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新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
ほなお暇なお方はどうぞお入りやす。
某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-rory gallagher
 ずっと前にお気に入りの渋~いロック・ギタリストを挙げたと記憶する。たしかロイ・ブキャナンにジェリー・ガルシア、ローウェル・ジョージにデイブ・メイソンと勢いよく出てくるから間違いなかろう。しかし、どうしてだか忘れられていた人物が一人、ブルース・ギタリストのロリー・ギャラガーだ。ブルース・ギタリストといえばすぐさま浮かんでくるのが日向エリック・クラプトン。ロック界におけるブルース・ギタリストとしては間違いなく革命をもたらしたといえるが、日陰で根気よく支え続けてきたのはロリーとなのだと胸を張っていえよう。クラプトンと大きく異なったのはロリーがアイリッシュ系民族であったこと。トラディショナルな作品が多く見られるのもオルタナティヴなブルースを奏でるのもそういった生い立ちからなのだろう。それでいて泥臭さもプンプン漂わせ、ワイルドかつヘヴィなスタイルを得意とした。

 ブルージーなトリオ、人気絶頂の“テイスト”を解散してまで掴み取ったデビュー・アルバム『ロリー・ギャラガー』は、ため息の出るほどジャケットのように黒光りしていた。「ジャスト・ザ・スマイル」を耳にした瞬間彼が只者でないことが分かったかと。これぞペンタングル(私のHN“ぺんたんぐる”)らしいブリティッシュ・フォークが色濃く出た作品。それにつづく「アイ・フォール・アパート」をじっくりとお聴きあれ。レッド・ツェッペリンの大名曲“天国への階段”に似てるとお思いではないか。こころなしか陰影を含んだロリーの声だって、抑制を効かせたギターも、溜めの効いたリフからジミー・ペイジ同様下弦でのリフに至るまで展開はまさにそれだ。最後に至っては分厚い雲間から突き刺す陽のようなあのストラトキャスターは圧巻。私の興味は時は1971年、“天国への階段”か“アイ・フォール・アパート”、どちらが先に世に現われたかという疑問である。何? それ! って思われるかも知れないが、私にとってはこれからの人生を大きく左右せざるを得ないほどの意味を持っている。そんなこんなの大団円のあとは「フォー・ザ・ラスト・タイム」における、ちょいと長めのギター・ソロをご相伴に与ろう。このアルバムの中では一番深みのあるソロだ。荒削りだがシャープさを失わないロリーのカッティングに酔いしれたら存在感充分のソロに釘付けになるだろう。バンドとしてのクオリティも高く、3人だということを感じさせない。

 スティール・ギターにスライド奏法、マンドリンにヴィンス・クレインのツボを押さえたピアノ。自らのサックス・プレイなど既に多様性を秘めた作品だが、この後に控えるセカンド・アルバムがもっともっとブルースしていることに驚かされる。やおら立ち上がったロリーのストラトからは、並々ならぬ決意を記した声明文が刻まれる。

-NO.524-


【手打そば処 谷屋】

 名古屋の蕎麦ランキングでもこのところ人気上昇中の谷屋。外観からは想像もつかないくらいの店内に驚く。古木をうまく再利用した強固な梁や、天高くステンドグラスが張り巡らされたりと気のおけない蕎麦屋である。おすすめは何といっても見るも素晴らしい夜の蕎麦会席だ。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-エクスプロレイションズ
 ジャズを聴くようになって早30有余年が経つ。当時中学生の私にとってジャズなんぞは大人へ背伸びであり、傍からみればただの格好つけにしか見えぬ青二才の中坊なのだ。とはいってもその一歩は私の人生を変えるに大きな足跡となった。実際どう聴いていたのか、どんな感性が働いていたのか、どうにもこうにも思い出せないでいる。ただそれまで聴いてきたポップスやロックとはけっして肩を並べることのない、たがう世界がそこにあったのだと記憶している。クラスメイト一人ひとりに訊いて廻ったわけではないが、ジャズを好んで聴いていたのは私くらいのものではなかっただろうか。友達にも強要するわけでもなく、ジャズを聴いていることすら明け披かしたこともない。私だけの密かな楽しみだったと。

 ビル・エバンスが没して来年(2010年)で30年になる。晴れて大学生となった私がむさぼるように聴いたのが彼だ。そして彼のファンとして、彼に愛情を感じ始めた矢先に悲しい報せを知る。その三日三晩聴き続けたのが『エクスプロレイションズ』、つい先日買ったばかりだった。

 いま贔屓にしているのがアーサー・シュワルツ作「魅せられし心(Haunted Heart)」。いまだに涙が零れんばかりの名演で三分そこそこの短さがなんとも悔やまれる。オープニングの「イスラエル」はジョン・キャリシの作品で、これよりエバンスの十八番となってゆく。彼にはユダヤ系の血が流れており、その血がただのブルース・ナンバーで終わらせていない。見事に空間を征服してしまっているのである。そして哀しみと悦びを享受させるかのように「ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン」「アイ・ウィッシュ・アイ・ニュー」と流れる間、心が解れ、固唾を飲み、うっとりとする。

 来年で没30周年、当たり前のように何やらの企画モノが発売されたり、雑誌でも当然のように特集が組まれるのだろう。30年間この作品を聴き続けてきて、今ようやくエバンス私的ベスト1に昇格された。難解極まりない初期名作群にあって一番手が出しずらかった一枚だったが。いま背筋を伸ばし姿勢を正し、溜飲が下がる思いでまた聴きはじめた今宵です。

-NO.523-


【MEG】

 ジャズ評論家でいまや音楽プロデューサーとしても活躍中の寺島靖国氏が経営するジャズ喫茶“メグ”は、ジャズの似合う吉祥寺の町にある。最近ではライブも積極的に行い、アマチュアの活動拠点としても大いに場所を提供している。幅広いファン層から支時される人気のお店だ。エバンス同様寺島氏も私のジャズ指南役のお一人でしょうね。



新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-までりんぺる~
 唐突ですが、あなたは「Walkin' After Midnight」を聴いてどう感じましたか? っていうよりどうなさいましたか? が正解かな? タイム・マシーンから飛び出してきた歌姫マデリン・ペルーが今宵贈るは、デビュー・アルバムの『Dreamland』。宣伝文句にはジャズ・ヴォーカルの新星、ビリー・ホリデイの再来と騒がれ、その鳴り物入りのぼやけたポートレイト・ジャケのアルバムがいま私の手元に置かれている。私は前述の曲と2曲目を聴いて一抹の不安と微かな望みを抱いた。彼女を聴いてすぐに思い浮かべたのがイングリット・ルシア、ノスタルジックな趣は確かに共通するところが多い。しかしマデリン・ペルーの場合は自作自演出来る能力と、味ある卓越したギターの腕前に聴き惚れることしばし。私のようにビリー・ホリデイが苦手だというお方、安心してお手にしていただきたい。ビリーとの接点は共通の楽曲にあって、声質がどうのこうのという問題ではない。すぐに失望は確かな希望となる。

 3曲目「I'm Gonna Sit Right Down And Write Myself A Letter」でもう彼女のとりこに。バックで図太いテナーを響かせるはあの無骨な男ジェームス・カーターでは。何とここではオシャマな女の子のように優しさをたたえた一吹きが私の口元を緩ませる。昭和の香りがたちこめてくるとでも表現しようか、天衣無縫の姿である。ふとライナーに目をやるとピアノにはサイラス・チェスナットが弾いているではないか。その後セカンドではラリー・ゴールディングス、サードでは珍しくサム・ヤヘルがピアノに興じている。マデリンのこだわりと捉えるかどうかは別にして、毎回の楽しみが増えたと独り喜んでいるのだ。

 「Always A Use」で聴ける力強いギターと歌声、フォークの神様ディランとデュエットさせたらと彼の“World Gone Wrong”を思い浮かべたりもする。さて10曲目タイトル・ナンバー「Dreamland」はタイム・カプセルの中を行き来しているような過去と現在の見事な融合がみられる私的ベスト・チューン。今後もこういったマデリンらしいPOP寄りのナンバーを待ち焦がれるのではと、朝と夜の透き間を埋めてゆくこの一枚に耀さを覚え、心地よい眠気がたまらなくいい。ああ明日も仕事はお休みだ。

-NO.522-


【いけ善・蕎麦猪口】

 私は蕎麦屋に出かける楽しみのひとつに箸袋を集めることにした。ただしそこの屋号を記した部分だけを切り取って自称4コマノートというものに貼り付けている。もちろん名刺やパンフレットの切り取りはコレクションしない、箸袋もしくは箸帯だけだ。初めてのお店へ行くときなんかは、それらがあるかどうかワクワクするのである。他にも楽しみとして蕎麦猪口やお店の造りや調度品などのレイアウトに興味津々の眼差し。“いけ善”のカウンターには江戸~明治時代の蕎麦猪口が手にとって愉しめる。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-amada
 いま私の周りではベーシストが熱い。アビシャイ・コーエン、テリエ・ゲベルトがまさにそうである。たまたま手にしたピアノ・トリオ盤に耳を奪われた。その2枚ともがリーダーはベース弾きだったという巡り合わせ。あれもこれも取り上げたい気持ちで悩んだ結果、今回はアビシャイ・コーエンのデビュー・アルバム『AMADA』を。

 アビシャイ・コーエンは、ジャズ・ミュージシャンとしては珍しいイスラエル出身。チック・コリアに見出された逸材で、彼のバンドで経験を積んだのち1998年満を持してソロ・デビュー。さて、その『AMADA』を聴いてお分かりのように、ハッハ~ンと頷けるサウンドが飛び込んでくる。イスラエルという特異な土壌と環境が生み出した、まさしくアビシャイの世界がすでに確立されていた。よってその世界は今現在の最新作“AUROLA”まで脈々と息づいている。中東本来のテイストに、地球上凡てのユダヤ系民族が持ち込んだらしき音楽とがミックスされ、さながらメルティング・ポット的サウンドともいえよう。西洋と東洋の文化の融合、また移民国家である所以、バイタリティとバラエティさを併せもつ面白味のある音楽が生まれている。このアビシャイに関して言えば、スペインやポルトガルに見られる南欧ムードもバッチリときてるから文句のつけようもない。

 いきなりの僅か10秒で中東の雰囲気を湛える「Ora」でアビシャイ帝国の旗揚げを宣言。スティーヴ・ウィルソンのソプラノと中低音を忙しく行き来するスティーヴ・デイビスのトロンボーンが、古くは聖書の教えとばかりにユダヤの踊り、舞台芸術を連想させる。つづく「Madrid」で早々と最初のクライマックスを迎える。ジャズの世界広といえどこの曲を書けるのはアビシャイしかいないことを証明させた。この人のベースは歌うのでなく踊るのである。そしてその踊りはタイトル曲「Amada」で祈りへと。予想もつかない、展開も読めない、ただ身を託すほかない状況がそこにはある。

 あなたはアビシャイの音をイスラエルの音楽芸術として聴くか、それとも教えとして身をゆだねるか。女子も男子も、50オトコの言うことなら訊いてやろうじゃないかというなら、この教え、紐解いて進ぜよう。

-NO.521-


【谷中一丁目界隈・ねんねこ家前】

 谷根千界隈のブームは静かだがじわりじわりと広まっている。土日ともなると、ビックリするほどガイドブックやマップを手に散策している人を見かける。かくいう私もそうなのだが。この暑い夏の日、平日の昼間にノンビリと何も考えずに歩いていたい街だ。三浦坂の途中に見つけた“ねんねこ家”のタワーサインならぬタマサインか?(笑)


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-in Concert
 ギラギラと照りつける太陽、キラキラと揺らめきどこまでもつづく青い海、カリフォルニアにある小さな町ホーソーンから飛び出してきた少年たちはサーフボードを脇に抱え、時には女の子だったりもする。彼らは憧れを乗せたT-Birdをフルアクセルで走らせ、そこからはフルトーンのビーチ・ボーイズの「セイル・オン・セイラー」が流れこぼれる。

 紆余曲折を経て辿り着いたのがライヴ・バンドとしての新生ビーチ・ボーイズだ。ブライアンはいまだベッドのなかで永遠の理想を追っているのだろうか、ブルース・ジョンストンもこのところの不遇に嫌気がさしたのか脱退、代わりにやって来たのがブロンディ・チャップリンとリッキー・ファター。この頃のカールは実質的なサウンド・リーダーをとっており、新加入の二人はビーチ・ボーイズとは程遠い南アフリカのバンドから連れて来たのだった。近頃ヒット曲に恵まれない彼らにとって唯一の稼ぎはライヴ、往年のヒット曲オンパレードで何とか食いつないでいたというのが正しいであろう。ただそれもいつまでも続くハズはない。ライヴ・バンドとしての生きる道を見出したカールは、ファンキーな二人を加えビーチ・ボーイズの演奏力を格段にアップさせていった。

 起死回生を狙った前作“オランダ”で一旦仕切り直しを図るかたちとなるが、皮肉にも彼らの意図とは関係なく、レコード会社がその間に発表したベスト・アルバム“エンドレス・サマー”が全米1位という奇跡的結果をもたらした。よって長い眠りについていた永遠なるビーチ・ボーイズに再び火がついたのだ。もちろんこのライヴ・アルバム『ビーチ・ボーイズ・イン・コンサート』も大きく後押ししたのは間違いない。アレコレと言いたいファンも黙って聴くべし。ライヴで活路を見出そうとモガき苦しんだ数多の音源をつぶさに拾い出した名曲名演集だ。命を削ったとまでは言わないが、彼らの生きる喜びや歌うことの愉しさがダイレクトに伝わってくる。いやぁ、涙がこみ上げてくるほど色々なことが切なく胸に響く。ベッドの中のブライアンはこれを聴いて何を想うのだろうか。全20曲中18曲のほとんどがブライアン作。「ドント・ウォーリー・ベイビー」や「グッド・ヴァイブレーション」、「素敵じゃないか」に「僕を信じて」・・・ブライアンのファルセット・ヴォイスをこの激しく熱いライヴで聴きたかった。僕のなかではブライアンがいない限り不完全でしかなく、まだまだ、こんなの。ありとあらゆる困難や苦しみ、こころに宿る悲しみや痛み全部吹き飛ばしてよ。それにはこのライヴ盤、出来る限りの大音量で聴くことを薦めるよ。

 ロック至上もっともシンフォニックなイントロとまで称された「カリフォリニア・ガールズ」、このイントロを聴きたくてみんな会場に出かけるのさ。カールの左手の示す位置でコレと分かり背筋がピンとする。喜色満面。

-NO.520-


【THE TIN TIN SHOP TOKYO】

 いまもなお幅広い人気を誇るタンタン、24つの冒険シリーズ。かくいう私も好きだった。そして今になってまた読みたくなった。日本には直営店が3ヵ所、東京、京都となぜか前橋に。何とS・スピルバーグ監督が映画化に踏み出したらしい。上演は2011年ということ。何だかワクワクしてくるね。