる。それはおよそ一日の半分、約12時間にも値する。”夕べ”から始まり”宵”へと流れ”夜さり”をすごし”夜半”をくぐり”暁”をおぼえる。この写真は12月のとある日。ちょうど夜さりへと西の空が変わり行く瞬間だ。