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新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
ほなお暇なお方はどうぞお入りやす。
某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-toots小父さん  日頃無関心なスポーツもいざオリンピックともなると気が気でなくなる。と同じくらいに選手自身も行き着くところ4年に一度のオリンピックなので、世界選手権とは訳が違って思うようにならない。冬季オリンピックは今回で21回目らしいが、開会式など見ていると冬らしくどこか厳かな雰囲気を秘め、色彩一つとってもロマンチックな装いで綺麗である。開催地名にしたっていい。記念すべき第一回はシャモニー、つづいてサンモリッツ、レークプラシッド、ガルミッシュパルテンキルヒェン、グルノーブル、アルベールビルにトリノ、バンクーバーとホント格好いいでしょ。そこに登場するウインター・スポーツ選手の名前だっていかにもっていうのがあったよね。例えば男子アルペン競技のステンマルクなんていかにも速そうだし、ちょっと古いがジャネット・リンなんて如何にも氷の妖精と呼ばれるために名づけたとしか言いようのない名前だ。日本も人の名前はしょうがないとしても開催地くらいは洒落たものにしたいから、この際町興し含め市町村合併を機に考えてみてもいいのでは。いよいよ本日(2月14日)期待するはジャンプ・ノーマルヒルと女子モーグルだ。

 女子モーグルでの決勝、あと4人を残して上村愛子が2位という状況、つづく2人のメダル候補者が相次ぐ転倒。大抵僕がスポーツ観戦などで緊張の場面になったりすると、知らずのうちに正座で神妙な面持ちとなってくる。もしやもしやの大チャンスだ。残す2人のうちどちらかがミスってくれれば上村にメダルが届くのだと、思わずそんな嫌らしい希望までもが湧いてきて僕の自尊心はズタズタになったりもした。上村の結果は過去の7位、6位、5位、そして今回が4位。だから次も狙って欲しいと願うばかり。

 さて僕の知人からジャズ・ハーモニカ奏者トゥーツ・シールマンスの“CHEZ TOOTS”のお借りし懐かしげに聴いた。それはタイトルが示す通りフレンチ(シャンソン)特集的内容で、一閃頭を過ぎったのは【猫】だった。彼の音色はあの涼しげで甘ったるい感覚の主、まさしく【猫】がジャレて甘え人間を手玉に獲るそれに似ている。かつて某サイトでアップし、今だ彼の最高のパフォーマンスと称した1980年オランダでの実況録音盤『LIVE IN THE NETHERLANDS』を挙げる。

 ここではギターとベースという変則トリオで挑み、その音色はこのトリオが成すイノセントな世界を全ジャズ・ファンに知らしめた瞬間でもあった。その曲が<Someday My Prince Will Come>だった。その凄みはイントロの一意専心なメロディを聴けば分かる。また相撲でいう太刀持ち(ギター)ジョー・パス、露払い(ベース)ニルス・ヘルステッド・ペデルセンの手練手管の演奏もトゥーツ小父さんを際立たせている。曲良し、演奏良し、音色良しの三拍子揃い踏みである。ジャズ界にハーモニカ奏者が少ないのも幸運ではあったが、彼が今までハーモニカの第一人者でこれたのも、彼が長年孤軍奮闘してきたからこその勲章だと。その色はゴールド・メダルに決まっているではないかい。トゥーツ・シールマンス、如何にも強豪スピード・スケーターの名前みたいだ。

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★喫茶・茶会記 其の弐★

 喫茶・茶会記に一旦入り込むと友達の家へ遊びにきたような、それでいて我が家のような錯覚に陥る。柳谷 龍氏の絵は奥の薄暗い部屋一面配されており、明るめのタッチが仄かな光に浮かんでいた。この猫の額はというと、この店のトイレに飾ってあって思わずシャッターを。しかしよくもカメラをポケットに忍ばせていたものだと関心しきり。当日肝心の柳谷先生とはすれ違いになったが、黒い傘を持った紳士的猫くんに逢えたので良しとしよう。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-未知との対話  私は常々ジャズにおけるピアノ・ソロなる所業は、たとえ大好きなエヴァンスであろう痘痕(あばた)も笑窪(えくぼ)として扱われるほど小さく浅い穴ではない。ましてや可愛さを湛える代物でもあるはずがない。が、万に一つ痘痕が笑窪に変わることもあるとするなら、それはエヴァンスたる所以なのか。

 今までソロ・ピアノ作品については積極的に買う行動には出ることなく、勇気さえも振り絞ってレジへ運ぶことなどなかったように思う。エヴァンスのようにどうにかしてという場合、過去の実績たるやはこうだ。【アローン】は紙ジャケで新装あらたになったお姿に惹かれ、【フロム・レフト・トゥ・ライト】は破格の安さゆえ中古盤を手にし、【自己との対話】に到ってはエヴァンスのコンプリート・コレクション化を企んだ折の渋々の記念すべきソロ一枚目。そしてこの『未知との対話-独白・対話・そして鼎談』は輝かしきプレゼントとして手に入れたのである。

 しかしこれでは頂戴した先様やエヴァンスにも申し訳が立たぬばかりか、嫌いキライと大風呂敷を敷いたあげく、実はとんでもなく愛聴盤となってしまったあかつきに、その大風呂敷をたたむことが出来なくなる恐れがあるやかも知れない。大風呂敷は自身でたためる大きさに限りますからね。

 という訳でこのアルバムには遅かれ早かれ手にすべき要因があった。何といってもこのアルバムのために彼は4曲も書き下ろしていたのだ。しかもその内3曲はこのアルバムでしか聴くことができなく、もちろんこの2年半後に没することになるから音楽的ソースは無いに等しいわけだ。また雨好きの私にとって<雨の思い出>たるタイトルを見逃すわけにはゆかず、エヴァンスにおける“雨”のつく曲はその曲と「イエスタディ・アイ・ハード・ザ・レイン」の2曲だけ。そのいずれも理想的といえる“雨”を降らす。タイトルからすれば雨の日の思い出を綴ったに違いないと思うが、これを聴くにつけ“雨”そのものが雲間から生まれ地上に降り注ぎ、やがて地に吸いこまれ、川の流れとなって大海原へと行き着き、終には天へと昇ってゆく一生涯を思い描いたのではと、ふとポール・ギャリコの“雪のひとひら”を思い出した。エレピとアコピの多重録音<マキシン>は、スインギーでアグレッシブなナンバーで、つづく<フォー・ネネット>はリリカルでドラマティックな構成になっており、本盤では珍しくアコースティック・ピアノ1台で挑んでいる。このアルバムのあとスタジオ盤は2枚を残すのみ、すでに彼は死を悟っていたとされるが、いま聴く限り死の影など微塵も感じられない。享年51歳とはホント若すぎるよね。
 おっとソロ作品まだ一枚あったか、【続・自己との対話】はいかにして手に入れるべきか奇策縦横あたまを働かせている次第です(笑)。

-NO.568-


★喫茶・茶会記 其の壱★

 去る1月に喫茶・茶会記で北海道・美瑛町に住む柳谷 龍氏のジャズ画展を見てきた。音の隠れ家と称すこの店は四谷から程近い住宅地にあった。すぐ傍には何かとお騒がわせなサン・ミュージック本社があり、少なからず某タレントさんもここへ来たのではないかと思いをめぐらせる。茶会記の住所の最後にはサウンド・ビル1Fとあるが、今直ちに思い起こしてもそんな気配はなかったかと・・・。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-saji  やっぱり60年代っていうのはいいねぇ。? 昭和60年代って短かったよねなんて思わないでくださいよ。昭和60年代でチヤホヤされるのは希少価値ある日本円硬貨と21年ぶりに優勝した阪神タイガース記念品の数々くらいなものでしょうか。さて60年代というのはもちろん西暦でいう1960年代(昭和35年~44年)。我が国では高度経済成長が加速するなか学生運動の活発化や公害問題の深刻化、あわてて地球を脱し宇宙から我振り返れば「地球は青かった」だなんて、世は“無責任時代”とばかりに一般庶民にはといてい“お呼びでない”その名台詞ではあった。ただ現実は目眩いばかりのミニスカートと海を渡って入ってくる音楽にクラクラするばかりだ。

 海の向こうではちょうどビートルズを始めとしたロック・イノベーションが興り、あらゆるミュージック・マテリアルが交じり合っては弾けた。ボサノヴァ・ブーム然り、ジャズ・ロックやぬらりひょんとしたジャズモドキも活性化を見せてくる。いったいこれはジャズなのか? イージー・リスニングか、はたまたソフト・ロックと呼ばれる類のものであろうか。その張本人カイ・ウィンディングは列記としたジャズ・トロンボニストである。彼の素晴らしさは枠に囚われず純粋に勝手気まま好きな音楽をただ演ったことだろう。

 彼の60年代半ばというと少し、いや大きくジャズから逸脱した名盤を矢継ぎ早に発表していたころだ。特にこの『レイニー・デイ』という雨に因んだナンバーを集めた作品は、幻の名盤【MORE】と双璧を成す。ジャケットいっぱいに咲いた黒い傘に囲まれるように、トロンボーンを吹く黄色いレインコートを着た本人の何とも安直な仕上げがいかにも60年代臭くてよろしい。

 この盤唯一のオリジナル<ウィ・フェル・イン・ラヴ・イン・ザ・レイン>は、流行のボッサ風味であるにもかかわらず大粒のペーソスが漂い、その睦合いがいい塩梅。雨の仕業ゆえのことか。ウエスタン風のギターのイントロで始まるまさかの<シェルブールの雨傘>は善し悪し平等に予想を遥か裏切られる、そのくすぐったさ、その快感は貴重かつ危険な香りがする。カイ・ウィンディング、ビル・ワトラス、トニー・スタッドの単調極まりない力強くも短い一吹き“パッ パッ パッ”と邁進するさまは微笑ましくも勇気百倍をくれよう。そしてアルバム全編に登場するザ・プリヴェイリング・ウィンズのコーラスは60年代という時空を矜持している。

-NO.567-


★アトリエ SAJI★

 3人の作家から生み出されるオリジナルの ジュエリー、陶器、絵付けタイルを取り扱うお洒落なお店が谷中の一角に。このお店「アトリエ サジ」はもともと軽井沢にあり谷中店が第2号店となります。篠原由比子さんが作られる天然石やローマングラスで作られたアクセサリーとキャンドル、有田みろさんが作られるポタリー(絵付け陶器)。重谷和郎さんの作られる絵付けタイルなど、三人の作家のギャラリー兼ショップです。とくに私は絵付けタイルに魅せられました。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-spider  皆さんは小さい頃【雨】や【雪】と対決したことはありませんか? 【雨】はいったん降ってしまえば散弾銃如き戦法で秒殺されてしまいましたが、こと降りはじめの【雨】は学校から家へ帰るまでに10粒身に当たるまでに帰ればセーフなどと言い聞かせ、【雪】に至っては降りそそぐ天を仰ぎながら顔を左右前後、時には膝を駆使しつつ上下運動を加え【雪】からの攻撃をかわしたものです。天から舞い降りてくる【雪】はスピードこそないものの、ほんの少しの気の流れであっち行ったりこっち行ったりと気ままに戦術を変えてきます。やがてこちらも逃げてばかりはおれず戦術企てます。そう討って出るのです。大きく口を開けひらひらと舞い降りる【雪】を喰うのです。まあそんな他愛もない自分独りの遊びですがね。ところでそんな【雪】との対決を思い出していたら、ふと浮かんできたのが我が国の重鎮ピアニスト山下洋輔でした。

 山下洋輔は日本ジャズの牽引者の一人で、坂田明を始めアヴァンギャルドなジャズで旋風を捲き起こしたかと思うと、方や“ラプソディ・イン・ブルー”や“ボレロ”などを手掛けクラシック界やポップス界にも根を張った音楽活動に日夜励んでいらっしゃいます。実は・・・正直なところ彼のファンかというとそうではありません。音楽以外で数々ある共通点で親近感をもよおしているだけに違いありません。ならばその共通点とは如何に。一つは蕎麦好き。もう一つは猫好き。もう一丁が駄洒落好きという、山の下洋之輔左右衛門の好き慣れこそ三原則の状と私は言っております。彼は蕎麦好きが講じて“蕎麦処 山下庵”なる著書をしたため、猫可愛さあまりに全国にその名を轟かせた“猫返し神社”の名づけ親でもあり、駄洒落ジャズマンの異名を持ち彼周辺に蔓延るデタラメ外人の発起人でもある。その一端を彼の新刊“山下洋輔の文字化け日記”から少々。

 下手くそなロシア人の仕立て屋さんウラジミエール・チャンチャンコ、ロシア人耳鼻咽喉科医ノゾキミール・ノドチェンコ、韓国人読書家チョー・ヨンデル、下着が合わないクロアチア人クイコムワ・ブラヒモビッチなどなど。というわけで私も一席と思いましたが敵うはずもなくあえなく撃沈。

 さてさて彼のライフワークであるニューヨーク・トリオ盤『スパイダー』を少々。猫好きだから半強制的に書き上げたのだろうか<Cat's Dance>というタイトルに期待したが、猫特有の可愛らしさがなく少々失望。しかしつづくラテン・ナンバー<Revenge of Picasso>でその失われた望みは期待へと誘われる。複雑なハーモニーやメロディもこれ以上私の意のままだと【芸術】になってしまうのではと心配してしまうほど最高にクールでいてホットだ。<One for M>のイントロは深々と降る雪を想起させてくれるかと思いきや、田畑にできた雪の遊び場をウサギが跳ねるような、日本古来のええじゃないかの踊りをモチーフにしたのではないかと彼や是やと表情豊かな山下節が炸裂している。<Kids in Memory>は山下叔父ちゃんお得意の童謡調のナンバー。勇猛果敢なイントロがいかしている<Doubles>はフェローン・アクラフの民族的打楽器の趣がよろしいかと。ある意味和太鼓にも通ずる感性が生みだすサウンドだ。

 なぜ【雪】との攻防戦が山下洋輔なのかって? 彼のピアノってどこか【雪】が舞って降りてくるようにうまく私たちの意とするツボをぬらりかわしてくるのですよ。ちなみにラストの<Spider>は、昔ダイハツ・ムーブのCMに使われたナンバーです。そうと思い聴いてみても皆さんはそのドバラダなメロディは思い出せないかも(笑)。おっと私、彼のピアノというよりエッセイにこころ奪われたのだとこれを書いているうちに気づきました(爆笑)。

-NO.566-


★五十河の雪景色★

 京都北部にある京丹後市にある旧大宮町の山里“五十河(イカガ)”は小野小町ゆかりの地であり終焉の地とされる。この丹後地方は今でこそ雪は少なくなったものの、私が丹後地方に身を置いていた頃は少なくともこの五十河などは豪雪地帯に部類したであろうか。それほどまでに山深く離れたこの地に住む同級生はバイク通学が認められておりチョッピリ羨ましかったりもしたが、冬雪降る季節は高校のある街中へと下宿をしなければならなかったという大変な思いもしたのだ。

 久しぶりに故郷の地を訪れた私を出迎えてくれたのは、昨年末に降り積もった雪が田畑一面に懐かしい雪景色を演出してくれていた。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-train train  東京は丸の内のブリック・スクエアに“PASS THE BATON”なるリサイクルショップがお目見えした。そこでは出品者の名前も各アイテムに表記してあり、HPに至っては顔写真をも載せているのだ。自分が気になったアイテムは何処々の誰々さんのものとはっきりしている。そしてそのアイテムはこれから誰の手へと渡ってゆくのだろう、まさに“PASS THE BATON”の世界なのだ。あの人からこの人へ、その循環システムを頻繁に利用しているのは紛れもなく私なのであって、その大半がCDやレコードなのである。

 時として自分が売ったCDをあろうことか心あらため自分で買い直す、しかも同じお店で自分がつい先日まで持っていたものをだ。などという愚かな行動もここ数年幾度かあった。一度手放したものゆえ再び手にした時は涙ながらに抱きしめてやるのだ。もう二度と手放すものかと。またその逆も大いに楽しむことが出来る。すなわち他人様が一度手放したゴミ同然のCDを、かくも安く奪い去る自分も立派なハンターとして褒め称えるのである。

 もう一つ目には見えない楽しみもあって、売り買いした各々のCDは誰の手へと渡ってゆくのだろうか。じっと一人の主に仕えるものもあれば、およそ数十人の手と手を流浪するものもあるのだろう。かなり昔の話だが、自分の知り合いで千円札100枚の番号を控えあるお店で支払ったのだ。そしてそれら100枚の千円札はいずれの人の手を渡って必ずや自分の手へと返ってくることを信じた者がいた。そうだ世の中お金は回りまわって返ってくるもの、仕事、働くことをそんな妙な実験で体得した者がいたことをこの際ただたんに書き記しておきたかっただけであり、それに伴ってただたんにアップしたかった作品がブルーハーツのサード・アルバム『TRAIN-TRAIN』なのです。前置きが長かったが、訳は以下の通りです。

 ブルーハーツ、ちょっと懐かしく思われるのではないでしょうか。“ぺんたんぐる”さんにしてはどうよ、ブルーハーツってと思われるのを覚悟でアップいたしました。というのも、そのアルバムに収められている<青空>というナンバーが底知れず好きだと言うただそれだけのことなんです。私は彼らのことは殆ど知りませんし(有名な数曲は聴いて知っていました)CDも持っていませんでしたが、ある番組でこの<青空>を聴いた途端、そのホロ苦くて切なさにしてやられました。彼らのナンバーはどれもこれも腰の入ったものばかりですわ。

-NO.565-


★PASS THE BATON★

 リサイクルショップの新しい源流となるこのお店は東京丸の内のブリック・スクエアにあり、とにかくワクワクさせてくれるアイテムがぎっしり。PASS THE BATONとはうまく言ったものだ。HPからでも購入でき、そのアイテム数には驚きと楽しさが同居している。その手のリサイクルショップ独特の臭気などまったくもってない。