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新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
ほなお暇なお方はどうぞお入りやす。
某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-la note bleue  先日名古屋国際女子マラソンが行われ恒例行事のように沿道から声援を送った。国際と名のつく大会であるが、相当数のランナーが参加し、スタートを切って10分足らずというのに先頭と最後方との差は想像以上。これにはビックリ、いかに世界と競うランナーのレベルの高さを思い知らされる。沿道ではガンバレの拍手とともに掛け声も飛び交い、その掛け声に「ハイっ」と応える選手もいたりして親近感を覚え、本当にガンバレ! っと応援する側にも気合が入り熱くなる。

 ふと私のそばで「ハイっラスト!」と声をかける男性はいかにも関係者かはたまた知り合いなのだろうか、ひと際鋭く熱い。新聞かなにかの選手リストを見ながら、「手元時計で8秒差」、「流石あいつは」などと独り解説をするものだから、私の耳もついついそばだてウサギの耳と化してしまう。他の周りの人たちも「ガンバレ~あと4キロ!」と声援を送るものだからつい私も「ガンバレ~っ」と声をかけたが、トップ・ランナー達が目の前を駆け抜けていった熱き風と息遣い、他を圧倒し叫ぶ男性のそれにかき消されてしまった。ここにあってそれらが爽やかな空気の流れと規則正しい息遣いに感じるのはゴールも寸前だったからなのでは。

 “風を切る”っていい言葉だなぁとしみじみ感じたついでに、颯爽と風を切るが如し鯔背(イナセ)な一枚をご紹介しよう。背筋がしゃんとしていて粋な容姿は音にも表れている。バルネ・ウィランが1986年暮れ、復活の狼煙をあげた『ラ・ノート・ブルー』である。いきなりそのパリジャンが醸す芳醇なパリのエスプリは、強烈なダンディズム撒き散らす<ベサメ・ムーチョ>で始まる。

 この曲の名演で知られるアート・ペッパーの今にもとろけ出すような演奏に比べ、バルネの演奏は肩で風を切る粋な音色だ。これを聴けば日がな布団にもぐってグズグズしている輩も、たちまちシャキ~ンと飛び起きるであろうほど情趣に満ちた格好良さがある。更にそこにはエスプリという名の濃度を昇華させているピアノのアラン・ジャン・マリー弾くイントロがつく。まもなくあのバルネの一吹でその一角は濃密な空気に包まれ、いやはや幸せっていうほかない。その後もサンゴマ・エヴェレットのドラミングはシンバルのみで、凡そ1分近くにも渉って至極の時を刻む。尚も追い討ちをかけるように、1分30秒過ぎる辺りからこの曲、否このアルバム最大のヤマ場が訪れる。もちろんバルネの極めつけのソロで、特に高音部から低音部へと下る刹那は非日常的で痛みも忘れるほど麻痺してしまう。

 一転、私にとって好きになれないというか苦手なジャズ有名曲にモンク作<ラウンド・アバウト・ミッドナイト>があり、ここでは何となくの雰囲気でその曲と判断できるくらいにこれまた別世界へと引き連れられる。いま耳にしたのは幻か、あるいはジャズを聴く上でのバランス感覚を失ったと錯覚するほど。ラスト、G・ジェンキンスの名を永遠に残すこととなった<グッドバイ>。この曲にして長めの6分強は不安と期待が交錯する中、決して多芸多才とは思えないバルネの潔さが最良のかたちで表出したナンバーだ。まこと味わい深い。

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★2010名古屋国際女子マラソン★

 日本三大女子マラソンの一つで毎年3月、難敵春一番が吹き荒れるころに開催される。今年は珍しくアノ風がない。2年ぶりの出場となる加納由理が悲願の優勝を。これはラスト4キロ地点、我が家からおよそ200M付近だ(笑)

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-radka toneff  あまり聞き慣れない名前ラドカ・トネフはノルウェーの伝説的美人歌手である。70年代半ばに人気を博した北欧ジャズ・シンガーで1982年、30歳の短き生涯を閉じた。事実上記録されたアルバムは3枚、故にこのアーカイブス的アルバム『バタフライ』は思いがけない贈り物であり、思いがけない一瞬が記録されている。

 現在同郷にスールヴァイグ・シュレッタイェルというノルウェーNO.1のジャズ・シンガーがいるが、紛れもなく彼女はラドカ・トネフを意識していた。というか少なくとも80年代以降の北欧における女性シンガーは、皆ラドカの背中を追っていたと認めざるを得ない。そう納得していただこう。それにはこの作品に耳を傾けて欲しいのである。

 さて過去のアルバム・ジャケットは目を疑るほどにセンスがなく、相当損な境遇に押し遣られていたに違いない。その点このジャケットの写真を見よ! 目に留まらぬほうがオカシイ。白と黒の織り成す無限の色彩美と影が、これから耳にされようとするラドカの歌をあたかも予測しているようだ。この作品は3つの音源から成り立っているが、素早く、手っ取り早くラドカのすべてを堪能されたいのなら、1980年10月1日オスロでのヨン・パルケ・トリオとの録音した冒頭の3曲で申し分ない。

 1曲目は何かとジャズ・シンガーに持て囃されているポール・サイモンによる楽曲の中から<イッツ・ビーン・ア・ロング・ロング・デイ>で、いかにも北欧らしく森閑としたイントロ、ポール・サイモンに引けをとらない不安定な歌い方に耳でなく想像する彼方の彼女に目を奪われてしまいそうになる。曲は水の滴るような<プリ・ドーン・イマジネイション>にいつの間にか変わっている。決して曲中の起伏はたいしてないようにも思えるが、彼女が醸しだす感情表現がしなやかな凹凸感としてメロディが現る。

 3曲目は僕の大好きなマイケル・フランクスの<アントニオの歌>だ。本家もどこか物哀しげな歌いっぷりだが、ラドカも負けじと物哀しさを倍増させてくる。バックもピアノのヨン・パルケを軸に彼女を熱く盛りあげ、鉄の意志を持った僕らのジャズ・ヴォーカルの概念を変えてしまったことを今になって思い起こさせてくれた。

 このちょっぴりアンニュイな歌い方やこの声質ってあのオチヨさんに似てはいないか? そう島倉千代子なんだよね。うむ、この高音のかすれ具合やか細さ、オチヨさんヴィブラート唱法だわ。それと11曲目の<ヒー・エイント・ヘヴィ、ヒーズ・マイ・ブラザー>は何とホリーズの名曲。この選曲などは彼女がロック歌手だった証しかもな。

-NO.573-


★山茂登(東京 岩本町)★

 蕎麦処 山茂登は秋葉原の賑わいからほんの少し奥まったところにある。狭い店内は昼ともなれば入れ替わり立ち代り席が空くことはない。僕のおすすめは蕎麦でなく“鍋焼きうどん”なのだ。決して蕎麦がどうこうというのでなく、それに勝るのが“鍋焼きうどん”なのである。店内も然り、お店の看板にはここのイメージ・キャラなのか“蛙”が。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-rachel Z  ひとつ前に「ホテル・カリフォルニア」による70年代ロックのジャズ・クラシック化について書いたばかりだが、そのついでにと今回は近代ロックのクラシック化に情熱を注いでいる才女レイチェル・Zの新作について少々。

 私の記憶浅きところではブラッド・メルドーがカバーしたレディオ・ヘッドの「イグジット・ミュージック」がいの一番にその手のものでは出てくる。これが最も新しいロックのカバーではないかと私は思っていた。というか、私自身がロックに情熱を傾けた時代は80年代初頭、人気絶頂だったザ・ポリスの自然消滅を持ってともに終焉を迎えたのだからそれ以降のロック周辺については自然と勝手に耳にしたこと以外は曲もバンド名もほとんど知らない。

 何年か一度にドカ~ンとブチかましてくれるのがジャズ・ピアニストのレイチェルZだ。この度の彼女の新作『I Will Possess Your Heart』でのロック・カバーは、一人を除いてどれも知らないナンバーだ。たぶんそれらはオリジナルを聴いてもピンとこないだろうし好きになることも100%無いと思う。事実、前述したレディオ・ヘッドもそうだったからだ。しかし、ジャズ・ミュージシャン達がそれらのマテリアルを練磨、加工、研磨し、D・エリントンなどの古典的スタンダード・ナンバーにそっと添い寝させるようにアルバムの片隅に置くことがある。ところがこのアルバムはザ・スミス、アリス・イン・チェインズ、コールドプレイ、デペッシュ・モード、デス・キャブ・フォー・キューティー、ドゥンエン、ストーン・テンプル・パイロッツ、ザ・キラーズとほぼ21世紀の代表する新鋭ばかり。仕事で先様へ行った折に、ずらっと7、8人並ばれて次々と名刺交換したあとのジグソーパズル状態と同じで、そう易々と覚えられるものではない。全10曲中、1曲だけスタンダードが在るのみ。

 そんな困惑顔の私に愛想振りまいてくれる一曲がニール・ヤング作<ハート・オブ・ゴールド(孤独の旅路)>、蒼ざめ硬直した私の全身をみるみるうちに解きほどいてくれる。あのN・ヤングの雄弁たる節はどう片付けるのか、あの乾ききったケニー・バットレーのスネアの響きはどうだ。今にも崩れ堕ちそうな柔な心を救い給うブルース・ハープは何処へ。そのような心配を他所にここではリスナーへ向かって勇往邁進してくる。彼女に訊いてみたいと思う、N・ヤングの一曲はただたんに好きだったのか、それとも私のような小父さんたちを騙し召し捕ろうとしたのか。でも召し捕られ恍惚の表情を浮かべる小父さんたちも、彼女が教えてくれた21世紀ロックを賞賛して止まないハズ。

 ザ・スミス作<ゼア・イズ・ア・ライト・ザット・ネヴァー・ゴーズ・アウト>の純なメロディの洪水、アリス・イン・チェインズの<アングリー・チェア>における爆発力に富んだイントロ、<ホエン・ユー・ワー・ヤング>なんてのはいかにもスタンダード・ナンバー風な曲名でしっかりと60年代ジャズに衣替えさせている。どれも原曲を知らないっていうのが幸いしていると思うが、ザ・スミスの超有名らしきアルバム【ザ・クイーン・イズ・デッド】なんぞは聴いてみたくもなる。

 追伸:この作品は雑誌【ジャズ批評 3月号】にマイ・ベスト・ジャズ・アルバム2009と称した特集に私自身が投稿した推薦文(137頁)が載っていますので、お暇なお方はお手にとってみてください。またお金があるからと油断し、レジへ颯爽とお持ちになった挙句そのような雑誌をお買い求めならないようお気をつけください。ナニセ壱千弐百六拾円モイタシマス。それを承知でお買いになるのであれば、この上愉しいジャズ雑誌はなかろうかと存じます。

-NO.572-


★ハードロック・カフェ 上野★

 ハードロック・カフェが上野駅構内にあるのは何だか異様な感じさえする。が、妙に納得させられるのは朝のモーニング・セットに因るところが大きい。ホットドッグ・セットなどどれもお値打ちでボリュームもたっぷり、昼飯さえもいらないくらいの腹持ちが約束される。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-hotel calfornia  辛口、饒舌、自己中心、気まま勝手の寺島靖国氏も歳には勝てぬと算段し始めたのか、某新聞の連載コラムの【スピーク老】は時事ネタでなく、とても健康的とは言えないスピーク“老”たる爺ネタ内容に落ち着き払っていらっしゃる。きっと寺島氏のことだから実際は不安でしょうがないに決まっているが、ここは強気で皆の同情を買って幾手数多の解決策を導きたもうと密かに考えているに違いない。いやそうであって欲しいのである。長生きし独断と偏見の境地から多くのジャズをまだまだ紹介していただかなければならないお人なのだから。

 さて今から5年とちょっと前に、某航空会社のサイトに●●フレンドパークなる賑やかなコミュニケーション・サイトがあり、そこでフォト日記形式の中で私が紹介した一枚にイーグルスの『ホテル・カリフォルニア』がある。何故いまそれなのか。60年代は勿論のこと70年代のロック・クラシックがジャズに持て囃される時代がやってきたのだ。その頃必死で聴いていたロックを今ここでジャズに転化させ、僕ら年代のリスナーにドキリとさせるには格好のアイテムなのである。

 先月発売された松尾明トリオのナンバーに<ホテル・カリフォルニア>が興味を惹く。若き女性ピアニストの寺村容子は聴いたことあるけど・・・今一つの反応だったらしいが、松尾明世代に言わせれば<ホテル・カリフォルニア>は必携の一枚一曲だったのだ。曲が曲だけに、どんな風に演るのか興味津々。

 これは僕が高校へ入ったころの大ヒットアルバムで、小遣いも少ない訳だから、誰かが買うのを待ってそれを借りる図式が成立していた。当然イーグルス担当にエアロスミス担当、プログレ担当やパープル、ツェッペリン等など真面目に担当者が決まっていたのだ。かくして僕の担当は主にツェッペリンとキャメル、ジャーニーにピンク・フロイドだったと記憶する。当然イーグルスは男子はマ~君、女子はサッちゃんが担当し、初心な僕はサッちゃんでなくマ~君に『ホテル・カリフォルニア』を借りることとなる。

 当時は圧倒的支持を得た表題曲に止めを射したが、今となって聴き返すとJ・D・サウザー作<ニュー・キッド・イン・タウン>や<トライ・アンド・ラブ・アゲイン>、<ラスト・リゾート>に新たなロック・クラシックスの息吹を感じにはいられない。超大作とされたこのアルバムによってイーグルス自身の寿命を縮めたのはいうまでもなく、彼ら自身が翻弄され続けたのだ。僕らの世代、あの頃置き忘れてきた何かを取り戻しに行けそうだ。寺島さん、良薬は音楽ですよ。音楽。スピーカーにしがみついて死ねるなら本望だと仰っていたのでは(笑)

-NO.571-


★旧岩崎邸庭園 其の弐★

 旧岩崎邸は洋館、撞球室、和館と庭園でなっており、特にこの洋館は西洋木造邸宅建築としてジョサイア・コンドルの名を知らしめた。強いては、あのイーグルスの“ホテル・カリフォルニア”のジャケットを思い出させてくれたその瞬間のショットだ。ビヴァリーヒルズ・ホテルに見えるかな?(笑)

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-j.p.fouquey  僕は列車に滅法ヨワイ。ヨワイというのには2つの意味があって、一つは乗り物酔いするから駄目だというのと、いわゆる“鉄”と呼ばれる類の鉄道好きという意味のことだ。僕は小さい頃とても乗り物酔いが酷かったし、できれば飛行機ではなくレールの上をガタゴトガタゴトと揺られながらの旅のほうが今でも好きである。となると前者にも後者にも当てはまる。電車より列車、そう呼ぶほうが風情もありいかにも旅情もかきたててくれる。さらに機関車ともなるとどうか、旅情などどこかへ飛んで行ってしまいひたすら力強く働く機械そのもの、はたまたサウンドとなるのだ。

 ジャケットに列車らしきものが載っていたり書かれていたりしても滅法ヨワイ。まして曲名に“train”や“railroad”などの単語を見つけたりしたら大変である。どうにもこうにもジャンル問わず気になってしょうがないのだ。そんなこんなで目に留まったのがフランスのピアニスト、ジャン・ピエール・フーキのその名も『RAILROAD』だ。ご覧の通りモノクロで描かれた列車に赤い文字のタイトル。ジャケット裏面を見やると、そこには洒落たアニメ風でどこかの駅構内の様子がこと細やかに描かれている。特に頬が緩んだのは曲目のクレジット紹介だ。ターミナルによくあるパタパタと変わる掲示板に出発と到着があり、そこには駅名と時間が表示されず、曲名と演奏時間が表示されているのである。実に粋な演出である。

 先ず曲はというと<スティール・アンド・スティーム>というのに目がいく。が期待のほどでなく、前評判高い<コラーレ>も美メロで悪くない。でもどこか期待している列車に結びつかないのである。何度か聴いているうちに気づいた仕掛けはオープニングの<クルーズ>だった。ほのぼとした空気感、長閑なピアノに導かれピーター・アースキンの柔らかでいて迫り来る列車を表現したドラミングにこころ奪われた。それはあたかもフランスの田舎を走り抜ける近代的な超高速列車には違いないが、列車らしく旅情をかきたててくれる。某TV番組“世界の●窓から”のBGMにも最適であろうと思うが。是非フランス編などあれば一考していただきたい! なぁ~。

 ところでピーター・アースキンといえばウェザー・リポート在籍中にあの名ライブ盤“8:30”の一翼を担い、かつクライマックスでの“バディア~ブギ・ウギ・ワルツ”におけるラスト部の超重量級列車を表したドラミングに度肝を抜かれ、そのついでに彼に恋した瞬間でもあったと記憶する。それにしても列車にまつわる曲には目がない僕。ビリー・ジョエルの“アレン・タウン”、グランド・ファンク・レイルロードの“ザ・レイルロード”と急には思い出せぬほど他にもあったはず、と物忘れの激しさは歳の所為にしておこうか。いかようの列車の鼓動(サウンド)も一糸乱れぬことなく僕の廻りを走り続けている。

-NO.570-


★旧岩崎邸庭園 其の壱★

 今や龍馬ブームにつけやたらと耳にするのが岩崎弥太郎、三菱財閥を築いた人で、その子にあたる岩崎久弥がこの邸宅の主であった。設計は日本建築の父ジョサイア・コンドルで、鹿鳴館や上野博物館、ニコライ堂なども彼の手によるものだ。このイスラム建築の特徴でもあるエキゾチックなタイル花柄は、ベランダ一面に咲き誇っている。