あの頃置き忘れてきた何かを | 新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
ほなお暇なお方はどうぞお入りやす。
某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-hotel calfornia  辛口、饒舌、自己中心、気まま勝手の寺島靖国氏も歳には勝てぬと算段し始めたのか、某新聞の連載コラムの【スピーク老】は時事ネタでなく、とても健康的とは言えないスピーク“老”たる爺ネタ内容に落ち着き払っていらっしゃる。きっと寺島氏のことだから実際は不安でしょうがないに決まっているが、ここは強気で皆の同情を買って幾手数多の解決策を導きたもうと密かに考えているに違いない。いやそうであって欲しいのである。長生きし独断と偏見の境地から多くのジャズをまだまだ紹介していただかなければならないお人なのだから。

 さて今から5年とちょっと前に、某航空会社のサイトに●●フレンドパークなる賑やかなコミュニケーション・サイトがあり、そこでフォト日記形式の中で私が紹介した一枚にイーグルスの『ホテル・カリフォルニア』がある。何故いまそれなのか。60年代は勿論のこと70年代のロック・クラシックがジャズに持て囃される時代がやってきたのだ。その頃必死で聴いていたロックを今ここでジャズに転化させ、僕ら年代のリスナーにドキリとさせるには格好のアイテムなのである。

 先月発売された松尾明トリオのナンバーに<ホテル・カリフォルニア>が興味を惹く。若き女性ピアニストの寺村容子は聴いたことあるけど・・・今一つの反応だったらしいが、松尾明世代に言わせれば<ホテル・カリフォルニア>は必携の一枚一曲だったのだ。曲が曲だけに、どんな風に演るのか興味津々。

 これは僕が高校へ入ったころの大ヒットアルバムで、小遣いも少ない訳だから、誰かが買うのを待ってそれを借りる図式が成立していた。当然イーグルス担当にエアロスミス担当、プログレ担当やパープル、ツェッペリン等など真面目に担当者が決まっていたのだ。かくして僕の担当は主にツェッペリンとキャメル、ジャーニーにピンク・フロイドだったと記憶する。当然イーグルスは男子はマ~君、女子はサッちゃんが担当し、初心な僕はサッちゃんでなくマ~君に『ホテル・カリフォルニア』を借りることとなる。

 当時は圧倒的支持を得た表題曲に止めを射したが、今となって聴き返すとJ・D・サウザー作<ニュー・キッド・イン・タウン>や<トライ・アンド・ラブ・アゲイン>、<ラスト・リゾート>に新たなロック・クラシックスの息吹を感じにはいられない。超大作とされたこのアルバムによってイーグルス自身の寿命を縮めたのはいうまでもなく、彼ら自身が翻弄され続けたのだ。僕らの世代、あの頃置き忘れてきた何かを取り戻しに行けそうだ。寺島さん、良薬は音楽ですよ。音楽。スピーカーにしがみついて死ねるなら本望だと仰っていたのでは(笑)

-NO.571-


★旧岩崎邸庭園 其の弐★

 旧岩崎邸は洋館、撞球室、和館と庭園でなっており、特にこの洋館は西洋木造邸宅建築としてジョサイア・コンドルの名を知らしめた。強いては、あのイーグルスの“ホテル・カリフォルニア”のジャケットを思い出させてくれたその瞬間のショットだ。ビヴァリーヒルズ・ホテルに見えるかな?(笑)