遠くイスラエルからの教え | 新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
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某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。


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 いま私の周りではベーシストが熱い。アビシャイ・コーエン、テリエ・ゲベルトがまさにそうである。たまたま手にしたピアノ・トリオ盤に耳を奪われた。その2枚ともがリーダーはベース弾きだったという巡り合わせ。あれもこれも取り上げたい気持ちで悩んだ結果、今回はアビシャイ・コーエンのデビュー・アルバム『AMADA』を。

 アビシャイ・コーエンは、ジャズ・ミュージシャンとしては珍しいイスラエル出身。チック・コリアに見出された逸材で、彼のバンドで経験を積んだのち1998年満を持してソロ・デビュー。さて、その『AMADA』を聴いてお分かりのように、ハッハ~ンと頷けるサウンドが飛び込んでくる。イスラエルという特異な土壌と環境が生み出した、まさしくアビシャイの世界がすでに確立されていた。よってその世界は今現在の最新作“AUROLA”まで脈々と息づいている。中東本来のテイストに、地球上凡てのユダヤ系民族が持ち込んだらしき音楽とがミックスされ、さながらメルティング・ポット的サウンドともいえよう。西洋と東洋の文化の融合、また移民国家である所以、バイタリティとバラエティさを併せもつ面白味のある音楽が生まれている。このアビシャイに関して言えば、スペインやポルトガルに見られる南欧ムードもバッチリときてるから文句のつけようもない。

 いきなりの僅か10秒で中東の雰囲気を湛える「Ora」でアビシャイ帝国の旗揚げを宣言。スティーヴ・ウィルソンのソプラノと中低音を忙しく行き来するスティーヴ・デイビスのトロンボーンが、古くは聖書の教えとばかりにユダヤの踊り、舞台芸術を連想させる。つづく「Madrid」で早々と最初のクライマックスを迎える。ジャズの世界広といえどこの曲を書けるのはアビシャイしかいないことを証明させた。この人のベースは歌うのでなく踊るのである。そしてその踊りはタイトル曲「Amada」で祈りへと。予想もつかない、展開も読めない、ただ身を託すほかない状況がそこにはある。

 あなたはアビシャイの音をイスラエルの音楽芸術として聴くか、それとも教えとして身をゆだねるか。女子も男子も、50オトコの言うことなら訊いてやろうじゃないかというなら、この教え、紐解いて進ぜよう。

-NO.521-


【谷中一丁目界隈・ねんねこ家前】

 谷根千界隈のブームは静かだがじわりじわりと広まっている。土日ともなると、ビックリするほどガイドブックやマップを手に散策している人を見かける。かくいう私もそうなのだが。この暑い夏の日、平日の昼間にノンビリと何も考えずに歩いていたい街だ。三浦坂の途中に見つけた“ねんねこ家”のタワーサインならぬタマサインか?(笑)