1981年6月、カレンの声があの頃に戻ったことがとても嬉しくて。実質、カーペンターズ最後のオリジナル・アルバムとなった『メイド・イン・アメリカ』は、彼らを失意のドン底から救ってくれたに違いない。そして僕らも。
見掛けによらず兄リチャードは薬物中毒にかかり、妹カレンは結婚の失敗での精神的病や、後の死因とされた拒食症と日々闘っていた。それらを一時的にしろ勇気付けてくれたのがこの作品であり、恋にしろ人生にしろ前向きにと励ます内容の曲がほとんどであったのも頷ける。
そんななか兄リチャードが起死回生のメロディを紡いだ。明るめのカントリー調<遠い想い出>は、どこか長閑でほのぼのとしたカーペンターズ・サウンドで頬もゆるみっ放しだ。ところで昔から僕が思うにカーペンターズの曲の蕊(ずい)は先メロ、即ちサビでなく1、2小節目にやってくると。しかしここでの蕊はサビ前に幾つものヤマを築きカレン節を放り込むのである。あっ、これ! あっ、これも! って、ここではあの分厚い兄妹のコーラスは不要、新しいカーペンターズの幕開けとなる。 つづく<ストレンクス・オブ・ア・ウーマン>でもサビの一歩手前でカレン節が炸裂。その後に来る磨きに研かれたサビメロは、早くもアルバムの最高潮に達する。♪・・・it's gonna take the strength of this woman・・・のくだりだ。それ以降アルバムの中盤はカレンのソロ作品の趣が強く、リチャードもまったくと言っていいほどでしゃばらない。<タッチ・ミー>は久しぶりとなるシングル・ヒット(全米16位)を放ち、<涙の色は>も奇跡を生むに相応しい佳曲である。
1983年2月4日、カレンの声があの頃に戻ったことがとても嬉しかっただけに辛い日となる。
-NO.542-
【京都タワー】
建設検討にあたって京都の美観を損なうのではと猛反対だった。ならば京都らしくということで燭台と蝋燭を表現。今では何てことない京都タワーも、夜になるといっそ人のこころ篤く静かに燃ゆす。