新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景 -18ページ目

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
ほなお暇なお方はどうぞお入りやす。
某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。




新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-大和川酒造
 男児ピアニスト諸君に告ぐ、最近いやに女流ピアニストの活躍が目立っていますが、そうと思われませんか。特に我が日本ではそれは顕著であって、私とて男の端くれ悪い気がする筈もなく笑顔が絶えない今日この頃です。海の向こうでは弾き語りを得意とする女性ヴォーカリストはたまた真っ当なピアニストがわんさかいらっしゃり、特にレイチェルZやリン・アリエールは男勝りのピアニズムを併せ持つピアノ弾き才女であるのだ。彼女たちはよく男心を知り尽くし急所もよくご存知なのです。リン・アリエールの『Live at the MONTREUX JAZZ FESTIVAL』は、それゆえ私はひとたまりもなく崩れてしまうのだ。

 前半の5曲は私男にとってはつまらないものであり、雰囲気すら暗く空気も重くのしかかってくる。しかし残す3曲で僕の心は隅々に晴れ渡り、一点の澱みも残すことはない。その気まぐれと悪戯は次のようである。

 <Estate>は彼女たちの必須アイテムだろうか、ことごとく男どもはこのラテン・ナンバーに滅法弱いのだ。この張り詰めた緊張感と無防備なまでの妖しさにしばし身動きができなくなる。リンは昂ぶる感情を抑え、徐徐に徐々に熱を帯びてくる。それは指から伝わるタッチの変化、あるいは音が形として存在するならばみるみる色めいてくるのが分かる。つづくリンのペンによるラテン・ナンバー<Calypso>だ。きっと僕らの腐敗しかけた細胞を瑞々しく蘇らせてくれようか。彼女も誰のためにこの曲を書いたのだろうかと期待半分気になってくる麗しき旋律。もちろん聴いているあなたへのためと皆は都合よく感じることだろう。それでよろしい。ラスト<An Affair To Remenber>は、これ以上音と音を分け刻むことができないくらいに一つひとつが光り輝いている。このコンサートの終わりを愛しむように、リンは女らしく今日を終えようとしている。私はハッと我に返り、リンはジャズ・ピアニストという前に一人の女性と気づき愛しさが倍増するのであった。何につけてもやはり女らしさは武器である。

-NO.544-


【大和川酒造】

 喜多方といえばラーメン・・・ではなくお酒なのだ。その一つ大和川酒造さんの中へ。どこも酒蔵は薄暗いと決まっているが、その闇をあえてディスプレイ効果に生かしている。一瞬、ハッとさせられたのだった。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-on the snow
 まだ10代の若者であるとのことアレッサンドロ・ランツォーニ君、今どき〝神童〟あらわる何てことは古臭い気がして使いたくないし、彼にはそんな肩書きも要らない。そこにはもう成熟しきったプレイが存在するのみ。

 彼のオリジナル<On The Snow>はアルバム・タイトルにもなっているように気合充分、その意気込み通りファースト・トラックに置かれている。ピアノ、ベース、ドラムが同時に音を鳴らす。三者とも音程、音量、音の振幅からその後つづく音階までもが無垢で美しい。超高速で演奏されるW・ショーターの<Black Nile>やO・ネルソンの難曲とされる<Butch And Butch>は、どうみても親の歳ほど離れた共演のタボラッチとパオリのリードあってのこと。実に親心というか、野球でいうなれば絶妙なリード、配球の妙に長けているわ。さてまたまた彼のオリジナル2曲目<Suite>は22分を超える超大作だ。時折おや、これ何だっけと思わせるメロディも登場したりと22分の長丁場も飽きさせることなどさせない。クレジットを見るとこの曲タイトルそのもの5つで構成されているようだが、それぞれは判別しにくいほど一つの曲としてまとまりを見せる。私の日課(休日だけよ)であるシエスタ(昼寝)もオチオチしてられぬほど油断ならぬ曲で、私はこころよく負けを認めた。そんな22分はあっという間であった。

 3つ目のオリジナル<Il Mulino>は一転スロー・バラードでいささか退屈の7分超。が、こういう曲を書こうとする意欲は認めないわけではないが、印象度から言えばまったく無意味としかいいようがない。この手の曲は、古の先生と呼ばれた方々の伝家の秘法めいた名曲群をお勉強なさり、ランツォーニ流新解釈で蘇らせて欲しいものだと期待する。さて最後のオリジナル<Walzer Paoli>は、共演者のドラマーの名前そのものが曲名となっている。いかにもいいお父さんといった感じのパオリ・・・んじゃタボラッチさんの曲は? と言いたくなるが、まあどうでもよいことで。ならばドラムがバンバンにフューチャーされた曲かと思いきやてんで違う。何が書きたいかって? そう、後の2曲のオリジナルは背伸びし過ぎて空回りの展開だということ。まだ10代なんだから色気出さず素直にやってもらいたいものだ。なんだかんだで親父の愚痴を零したようになってしまったが、ラストの<Bye Bye Blackbird>の伸びやかなフレーズと感情移入の仕方は、10代と思うと言葉を失う。

-NO.543-


【大内宿】

 日光から会津へ抜ける道すがら、昔より旅人は大内宿まで足を伸ばしたということなのであろう。とは言ってもここまでの山道は楽ではない。なのに大内宿なのだ。今風にいう隠れ家的存在の地だったのではないかと思うしだいである。今では多くの観光客で絶えないが、ずっと昔、幾人を惹きつけてやまない何かがあった。それらはみんなが帰ったあと、静まり返った山里にそっとある気がする。

注)大内宿は日光街道沿いとなります。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-made in america
 1981年6月、カレンの声があの頃に戻ったことがとても嬉しくて。実質、カーペンターズ最後のオリジナル・アルバムとなった『メイド・イン・アメリカ』は、彼らを失意のドン底から救ってくれたに違いない。そして僕らも。

 見掛けによらず兄リチャードは薬物中毒にかかり、妹カレンは結婚の失敗での精神的病や、後の死因とされた拒食症と日々闘っていた。それらを一時的にしろ勇気付けてくれたのがこの作品であり、恋にしろ人生にしろ前向きにと励ます内容の曲がほとんどであったのも頷ける。

 そんななか兄リチャードが起死回生のメロディを紡いだ。明るめのカントリー調<遠い想い出>は、どこか長閑でほのぼのとしたカーペンターズ・サウンドで頬もゆるみっ放しだ。ところで昔から僕が思うにカーペンターズの曲の蕊(ずい)は先メロ、即ちサビでなく1、2小節目にやってくると。しかしここでの蕊はサビ前に幾つものヤマを築きカレン節を放り込むのである。あっ、これ! あっ、これも! って、ここではあの分厚い兄妹のコーラスは不要、新しいカーペンターズの幕開けとなる。 つづく<ストレンクス・オブ・ア・ウーマン>でもサビの一歩手前でカレン節が炸裂。その後に来る磨きに研かれたサビメロは、早くもアルバムの最高潮に達する。♪・・・it's gonna take the strength of this woman・・・のくだりだ。それ以降アルバムの中盤はカレンのソロ作品の趣が強く、リチャードもまったくと言っていいほどでしゃばらない。<タッチ・ミー>は久しぶりとなるシングル・ヒット(全米16位)を放ち、<涙の色は>も奇跡を生むに相応しい佳曲である。

 1983年2月4日、カレンの声があの頃に戻ったことがとても嬉しかっただけに辛い日となる。

-NO.542-


【京都タワー】

 建設検討にあたって京都の美観を損なうのではと猛反対だった。ならば京都らしくということで燭台と蝋燭を表現。今では何てことない京都タワーも、夜になるといっそ人のこころ篤く静かに燃ゆす。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-martin brunner
 前回ジャケ買いで予期せぬお宝発見の話をしたが、今回はジャケ買いで予想もせぬ凡作を掴まされたことをお話しよう。瞬間、このジャケを見よ!雨格子の向こうには色とりどりの傘の花が咲いている。もう既にあなたにも繊細で傷つきやすく、感じやすい音の洪水が氾濫してきたのではないかと思うほどのジャケットである。

主人公マーティン・バーナー、名は悪くないが、重苦しい予感はある。風貌はインテリ坊やそのもので、酸いも甘いも噛み分けたとはお世辞にも言い難い。期待が急速に薄らいでゆくが、そこはチェコのピアノ・トリオだ。次なるは曲名を見ていゆこうか。

 <Espresso>味わい深い珈琲に<Photo From The Family Album>一家団欒の風景,<Dave's Diary Dog>デイヴ君の徒然犬日誌と<Song>歌あるのみ、みんなそれらに期待が膨らむばかり、だが。耳をかたむけると硬質な音と変拍子が身体を蝕んでゆく。堪えきれない苦痛にさいなまれるなか、まだ微かな光明が差し込むのをまだかまだかと待っている私。今になって思うことは、アルバム・ジャケット、アーティスト名や出で立ちとか曲名、それら無数の要素によって好悪が一瞬にして決定されそれぞれの思いを抱かせて家路へと運ばせたのだ。こんな辛い思いで書き留めたのはマイルスの諸作以来だろうか。とは言ってもそれらマイルス4枚には愛すべきモノを知っての一筆だったのだが・・・。

 話は少し逸れて雨ジャケでもう一枚、Chad Taylorの〝Circle Down〟のウインドウに映る雨だれにそそられてばかりいる毎日。買おうか買うまいか思案の為所である。ならばマーティン・バーナーのデビュー作『BEHIND THE CLOUDS』はインテリアとしても充分な資質がある、だから手元に、座右の銘盤として放せなくなる。喜べ、そうこうしているうちに見つけたし、バーナーのピアノは今<Behind The Clouds>的なタッチで雨の格子を演出してみせる。濃厚な珈琲の香りや過ぎし日の想い出、愛犬との戯れなどリアルに表現できたことは稀なる才と見ておこう。次作がとんでもなく楽しみになってきたぞ。

-NO.541-


【Cave 吉祥寺】

 吉祥寺のカエル屋さん。所狭しと溢れんばかりのカエルGOODSの数々。HPで通販もやっているが、ここは直にお店へ行ってたくさんのカエルさんと暫し過ごそうでは。吉祥寺本町の中程にあります。といいつつ私もまだウインドショッピングしただけなんですが(笑)。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-giovanni sanguineti
 最近やたらと縦長の添付写真が増えてきたと自分でも思う。四角四面で貫き通そうとしたが、どこかの写真で横長か縦長を使ったところ、シメシメこれは良いのではと思ったのが常となりつつ意味なく反省しておる私。さて私がこころ許した3人のベースマン、残す最後のお方がGIOVANNI SANGUNETIといい、いかにもイタリアご出身そのものの名である。そんなお方がソロ一作目にしていきなりリロイ・ヴィネガーに捧ぐなどという作品をお創りになった。『HARD TO FIND ... TRIBUTE TO LEROY VINNEGAR』はあまり期待薄で手にしたのだが。まあそうは言ってもこの重厚かついかにもベース候にしてやられたというのが正直なところ、買わずしておられますかということ。と言いつつもリロイ・ヴィネガーがこんなにもオリジナル(全9曲中4曲がL・ヴィネガー作)を既出してたとは驚き。まだまだ私の知らぬお宝があちら此方で埋もれているかと想像するだけで、月曜の朝、出勤する足取りも軽やかになろうもの。

 ここでのL・ヴィネガーのオリジナルはどれもこれもタイトなベース魂を引き出してくれる曲想ばかりだ。初っ端の<Doing That Thing>なんぞは文句のつけようのない佳曲で、ヴィネガーもなかなかやるではないかと尊敬の念を抱き、彼のオリジナルを探すべく、先ほどからCD棚を片っ端から漁っている私がなんとも可愛いと気づく。ハリー・ウォーレン<I'll String Along With You>は、脇役のデヴィッド・ヘイゼルタインのとっておきのピアノを愉しもうではないか。ヘイゼルタインはソロとなると自分自身気合負けをするのか気難しさが表へと出てくるが、ここでの脇役ぶりはありとあらゆる賛辞を述べても尽きぬほど素晴らしい感性をひけらかしてくれる。時として60年代のエヴァンスの影が見え隠れし、懐かしささえこみ上げてくるでは。つづくM・ディクソン作<Would You Like To Take A Walk?>は、不意に現われた甘く芳醇な香り揺らめくナンバーだ。意表を突かれるとはこのこと。予期せぬ美曲、美旋律に全身の細胞という細胞が一斉にどよめくのである。

-NO.540-


【うろこの家・うろこ美術館】

 北野異人街の一番山手にある《うろこの家》から眺める神戸の街並みや遠くまで広がる紺碧の海は清々しさを憶える。隣接の美術館に展示してあった絵画のひとつ。すらりとした女性に見取れ思わずカメラを。