ジャズを聴くようになって早30有余年が経つ。当時中学生の私にとってジャズなんぞは大人へ背伸びであり、傍からみればただの格好つけにしか見えぬ青二才の中坊なのだ。とはいってもその一歩は私の人生を変えるに大きな足跡となった。実際どう聴いていたのか、どんな感性が働いていたのか、どうにもこうにも思い出せないでいる。ただそれまで聴いてきたポップスやロックとはけっして肩を並べることのない、たがう世界がそこにあったのだと記憶している。クラスメイト一人ひとりに訊いて廻ったわけではないが、ジャズを好んで聴いていたのは私くらいのものではなかっただろうか。友達にも強要するわけでもなく、ジャズを聴いていることすら明け披かしたこともない。私だけの密かな楽しみだったと。
ビル・エバンスが没して来年(2010年)で30年になる。晴れて大学生となった私がむさぼるように聴いたのが彼だ。そして彼のファンとして、彼に愛情を感じ始めた矢先に悲しい報せを知る。その三日三晩聴き続けたのが『エクスプロレイションズ』、つい先日買ったばかりだった。
いま贔屓にしているのがアーサー・シュワルツ作「魅せられし心(Haunted Heart)」。いまだに涙が零れんばかりの名演で三分そこそこの短さがなんとも悔やまれる。オープニングの「イスラエル」はジョン・キャリシの作品で、これよりエバンスの十八番となってゆく。彼にはユダヤ系の血が流れており、その血がただのブルース・ナンバーで終わらせていない。見事に空間を征服してしまっているのである。そして哀しみと悦びを享受させるかのように「ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン」、「アイ・ウィッシュ・アイ・ニュー」と流れる間、心が解れ、固唾を飲み、うっとりとする。
来年で没30周年、当たり前のように何やらの企画モノが発売されたり、雑誌でも当然のように特集が組まれるのだろう。30年間この作品を聴き続けてきて、今ようやくエバンス私的ベスト1に昇格された。難解極まりない初期名作群にあって一番手が出しずらかった一枚だったが。いま背筋を伸ばし姿勢を正し、溜飲が下がる思いでまた聴きはじめた今宵です。
-NO.523-
【MEG】
ジャズ評論家でいまや音楽プロデューサーとしても活躍中の寺島靖国氏が経営するジャズ喫茶“メグ”は、ジャズの似合う吉祥寺の町にある。最近ではライブも積極的に行い、アマチュアの活動拠点としても大いに場所を提供している。幅広いファン層から支時される人気のお店だ。エバンス同様寺島氏も私のジャズ指南役のお一人でしょうね。